第25話:混ざり合う境界、溶け合う体温
カーテンの隙間から差し込む朝日が、銀と紫が混じり合う不思議な色彩の髪を照らしていた。
エルセは、ゆっくりと瞼を持ち上げる。
視界に飛び込んできたのは、見慣れた漆黒の天蓋ではなく、自分を包み込む逞しい腕と、至近距離にある端正な顔だった。
「……あ」
思わず、小さな声が漏れる。
昨夜までの、あの「自分が自分でなくなっていく」ような、霧の中に溶けていくような感覚はどこにもない。
代わりにあったのは、肌を焦がすような熱。
レオンハルトの心臓の鼓動が、背中越しにドクン、ドクンと、力強く響いている。
「……起きたか、私の小さな叛逆者」
耳元で、低く、微かに掠れた声が響いた。
レオンハルトは、エルセが目覚めるずっと前からこうして彼女を眺めていたのだろう。彼は腕に力を込め、エルセをさらに深く、自分の身体の中へ埋め込むように抱き寄せた。
「陛下……。私、ちゃんと、おりますか?」
「ああ。……逃がしてなどやらんと言っただろう。……お前の腕も、足も、この柔らかな頬も……すべて、私の漆黒が繋ぎ止めている」
レオンハルトが、エルセの首筋に顔を埋める。
吸い込まれるような香りは、以前のような清廉な花の匂いだけではなかった。どこか深みのある、レオンハルトの魔力に似た「重い蜜」のような香りが混じり、エルセの意識を心地よく痺れさせる。
エルセは恐る恐る、自分の手を持ち上げてみた。
朝日を透かしても、もう向こう側は見えない。実体を取り戻した彼女の指先は、陛下に強く握られた跡が赤く残るほど、確かに「人間」の重みを持っていた。
「……うれしい。陛下に、こうして触れていただけるのが、こんなに温かいなんて」
エルセが微笑んでレオンハルトの頬を撫でようとした、その時。
――ッ。
エルセの胸の奥で、甘い火花が散った。
指先が陛下の肌に触れた瞬間、彼女の中に「自分のものではない感情」が怒涛のように流れ込んできたのだ。
それは、レオンハルトが抱いている、狂おしいほどの安堵。絶対に手放したくないという渇望。そして、昨夜まで彼女を失いかけていたことへの、癒えぬ恐怖の残り香。
「……陛下……? 今、とても……お辛いのですか?」
レオンハルトが、驚いたように目を見開いた。
彼はエルセの掌を自分の頬に押し当て、震える声で囁く。
「……わかるのか、エルセ。私の心が」
「はい。……なんだか、陛下の胸の痛みが、そのまま私の痛みのように感じて……。それに、あなたが私を愛おしいと思ってくださる熱も……全部、私の中に流れてきますわ」
魂を融合させた副作用。
二人の境界線は、魔力だけでなく五感や感情にまで及んでいた。
レオンハルトは、一瞬だけ困惑したような表情を見せたが、すぐにそれを塗りつぶすような、歪で深い笑みを浮かべた。
「そうか……。ならば好都合だ。お前はもう、一瞬たりとも私の愛から逃げることはできん。私の苦しみも、私の欲望も、すべてお前の魂で受け止めろ。……それが、私と共に堕ちると決めた代償だ」
レオンハルトは、エルセの指先を一本ずつ吸い上げるように口付け、彼女の掌の中心に、消えない刻印を刻むように唇を押し当てた。
エルセは、あまりに濃厚な彼の感情に当てられ、呼吸を荒くする。
繋がっている。
魂の最奥で、二人はひとつの生命として拍動している。
それはかつての「道具」として扱われていた孤独とは正反対の、あまりに重く、甘い束縛。
「……陛下。私も……あなたのすべてが欲しいです。あなたの悲しみも、あなたが隠している暗い影も……全部、私に分けてくださいませ」
エルセの瞳が、陛下の「漆黒」を宿した深い紫へと染まっていく。
レオンハルトは、その言葉に応えるように彼女の唇を奪った。
舌が絡み合い、吐息が混ざり合うたび、二人の魔力が寝室中に星空のような火花を散らす。
だが、その至福の時間の中で。
エルセの意識は、ふとした拍子に「繋がりすぎた魂の隙間」へと滑り落ちた。
(……え? ここは……どこ……?)
視界が、急に暗くなる。
温かな寝室ではない。冷たく、湿った、血の匂いが漂う地下牢。
そこには、幼い頃のレオンハルトがいた。
全身を鎖で繋がれ、自分の「漆黒」の魔力に焼かれながら、絶望の中で虚空を見つめている少年。
『――化け物め。お前など、生まれてこなければよかったのだ』
誰かの罵声が響く。
それはレオンハルトが魂の最も深い場所に封印していた、彼が魔王と呼ばれるに至った「呪い」の原風景。
「あ……陛下、これは……っ」
エルセは現実に引き戻され、激しく咳き込んだ。
「エルセ!? どうした、顔色が悪いぞ」
心配そうに覗き込むレオンハルト。
だが、エルセは見たものを口にすることができなかった。
魂が混ざり合ったことで、彼女は知ってしまったのだ。
自分を抱きしめるこの逞しい男が、今もなお、心の奥底でどれほど深い闇の檻に閉じ込められているかを。
そして、その檻の鍵を開けられるのは、もはや自分しかいないということも。
帝都の平和な朝は、同時に、レオンハルトという男の「真の地獄」へとエルセを導く招待状でもあった。
第25話をお読みいただき、ありがとうございます!
魂が融合したことで、ついに「心まで筒抜け」になってしまったお二人。
これまで以上に甘く、同時に逃げ場のない関係性へと進化いたしましたわね。
エルセ様が視てしまった、陛下の暗い過去……。
冷徹皇帝と呼ばれた男が、なぜこれほどまでにエルセ様に執着し、なぜ「漆黒」を背負うことになったのか。その真実が、ここから解き明かされていきます。
「陛下、甘えん坊すぎるけど過去が辛そう……!」「エルセ様、どうか陛下を救ってあげて!」
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皆様の応援が、二人の混ざり合った魂を支える柱となります。
次回、第26話。
陛下の過去を知ったエルセの決意。
そして、あの「金の鍵の男」が、ついに帝都の懐深くへと姿を現します。
どうぞ、お楽しみに!




