第24話:魂の刻印、あるいは永遠を綴る蜜月
隠し部屋を後にしたレオンハルトは、もはや歩くことさえ惜しむようにエルセを抱きかかえ、自身の寝所へと戻った。
天蓋付きのベッドに横たえられたエルセは、もはやシーツの白さに溶けてしまいそうなほど、その輪郭が朧げになっていた。彼女が呼吸をするたび、吐息が光の粒子となって空中に散っていく。
「陛下……。本当によろしいのですか? 私を……あなたの色で染めてしまっても」
「何を今更。……お前を失うくらいなら、私は喜んで魔王に堕ち、この世界のすべてを呪い殺そう。お前を神に返すなど、死んでも御免だ」
レオンハルトは、重厚な軍服を脱ぎ捨て、エルセの隣に滑り込んだ。
彼の大きな掌が、エルセの透き通るような頬を包み込む。触れている感触はひどく希薄で、まるで春の陽炎に触れているかのようだ。
「……儀式を始める。エルセ、拒むな。お前の魂の奥底まで、私の漆黒を刻み込んでやる」
レオンハルトが目を閉じ、自身の魔力を最大限に解放した。
寝室を埋め尽くしたのは、夜よりも深い、ドロドロとした漆黒の魔圧。それは本来、あらゆる生命を絶やす破壊の力だ。だが、今の彼の魔力は、ただ一点――エルセという存在をこの世に繋ぎ止めるための「鎖」として機能していた。
「――っ、ぁ……!」
エルセの喉から、甘く、苦しげな吐息が漏れる。
レオンハルトの漆黒が、彼女の純白の魔力回路へと強引に侵入し、その「無色」を塗り潰していく。
それは、痛みと悦楽が混ざり合う、魂の浸食。
エルセの体内を駆け巡る「神の光」に対し、レオンハルトの「愛(執着)」が真っ向から戦いを挑む。神が彼女を天へ引き上げようとするなら、彼は彼女の魂に自分という重石を括り付け、地へと引き摺り下ろす。
「……逃がさん。絶対に行かせはしない……! 私だけを見ろ、私だけを感じろ。……エルセ、お前のすべては、私の漆黒の中にだけあればいい!」
レオンハルトは、エルセの首筋に深く、刻印を残すように牙を立て、そこから自身の魔力を直接流し込んだ。
その瞬間。
エルセの胸元にある『原初のプリズム』が、狂ったように点滅を始めた。
純白だった輝きが、ドクン、ドクンと脈打つたびに、漆黒の色を帯びていく。
(ああ……陛下……。冷たくて、重くて……でも、これ以上ないほどに温かい……)
エルセは、意識が遠のく中で、レオンハルトの漆黒が自分の中に定着していくのを感じていた。
彼女の透明だった指先に、徐々に「血色」が戻り始める。
消えかかっていた輪郭が、陛下の魔力という縁取りを得て、確固たる「実体」としてこの世界に再構築されていく。
「……陛下……ぁ、んっ……」
エルセがレオンハルトの背中に腕を回した。
先ほどまではすり抜けていたはずの感触。それが今は、確かに彼の熱い肌を捉えている。
一晩中、二人の魔力は交じり合い、嵐のように荒れ狂った。
漆黒が真珠色を抱き、真珠色が漆黒を受け入れる。
それは世界を維持する「神のシステム」に対する、最高に不敬で、最高に甘美な反逆だった。
やがて、夜が明け始めた頃。
ベッドの上で、荒い呼吸を整えながら横たわるエルセの姿があった。
彼女の白銀の髪には、所々に陛下の瞳と同じ「紫水晶」のような光沢が混じり、その肌には、神々しいまでの清浄さと、魔王に愛された色香が同居していた。
「……終わったのか?」
レオンハルトが、震える手でエルセの手に触れる。
指はすり抜けることなく、しっかりと絡み合った。
エルセは、弱々しく、だが確かに人間らしい温もりを持って微笑んだ。
「はい、陛下。……私、もうどこへも行きません。……あなたの隣に、ずっとおりますわ」
「……ああ……。ああ、エルセ……っ!」
レオンハルトは、安堵のあまりエルセの胸に顔を埋め、子供のように肩を震わせた。
神から彼女を奪い取った。
これでもう、彼女が光となって消えることはない。
彼女は永遠に、彼の「影」の中に閉じ込められたのだ。
だが。
エルセがレオンハルトを優しく撫でようとした時、彼女の掌から、微かな「暗い予兆」が零れ落ちたことに、二人はまだ気づいていなかった。
彼女の魔力はもはや、ただの浄化の光ではない。
漆黒を食らい、神をも飲み込む――『混沌』の片鱗を帯び始めていたのだ。
◆
帝都から遠く離れた、霧の深い渓谷。
そこには、かつて聖教国でさえも立ち入りを禁じた『禁断の聖域』があった。
その最深部で、一人の男が立ち上がった。
純白の法衣を纏いながらも、その手には禍々しい『金の鍵』が握られている。
「……ああ、始まったか。魂の融合。……人間が神を飲み込み、新たな理を作ろうとする傲慢。……面白いね。それこそが、僕たちが待ち望んでいた『真の供物』だ」
男は、かつてエルセを捨てたソラリア王国の関係者ではない。
神に仕えるフリをしながら、その裏で世界そのものを「無」へ帰そうとする組織の長。
「さあ、行こうか。……愛によって完成したその魂が、絶望によって砕ける時、世界は本当の姿を見せる。……待っていてね、エルセ。君を本当に『自由』にしてあげるのは、その皇帝じゃない。……この僕だ」
金の鍵が、虚空を切り裂く。
二人の蜜月は、新たな破壊の序曲に過ぎなかった。
第24話、いかがでしたか?
「愛し合うことでしか救えない」という状況下での、陛下の必死で、独占欲まみれの儀式……。
魂まで自分の色に染めてしまうという、まさに「なろう」恋愛の極致を描かせていただきましたわ。
エルセ様の肌に体温が戻り、二人が触れ合えるようになった瞬間、執筆している私も安堵で溜息が漏れました。
ですが、物語はただのハッピーエンドでは終わりません。
救われたエルセ様に宿った「新たな力」、そして謎の「金の鍵」を持つ男の登場。
陛下は、完成したばかりのこの愛を、迫り来る「深淵」から守り抜けるのでしょうか?
「陛下、一晩中頑張ったね!」「新キャラが不穏すぎる……!」
そんな風にドキドキしていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価】をお願いいたします!
皆様の熱い応援が、第3章の更なる盛り上がりを支える力となりますわ。
次回、第25話。
儀式の後、初めて迎える平穏な朝。
……のはずが、エルセ様の「ある変化」に、陛下が再び狂乱することに!?
どうぞ、お楽しみに。




