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第22話:魔王の逆襲、神の座を焼き尽くせ

割れた夜空の隙間から、色のない「虚無」が噴き出していた。


 美しいはずの帝都の夜景が、その裂け目から漏れ出す白い霧に触れた瞬間、音もなく消滅していく。建物も、街灯も、人々の歓喜の余韻さえも、まるで最初から存在しなかったかのように「無」へと還されていく。


「お下がりください、陛下! あれは……生物の魔力ではありません!」


 離宮のテラスに駆け込んできた親衛隊の騎士たちが叫ぶが、レオンハルトは彼らを一瞥だにしなかった。

 彼はただ、自分の腕の中で今にも光となって霧散してしまいそうなエルセを、砕けんばかりに抱きしめている。


『……見苦しいね。泥で編んだ絆を、そんなに大事に抱えて』


 宙に浮く白い仮面の使者が、鈴を転がすような、だが感情の欠落した声で笑った。

 使者の周囲では、現実世界がミリミリと音を立てて削り取られている。それは魔法ではない。世界のルールそのものを消去する、根源的な破壊。


『エルセ。君は、世界の綻びを縫い合わせるために作られたパーツだ。人間に愛され、体温を知ること自体が、プログラムのエラーなんだよ。……さあ、その男を離して。君が彼に触れるたび、その魂は摩耗し、消えていく。彼を殺したくないなら、大人しくこちらへ』


「――黙れ」


 レオンハルトが、一歩前に踏み出した。

 

 その瞬間、彼の足元から「漆黒」の津波が逆巻いた。

 エルセを優しく抱いていた時とは似ても似つかない、どす黒く、粘りつくような殺意の塊。それは、エルセの「浄化」によって飼い慣らされていたはずの、皇帝の真の姿――。

 触れるものすべてを死に至らしめる、災厄の魔力が解き放たれた。


「エルセがパーツだと? ……笑わせるな。この女の指先が、その吐息が、私の荒ぶる魂を唯一繋ぎ止めている。彼女がエラーだというなら、私はそのエラーごと、この世界をバグとして焼き尽くしてやる」


『……傲慢だね、漆黒の王。君の魔力は「存在するもの」を壊すための力。僕のような「無」を相手に、何ができるというの?』


 使者が指先を向ける。

 そこから放たれたのは、光さえ吸い込む「色のない閃光」。


 ドォォォォォンッ!!


 凄まじい衝撃波がテラスを直撃した。

 だが、粉塵が舞う中、レオンハルトは傷一つ負わずに立っていた。

 彼の右腕には、エルセの「無色」の魔力が糸のように巻き付いている。


「陛下……っ」


「案ずるな、エルセ。……お前の光は、神に捧げるためのものではない。私を、お前の魔王にするためのものだ」


 レオンハルトはエルセを左腕でしっかりと抱えたまま、右手に漆黒の剣を顕現させた。

 エルセの「無色」が漆黒の刃と交じり合い、それは真珠の輝きを帯びた「滅びの銀」へと姿を変える。


「神に伝えろ。……この女は、地獄の底まで私が独占する。……『深淵の葬列アビス・レクイエム』!」


 レオンハルトが剣を一閃した。

 放たれたのは、闇よりも深い闇。

 それは、使者が展開していた「無」の領域を、無理やり「死」という属性で上書きし、物理的に両断した。


『な……っ!? 「無」を、壊した……!? まさか、人間の魔力が理に干渉したというのか……っ!』


 白い仮面が、真っ二つに割れる。

 使者の身体が、レオンハルトの漆黒に喰われ、ボロボロと崩れ始めた。


「消えろ。お前たちが彼女を奪いに来るたび、私はその天を一つずつ引き摺り下ろしてやる。……エルセの涙一滴にも、お前たちの命は釣り合わぬ」


 レオンハルトの咆哮と共に、漆黒の炎が使者を焼き尽くした。

 夜空を割っていた亀裂が、無理やり閉じられる。


 ……沈黙が、戻ってきた。


 だが、勝利の余韻はない。

 レオンハルトが慌てて腕の中を確認すると、エルセの身体は、先ほどよりもさらに薄く、透明になっていた。


「エルセ! ……返事をしろ、エルセ!」


「……陛下……。私、平気ですわ……。でも、なんだか……とても、眠くて……」


 彼女の指先が、陛下の頬に触れる。

 温かいはずのその感触が、今は冷たい雪のように感じられた。


『……く、くく……。そうだ、それでいい。愛し合えばいい……。王よ、忘れるな。君が彼女に愛を囁くたび、彼女の人間としての時間は削り取られ、ただの「光の粒子」へと還るのだ。……君が彼女を愛することは、彼女を殺すことと同じなのだよ……』


 消滅の間際、使者が残した呪いの言葉が、レオンハルトの胸を深く抉った。


「黙れ……黙れぇぇッ!!」


 皇帝の絶叫が、静まり返った帝都の夜に響き渡った。

 

   ◆


 その頃、かつてソラリア王国と呼ばれた場所の果て。

 

 逃げ延び、今は薄汚い納屋に身を隠していたジュリアン王子は、激しい悪寒に襲われていた。

 ふと窓の外を見ると、そこには不気味な「真っ白な影」が立っていた。

 

「……だ、誰だ……。私を助けに来たのか? 私は王子だぞ! エルセさえ連れ戻せば……」

 

『……もういいよ、泥人形。君の役目は終わった。……君のその「後悔」の魔力だけ、神様に献上してあげる』

 

「あ……あ……ぎゃあああああああ!!」

 

 ジュリアンの身体が、内側から「無」に吸い込まれ、一瞬で消滅した。

 

 物語は、もはや「ざまぁ」の段階さえ超えようとしていた。

 世界を救うはずのエルセの光が、今度は世界を滅ぼすための「生贄」としてカウントダウンを始めていたのだ。

第22話をお読みいただき、ありがとうございます!

「無」の使者を圧倒的な暴力でねじ伏せるレオンハルト陛下……。

ですが、愛すれば愛するほどエルセ様が消えてしまうという、あまりにも過酷な真実。

「愛が死を呼ぶ」というこの絶望に、二人はどう立ち向かうのか。

執筆しながら、私も胸が締め付けられる思いですわ。


「陛下、どうかエルセ様を離さないで!」「王国側が文字通り消されてスッキリした!」

そんな熱い感想をいただけたら、これほど嬉しいことはありません。

もしこの先の展開が気になりましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価】をお願いいたします。

皆様の応援が、エルセ様を繋ぎ止める「絆」となりますわ。


次回、第23話。

エルセを救う唯一の手がかり。

それは、彼女の母が遺した「ある封印された部屋」に隠されていました。

どうぞ、お楽しみに。

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