第21話:神格化の代償、あるいは冷たい指先の体温
お待たせいたしました、第3章の幕開けです。
「第一部完」から少しだけ時が経ち、楽園となった帝国のその後。
幸せの絶頂にいるはずの二人に、世界の理が牙を剥きます。
再開を待ってくださった皆様も、ここから読み始める皆様も、
さらに加速する「重すぎる愛」の深淵をお楽しみくださいませ。
アイゼンシュタット帝国の夜は、かつてないほどに清浄で、美しい。
窓の外には、エルセの魔力がもたらした豊かな森が広がり、夜空には彼女の存在に共鳴する銀色の星々が瞬いている。かつて「魔王の国」と恐れられた帝国は、今や世界で最も神に近い聖域となっていた。
だが、その聖域の奥深く。皇帝の寝所だけは、澱んだような「執着」の熱に支配されていた。
「……逃がさん。どこへも行かせんぞ、エルセ。神が、運命がお前を奪いに来るというなら、私はこの腕ごと、お前を漆黒の闇に縫い付けてやる」
レオンハルトの掠れた声が、エルセの耳元で響く。
彼の大きな掌が、エルセの華奢な腰を折れんばかりに抱きしめていた。
けれど。
エルセには、その感触がひどく「遠い」ものに感じられていた。
「陛下……。私は、ここに。あなたの腕の中に、おりますわ……」
エルセが微笑んで彼の手を握り返そうとする。
だが、彼女の指先は、月の光を透かす薄衣のように淡く、向こう側の景色を透かしていた。
第2章の最後で、彼女が『世界の心臓』として覚醒してから、エルセの「人としての肉体」は、急速にその密度を失っていたのだ。
彼女が優しく笑うたび、世界は救われるが、彼女自身は「神格」という名の概念へと昇華し、この世から消えようとしている。
「……っ、まただ。また、お前の指先が、私の闇を通り抜けていく……!」
レオンハルトの瞳に、獣のような、あるいは捨てられた子供のような絶望が宿った。
彼は狂ったように、自分の指先を噛み切り、そこから溢れる「漆黒」の魔力をエルセの体に塗りたくった。
破壊の魔力で彼女の神性を汚し、無理やり「人間」の側に引き戻そうとする――彼なりの、あまりにも歪んだ愛の儀式。
「痛くても構わん。私を、憎んでもいい。……ただ、消えないでくれ。私を、独りにしないでくれ……っ!」
「陛下……泣かないで。私は、消えたりいたしません。……たとえ、この体が光になっても、心はあなたの檻の中にございます」
エルセが彼の涙を指先で拭う。
その瞬間、触れた部分の彼女の指が、光の粒子となってハラハラと崩れ落ちた。
二人の悲鳴が重なる。
その時。
――ガシャンッ!!
静寂を切り裂くように、窓の外の夜空が「鏡のように」割れた。
そこから現れたのは、かつての王国や教国の残党ではない。
色彩を持たない、完全なる『無』。
真っ白な仮面をつけた、小さな子供のような姿をした使者が、宙に浮いたまま二人を見下ろしていた。
『見つけた。神様のなり損ない。……そんなに人間でいたいなら、その男と一緒に、底なしの深淵へ堕ちてみる?』
レオンハルトが、剥き出しの殺気を込めて立ち上がる。
エルセを守るように漆黒のマントを広げたその姿は、文字通り、神に挑む反逆の魔王そのものだった。
「……面白い。ちょうど、お前たちの主を引きずり出して、八つ裂きにしたいと思っていたところだ」
再開した物語は、もはや一国の争いではない。
愛する女を「人間」として抱きしめるために、皇帝はついに、世界そのものを敵に回すことを決意したのだ。
再開1話目、いかがでしたか?
幸せの絶頂から一転、エルセ様が「消えてしまう」という最大の危機。
そして現れた謎の使者……。
陛下は、愛する彼女をどうやってこの世に繋ぎ止めるのか。
ここからの第3章は、全話がクライマックス級の熱量でお届けします。
「待ってました!」という方は、ぜひ【いいね】や【ブクマ】を!
物語は、誰も予想しなかった「深淵」へと向かいますわよ。




