第2話:『役立たず』という烙印を押された日
凍てつく雨が、容赦なくエルセの体温を奪っていく。
ガタガタと激しく揺れる荷台の上で、彼女は泥に汚れた指先を虚しく握りしめた。
数時間前まで、彼女はこの国の第一公爵令嬢として、最高級のサスペンションを備えた馬車に乗っていた。だが今、彼女を運んでいるのは、家畜を市場へ送るための、屋根すらない粗末な荷車だ。
「……寒い」
震える唇から漏れた吐息は、白く濁って消えた。
泥と雨にまみれたドレスは、もはや美しい絹の輝きを失い、冷たい鉛のように彼女の体にまとわりついている。
ソラリア王国。
魔力の色こそが人間の価値を決めるこの国で、エルセの「無色」は、物心がつく頃から「呪い」として忌み嫌われてきた。
だが、真実は残酷なほどに逆だった。
(私はただ、この国が健やかであるようにと願っただけでしたのに……)
エルセは、亡き母から受け継いだ特殊な体質を持っていた。
それは、周囲に漂う魔力の「濁り」や「毒」を吸い取り、自身の内で浄化し続けるという、あまりに過酷な自己犠牲の力。
十年。
彼女が十歳の春から、一日の欠かさず王城の結界に触れ、王族が魔法を乱用した後に残る「澱み」をその身に受けてきた。
彼女の髪が白銀になり、瞳から色が消えたのは、あまりに膨大な「毒」を浄化し続けた結果、彼女自身の魔力が極限まで研ぎ澄まされ、透明に至った証。
それなのに。
『色のない欠陥品め! お前が王城にいるだけで、空気が濁るのだ!』
ジュリアン王子の罵声が、雨音に混じって脳裏に蘇る。
浄化して清めている張本人を「濁りの原因」と決めつけ、あまつさえ、その力を「王室への呪い」だと言い放ったあの男。
ガタンッ、と大きく馬車が跳ねた。
目的地――人間が足を踏み入れてはならない禁忌の地、『境界の森』の入り口に到着したのだ。
「おい、降りろ。ここがお前の新しい『公爵邸』だぜ」
下卑た笑い声を上げながら、御者がエルセの腕を掴み、地面へと引きずり下ろした。
ぬかるんだ泥の中に放り出されたエルセの前に、一枚の紙片が投げ捨てられる。
それは、彼女の実家であるアラバスター公爵家の家紋が押された、絶縁状だった。
「公爵閣下から伝言だ。『我が家系に、色も持たぬ役立たずは不要。野垂れ死ぬのが、せめてもの親孝行だと思え』……だとよ」
「……お父様が、そんなことを?」
「ああ。お前の私物はすべて、あの虹色の魔力を持つミエル様に差し上げることになった。あの方は素晴らしいな。お前のような『呪いの人形』を追い出した功労者として、今頃は城で祝杯を上げている頃だろうよ」
エルセの視界が、涙で滲む。
母が遺してくれた数少ない形見も、丹精込めて育てた庭の花々も、すべてがあの強欲な女に奪われた。
それどころか、自分がこれまで必死に浄化して守ってきたこの国の人々さえも、自分を「厄介払い」できたと喜んでいるのだ。
「さあ、行け! 魔物に食われる前に、少しでも遠くへ走るんだな!」
馬車は泥を跳ね飛ばしながら、来た道を猛スピードで戻っていく。
静寂が訪れた。
雨の音と、森の奥から聞こえる不気味な獣の咆哮。
エルセは泥にまみれたまま、膝をついて項垂れた。
もう、戦う気力も、生きる希望も残っていない。
誰のためでもなく、ただ「正しくありたい」と願って生きてきた結果が、この暗闇なのか。
(……ごめんなさい、お母様。私は、あなたのようには強くなれませんでした)
意識が遠のき、指先の感覚が消えていく。
だが、その時。
森の奥から、圧倒的な「圧」を伴った影が、ゆっくりと近づいてきた。
それは、この世の理をすべて壊し尽くすような、禍々しくも美しい漆黒のオーラ。
エルセの「浄化の力」が、かつてないほど激しく脈動した。
死を目前にした彼女の前に現れたのは、果たして地獄の使者か、それとも――。
エルセの不遇、そして「役立たず」という誤解。
彼女の献身を知る私たち読者からすれば、ジュリアン王子たちの仕打ちは万死に値しますわね!
でも、安心してください。
この「絶望の深さ」こそが、次回登場するレオンハルト様の「執着的な愛」をより一層甘く、熱くさせるスパイスなのです。
「王子をギャフンと言わせたい!」「エルセを今すぐ抱きしめてあげて!」
そんな熱い想いを抱いていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価】をお願いいたします。
皆様の応援が、エルセを救う光となります!
次回、ついに『漆黒皇帝』レオンハルトとの運命の邂逅。
どうぞお見逃しなく!




