第15話:世界が彼女に恋を始めた
アイゼンシュタット帝国の謁見の間。
かつてエルセが「至宝」として宣言されたその場所に、今は不穏な「白」が満ちていた。
聖教国の使節、大司教バルド。
彼は純白の法衣を纏い、背後に武装した聖騎士たちを従え、不遜な態度でレオンハルトを見上げていた。その手には、眩い光を放つ『聖典』が握られている。
「レオンハルト皇帝。直ちに、その娘――エルセ・フォン・アラバスターを解放せよ。彼女に宿る『無色』の力は、天界の神が地上に遣わした聖なる遺物。一介の人間が、ましてや『漆黒の呪い』を持つ貴公が、私物化してよいものではない」
大司教の言葉に、周囲の空気が一瞬で氷結した。
玉座の隣、レオンハルトの腕の中に守られるように立つエルセは、その傲慢な視線に微かに肩を震わせる。
「……解放、だと?」
レオンハルトの声は、地底から響くような低音だった。
彼はエルセの腰を抱き寄せ、その首筋に顔を埋めるようにして、大司教を冷徹に射抜いた。
「この女は私の番であり、帝国の魂だ。神が彼女を欲しているだと? ならば、その神に伝えろ。――『欲しくば、自ら奪いに来い。その前に天を叩き落としてやる』とな」
「不敬な……! 貴公、神敵となるつもりか!」
「エルセがいない世界に、守る価値などない。神とやらが彼女を奪うというなら、私は迷わずこの世界を焼き尽くす。……大司教、お前のその薄汚い口で、二度と彼女の名を呼ぶな」
レオンハルトから放たれた漆黒の圧が、大司教を物理的に押し包む。
耐えかねた大司教は、苦し紛れに『聖典』を掲げた。
「ええい、強情な! ならば、神の裁きを受けよ! 『聖なる光』!」
聖典から放たれた、目も眩むような黄金の閃光。
それは触れるものすべての魔力を「無」に帰す、聖教国最強の封印術。
標的は、レオンハルトではなく――エルセだった。
「エルセッ!」
レオンハルトが彼女を庇おうと身を乗り出した、その瞬間。
――キィィィィン、という、耳朶を震わせる清冽な音が響き渡った。
エルセの胸元にある『原初のプリズム』が、爆発的な輝きを放ったのだ。
だが、それは黄金の光とは対極にある、透き通った「透明な衝撃波」。
大司教が放った黄金の光は、エルセの「無色」に触れた瞬間、霧散したのではない。
……まるで、汚れた水が濾過されるように、ただの「無害な空気」へと書き換えられてしまったのだ。
「な……な、なんだと!? 我が神聖魔法が……書き換えられた、だと!?」
エルセは、無意識に手を前に差し出していた。
彼女の指先からは、真珠色の粒子が溢れ出し、謁見の間の冷たい石造りの壁から、次々と純白の百合が芽吹き、一瞬にして満開となった。
「……あ、あの。争いは、おやめください。私は……神様のものでも、道具でもありません」
エルセの凛とした声。
彼女の背後には、彼女の魔力が具現化したかのような、巨大な「光の翼」の残像が揺らめいていた。
その光景に、聖教国の聖騎士たちが思わず武器を落とし、その場に跪いた。
大司教ですら、あまりに圧倒的な「本物の神性」を前に、言葉を失って震えている。
「あ、ああ……これこそが……『原初のプリズム』……。神話にある、世界を創造した色彩……」
エルセは、戸惑いながらレオンハルトを見上げた。
「陛下……私、また何か……やってしまいましたか?」
レオンハルトは、一瞬だけ呆然とした後、狂おしいほどの愛しさを込めて彼女を抱きすくめた。
「……ああ。お前はまた、世界を跪かせてしまったようだな。……全く、これでは檻をいくら頑丈にしても足りない」
レオンハルトは跪く使節団を一瞥し、地獄の王のような宣告を下した。
「全軍に通告せよ。――本日より、アイゼンシュタット帝国は、聖教国を『敵国』と見なす。エルセに手を伸ばそうとした報いだ。神の座ごと、その国を地図から消し去ってやろう」
エルセの奇跡が、帝国の軍勢を動かす宣戦布告となった。
彼女の美しさと力が、ついに世界を本気で狂わせ始めたのだ。
◆
一方その頃、ソラリア王国。
国民の暴動に追いつめられたジュリアン王子は、ボロボロの衣服で、隠し通路から逃げ出そうとしていた。
「くそっ、なぜ私がこんな目に! ……そうだ、聖教国だ! あそこに行けば、エルセを『魔女』として断罪し、帝国を滅ぼしてくれるはずだ……!」
彼はまだ、自分の首を絞めているのが「神」でも「帝国」でもなく、自分が捨てた少女への「後悔の毒」であることに気づいていない。
世界は今、一人の「無色」の令嬢を中心に、破滅と新生へと向かい始めていた。
いかがでしたか? 第15話。
聖なる光さえも「書き換えて」しまう、エルセ様の圧倒的な神性……!
これこそが、彼女を「ただの聖女」ではない、「世界の理そのもの」へと昇華させる瞬間です。
そして、それを見て独占欲を限界突破させるレオンハルト陛下。
「神の座ごと地図から消す」というセリフ、書いていて心が震えましたわ!
「エルセ様、すごすぎる!」「陛下、もっと暴れていいですよ!」
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次回、第16話。
帝国軍、出陣。
レオンハルトがエルセを「馬上の膝の上」に乗せたまま、聖教国へと進軍を開始します。
史上最も甘く、最も苛烈な「愛の戦争」をお楽しみに!




