表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
泥人形と呼ばれた令嬢、隣国の冷徹皇帝に「世界の至宝」として攫われる ~「無能」と捨てられた私が、実は世界を守る唯一の浄化術師だった件。~  作者: 西園寺ミオ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
13/52

第13話:泥の中に堕ちた、かつての王子

 アイゼンシュタット帝国の国境ゲートを叩き出された時、ジュリアンとミエルを待っていたのは、かつての華やかな凱旋などではなかった。

 そこにあったのは、鼻を突くような「腐敗」の臭いと、重苦しい灰色の空だった。


「……ハァ、ハァ……。なんだ、この空気は。息が、詰まる……」


 ソラリア王国の領土へ一歩足を踏み入れた瞬間、ジュリアンは激しく咳き込み、地面に膝をついた。

 魔力とは、本来その土地の生命力そのもの。エルセという『原初のプリズム』が二十四時間絶え間なく浄化し続けていたソラリア王国は、彼女がいなくなったその瞬間から、これまで蓄積されてきた「人の業」と「魔力の澱み」が爆発的に逆流し始めていたのだ。


 王都へ向かう街道沿いの村々は、かつての喉かな面影を失っていた。

 井戸水はどす黒く濁り、畑の作物は収穫を待たずして墨のように真っ黒に腐り果てている。


「おのれ……帝国め、我が国に呪いでもかけたというのか!」


 ジュリアンが呪詛を吐くたび、彼の喉からは嫌な音と共に濁った痰が溢れる。

 隣でボロ布を纏い、顔を隠して震えるミエルを振り返る余裕さえない。彼女の「虹色の魔法」は、今や見る影もなく、彼女の肌を焼き、醜い痣となって浮き出ていた。


 やがて、王都の城門に辿り着いた時。

 彼らを迎えたのは、血走った目をした民衆たちの怒号だった。


「――王子だ! 王子が帰ってきたぞ!」

「エルセ様はどうした! 聖女様を連れ戻したんだろうな!?」


 罵声と共に、泥や石が投げ込まれる。

 かつてエルセを「色のない欠陥品」と石を投げて追い出したのは、他ならぬこの民衆たちだ。だが、彼女がいなくなったことで土地が枯れ、疫病が流行りだすと、彼らは手のひらを返して彼女を求めた。


「黙れ! エルセは帝国に寝返った裏切り者だ! 私とミエルがいれば、この国はすぐに……!」


「嘘をつくな! ミエル様が魔法を使うたび、川の魚が死ぬじゃないか!」

「エルセ様がいた頃は、こんなに空が重くなかった! 彼女を返せ! 私たちの平穏を返せ!」


 民衆の投石がジュリアンの額に当たり、濁った血が流れる。

 逃げるように王宮へ駆け込んだ彼を待っていたのは、さらに凄惨な光景だった。


 王宮のシンボルであった『極彩色の薔薇園』は、今や見る影もなく、どろどろの腐土へと変わり果てている。

 玉座に座る国王もまた、かつての威厳を失い、死人のような顔で震えていた。


「ジュリアン……遅かったな。もう、この国の魔力貯蔵庫は空だ。……あの(エルセ)が、一族の血筋に眠る毒をすべて引き受けていたことに、なぜ気づかなかった……」


「父上、何を……! あの女はただの……!」


「ただの道具ではなかったのだ! 彼女は、我が王家を『呪い』から守るための生贄だった! 彼女を捨てた瞬間、我々の命脈は断たれたのだ……っ!」


 国王が激しく吐血し、崩れ落ちる。

 その血は、赤ではなく、ドブ川のような暗褐色をしていた。


 絶望に打ちひしがれたジュリアンは、ふと、北の空を見上げた。

 そこには、遠く離れた帝国の方角に、天まで届くような一筋の「銀色の光」が輝いていた。


 それは、エルセがレオンハルトの腕の中で微笑み、愛を囁くたびに溢れ出す、至高の浄化の光。

 自分たちが泥の中に叩き落とした少女が、今は手の届かない神の如き場所で、世界を潤している。


「あ……ああ……。エルセ、エルセ……! 戻ってきてくれ! 私が悪かった、お前を愛してやるから、だから……!」


 闇に染まった王宮に、王子の虚しい絶叫が響き渡る。

 だが、その声が帝国に届くことはない。

 

 一方その頃。

 アイゼンシュタット帝国のテラスでは。


「――んっ、陛下……。まだ、お昼間ですわ……」


「お前の唇が、あまりに甘いのが悪い。……お前の色は、一滴たりともあのゴミ共には分けてやらん。お前が放つ光は、私の暗闇(こころ)を照らすためだけのものだ」


 レオンハルトは、潤んだ瞳で自分を見上げるエルセを、これでもかと強く抱きしめていた。


 地獄と、極楽。

 色彩のバランスは、今、完全に入れ替わったのだ。


 ――だから、彼は気づくのが遅れた。


 エルセの白い指が、彼の頬に触れる。

 午後の光が、その指を透かした。


 透かした?


 レオンハルトの動きが止まる。

 布でも、硝子でもない。彼女の指の向こうに、テラスの手すりの輪郭が、薄く見えていた。ほんの一瞬。瞬きの間に、それは元の白い指に戻る。


「……陛下? どうかなさいましたか」


 エルセは何も気づいていない。小首を傾げ、いつものように微笑んでいる。


「……いや」


 レオンハルトは、彼女の手を掴んだ。

 強く。骨が軋むほどに強く。ここにある、と自分に確かめさせるように。


「痛い……陛下、痛いですわ」


「……すまん」


 力を緩める。掌には、確かな熱と、確かな重みがあった。

 何もない。何も、おかしなところはない。


 だが、この男が――一夜で王国を干上がらせ、神をも恐れぬと謳われたこの皇帝が、生まれて初めて、自分の心臓の音を「うるさい」と感じていた。


 遠く北の空では、王子が、失ってから少女に手を伸ばしている。

 同じ空の下で、皇帝は、腕の中の少女がまだそこにいることを、何度も確かめていた。

王子が、失ってから気づいた日。

陛下が、持っているのに怯えはじめた日。

同じ一日を、両側から書きました。


「王子たちの末路、もっと酷くてもいい!」「陛下、その手を離さないで!」

そんな風に思っていただけましたら、ぜひ【ブックマーク】と【ポイント評価(★★★★★)】をお願いいたします!


……ところで、皆様。

陛下が見たあの指先は、見間違いだと思われますか?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ