年始めの打ち合わせ。【番外編その2.行きの電車(後半)】
「水都と同じ結界がどこでも張れれば良いんだけど、あれは維持費も管理費もとんでもないからなあ。
兎に角、婆さんたちと違って武斬はまだ小さいんだから、明がよく見てあげないと……って、聞いてる?」
ちょっと余所見している間も、お父さんの話は続いていたみたい。
大事なことだっていうのはわかるんだけど、そんなに何度も言わなくたって良いと思う。
つい、口をとがらせたら、お父さんは呆れたように眉を顰めた。
「うちの国は治安が良いし、本当に誘拐事件が起こることなんか滅多にない。
野生の霊獣の密猟なんかも最近は聞かないから、実感が沸かないのはわかるよ。
でもね、可能性はゼロじゃないってことを忘れちゃいけないよ。
霊獣は強いけど、弱点をつかれるとあっさり捕まったりもするんだ。そう言う連中はちゃんと下調べをしてくるから。」
「そりゃ、そうだろうけど。」
「特に神社付きは人馴れしてる分、すぐ攻撃してこないんでやりやすいって言うし。
野生のと違って発覚も早いし、足もツキやすいって言うデメリットもあるけどね。
……紫婆さんだって、昔、狙われたことがあるんだよ。」
「えっ、そうなの!?」
話が長くなりそうで嫌だなあって思ってたら、とんでもないことをお父さんは言い出した。
紫おばあちゃんが誘拐されそうになったことがあるなんて、聞いたことない。
「お父さん、どういう事?」
「お父さんがまだ若かった頃、今の明ぐらいだった時の話だよ。」
詳しく教えて欲しくて身を乗り出せば、お父さんも珍しく真面目な顔をして姿勢を正した。
「境内で遊んでたら、七色に光る鬼火がフワフワ飛んできたんだ。
婆さんは『そんな得体のしれないものに近寄るな!』って言ったんだけど、あんまり不思議で綺麗だから、つい、追いかけて外に出ちゃったんだよね。
うちの神社の前の大通りには車も多いし、全然周りを見てないから危ないって、婆さんも追いかけてきて、あっと思ったら、頭の上から網とマタタビの粉が振ってきたんだ。」
「ええっー!」
『明、大きな声出さない。』
武斬はまだ寝ていなかったらしくて、プシッと鼻を鳴らして注意してきた。周りに人が居ないと思ってと、低く唸って怒る。
そりゃそうだけど、だって、あんたのおばあちゃんが攫われそうになった話だよ?
武斬は何も感じないのかな?
なんとなくスッキリしないものを感じながら、私は続きを聞いた。
「それで、どうなったの?」
「ネコ科の婆さんを無力化させるために撒かれたマタタビの粉が、お父さんの鼻に入ってね。
くしゃみが止まらなくなっちゃって、粉を吹き飛ばしたから、婆さんは無事だったんだ。
それで網を振り払ったとこまでは良かったんだけど、今度はお父さんが捕まっちゃって。
人質を取られたら婆さんも手が出せないし、あわやって所で騒ぎを聞きつけた雪之丞が飛んできて、犯人に体当りしたんだ。
お父さんはその隙に逃げて、人質が居なければ後は婆さんの独壇場だよ。
でも、一歩間違えればマタタビに酔っ払って抵抗できなかっただろうし、本当に危なかったんだ。」
そう話すお父さんは真剣だった。
うちの霊獣が実際に狙われた事があったなんて、ちっとも知らなかった。
紫おばあちゃんもお父さんも、ついでに雪之丞も無事で本当に良かった。けど。だけど。
「でも、お父さん、その話、お父さんがおばあちゃんの言うことを聞いて、鬼火に釣られなかったら良かったんだよね?」
「いやあ、普段、小鳥も狙わないような澄ました顔してても、やっぱり虎は虎だったね。
あの時の婆さんの怒り様ったら、凄かったよ。」
「ねえ、お父さん、人質にもなっちゃったんだよね?」
「雪之丞が来たタイミングもバッチリだったしね。
大声で叫んだから、周りの人もすぐ気がついてくれた。
あの時ほど自分の声が大きくて良かったと思ったことはなかったねー」
「ねえ、お父さん?」
「さて、気をつけなきゃいけないのが分かった所で、お父さんはちょっとトイレに行ってくるけど、ちゃんと武斬を見ておくんだよ。」
お父さんは自分が言いたいことだけ言い終わると、隣の車両に取り付けられたトイレに行ってしまった。
ぶーっと頬を膨らませたら、みゃーっとキャリーバッグの中から笑い声がした。
『くしゃみでマタタビが飛んだのは良いけど、お父さんの唾が顔にかかってすっごく嫌だったって、ばあちゃん、言ってたよ。』
「なんだ、武斬は知ってたんだ。」
道理で平気な顔をしてると思った。
バッグの隙間からおかしそうに、ピクピク動く子虎のヒゲが見える。
『結構前に、聞いたよ。』
「それなら、私にも教えてくれればよかったのに。」
なんだか、仲間はずれにされたみたいで、いい気持ちがしない。
つんつんとバッグを突っつけば、ブシブシと武斬は短く鳴いた。
『だって、明が知らないなんて、知らないもん。』
「だからってさー」
『それより、今日会う他所の神社の連中のことはちゃんと分かってる?
名前とか場所とか、役割とか。知らないと恥かくよ。』
話をずらすみたいに、子虎はミャッと短く鳴いた。
翡翠みたいな緑色の目が、胡散臭そうにバッグの隙間から睨んでくる。
「分かってるってば。」
『本当に? じゃあ、言ってみてよ。』
武斬に促されるようにして、私は右手の甲を上に指を三本立てた。
小さい頃からなんとなく知っているし、ちゃんと復習もしたから、これ位、間違えるはずない。
「この手首のあたりが水都としたら、人差し指の爪のあたりに日位県の不二神社、中指の爪の辺りが三峰。間にある魔境が過負盆地。
不二と三峰、この二つの神社が協力して結界で過負盆地の瘴気をおさえてる。
中指の第二関節あたりに御武、指の付け根あたりに咲零。
御武が三峰と不二、二つの結界を繋いだ門を守り、水都までの第一防波堤となると同時に、瘴気から生まれた魑魅魍魎を少しずつ戦闘用の結界に移動させてる。
咲零は第二防波堤。あと、御武が結界に集めた魍魎を退治してる。
薬指の爪辺りに齋登、三峰と齋登の間にあるのがうち、智知。
齋登が魔石の産出や霊気の貯蔵庫で、うちは他の神社の補助とか調整。
三峰や御武から受け取った情報を整理したり、齋登や自分のところで取れた魔石を加工したり、咲零に加工した魔石を送ったり。
大体そんな感じだよね。」
『齋登は税金の殆ども担当してるよ。
三峰は霊気は豊富だけど魔石は取りづらいし、うちの神社で取れるのは咲零が使っちゃうから。』
右手を地図代わりにして、一つ一つ指差しながらの私の答えに、武斬は満足げにぐるぐる喉を鳴らしながら補足した。
「三峰の魔石は森の奥深くまで行かないと採取できないって聞くもんね。でも、代わりに霊木とかを産出してるでしょ。」
『そうだね。でも、どちらにしろ、その辺りの管理をしてるのもうち。
三峰も齋登も出すだけ。咲零に至っては使うだけ。御武は管轄が違うから関係ないけど。』
魔境から瘴気を防いだり、周りの畑を豊かにしたり、希少な資源を産出したり、神域から受けられる恩恵は色々ある。
それにしても、なんだか他所の神社を馬鹿にするような子虎の言い方に、ちょっとムッとする。
「そう言う言い方、止めなさいよ。」
『だって、本当のことだもん。』
私達、身内の中ではまだ許されるけど、他所の神社の人にまでそんな態度を取ったら、失礼極まりない。
これじゃ駄目だと思って強く叱ったのに、金色の子虎は素知らぬ顔で欠伸をした。
『殆ど壊れることのない強力な結界を見張ったり、魍魎と戦うだけでいいんだ。
一つのことだけに集中してればいいって、楽だと思うよ。
だけど、採取できる霊木や魔石の量を管理したり、行政からの要望に応えたり、斐伊河とか街の神社と連携したり、細かい調整が必要な仕事の殆どが、智知の担当なんだよ。
あれもこれもやらなきゃいけなくて、うちは大変なんだよ。』
鞄の隙間から、尻尾を得意げにゆらゆらさせるのが見える。
やだ、この子、絶対なにか勘違いしてる。
もー 雪之丞も紫おばあちゃんも、お父さんもなんでちゃんと注意してないの。私にはあれだけ煩く言ってくるのに。
皆、子虎たちには甘いんだから!
「それだって、お父さんや雪之丞がやってることで、武斬が威張ることじゃないでしょ。
何より、神社は色々お互い様。
簡単に見るだけ、戦うだけって言うけど、あんたは山中に張られた結界の管理だって出来ないし、魍魎なんかと戦えないじゃない。」
電車の中だから、静かにしなくちゃいけないのは分かっているけど、ついつい声が大きくなってしまう。
キャリーバッグをガシガシ揺らして叱れば、武斬は不満げにバシリと前足を振るって反撃し、ぐるうと偉そうに唸った。
『そうでもないよ。
山や森だって、歩くだけなら簡単だし、魍魎だって、こないだばあちゃんと一緒にだけどやっつけたもん。』
山の中なんか、歩いたことないくせに!
私も舗装されたところしかないけど。でも、起伏はあるし、虫もでるし、簡単なはずないよ。
それに倒したって言うのも、偶々それっぽく生まれた瘴気の塊。病院内でふわふわしているって通報があって、紫おばあちゃんと雪之丞が出ていったのに、武斬はついていっただけ。
「あれはすっごく、弱い奴じゃない!
何より町中で突発的に出るのと、魔境で生まれるのは全然違うって言うでしょ!」
『そうかな? でも、魍魎は魍魎だよ。』
いくら言い聞かせても子虎はぺろりと口の周りを舐めて、知らん顔。
こんなの、他所に連れて行って大丈夫かな?
「兎に角、他所の霊獣の前で、そんな失礼な態度取らないでよ!」
『その辺はまあ、社交辞令ってやつを心得てるよ。』
改めて釘を差してみたけど、全然効果がなさそう。
どうしようかと憤ってたら、丁度お父さんが帰ってきた。
「ちょっと、何を喧嘩してるの。電車の中で、みっともない。」
「お父さん! 武斬がすっごく失礼なんだよ!
他所の神社のお仕事、軽く見てるの!」
これ幸いと早速言いつければ、流石にお父さんも顔をしかめた。
「そうなのか、武斬?」
『他所より、うちの神社は仕事の幅が広くて大変だって言っただけだよ。』
厳しい声で聞かれて、子虎は嘘ではない程度に言い訳した。
お父さんは納得した訳じゃなさそうだったけど、それ以上聞かずにやっぱり釘だけ刺した。
「此処で揉めることじゃないから今はやらないけど、大変なのはうちだけじゃない。
三峰も咲零も、何処もぎりぎりの人数で限界以上に頑張ってるんだ。
変なことを言って恥をかくのはお前だぞ。それにシズ君に怒られても、助けてやらないからな。」
「そうだ、今日はシズ様もくるんじゃない!
こんな怒った顔、見せられないよ!」
言われて思い出したって程じゃないけど、私は飛び上がった。
頬を何度も両手で抑えて、気持ちを落ち着かせる。万一、眉間とかに皺なんか寄ってたら台無しだもん。
三峰の神狼は昔から美形揃いで有名だけど、シズ様が特に麗しいのは女の子なら皆、知ってる。
何時も山の奥の自分の神社に居て、お祭りでもなければ滅多に町中までお出でにならない。
だから、今日会うって話したら、友達全員に羨ましがられた。「写真、撮ってきて!」って頼まれたけど、シズ様、写真は嫌いなんだよね。
断ったら余計に羨ましがられた。実際、神社の娘じゃなかったら、こんな機会ないもの。役得役得。
髪もきちんとセットしたし、メイクもおかしくない程度に少しだけしたし、大丈夫なはずだけど、紫おばあちゃんに言われたとおり、襟を直してみる。
「ねえ、お父さん、私、変じゃないよね?」
「別に普通だけど、なんだかなあ。
シズ君にはナナちゃんって、ちゃんとした相手がいるんだよ?」
「そんなの分かってる! でも、そう言う問題じゃないの!」
もう彼女がいる相手、しかも霊獣に大騒ぎするなと呆れられるけど、それとこれとは別!
確かに同じ三峰の眷属のナナちゃんは可愛いし、二人の仲が良いのは分かっているけど、シズ様はアイドルみたいなもの。ただの憧れ。眼福なの!
お父さんや雪之丞だって、綺麗な女の人には態度を変える。私、知ってるんだから。昔、よく来た狗賓のお姉さんに二人がデレデレだったの。
それに比べたらよっぽど私のほうが純粋だもん。
フンとそっぽを向いたら、武斬がグルルと唸った。
『ったく、他所の霊獣に大騒ぎして。
明は何時もそうなんだから。みっともないよ!』
「うーるーさーい! 武斬は本当に可愛くないね!」
「ほら、喧嘩しないの。」
これは帰ったらお説教かなあとお父さんがボヤいた。
バッグの中で、子虎がぐるぐる唸る。
『ボクは寝るって言ってるのに、明がうるさいのが悪いんだよ。』
ふんだ、私、悪くないもん。
もう、武斬と口なんかきかない。それより、窓の景色を見ている方がよっぽどいい。
早く、咲零につかないかなあ。
でも、咲零のライオンたちも、武斬みたいだったらどうしよう。それはちょっと嫌だな。私、宮司の山口さんとも会ったことないし。
あと、今日は御武と齋登の宮司さんと霊獣もくるんだよね。齋登は三峰と違って町中だから、何度も行ってるし、学校の課外授業先だったこともあるけど、ツキ君とはあんまり話したことない……でも、おじいちゃんがいるよね。
あ、今日はおじいちゃんって言っちゃいけないんだった。えっと、長瀞さん、長瀞さん。よし、大丈夫。
御武は、男性の神職さんしか居ないんだっけ?
何時も御武だけ、なんとなく会話から外れてるんだよね。あそこは一応、水都の管轄だからかな?
どっちも山の中って意味じゃ、変わらないと思うんだけど。
ま、いっか。
窓の外では青空と緑の森が広がって、すごく綺麗。
やっぱり特急は速い。このまま何も問題なく、ちゃんと無事に帰ってこれますように。
私は心のなかで本殿の奥に眠る御神体を思い浮かべ、そっとお願いした。




