年始めの打ち合わせ。【番外編その1.行きの電車(前半)】
霊気の流れる神域を滞り無く管理するため、神社には周囲から派遣されたり、代々その地に住み着いた神職が、通常一人以上つく。神職は宮司と呼ばれる長を中心に地脈の流れを調整し、祭祀や邪鬼の討伐を執り行い、神使、眷属と呼ばれる霊獣の世話や補佐をする。
私のお父さんが宮司をしている神社、智知神社にも霊虎の紫おばあちゃんや梟系霊鳥の雪之丞、あまり人前には出ないけど子虎や龍、神猿達がいる。
神社の娘として生まれたから、神術や霊獣のことはそれなりに詳しいつもり。
でも、正式に後を継ぐなら試験に合格して、実地訓練、所謂修行もそれなりに積まないといけない。
勿論、基本的な魔法の授業やテストは中学や高校でもやるけど、専門職としては全然足らない。資格試験だって何段階かあって、単純に働くだけなら3級まで取ればいいけど、祭務を行ったり、霊獣を連れて出歩くなら、もっと上の資格が必要になる。
だから、大学に行く子もいるけど、本当にそっちの職に付きたいなら専門学校に進むのが普通。
クラスメートの漆青君も専門に行くって言ってた。今からやりたいことがはっきりしてるって、格好いいなって思う。
私も将来的には家の仕事をするつもりではいるけど、後を継ぐとか、一生の仕事にする覚悟ができているかって聞かれると、ちょっと自信がない。
うちの神社はそれなりに大きい方だから、働いているのは2級以上の資格を持ってる人ばかりだし、宮司になるなら、それこそちょっとやそっとの頑張りじゃ足らないんだって。
お父さんもああ見えて仕事のできる人みたいで、境内の整備とか毎日の仕事の他に、時々、難しい式札を用意したり、凄く細かい魔石の加工をしてる。
凄いって言う事はわかるんだけど、それだけに自分が同じものを作れるようになったところなんて、全然想像できない。
簡単な術だったら私も使えるし、術札だって作れる。霊獣の皆のことは大好きだからずっと一緒に居たい。
だけど、後を継ぐにはそれだけじゃ駄目なんだって、最近、実感する様になってきて、ちょっと辛い。
『明ちゃんだって、ちゃんと勉強して頑張れば大丈夫だよ!
分からないところがあったら聞いて。僕が教えてあげる。』
雪之丞はそう言ってくれるけど、全然やる気なんか出ない。
名前ばっかり明るくても、将来の見通しが暗いんじゃ困っちゃう。
やっぱり、勉強しないと駄目かなあ。でも、嫌だなあ。やりたくない。
やらなきゃいけないのは分かっているけど、やりたくない。
必要性だけで出来るんなら、魔法に限らず、どの教科も満点だよ。
それでも今年はお父さんの付添として、三峰や齋登など、神社同士でする年始めの集まりへ付いて行くことになった。
一応、打ち合わせもするみたいだけど、殆ど新年の挨拶だから、私が一緒に行っても大丈夫だって。
今年の会場は野呂沢村の咲零神社。真っ白い獅子の霊獣が沢山いるんだって。すっごく楽しみ!
勿論、三峰神社の霊獣、麗しの神狼シズ様や弟のヒサ君と久し振りに会えるのも楽しみだけれども、咲零は話を聞くばかりで行ったことがない。
去年、一度だけお兄さんライオンと子ども達が遊びに来たけど、私は会えなかった。お父さんも、どうせ呼ぶなら日曜日にするとか、もっと気を利かせてくれれば良いのに。
遊びに来た三匹の子ライオンちゃん達は皆、元気のいい、大きな声で挨拶のできる子達だったって雪之丞が教えてくれた。
『天祥君がちょっとやんちゃ坊主っぽかったけど、ちゃんと遅れずにお兄さんたちの後をついていけて、とってもお利口だったよ。』
大体、柴犬ぐらいの大きさだったって言うけど、ナデナデさせてくれるかな?
うちの子虎の武斬と美乃は、最近全然触らせてくれない。そのくせ自分がかまって欲しい時は、こっちの都合なんかお構い無しでくっついて来る。
勉強してると膝に乗ってきたりするところは可愛いんだけど。
ちょっと前は布団に潜り込んできたりもした。でも、それはお行儀が悪いって紫おばあちゃんに止めさせられたみたい。
紫おばあちゃんは何時も口煩い。
私が集まりに参加するなら、勉強のため武斬も一緒にって勝手に決めて、行くからには基礎知識とか礼儀作法とか、ちゃんとしなきゃ駄目だって、毎日お説教する。
確かに訪問する理由は神社のお仕事だけど、そんなに畏まらなくても大丈夫なはずなのに。
いい迷惑だって、武斬も私に文句言ってくるし。
あんまり生意気だから、ヒゲをちょん切るよって脅かしてやった。そしたら、美乃やおばあちゃんに言いつけて、大騒ぎした。
全くもう、本当に可愛くないんだから!
神社が一番忙しいお正月の三が日も無事に終わって、咲零に行く日になっても、武斬の生意気はちっとも変わりなくって、出発する時間になっても逃げ回って大変だった。
あわよくば、行かずに済ませるつもりだったみたい。
境内を走り回って、木の上に逃げて、最後にはおばあちゃんの咆哮で固まったところを雪之丞が捕まえた。
「電車の時間があるのに、勝手なことしないの!」
『だって、別に行きたくないし。』
叱ってもブツブツ反論するばかりで、ちっとも反省してない。
いくら今日は挨拶だけだとしたって、こんな我儘じゃ困っちゃう。
もう付き合ってられないから、本当は電車に乗る時に使う予定だった、ペット用のキャリーバッグに放り込んでやった。
『お兄ちゃん、格好悪い。』
『全く、みっともない。天祥だって自分で歩いて来たよ。』
ペットみたいにバッグへ入れられて、美乃と紫おばあちゃんに呆れられて、少しは堪えたかと思ったらとんでもない。
武斬はバッグの中で鼻を突き上げて、ふんと鳴らした。
『彼奴等は体育会系だから。ボクはそんな疲れることはしない。
昔のお殿様だって籠に乗って移動してた。ボクも別に歩かなくったって、明が運べばいい。』
「迷惑かけといて偉そうに!
お父さん、武斬が生意気すぎるんだけど!」
「はいはい、出先に喧嘩しない。」
虎って言っても武斬は子供だし、そんなに大きくなければ重くもないけど、そう言う問題じゃないよ。
他者を足扱いするなんて、失礼極まりないと思うんだけど、お父さんは全然構わないし、紫おばあちゃんに至っては私を注意してきた。
『明、それより身だしなみをきちんとして。少し衿が乱れてるよ。
あんたは普段から装束を着慣れていないんだし、若い娘なんだから余計に気をつけなさい。
あと、ハンカチは持ったのかい? いざって時の式札は?』
今日は他所の神社の霊獣や神職さんに会う。
なによりシズ様に会うのに恥ずかしい格好はできないから、身だしなみには何時もより気を配ったのに。
こんなにしつこく言われると、逆に不安になってきちゃう。
「分かってるってば。ちゃんと全部、リュックに入れた。」
『式札は懐にも数枚入れておきなさい。
他の神社の連中は男ばっかりなんだからね。変な隙を見せるんじゃないよ。』
どれだけ大丈夫だって言っても、紫おばあちゃんは納得しない。
ぐるぐる不機嫌そうに唸るのに、雪之丞も羽毛を膨らませた。
『婆さん、明ちゃんだって子供じゃないんだから、大丈夫ですって。
それにそんな言い方は他所の神社に失礼ですよ。』
『そんなの分かるもんかい!
咲零や齋登はじいさんだし、三峰は別としても、御武なんかそれこそ若い男ばっかりじゃないか!
男は皆、獣だよ!』
『霊獣で虎の婆さんに、獣呼ばわりされる御武の神職さんの立場って一体……』
信用ならぬと前足で地面をバリバリ引っ掻くおばあちゃんは、本当に心配性だと思う。
雪之丞は言い返すのをやめて黙っちゃうし、お父さんも気にするどころか無視するみたいにトラックに乗り込んだ。
「ほら、もう行くよ。電車に間に合わなくなっちゃう。雪之丞も明も、早く乗って。」
「はーい。じゃあ、行ってきます!」
助手席に乗り込んだらシートベルトをしっかり締めて、見送りの皆に手を降って出発。
駅前についたら何時もの駐車場にトラックを止めて、予約していた特急に乗る。
こういう時は武斬がキャリーバッグに入る大きさでよかったって思う。
紫おばあちゃんが乗る時は、ちゃんと専用に場所を用意して貰わないといけない。
おばあちゃんは体が大きいし、目立つから仕方ないけど、そもそも霊獣が電車に乗ったり人里を歩くのって、けっこう大変みたい。
この辺りは只人が多いから、特に気を使うんだって。
小さい頃から何時も一緒だった私にはそう言う感覚はないけど、パッと見、猛獣や猛禽だもんね。知らない人は怖いかな。
同じ理由で雪之丞は電車に乗らずに、空から飛んでいく。
『じゃあ、咲零神社でね。明ちゃん、お父さんが寝過ごさないか気をつけてあげて。』
頭の上の旋回しながら注意してくる雪之丞に、お父さんが悪態をついた。
「雪之丞こそ遅れるなよ。っていうか、ちゃんと咲零まで飛んでいけるんだよね?
運動不足のおっさんなのに。」
『おっさん言うな! 運動不足もおっさんなのも、自分だって変わらないくせに!
くそう、このまま家出してやろうか!』
ピッギャーと怒りながら、雪之丞は飛んでいった。
何時もこの二人は喧嘩して、雪之丞は家出するって騒ぐけど、本当にしたことなんかない。
お父さんは喧嘩した意識すらないらしくて、さっさと先に行ってしまう。
キャリーバッグに入っていても武斬がいるし、神社の仕事としての関係があるみたいで、お父さんはそのまま駅員さんの所へ挨拶に向かった。
私も後ろから付いていって、頭を下げただけだけど、今日は遊びじゃなくって神職としての仕事なんだなって、なんとなく思った。
そしたら、着ていた装束がなんだか急に重たくなったような気がして、落ち着かなくなった。
大丈夫。今日は打ち合わせだけだから大丈夫。
乗ったのは何時もと同じ、赤い車両の特急だった。銀色の新型に乗るのかと思ってたのに。
「お父さん、なんでこれなの? 新しいのが良かった。」
「仕方ないだろ。時間帯が合わなかったんだから。
お父さんだって、本当は新型に乗りたかった。」
「一度ぐらい、新型に乗ってみたい。
何時も外から眺めるだけなんだもん。」
私の高校は街の中にあるから、電車に乗ることはあんまりない。
まして特急に乗る機会なんかもっと無いのに、この機会を逃したら何時乗れるって言うの。
ブーブー文句を言ったら、武斬がミャアーと鳴いた。
『この電車だって古いだけで特急用の座席だもん。
乗り心地はそう変わらない。大事なのはちゃんと時間通りに到着することだよ。
どれだけ新しくったって、遅刻したら格好悪い。』
「うるさいなあ。それでも乗りたいの!」
『明はミーハーだよね。』
ブシブシと短く鳴いて、武斬はバッグの中で丸くなったみたいだった。
『ボクはもう寝る。到着まで起こさないでよ。』
「知らないよ! もう、武斬は可愛くないんだから!」
隣の座席には誰も居なかったので、背負っていたリュックと一緒に武斬が入ったキャリーバッグを横においたら、お父さんに怖い顔で注意された。
「明、気を抜きすぎだよ。」
周りに誰も居なくても、霊獣を手放したら絶対に駄目だって。
霊獣はお金になるから、悪い人に狙われることがある。特にバッグに入っている時なんか、そのまま攫われちゃうかもしれない。
そうなったら、ペットとして扱われる場合もあるみたいだけど、足がつかないよう殺されて、解体されて売り飛ばされたりするんだって。
小生意気な武斬だけど、そんなの絶対嫌。
慌てて私はバッグを膝の上に置き直して、しっかり抱えた。
それから今更だけど、周りを見回して、変な人が居ないか確認する。
変な人どころか、同じ車両に乗っている人が殆ど居ないのが分かって、ちょっと安心した。
そんな私を見て、お父さんが笑う。
「大丈夫だよ。そのために周りを空席にして貰ってるんだから。」
「ええーっ、じゃあ、安全なんじゃない!」
「それとこれとは別のこと。ちゃんと説明してるはずだよ。」
文句を言ったら、逆に注意されちゃった。
言われてみれば紫おばあちゃんの時は、それこそ車両まるごと貸し切りだった。他の乗客への配慮や、場所を取るだけじゃなく、そう言う事情もあって駅員さんに挨拶してたんだ。
ちょっと考えれば分かることだったから、私は恥ずかしくなった。
「明はずっと神社の中で暮らしてるからね。
霊獣がいるのが当たり前だし、一緒に境内の外へ出る時も他の誰かが守ってくれるから、そんな心配をした事もないだろうけど。」
首をすくめた私に、そろそろ安全面とかも気を配れるようにならなければとお父さんは言う。
確かに霊獣たちはあまり境内の外に出ないし、直接、参拝客の相手をする時も、必ず誰かしらが側につく。
その理由は知っていたけど、いつの間にか忘れてた。
キャリーバッグの中から、馬鹿にするようにフシッと子虎が鼻を鳴らした音が聞こえる。
「でも、お父さん。三峰のヒサ君とかは、時々一人で遊びに来るよね?」
霊獣が時折、悪い人に狙われるのは知っているし、安全のために気を配らなきゃいけないのもわかる。
だけど、普段はそこまでピリピリして生活してない。
境内の中では紫おばあちゃんも雪之丞ものんびりしているし、他所の神社から遊びに来る子もいる。
神社の外にでるだけで、そんなに危険なのかな?
「そりゃ、ヒサ君は自分で自分の身を守れるからね。
そう言う意味じゃ、婆さんや雪之丞も同じだけど、ヒサ君みたいに人型になれない。
人の手が使えないと困ることも多いし、獣の姿だと周りの人が怖がることもあるから。
水都まで行けばそんなこともないけど、この辺は人と霊獣の境界線が結構はっきりしてる分、余計かな。
狐とか猫とか犬とかならまだしも、虎だしなあ。
それに下手に近寄られて、うっかり尻尾で叩いちゃうとか、怪我させるようなことがあっても困るし。」
「そっか。」
やっぱり、単純に安全性だけの問題じゃないんだ。まあ、そうだよね。
周囲への配慮と両方大事。片方は出来てるから、もう片方も自然にできるようになれば良いのかな。
ウンウンと頷けば、お父さんは大きな欠伸をした。
「仮に変なのに絡まれても当然、人目があれば騒ぎにもなるし、警察も来る。
特に水都なんかはセキュリティーがしっかりしてるしね。
悪さをしても、すぐ警備結界に引っかかって捕まるよ。」
「そうだよね。」
水都は関東で一番大きな都。それだけに沢山の種族がいるけど、皆が安心して暮らせるように、統率者の竜堂家の方々を始めとした龍族が頑張っているんだもんね。
うちの街と違って、都会は設備も凄いんだなあ。
「でも、油断してて良いわけじゃない……って言うか、明、これぐらい常識だよ? 知らなかったの?」
「知ってたもん。普段、意識しないから、忘れてただけ!」
神社の娘としてどうなんだって、お父さんは心配になったみたいだけど、言われれば分かるもん。大丈夫、大丈夫。
話をしながら外の景色を眺めるのは楽しい。
空を飛んでるみたいにビュンビュン景色が変わっていく。雪之丞は今、どのあたりを飛んでいるのかな。




