年始めの打ち合わせ。【番外編その3.最寄り駅から】
咲零神社の最寄り駅へ向かうには、途中で大きな駅で乗り換える。乗り換えないと、水都まで行っちゃうからね。
最寄り駅は乗り換えた駅と同じ野呂沢村でも、全然雰囲気が違った。
あっちは村の中心だから、お店が集中してたみたい。大きな改札口の向こうに都会っぽい綺麗な通路や化粧品屋さんや雑貨店が幾つも見えたけど、こっちは小さなコンビニとロータリーがあるだけ。畑と住宅街が混ざった感じ。
気のせいか、気温も二、三度下がったみたい。
「お父さん、今日は不二のお姫様は来ないんだよね?」
「来ないよ。元々、来ないけど、この時期は地元の対応で大変だから余計だね。
不二は関東どころか陽伴全体で見ても由緒正しい大きな神社だし、幾ら引き篭もりだって、年始めだけは集まりに参加しないわけに行かないから。
お陰で2月辺りまで機嫌が悪くて、3月過ぎまで本殿から出ないって聞いたことあるよ。」
「ふーん。でも、最近は咲零にいらっしゃる様になったんでしょ?」
「うん、色々要因はあるみたいだけど、結局は咲零が気に入ったんだろうね。
山口さんは山の神様にモテるよなあ。」
「そうなの?」
「うん、咲零だけじゃなく三峰の御神体とも縁が深いんだ。
あ、これ、本人は知らないから言うんじゃないよ。」
「えー? なんで?」
「なんででも。詳しいことはお父さんも知らないし。
どっちにしても、他所様の事情を興味本位で知りたがるのはみっともないよー」
「んもー 自分が言いだしたのに!」
ただの噂話なのか、大事なことなのか、良く分からない話をお父さんと話しながら、咲零神社に向かって歩く。
天気が良くても冬だし、寒いって思ってたけど、歩いているうちにポカポカしてきた。
それに装束のお陰かな。お父さんが着ている本格的なやつほどじゃないけど、私のも一応、霊獣の毛とか、術式とかが編み込まれた特別性。木枯らしが少し和らぐのを感じる。
「それより、今日は年始めとは言え、きっちり討伐の方針を話し合わなきゃ。
魔境の活性化に合わせてヒサ君も咲零に行くし、うちから送る魔石の量も増やす予定だし。
今まで以上に協力しあって、絶対、今年も御前試合に行けるようにしないと!」
今日の集まりで新年の挨拶をするのは勿論なんだけど、多少は魔境への対策とかも話し合うみたいで、お父さんは年末から気合が入ってた。誰に向かってか、鼻息荒く決意を表明している。
此処からあまり遠くないところにある魔境、過負盆地の管理には、一応うちも関わってる。
雪之丞達によると、今年、もしくは近いうちに“荒れ”そうらしい。
そう遠くないところに魔境があるっていうのは、小さい頃から当たり前に知っていたことだけど、改めて考えると怖い。
もし、三峰や不二が作る結界が決壊すれば、関東を治める水都に大量の魑魅魍魎が流れ込むことになっちゃう。そんな事になったら、数え切れないほど沢山の被害が出るのは、高校生の私にだってわかる。
絶対に守らなきゃいけないからこそ、私なんかが参加して良いのかなって改めて思ったけど、過負盆地を囲む結界は強靭だし、うちは後方支援だし、あくまで方針だけだから大丈夫なはず。
それにお父さんは多分、一年間で特に成績の良かった神社が呼ばれる御前試合の方が気になってる。
魔境の封印が終わった後、毎年水都で行われる試合に参加できるのが名誉な事はわかるし、霊獣同士の試合は術とかバンバン使って白熱するけどさ。
そうじゃなくても、魍魎が発生する夏の間はずっと、討伐現場を管理する御武からの書類を何時も心待ちにしてるし。
報告書を見ながら、獅子たちが戦ってるのを想像するのが楽しいんだって。
暫く歩くうちに森っていうか丘が見えてきて、大きな広場も目に入った。
サッカー場? ううん、野球場かな? 凄く広くて立派な柵がついているのに、ゴール一つない。あと、何て言うか、凄く乱暴な感じがする。
人里だから神域みたいな霊気の流れは感じないんだけど、沢山、術が使われた痕跡みたいなのを感じる。学校の魔術室とかの雰囲気に近い。でも、あれよりずっと乱暴。
「お父さん、此処って、」
「ああ、獅子たちが使ってる練習場だよ。」
やっぱり。
あんまりおかしいから聞いてみたら、霊獣絡みの施設だった。
今日は使ってないみたいだねと呟くお父さんと一緒になって、柵越しに中を覗く。よく見ればグラウンドのあちこちに穴が開いてる。ライオンが暴れたのかな。
キャリーバッグの中から、武斬がビャーッと鳴いた。
『そろそろ出して。自分の足で歩くよ。』
「はいはい。どっか飛び出していかないでよ?」
『ふん。そんな子供みたいな真似、するわけない。』
バッグの扉を開ければ、金色の子虎はぴょんと飛び出てきてブルブル体を振るった。
それからグラウンドを眺めて嫌そうに顔をしかめ、落ち着かない様子で何度も同じところをぐるぐる回る。
『ったく、なんだか知らないけど大袈裟だよ。』
武斬はビャッと短く鳴いて、ヒゲをピクピク動かした。
術の痕跡が気に入らないみたい。なんでかな?
子虎は前足で地面を軽く引っ掻くみたいにして、催促した。
『それより、お父さん。
こんなところにいつまでも居ないで、早く案内してよ。寒いよ。』
「はいはい。此処まで来たら、もうすぐだよ。ほら、そこに鳥居が見える。」
言われて顔を上げたら、確かに丘の麓に紺色の鳥居が見えた。
地味って行ったら変だけど、色のせいか周りの木に隠れるようになっていて、気が付かなかった。
朱色じゃないんだ。青い鳥居なんて、初めて見たよ。
鳥居の両脇には狛犬の代わりに、大きな獅子の石像が座っていた。
右側は難しい顔をしてるけど、左側は少し愛嬌があって可愛い。あと、右より少しだけ小さい。
良く出来てるなあ。今にも動き出しそう。
そう思った側から、本当に動き出した。
「ひゃっ!」
そうだ、これが咲零の白獅子なんだ。霊獣には種族ごとに様々な特色があるけど、此処の獅子は石像になれるんだった。
知識として知ってはいたけれど、大きな石像が動き出すのには驚いたし、ちょっと怖かった。
思わず悲鳴を上げて仰け反ったら、左側の方が可笑しそうにぐるぐる唸った。
『はい、いらっしゃい。遠いところをよくきたねえ。』
『護矢、言葉遣い。仕事中なんだから。』
『堅っ苦しいこと言うなよ。いいじゃん。』
難しい顔をした右側に注意され、護矢と呼ばれた左側はふてくされるように耳を伏せた。
湊は小煩くていけないよと尻尾を振り回すのに苦笑して、お父さんがライオンたちに近寄っていき、声をかける。
「護矢君、久し振り。元気そうだね!」
『勿論! 平さんも元気だった?』
左側の白い獅子は座っていた台座からぴょんと飛び降りて、親しげにお父さんへ頭を擦り付けた。
同じ様に右側のもゆっくり降りてくると、機嫌良さそうにぐるぐると鳴いた。
『平さん、明けましておめでとうございます。
今日は遠いところをよくお越しくださいました。』
「明けましておめでとう! 湊君も久し振り! そんな畏まらなくていいよー
相変わらず真面目だなあ。」
『だって、仕事中ですから。神社の門番として、ちゃんとお出迎えしないと。』
お父さんは双方の獅子たちと親しげに話している。
左の少しだけ小さい方が、護矢君。右側で難しい顔してたのが湊君ね。しっかり覚えないと。
霊獣として、歳は幾つくらいなんだろう? 紫おばあちゃんとは比べるまでもないけど、雪之丞よりずっと若いみたい。
人間なら20歳ぐらい、かなあ?
珍しさと戸惑いがごっちゃになって動けずに居ると、ライオンたちの方が私の方を見て、不思議そうに耳をピクピクさせた。
『それで平さん、この子が明ちゃん?』
「そうだよ。明、こっちにしてご挨拶しな。ほら、武斬も。」
『あんまり似てないね。美人さんじゃん。』
お父さんの手招きに応えようとしたけど、湊君が余計なことを言うなと護矢君を前足で叩いたのを見て、足が止まってしまう。
勿論、本気じゃなくて軽くだけど、同じ大型のネコ科でも紫おばあちゃんとは全然違う。
重そう。爪は出てないから痛そうって言うより、重そう。
大きな霊獣にはおばあちゃんで慣れてると思ってたけど、少し怖い。
でも、好奇心いっぱいの眼をクリクリさせているの見れば、攻撃するつもりなんて全くないのは分かるし、怖いなんて言ったらがっかりさせちゃうかも。
意を決して、足を一歩前に出す。
「こんにちは。初めまして。明です。
何時も父が、お世話になっております。」
『武斬です。今日はよろしくお願いいたします。』
前へ出てしまえば、言うことは決まっていて自然と声が出た。
子虎が一緒になって挨拶する。
『此方こそ、宜しくお願いします。』
湊君がゆっくりと頭を下げてくれ、護矢君は楽しそうにぐるぐると鳴いた。
失礼なことに、挨拶が終わると武斬は素知らぬ顔でそっぽを向いたけど、よくよく見れば首の後の毛が逆立ってる。この子も一応緊張してるのね。
鼻を高くして胸を張る子虎が虚勢を張っているのは獅子たちにも伝わったみたいで、護矢君達は顔を見合わせて笑ったみたいだった。
『さあ、本殿に案内するよ。湊、後を宜しく。』
『ああ、分かった。』
挨拶が済むと湊君へ一言断って、護矢君は先に立って歩き出した。
付いていくにも、参道はそのまま階段になっていて、結構長くて急斜面。これを登るのは大変そう。
お父さんが思い出したように首を傾げる。
「そうだ、雪之丞は来てない?」
『来てないよ。平さんたちが一番だよ。』
「そうか。それならもう少し後で来ると思うから宜しくね。」
『はい、じゃあ、また後で。』
不思議そうに首を傾げた護矢君にお父さんは頷いて、台座に戻った湊君にも手を振って階段を登りだした。私も軽く頭を下げてから、その後を追う。
尻尾をゆらゆらさせて先導する護矢君は何でもなさそうに登るけど、やっぱり階段はちょっと急だった。何時もこんな階段を上り下りするなんて大変だなあ。
でも、両脇から森の香りが漂ってきて、いい感じ。
ひんやりと澄んだ霊気の流れが気持ちがいい。
「護矢君、山口さんやお兄さん達は変わりない?」
『ないけど、ちょっと凹んで、思いっきり張り切ってる。』
世間話代わりのお父さんの質問に、護矢君は不思議な事を言った。
「んん? どういう事?」
『一昨日、練習試合に負けちゃったんだよね。
それで少し落ち込んだけど、もっと頑張ろうって皆、早い時間から走り回ってるよ。
じいちゃんも朝の走り込み、少し増やすみたい。』
「くっはー マジかー」
フシシシと笑う白ライオンの説明を聞いて、お父さんは空を見上げた。
試合の結果や、宮司さんまでトレーニングを増やしたことなどに、なんて言っていいかわからない様子で、歩きながら何度も首を振るう。
私の横で武斬がフシッと鼻を鳴らした。
『負けちゃったんだ。』
「武斬。」
電車の中の態度からして、禄なことを考えていないのは分かったので、すぐにキツく注意する。
小さな声だったからお父さんは気が付かなかったみたいだけど、護矢君には聞こえたみたいで、僅かに後ろを振り返った。
目が合って、思わずドキッとしたけど、返って可笑しそうにクスリと笑われる。
『そうなんだよ、負けちゃったんだ。
狐の幻術はやっかいだねー 弟たちが目を白黒させてたよ。
あと、竈門の鷲はやっぱり速いね。』
「試合って、竈門とやったの?! 何時!?」
『だから、一昨日だって。』
護矢君の説明に武斬が余計なことを言うより早く、お父さんが大声を出した。
あんまり大きな声だったから、白獅子は驚いたように立ち止まり、私も吃驚した。もう、お父さんったら!
『三葉が仲間を連れて、里帰りしたんだよ。』
「あー お正月だからか! 知ってたら、絶対、観に行ったのに!」
「お父さん、一昨日は仕事始めだもん。行けないよ。」
頭を抱えて悔しがるお父さんを注意する。
そんなに興奮しなくてもいいのに。何処まで霊獣同士の試合が好きなのかなあ。
大袈裟なお父さんの反応に、護矢君もおかしそうにヒゲをピクピクさせた。
『村長さんと同じこと言うねえ。
報告しに行った時、村長さんも「あれほど、早く教えてくれと!」って怒ってたよ。』
話題の霊鳥は事前の連絡も無く、直接来ちゃったんだって。
自分たちも知らなかったものは教えられないとゆらゆら尻尾を揺らす護矢君に、お父さんは眉をひそめた。
「え、村長さんは近いんだから、それこそ来ようと思えば来れたでしょ。
試合って、そこの広場でやったんじゃないの? 何処でやったの?」
『齋登まで行ったんだよ。元々、あっちの狐が目的だったから。』
「ああー そう言えば、長瀞さんが年末、急に加伊の狐がくることになったって、
ああー 試合相手の狐って、加伊のかー
近いじゃん! 齋登なら咲零より全然近いし、それこそ観に行けるじゃんー!!」
聞いてない話が多くて私にはよく分からないけど、お父さんには色々痛恨だったらしくて、一人であれこれ納得しながらその場で蹲った。
武斬が馬鹿にするようにフシッと鼻を鳴らして、あからさまに顔を顰める。
『お父さん、騒ぎすぎ。ボクは恥ずかしいよ。』
正直、私も同感。他所の神社でこんな大騒ぎしないでよ。
智知の宮司のくせに、みっともないったら!




