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強くなるために。(中編)

 お湯の準備が出来たら獅子達に声を掛け、待ち構えていた小さいのを洗ってやった。一日暴れまわって泥まみれになっていたので、何時も以上に丁寧に泡立てた。

 綺麗に洗えたのから湯桶代わりの盥に浸かり、大義そうな顔をして『今日は疲れたね。』などと話し合っていた。

 洗えたらタオルでよく拭いて水気を飛ばし、湯冷めしないよう、居間代わりの外陣に設置したストーブの周りに集まって乾かす。


 本殿は広い上に設備が古いので上手く全体が温まらず、獅子たちには寒い思いをさせてしまっている。

 付喪神型のため、生身の様に寒くて凍えるとまでは行かないのだが、具合が良いことではないので出来れば改善したい部分だ。

 その辺りは修繕予算と要相談になってしまうが、冷たい水、特に風呂で温まってすぐに飲むのは、霊獣だって体に良くないに決まってる。この日は沸かした霊水と冷たいのを混ぜて、ちょうど良い温度に調整してから与えた。

 そのうちに自分で体を洗える上の子獅子たちも出てきたので並ばせ、順番に白湯を与えれば、どの子も嬉しそうにピチャピチャと始めた。



『冷たい霊水も美味しいけど、寒い日は温かいのもいいね!

 お腹が一杯になると、また明日も頑張ろうって思うよ。ね、テンちゃん。』

『うん……』


 瑞宮(みずみや)がブンと尻尾をひと振りし、仲の良い弟に同意を求めたが、芳しい反応がなかった。風呂場でも大人しく、ずっと試合の結果を引きずっていたのだろう。

 何時も都合の悪いことはすぐ忘れ、勢いよく暴れまわる天祥(てんしょう)とは思えない態度に、瑞宮は目を丸くし、何か言いたそうな顔をしたが、結局そのまま黙ってしまった。

 その隣では霊水を飲み終わった八幡(はちまん)が、どっかりと横たわった。

 満足げに口の周りを舐め、そのままのんびりと前足の手入れを始めた兄獅子の前を、陸晶(りくしょう)が皿を咥えて通り過ぎる。


『リク、まだ飲むの?』


 お替りを貰うつもりかと何気なく聞いた八幡に、陸晶はゆったりと尻尾を揺らして答えた。


『違うよ、お片付け。ボク、お皿は洗えないけど、運ぶのは出来る。

 一個ずつ、出来ることをやるんだ。』

『ボクはちょっと、お替りも貰う。』


 逸信(いつしん)も一緒になって皿を運ぶのに、八幡は鼻に皺を寄せたが、黙って立ち上がると同じ様に自分のを咥え上げ、

その様子を見ていた下の子も真似をして、片付けやすいようにしてくれた。

 お替りが欲しい子には追加を与え、全員分の食器が積み上がったら、あとは寝るだけだ。



「ほら、飲んだらさっさと布団に入れ。」


 眠そうな割に、まだ起きていたさそうなのを追い立てれば、ミャアミャア鳴きながら自分の寝床に戻っていったが、やはり天祥の動きが悪かった。

 ついでに豊一(とよいち)も動かない。


『トヨチー、行こうよ。』

『……。』


 同じ青毛の無比刀(むひと)が鼻で突いても、返事もろくにしない。


『ムイは、ボクはもう行くよ。』


 幾ら促しても動かない同じ青毛の兄弟に業を煮やしたのか、フワフワの末っ子は不貞腐れた顔でノシノシ歩き出した。

 それでも二匹がグズグズしているところへ風呂上りの兄獅子達が戻り、いち早く状況を見てとった仁護(じんご)が乱暴に前足を振るった。


『何時まで落ち込んでるんだ! さっさと寝て、切り替えろ!』

「みゃあ!」


 バシバシと兄獅子に尻を叩かれて、天祥達は漸く部屋に向かって走り出し、その背中を睨みつけながら不機嫌そうに唸る青毛の兄弟に、護矢(もりや)璃宮(りきゅう)が耳を横に伏せた。



『ちょっと、厳しすぎんじゃないの?』

『そうだよ。幾ら天祥だって落ち込むときはあるし、豊一は結構繊細なんだから優しくしないと。』

『だからって、ウジウジ凹んでたって何もならないだろ。』


 口々に文句を言われても、仁護はバシリと尻尾をひと振りして言い切った。


『負ける度にいじけてやる気を無くすようじゃ、駄目だ。

 特に彼奴らは甘ったれだ。

 多少嫌われても、ガツンと叱ってやらなきゃズルズル落ちてくぞ。』

『それにしたって、ジンちゃんは厳しすぎるよ。』

『鞭を振るってばかりでも駄目だと思うけどね。』


 他の意見を撥ね除けるような言い方に璃宮がグルグルと不満を漏らし、護矢もフシッと鼻を鳴らした。


『厳しくし過ぎて萎縮させちゃったら、伸びるもんも伸びないよ。

 ジンは只でさえ顔が怖いのに、そうやって怒ってたら余計に怖い。

 だから、女の子に避けられるんだ。』

『別に良いし! っていうか、避けられたりしてない!』


 前足を上げて評うのに、見た目で判断するならすればいいと仁護は言い返しつつも、一応否定したが、護矢はギュルギュルと笑った。


『いいや、避けられてますー その証拠に小学校でもグラウンドでも、男の子しか寄って来ない。』

『違う! 青毛が格好いいって、男子のが集まりやすいだけ!』

『しょうもない喧嘩するの、止めなよー』

「全くだ。お前たちも霊水を飲んだらさっさと寝なさい。」


 ギャウギャウ前足で叩きあいを始めたのには、璃宮が強引に体ごと間に入って止め、自分も横から注意した。

 それこそ兄弟で争うより栄養をとって、ゆっくり休むほうが大事だ。弟たちに対してあれこれ注文をつける前に、自分をまず律して欲しい。



『じいちゃん、ワシは霊水はいいよ。』

「いや、ちゃんと飲んでおきなさい。お前は小柄だから、余計にしっかり栄養とっておかないと。」

『栄養とっても、もう大きくはならないよー』


 子獅子たちほど副食を取る習慣がなく、にゃぐにゃぐ首を振る護矢に皿を付き出せば、小さな子供じゃあるまいしと不貞腐れるように俯いた。

 じいちゃんは、すぐ自分を子獅子扱いすると不平を零すのに、今度は仁護がフシッと鼻を鳴らした。


『なるだろ、横に大きく。寧ろ、もうなってるんじゃないか。』

『なってない! 何より、お前に言われたくない!

 足も胴体も丸太みたいにぶっとい癖に!』

『だから、喧嘩しないの!』


 太ることのない霊獣でありながら、体格が丸いと笑われたのに毛を膨らませ、フッシャーと威嚇の声を上げた護矢を璃宮がバシリと前足で叩いた。


『つまんない喧嘩ばっかりして、そんなんじゃ二人とも豊一や天祥のことを怒れないよ!』


 体の成長が遅かった為に成獣となったのは最近でも、元々璃宮はこの二匹より若干年長だ。グルルと声に苛立ちを滲ませ、僅かな差ではあるが弟になる二匹を叱った。


『もう、喧嘩は終わり! 大体、弟たちのことを、あれこれ言ってる場合じゃない。

 僕らだって反省点が沢山あるでしょ!

 ぼやぼやしてたら陸晶あたりにあっさり抜かれて、鬣が只の飾りになっちゃうよ!』


 僕なんか、漸く大人になったにも関わらず、子獅子の頃から変われていないと焦りを口にして、白獅子は低い声で唸った。

 あまり強く誰かを注意することのない璃宮が毛を逆立て、正論を述べるのに、仁護も護矢も気まずそうに頭を低くした。

 無言になった二匹を憤懣やる方ない様子で睨んでから、璃宮は続けてガウと吠えた。


『あと、ジンちゃんは実際、眉間に皺が寄りがちだから、ちょっと気をつけた方が良いよ!

 人混みで気が付かなかったかもだけど、こないだ初詣の小さい人が「あの青いの怖い」って名指しで大泣きしてたよ!』

『マジか!? それはちょっと凹む……』

『それと護矢が怪しいのは何方かと言えば体格より鬣! 部分的に剥げてきてる。』

『嘘だ! 剥げてなんかない! 剥げてなんかない!!』


 叱られついでに爆弾を降らせられ、仁護も護矢も耳を頭にピッタリ付けて、ギニャーと悲鳴をあげた。

 そんな彼らを無視するように顔を背け、璃宮は霊水を飲み始め、手痛い指摘を受けた弟獅子たちは揃って肩を落とし、しょんぼりと俯いた。



『じいちゃん、俺、そんなに顔怖いかな?』

「うちの獅子は安全な霊獣だって、皆、知ってるから大丈夫だ。

 でも、慣れてない人は慣れていないし、小さい子は余計に吃驚するかもしれない。

 誤解を受けないよう、人前では気をつけろ。」

『じいちゃん、剥げてる? 本当に、剥げてる?』

「擦れたか何かで縮れて短くなっているだけだ。多分、寝癖だろう。お前、寝相が悪いから。

 絡んでいるのをちゃんと梳かせば目立たなくなる。

 あと、やっぱり霊水を飲んでおきなさい。新しい毛が生え易くなるかもしれない。」


 グリュリュリュと小さな声で鳴く彼らを慰めているうちに、(みなと)翔士(とし)も風呂から上がってきたので、同じ様に霊水を飲ませた。


『笑顔の練習ってしたほうがいいんだろうか。翔士、どう思う?』

『なんだよ、急に。まあ、一度やってみろよ……何それ、怖い。』

『湊、もう飲まないの? 飲まないなら、それ頂戴!』

『嫌だよ。じいちゃん、なんで護矢、こんなにがっついてるの?』


 数が増えればどうしても騒がしくなりがちなのを、子獅子がもう休んでいるのだからと璃宮が静かにさせ、少し飲ませすぎたかと感じるほどしっかり霊気を蓄えた獅子たちは、口の周りを舐めてから、それぞれ自分の部屋に戻っていった。

 ただ、護矢だけが往生際悪く、皿を何時までも舐めていた。


「護矢、もう、お終いにしなさい。」

『もう一杯! じいちゃん、もう一杯だけ!』

「霊水を飲んだら毛が生えるかもとは言ったが、沢山取ればいいってもんじゃない。」


 鬣の不備を指摘されたのが余程ショックだったのか、ミャウミャウと子獅子のように鳴くのを追い払ったのだが、そもそも霊獣であっても、頭が不毛の大地になることはあるのだろうか?

 取り敢えず、自分は白髪になるだけで良かった。


 暫くして、五十嵐(いがらし)達最年長組も風呂から出てきたので、同じように霊水を飲ませた。

 大人の貫禄か、疲れ故か、先の弟たちと比べて静かなもので、何も言わずとも飲み終わると早々に自室に戻り、この日は終了となった。

 自分も早々に皿を片付け、社務所に戻った。

 拝殿を出れば当然ながら1月の冷たい風に身を刺され、疲れがどっと増したような気がした。

こんな日はさっさと寝てしまうが一番である。

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