強くなるために。(前編)
神域の性質や神社の状況は場所ごとに異なるため、それぞれのやり方や事情がある。
眷属についても同じことが言える。
当社や三峰神社では御神体より生み出される霊獣がその任に従くが、霊気の流れに引かれ、何処より流れて来たのが住み着いた神社もあれば、伴侶を得て子を成し、代々役目を引き継ぐところも、神社同士の打ち合わせの上、他所から来てもらう事もある。
御武、齋登などは従来、三峰の御神体から生まれた神狼を譲られ、眷属としてきたのだが、かなり長い間、三峰では新しい霊獣が生まれてこなかった。
別途、居着いた霊犬なども居たが一匹、二匹で足りるような話ではなく、霊獣不足を改善するため様々な伝手を辿り、数年前より我が国、最北端になる加伊国から神狼の兄弟に来て貰っている。
加伊の狼は海で隔てられた本島のとは種が異なるとして、多少の差異はあるようだが、双方、三峰の狼に勝るとも劣らぬほど有能だ。
敢えて問題と言えば、御武のガク君は常に神域をほっつき歩いていて、全く社に寄り付かないことと、齋登のツキ君が三峰の霊獣頭であるシズと、若干折り合いが悪いことであろうか。
ガク君の放浪癖は地脈の管理の為であるので如何仕方無しとしても、ツキ君とシズはお互いに協力し、神域を守らねばならない眷属同士として、出来れば関係を改善して欲しい。
何か協力できることはないか、そもそも不仲の理由は何なのか、シズの弟のヒサ君に事情を聞いてみたこともあるのだが、「痴情のもつれは触れるだけ無駄で火に油だよ。」と返され、怖くてそれ以上を聞けていない。
折り合いが悪くとも、そこは任務に真面目な狼と言うか、仕事に支障をきたすようなことはなく、ヒサ君は齋登にも普通に出入りしているようだ。
新年の挨拶にも赴いて、加伊の狐達が遊びに来ているのを知り、当社の獅子達との練習試合をしようと誘いにきた。
寝耳に水と急な話で、何も準備が出来ておらず不可能に思えたが、やはり遊びに来た無駄に器用な郵便屋が、反則技を使用したお陰で形式が整ってしまい、昨日、大勢でバタバタと出掛けてきた。
出掛けるに辺り、協力を依頼した御武が完璧なサポートを行ってくれ、お陰で安心して留守を任せることが出来たのは良いのだが、いつの間にか獅子たちの群れに、ガク君が素知らぬ顔して混ざり込んでいて吃驚した。
挙げ句、昼頃から東北の神社に移籍した霊鳥、三葉が新年の挨拶兼里帰りに大勢の仲間を連れてやってきた。
喜んで良いのか困るべきなのか、非常に悩む状況ではあったが、滅多に無い機会を逃すのもつまらないとして、改めて試合編成を行って対応した。
三つ巴の大騒ぎに終始バタバタと落ち着かず、齋登の宮司である長瀞さんやツキ君達とはろくに話もできなかかったが、当社としては大変、良い経験となった。
肝心の試合の結果? 惨敗でしたが何か。
まず、狐たちに対しては出だしこそ良かったものの、程なく幻術で軸をずらされ、全く攻撃が当たらない一方的な展開に持ち込まれた。最後の方になって漸く瑞宮の一撃が当たり、そこから多少やり返したとは言え、反撃と言えるほどのものではなく、事実として負けたと言うより他ない。
その隣で行った霊鳥相手の方はもう少し形になった。
向こうのスピードを活かした波状攻撃にもなんとか耐え、幾つも砲弾を打ち込み、相手の陣形を崩すことには成功した。
しかし、これと言った決定打に欠け、ずるずるとした泥仕合となってしまい、けして胸を張れるような内容ではなかった。
それでも試合が終われば遺恨無く交わり、子供らは一緒に駆け回ったりもしていたのだが、戻って来ると同時にあの弾丸坊主で後ろを振り向かない天祥が、悔しさのあまり無言で蹲った。
天祥はまだ小柄な分、小回りが効いて、兄獅子を相手にしてもちょこまか逃げ回るし、ボール相手の練習では捉えるのも叩き返すのも、人一倍上手だ。
けれども試合では一方的に攻撃を当てられ、振るった前足は避けられ続け、完全に自尊心をへし折られてしまったらしい。
移動魔法陣を出た境内の真ん中で蹲り、ブルブル震えていたが、仲良しの瑞宮に頭を擦りつけられると、我慢できなくなったようにミャーと小さな声で鳴いた。
神社一の甘ったれの我儘坊主と揶揄われていても、天祥は天祥で一回り年上の瑞宮についていけるほど頑張っている。年少組で最も成長が早く、「やれる」と言う自信も有っただけに、尚更悔しかったのであろう。
また、同じく豊一も、すっかり自信を失ってしまったようだった。
得意とする火球連射が速度こそ目を見張るものがあっても、コントロールが悪く火力もそこまで高くないのを見抜かれ、被弾覚悟の集中攻撃を受けてしまったのだ。
四方八方から攻められ、混乱してミスを連発してしまい、彼を庇おうとした他の子までやられる原因にもなってしまった。
学んできたことが通用しないばかりか弱点扱いされて呆然とし、試合後も群れから外れてニャンとも言わず、ずっとぼんやりしていた。
言いようのない悔しさを抱えていたのは他の子も同様で、疲れもあるのだろうが、何時も騒がしいのが無言でのろのろと本殿の子供部屋に戻っていく様は可哀想で見ていられなかった。
ただ、その悔しさをバネにし、失敗を糧にして伸びるための練習試合である。
此処でくじけず、明日に向かってまた一歩前進してくれればと思う。
その点、試合を横で見ていた狼たちは非常に冷静で、淡々と話し合いをしていた。
狼同士の会話は、耳や目、尻尾の動きで行われ、ガク君もヒサ君も終わるとすぐに自分の神社へ帰ってしまったので、どの様な話だったのかはわからない。
ただ、ヒサ君が一言だけ、「ま、大体の課題は見えたよね。」と呟いていたのが印象的であった。
彼は今までも子獅子の強化が第一と主張しており、率先して小さいのの面倒を見てくれている。
試合中はずっと無表情で、良いように振り回される瑞宮達を見ても感情を現すことはなかったが、時折、頭の後ろの毛が逆だっていたので、それなりに思う所があったはずだ。
暫定的とは言え今月15日より当社の所属となる彼との最初の仕事は、子獅子の訓練内容に関する打ち合わせとなるだろう。
勿論、大人の獅子たちのことも考えなくてはならない。
兄獅子たちは子獅子と違って流石に気丈で、落ち込むどころか、何も言う前から反省と改善に向けて打ち合わせを初めた。
ただ、青毛の仁護や翔士と共に防御結界の位置や火球の方向を調整をしていた湊が、三葉の手玉に取られたと項垂れた。
『絶対、止められると思った結界をあっさり抜けられた挙げ句、「きっと、ここに張ってくると思った」って言われた……
怖いよ。鳥、特に三葉は無表情で、何、考えてるか分かんないんだもん。』
『彼奴はこっちの手札、把握しきってるからな。』
元々、三葉は当社で育った。自分たちの戦法も弱点もよく理解しており、ある程度は仕方がない。
そんな事を言いながら五十嵐が、耳をピッタリ頭につけて俯く湊を鼻先で押しやり、ガウと吠えた。
群れを率いる筆頭獅子はもうすっかり気持ちを切り替えた様子で、御前試合を踏まえて用意していた対策や新たな戦術が通用した部分、しなかった部分をもとに今後の練習配分を次々と決め、話し合いが終われば何時までも引っ張らず、尻尾をピシリとひと振りして解散を言い渡した。
『さっ、また明日から忙しくなる。だからこそ皆、今日はゆっくり休め。
じいちゃん、お風呂も早めにお願いします。』
「わかった。」
竹を割ったようにさっぱりとした態度は寧ろ淡白に思えるほどだが、彼とて悔しくないはずがない。
腹の中では色々と煮え繰り返っているだろうに、それを噯にも出さず、前を見据えて先へ進もうとする五十嵐はやはり立派だ。
試合に全力を注ぎ込み、疲れて果てて尚、力強い兄獅子の足取りに引っ張られるようにして、皆、自分の部屋に戻っていった。
この日は疲れて帰ってくるのは明白であったため、予め準備を済ませ、後は火をつけるだけにしておいた。
最後の一匹の背中を見送ってから、風呂の支度をしに移動し、何時もよりしっかりお湯に浸かれるよう、多めに汲んだ水を沸かしているところへ真ん中の子獅子、逸信と陸晶がのろのろやってきて、手伝うことはないかと鳴いた。
「イツもリクも、ここは良いから向こうで休んでなさい。」
『うん……でも、なにかしてないと、落ち着かないんだよ。』
下がり眉毛のような暗色班と併せて耳を垂らし、元気無くミャアと鳴いた逸信の隣で、陸晶も黙って尻尾を左右に揺らした。
この二匹も特別な失態こそなかったが、陸晶が一度、相手の動きを読んで先回りし、攻撃の芽を摘んだ他は鳴かず飛ばずで活躍の場がなかった。
己の無力を痛感し、じっとしていられないのだろう。来た道を戻るよう押し返せば、不安げに頭を低くした。
「それでも、戻って休みなさい。
今はきちんと休んで、何が足りなかったのか、何が出来ればよかったのかを考え、明日からまた頑張りなさい。
どれだけ気持ちが落ち着かなくても、きちんと体を休められないと続かず、失敗を繰り返す素になる。
此処が終わったら霊水を汲んでやるから、しっかりお風呂に入って、霊水をたっぷり飲んで、ゆっくり寝なさい。」
促しても、俯くばかりで二匹とも動かなかったので、膝を折って視線を併せ、もう一度言い聞かせた。
「負けて悔しいのは当然だし、大切なことだ。
でも、感情に囚われて、やるべき事を見失っては駄目だ。きちんと切り替えて、前を見なければ。
五十嵐が強いのは、それが出来るからだ。
どれだけ怒っても、悔しくても、きちんと頭と気持ちを切り替えて、必要なことができるから彼奴は筆頭獅子なんだ。
分かるか?」
積み重ねた努力が報われないのは辛い。だが、そこで立ち止まっていては前に進めない。
彼らが将来戦わねばならない邪鬼怨霊の種類は様々。常に同じ戦法が通じるとも限らない。相手の動きを見極めて調整し、その場その場で状況に併せていかなければならない。
しかし、時にはどれだけ工夫を重ねても、全く結果に現れないこともある。必死で藻掻いても怪我の影響や不調の波から抜けられず、苦しむこともある。
周囲の期待を背負っているだけに、応えられなければ心無い罵声を浴びることだって無くはない。
それら全てを乗り越えて、平常心を保ち、新たな戦いへ赴けるようでなければ、当社の眷属は務まらない。
休むべき時にはきちんと休めず、万全を尽くせるはずがあろうか。
『……うん、分かる。』
練習試合はまだしも感情に振り回されて、自分自身に負けないよう教えれば、困り眉毛の子獅子は大人しく頷き、何処か眠そうな顔をした相方も尻尾を揺らした。
双方の頭を撫でてやり、戻るついでの仕事を言いつけた。
「そうだ。今、言ったことを他の子にも伝えてくれ。
すぐに風呂に入れるよう、ちゃんと準備もしておけってな。」
『うん、わかった。』
『まかせて。ちゃんと伝える。』
今の自分にも出来ることが欲しかったのだろう。
二匹は何処か安心した様子で快く頷いた。その頭をもう一度撫でてから、本殿の方へ送り出した。
「イツもリクも、何時も手伝ってくれてありがとうな。」
『うん。
じいちゃん、他にもボクがお手伝い出来ることがあったら、何でも言って!』
『ボクにも。』
彼らが目指すものとはまた別だが、ちゃんと助かっていることを伝えれば、二匹とも嬉しそうにミャアと鳴いて仲良く駆けていった。
あの子達も他の子も、うちの子獅子は皆、良い子ばかりだ。
今日明日とすぐ上手く行かずとも、こうやって出来ることを探し続けていればきっと何時かは。
努力が必ずしも報われるとは限らないが、しなければ何も変わらない。変えられない。
彼らが求めるものに手が届くよう、自分も出来るだけのことをしてやらねば。
新年の抱負どころか神職として当たり前ではあるが、改めて心に深く刻み、目下、出来ることとして火力を調整した。
疲れた体を休めるには、風呂が一番。何より、うちの獅子たちは温かいのが好きなのだ。




