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行きたい。(後編)

 どれだけ自分たちにプラスであっても、周囲の事情を無視して良いことには繋がらない。

 いけませんと一刀両断するも、二前には珍しくグズグズと唸った。


『ですが、こんな機会は滅多にありません。

 瑞宮たちもずっと頑張っているし、鍛えた力を発揮する機会がなければ。

 それに自分がどれだけやれるのか、知っておくのも大事です。』

「だからって、周りに迷惑を掛けていいってことにはならないだろ。」

『しかし、役所は5日から通常業務になっています。

 留守番と運転手、最低2名ぐらいなら、今から頼みに行けば明日にはなんとか出来るのでは?』

「いや、この時期はいつもの留守番と違って、札や厄除の神術を求められる。

 居ればいいってもんじゃないから駄目だ。少なくとも一人で留守番はない。」

 

 粘る長兄を押し返していると大きな子獅子が二匹、ミャアミャア寄ってきた。

 普段、揉めているところになど近寄らないが、逸信がウロウロしているので大丈夫と思ったらしい。


『じいちゃん、兄ちゃん、何の話をしてんの?』

『イツ、なんかやらかした?』

『何もしてないよー』


 八幡がゆらゆら尻尾を揺らし、瑞宮が逸信を前足で突っつく。

 ふわふわの兄獅子にからかわれて、逸信は心外そうに頭を低くし、フシッと鼻を鳴らした。


『お出かけの話だよ。ヒサ兄が、他所の神社に練習試合へ行こうって。』

『えっ、練習試合?』

『なんだよ、それ!』


 弟の説明に、瑞宮はピンと尻尾を立てて食いつき、八幡もガウガウ吠えだす。



『じいちゃん、練習試合って誰と?!』

『ボクも! ボクも行きたい!』


 もう決まった話と思ったのだろう。

 二匹とも一気に興奮状態に入り、毛を逆立てバリバリ地面を引っ掻いて騒ぎ出した。


『オレは絶対行く! だって、皆、足遅いんだもん!

 オレが引っ張ってやんなきゃ咲零の獅子はノロマだって思われちゃう!!』

『ボクだって、足は遅くないよ!』

『ボ、ボクだって足は兎に角、パンチじゃ負けないもん!』


 唸り声こそ出さずともフシーッフシーッと牙を向き、気張る八幡に逸信が尻尾を振り回し、瑞宮が若干焦りながらも追従するが、そう言う問題ではない。


「ハチもミミ太も落ち着きなさい。

 イツも話を聞いてただろ。行かないって。」

『なんでさ! なんで行かないの!』


 説明する暇もなく、フシャーと真ん丸く膨らんで八幡は怒るが、此方も理由無く取り下げているわけではない。

 体は殆ど大人と同じ大きさになり、鬣も生え始めているくせに、一人前とするにはどうにも落ち着きのない弟を二前が叱る。


『落ち着きなさい、八幡。全く、お前はムラがあっていけない。』

『そうだよ。行きたくても移動手段がないんだ。』


 八幡は冷静な時であれば時間や物事にきちんとした、気が利く子なのだが、一度スイッチが入ると一方向に突っ込みがちだ。

 慌てるなと五十嵐も前脚で押すようにして弟を宥める。


『このままだと歩きで行くことになる。

 お前、足は速いけどすぐバテるだろ。走り込み嫌いだから。

 だから留守番だ。』

『なんでさーっ!!』

『瑞宮も駄目だな。足遅いし、そんなに走れないだろ。重たいから。』

『イガ兄、酷い! ボク、デブじゃない!!』

「五十嵐、それ以前に歩きでも行かない。」


 はいはいと受け流すような五十嵐の言い分も間違ってはいないのだが、それだけに無神経である。

 事実は事実。悔しかったらもっと鍛えろと鼻先で払いのけられ、弟たちはフッギャーとますます怒り出した。

 もう少し言い方がないものだろうかと思うし、何より誤解を招かないで欲しい。余計なことを言う筆頭獅子の鼻をつまむ。



『じいちゃん、オレ、試合行きたい! 絶対、絶対行きたい!』

『ボクだって、行きたい! だって、沢山沢山、訓練してるもん!

 きっと上手くやれるよ!』


 案の定、勘違いした二匹は、収まり付かぬまま砂利を蹴飛ばしながらグルグル回り、兄獅子では埒が明かぬと此方に泣きついてきた。

 一生懸命吠えられずとも、連れていけるのであれば連れて行ってやりたいのだが、無い袖が振れないのと同じ様に自家用バスも運転手も、自分以外の神職もいない。

 現実は非情である。


「そうじゃないんだ。連れて行かないんじゃない、行けないんだ。

 移動手段もないし、休みも終わるのに神社を留守にできないだろ。」

『オレ、大人だもん! 成長がちょっと遅いだけで、大人だもん!

 湊や仁護に負けるもんか!』


 興奮のあまり話が耳に入らないのか、歯を食いしばるようにしてグウウと八幡が唸った。

 零れた本音から、これはこれで焦っているのが伺える。

 ほぼ同い年の獅子は皆、成獣となってしまい、残ったのは八幡だけ。足の速さは既に当社随一であるだけに、何故自分だけが大人になりきれないのか、余計に納得いかないものがあるだろう。

 少し気分屋で我儘なところはあるが、元々この子だって責任感の強い頑張り屋。訓練も毎日スケジュールを決めて、きっちりこなし、雄ばかりの神社はだらしないなどと周囲から笑われぬよう、身だしなみにも気を配るしっかり者だ。

 真剣に努力しているだけ、悔しいに決まっている。

 まあ、最近は我儘な気分屋としての言動が目立ってたけど。

 あと、毛並みの手入れは単純に本人が好きなだけだけど。


 また、瑞宮に至っては努力家云々など述べるまでもない。

 誰に言われずとも毎朝一番に起きて、走り込みや木登りなどに励むばかりか、術などの座学も繰り返し参考書を読み、分からないところを兄獅子に相談して、少しでも強くなろうと懸命に取り組んでいる。そして、弟に邪魔されている。



 積み重ねた結果を試す機会が得られず、悔しがる八幡たちに逸信まで悲しげに耳を伏せ、ヒサ君が俯いた。


「狐たちが来るのは急に決まったことじゃなし、もっと早く知ってさえいればなあ。」


 最近、此方に来てばかりで、齋登の状況まで気を配っていなかったらしい。

 今朝、遊びがてら年始の挨拶へ行って狐たちの来訪を知り、慌ててその足で当社まで来たそうだ。

 やだ、この子怖い。一日に何km移動してんの。


 どうしても諦めきれないのか、二前ももう一度唸る。


『おじいさん、やはり電車かバスを頼んでみませんか。

 急ではありますが、電車が運行してないわけじゃない。今なら早朝とか邪魔にならない時間帯が使えるかも。

 役所も今の時間ならまだ開いています。』

「駄目だ。幾らなんでも急過ぎる。」

『もう、歩いていこうぜ。今からなら、間に合うって。』

「歩かない。

 黙ってなさい、五十嵐。」


 なんとか弟たちに経験を積ませてやりたい長兄の横から、無茶しようとする筆頭獅子を抑え、首を横に振る。

 二前たちの気持ちは分かるし、叶うことなら自分だって行かせてやりたい。

 だが、結界が壊れる、魔物が出たなどの緊急時ではない以上、理由はどうあれ、自分たちの我儘に周囲を巻き込むことになる。

 幾ら少ないと言えども、他に手合わせの相手がいない訳でもない。加えて、急いては事を仕損じる。無理やり強行して、事故に繋がってもいけない。

 此処は縁がなかったと諦めて、改めて別の対戦相手を見つけてやる方が現実的だ。

 残念だとは思うが、感情のままに動くのであれば、霊獣と人の間を取り持つ神職がいる必要がない。



「何、騒いでんの。」


 冷淡であっても、ここはきっぱり却下すべきと腹を据えたところで、今度は郵便屋がやってきた。

 新年の挨拶もそこそこに手紙を片手に問う加賀見へ、早速ヒサ君が言い付ける。


「齋登に狐が来てて、練習試合に行きたいんだよ。」

「行けばいいじゃん。」


 何処かの筆頭獅子同様、聞いた側から勝手なことを言うのを叱る。


「そう簡単に言わないでくれ。そんな好き勝手に移動手段は用意できない。

 準備も打ち合わせもしてないし、新年早々、大急ぎで明日までに電車やバスの準備してくれなんて、勝手なことを言えるわけがないだろう。

 逆の立場ならどう思うか、少しは考えろ!」


 繰り返し無理を言われ若干腹が立っていたのに、望みを叶えてやれない不甲斐なさも相まって、多少きつい言い方になってしまった。

 勢いで八つ当たりしてしまったことを謝ろうとして、違和感に気がつく。

 何故、こいつは「それ、俺が誰だか知ってて言う?」みたいな顔をしているんだ。



「……おい、触れてはいけない禁忌の魔物。」

「陽伴は地脈の流れが強いんで遠距離は難しいんだが、齋登なら大丈夫だろ。

 朝と夕方、魔法陣作ってやるよ。」


 俺は移動特化型だからなと当然のような態度に目眩がする。

 目を見開き、大喜びで飛び跳ねだした獅子達へ、正月だからお年玉だ等と呑気なことを言うのに、声を荒げてしまう。


「また、そんな勝手なことをして! お前は己の立場を弁えているのか!

 大体、留守をどうするんだ? 明日は参拝客が来る。無人には出来ないんだぞ!」

「智知……いや、齋登絡んでるし、御武に数名寄越してもらえよ。

 提携してる神社同士なら霊獣の強化に協力して当然だが、あそこは元々討伐系だから練習試合の必要性をよく知ってる。

 余計に文句を言わないだろうし、人手も多いから、二、三人いなくても平気だ。

 場所変わるだけで仕事内容も変わらない。今から打ち合わせて予め分ける札とか渡しておけば、なんとでもなるだろ。

 そっちの移動と連絡もしてやるから手紙を書け。」

「止めてしまえ! そんな都合よく融通効かせられるんなら、魔物なんか止めてしまえ!」

「何、言ってるんですか。依怙贔屓でも好き勝手に動きたいから、俺は魔物やってるんですよ。」


 怒鳴られて尚、サクサクと対策を出さないで欲しい。

 公明正大など知ったことかと、せせら笑う青い目の郵便屋を止めることは、誰にも出来ないのであろうか。

 加賀見が無駄に器用なことはよく知っているが、あまりにも当社に都合よく、便利すぎるんだけど。この様に私情で便利に使うのが駄目だから、あれこれ不文律やら何やらが定められているはずなのに、当人がこの有様でどうしてくれよう。

 また、後で瘴気溜め込んで揉めるのに繋がる気もする。



『よし! それじゃあ、明日の打ち合わせするぞ!』

「イガ、まずは子獅子だよ。小さい連中の強化が一番だよ。 

 ハチ、鬣ないの全員、連れてきて!」

『分かった! すぐ、連れてくる!』

『ニノ兄ちゃん! ボク、頑張る!』

『ああ、瑞宮なら大丈夫だ。逸信も気後れしないようにな。』

『うん。ボクも頑張る。』


 人の気も知らず、常識も何も気にせず、ワイワイ騒ぐのを無視して、さっさと社務所の机に座る。

 心情や規律、今後の結果はどうあれ、こうなったからには関係先によく事情を説明し、対応を頼まなければならない。

 小煩いのに構っている暇はない。


「そんな畏まった手紙じゃなくても簡単でいいだろ。何なら口頭で伝えてもいいし。」

「黙れ、非常識な魔物め。お前の基準で考えるな。」

「え、何? 怒ってんの? 寧ろ、拗ねてんの?

 いいじゃん。試合の一つや二つ、大した影響ないって。大丈夫、大丈夫。

 ……てか、喜ぶかと思ったんだけど、不味かった?」

「煩い。お前に常識が通じないのも、純然たる好意なのも知ってるわ、そんな事!」


 横からあれこれ言う郵便屋も突き放す。

 獅子たちの為、試合が組めるのは良いことで、思い通りになって嬉しいはずなのに、腹立たしいばかりで何も考えたくない。

 本当に正月早々こんな非常識な有様でいいのだろうか。今年は先が思いやられる。

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