行きたい。(中編)
「うちの獅子は人の姿にはなれないから、そのまま電車に乗ると場所を取る上に、不必要に目立ってしまう。
特に子獅子は落ち着きがない。
霊獣に慣れない人に迷惑を掛けてもいけないから、何時も予め連絡して、座席を確保してもらってるんだ。
それを明日、今から手配しろって言うのは迷惑だろ。」
「そりゃまあ、そうだけどさ。でも、明後日には帰っちゃうんだもん。」
時間がないと言われるが、短期間で準備を整えるのも難しければ、関係各所に迷惑が掛かりすぎる。
関東で最も栄えている水都まで行けばそれこそ数多の種族がおり、霊獣の集団も珍しくはないだろうが、この辺りは只人が多い。移動時にはそれなりに配慮が必要だ。
うちの子獅子を狭い車内に放り込んで、騒ぎを起こさせない自信もない。
大体、今日で休みは終わり、明日は少ない参拝客が来る見込みだ。留守にはできない。
いけませんと強く言えば、声を荒らげずともヒサ君にはちゃんと伝わる。
「しょうがないなあ。じゃあ、小さいのは諦めるよ。行けそうなのだけで行ってくる。」
あんまり伝わってなかった。
「だから、大きい小さい以前に、電車が手配できないだろ。」
「だから、行けそうなのだけで行くってば。」
移動手段をどうするつもりなのかと言えば、噛み合わない返事をされた。
嫌な予感が頭を過ぎる。
ここから齋登までざっくり60kmはあるのだが。
「……まさか、歩きで行く気か?」
「じいちゃんは電車でいいよ。」
向こうで合流すればいいとあっさり頷かれる。
そう言えば、この子、一日50kmの山道を普通に移動する霊獣だった。今日も70km先の自分の神社から来てるんだった。
当然の顔をして走っていくと主張され、自分がやるのではなくとも顔が青くなる。
「いや、狼と獅子では得意分野が違うから!
大人の獅子でも、出来ることとできないことがあるから!」
「だって、同じ討伐系と手合わせできる機会なんか、滅多にないよ!」
同じ訓練の繰り返しより、誰かしらを相手取った練習試合の方が為になるが、各神社に特性があり、当社の周りには他に近距離攻撃型がいない。
敢えて言うなら御武だが、あそこの霊獣は殆どガク君一匹だけ。
代わりに神職の数が多く、眷属の少なさをカバーしているも、どの道、手合わせを頼める状況ではない。
従って練習相手を求めるとなれば、それなりに遠征せねばならず、そうそう出掛けてばかりはいられないので必然的に回数も少なくなる。
それが向こうから来た、しかも滅多に戦えない加伊の狐とあれば、確かに見逃すには惜しい機会ではあるが。
長時間活動の得意な狼と短期決戦型なライオンでは勝手が違う。
うちの獅子達はパトロールを兼ねて毎日、走り込みをしているけれども、齋登神社へ行くのは流石に無理だろう。
例え、歩き通せたとしても、到着と同時に動けなくなるのでは行く意味があまりない。
却下、却下と騒いでいたら、話し声を聞きつけて五十嵐が顔を出した。
『何の話、してんの?』
「齋登に加伊国から狐が来てるんだよ。腕試しに行こうって誘いに来たんだけど。」
『ふうん、いいじゃん。行こうよ。』
ヒサ君の説明を聞いて、一も二もなく頷いた筆頭獅子を叱る。
「五十嵐、そう簡単に言うな。何で行くつもりなんだ?
電車は準備できないぞ。正月早々、そんな迷惑かけられん。」
『そっか。』
指摘すれば聞いた時と同じ様にあっさりと諦め、五十嵐はヒサ君にフンと鼻を鳴らした。
『だってさ。足がないんじゃ、仕方がないな。』
軽く首を竦めた白獅子に、神狼の少年は肩を落として俯いた。
「オレは歩きで行けばいいと思ったんだけどさ。
じいちゃんが駄目だって。」
『そりゃ、そうだろ。御武ならまだしも、齋登まで何キロあると思ってるんだよ。』
比較的近い御武で30km、智知より北の齋登まで60km。それも直線距離であって、道なりに進めばもっと掛かる。
歩けるはずがないと前足を上げ、顔を顰めた五十嵐に、そんなもんなのかとヒサ君は漸く納得した様子で頷いた。
「やっぱり、そうなんだ。オレは別にどうってことないんだけど、獅子には無理か。」
『別に、無理ってわけじゃない。』
ヒサ君としては己の基準が通用しないのを理解しただけであったようだが、下に見るような言い方にムッとした五十嵐が言い返す。
しかし、種族による得手不得手は覆せぬと首を横に振られる。
「でも、確かに獅子は短距離型だもんね。自分が出来るからって、一緒にしちゃいけなかったよ。
その辺は仕方ないよな。逆にオレにはイガみたいな腕力ないし。」
悪意無く、出来ないと繰り返されたのが返ってプライドに触ったのか、確かに惜しい機会だと思ったのか、筆頭獅子は尻尾を振り回し、弱気になるなと言い出し始めた。
『だから、できないとは言ってないだろ! なんだ、齋登に行くぐらい。
海超えろって言ってるんじゃなし、時間とペース配分調整すれば、なんとでもなる!』
そりゃそうだろうが、目的を履き違えていなかろうか。
只、移動さえ出来れば良い話ではない。いきり立つ筆頭獅子を嗜める。
「五十嵐、練習試合に行くんだぞ。
移動で体力を使い切ってしまったら、意味ないだろうが。
それに休みは今日で終わりだ。
明日からは初詣の参拝客がくる。神社を留守には出来ないぞ。」
『でも三が日と違って、どうせ大した数は来ない!
留守番はニノ兄かムツ兄に残ってもらえば、きっとなんとかしてくれる!』
「そんな他力本願な!」
筆頭のくせに適当な挙げ句、長兄達に面倒を押し付けるようなことを言わないでいただきたい。
「五十嵐。確かにお前たちは鍛え上げられた獅子だ。
だから、他のネコ科よりは走れるかもしれない。だが、狼と比べたら駄目だ。
誰しも得手不得手が有って、不得手の部分を認めず勢いでゴリ押しするのは、無計画だし無責任だぞ。
それに今年は参拝客が例年より多かった。三が日にあれだけ来たんだから、休み明けだって沢山来るかもしれない。
何より、何でも二前に押し付けるんじゃない。」
足で移動するにはあまりに無謀な距離であり、当神社に所属する者として訪れる参拝者を無下には出来ない。
何より兄獅子に頼りきりは駄目だと噛んで含めるように言い聞かせる。
せめて、自分が残るから行ってこいぐらい、言えないものだろうか。
ぷーっと膨れる白獅子を叱りつけていたら、二前と逸信がやってきた。
何か問題でも起こったのかと眉間に皺を寄せた兄獅子の代わりに、子獅子がふんふん鼻を鳴らす。
『何の話、してるの?』
傾げた首や子獅子特有の暗色班で長兄同様に困っているように見えるが、多分当人は何も心配していまい。
みゃうーと呑気な調子で鳴くのに、ヒサ君が答える。
「明日、皆で出掛けたいけど、移動手段がなければ留守にも出来ないって話。」
『お出掛け? 何処に行くの? もしかして、三峰!?』
出掛けると聞いて、みゃっと逸信は嬉しそうに耳と尻尾をピンと立てた。
何を期待しているのか、浮足立つのを冷静にヒサ君が否定する。
「行かないよ。行くとしたら齋登。」
『そっか……』
途端にしょんぼりした子獅子の頭を撫で撫で、人の姿をした神狼君は状況を説明する。
「加伊国から狐が来てるんだ。ガク兄とツキ兄の知り合いが集団で来てるんだよ。」
『加伊国から?』
今度は二前が反応した。どういうことかとピクピクと耳を動かす。
「補助系が多い狐にしては珍しい前衛型で、子供も沢山来てたからお互い力試しに丁度いい。
何より、瑞宮達に幻術を経験させる良い機会だと思ったんだけど、今から電車の準備は頼めないから駄目だって。」
『ふむ。』
当社と同じ討伐系の霊獣と聞いて、長兄の獅子は真剣な顔つきになった。考え込むように俯き、グルグル低い声で鳴く。
暫く悩んでからどう思うと視線で五十嵐に問い、筆頭獅子は行くべきと低く唸って返す。
『電車が用意できなくても、今から移動すれば歩いていけると思うんだけど、駄目だって。』
『歩きでか……俺たちはまだしも、小さいのは確かに厳しいな。』
『あと、明日は参拝客が来る予定だから、留守にも出来ないって。』
問題点を上げながら、不満そうにグルルと唸る五十嵐にゆっくり頷き返し、二前は此方に振り返るとガウと鳴いた。
『どうせ役所に留守番を頼むなら、何時も使っているバスも使えないだろうか?
おじいさん、なんとかなりませんか?』
「だから、今から明日の調整なんか頼めないだろ。」
夏に魑魅魍魎討伐のため、魔境へ赴くのに使うバスを出してもらおうと言うが、鉄道会社は駄目で役所なら良いという話ではない。長兄ともあろうものがそんな分かりきった無理を言い出さないで欲しい。
何方にしても違うだろうと睨めば一応自覚はあるのか、獅子達は揃ってさっと顔を背けた。
子獅子の逸信だけが、よく分かっていない顔でミャウーと鳴く。
兄獅子に任せておけば大丈夫と油断して、深く考えていないのだろうが、これはこれで困ったものだ。




