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行きたい。(前編)

 神社の正月は三が日過ぎから7日まで。

 明日から通常運営に戻らねばならず、休みが終わると三が日の間に初詣へ行き損なった人が参拝に来るので、暫く落ち着かない。

 年始の挨拶を兼ねて役所へも行くし、提携している神社間で打ち合わせも行わねばならない。今年は当社が会場になっているので、きちんと本殿の掃除と準備を終わらせておかねば。

 よく知った仲であってもお客が来るのに、だらしない格好をさせておくわけにもいかない。

 明日から襟を正すよう獅子たちへ伝えれば、寝っ転がったまま、声だけは元気よく返ってきた。


 正し序でに最年少組の子獅子たち数匹にも、子供っぽい一人称を直すよう注意したのだが、それを知った兄獅子達が良い機会だと、併せて寝床を社務所から本殿へ移動するよう言いだした。

 巳壱と燦馳は大人への一歩だと大喜びで尻尾を振り回し、胸を膨らませてガオウと吠えたが、豊壱と無比刀はしょんぼりと俯いて落ち込んでいた。

 無比刀は寒い本殿には行きたくないと前から主張していたが、豊一も似たようなものだったらしい。

 最も抵抗したのは、一足先に本殿へ行ったはずの天祥だった。

 移動が決まった際、大喜び大騒ぎした割にすぐ飽きてしまい、旅行から帰ってきた辺りで社務所に戻ってきていた彼は、前足を突っ張って抵抗の意志を示した。



『いやだ! 本殿は寒いし、面白くないんだもん!』

『お前、面白いとか、面白くないかじゃないだろう……』

『だって、何時までも起きてたら怒られんだ! 遊んでも貰えないんだ!』

『当たり前だろ。夜、休まなかったら、何時休むんだ。

 お前に付き合ってたら、兄ちゃん過労死するぞ。』


 仲の良い兄獅子の湊に叱られてもガウガウ吠えて言い返し、嫌がる天祥を諦めさせたのは、長兄の二前でも、筆頭獅子の五十嵐でもなく、すぐ上の陸晶だった。


『いいんじゃない。無理に移動しなくても。』


 のんびりと尻尾を揺らし、陸晶は言った。


『天祥は社務所で寝なよ。一人で。』

『ふんっ、そうするよ! そしたら、社務所のお部屋は全部テンちゃんのだもんね!』


 仲間はずれが嫌いなくせに、鼻息荒く子供部屋を独占すると天祥は粋がったが、ぺろりと口の周りを舐めて続けた陸晶の言葉に前言をなかったことにした。


『大丈夫だよ。すぐにダンボールおばけが遊びに来るから、寂しくないよ。』

『テンちゃんはミミ兄や皆と、一緒が良い!

 皆が行くんじゃ仕方がないから、本殿に行く!』


 うちの獅子は勇猛果敢で、恐ろしい化け物である怨霊や邪鬼を恐れるどころか、早く退治できるようになりたいと望むのに、お化けを怖がるとは不思議に思えるが、それはそれ、これはこれらしい。

 素知らぬ顔をし、お化けが怖いんじゃなくて、兄弟達に付き合うだけだと天祥は尻尾を振り回し、彼が納得したなら後はどうでも良いと周りも何も言わなかった。


『テンちゃん、ボクって言うことにしたんじゃないの?』

『分かってるよ、ちょっと忘れてただけだよ!』


 一人称を直すのではなかったかと、そこだけ瑞宮に指摘され、天祥はガウと言い返した。

 初めたばかりとは言え、全然直せていないのだが、あの強気は一体何処から来るのだろう。

 一先ず落ち着けば、連休最後の日を有意義に過ごしたい兄獅子達は、小煩い弟に構おうとせず思い思いに散り、子獅子たちも遊びに戻った。

 ヒサ君が遊びに来たのは、大体そんな折であった。



「天祥、その頭、どうしたの?」

『じいちゃんがテンちゃんの鬣、刈っちゃったんだよ!

 テンちゃんはもう大人だから、ボクって言うんだよ!

 なのに、じいちゃんが刈っちゃったんだよ!』

「ふーん……刈ったって割に伸びてるけど、そうなんだ。」

『それよりヒサ兄が来んの、15日からじゃなかったの?』

「仕事としてはね。今日は新年の挨拶と別に用事があって来たの。

 でも、勉強見て欲しいんなら、見てやるよ?」

『悪いけど、テンちゃんは忙しいからヒサ兄とは遊べないんだよ。ごめんね!』

「いいけど、結局、ボクって言えてないじゃん……」


 お年玉代わりのおやつを食べた結果、セミモヒカンになった子獅子と軽くやりあってから、社務所に顔を出した三峰神社の弟狼君は、言葉のとおり、遊びの誘いを持ってきた。


「加伊国からガク兄とツキ兄の知り合いが、集団で齋登神社に遊びに来てるんだ。」


 ガク君は御武へ、ツキ君は齋登に所属する神狼の名前だ。

 関東生まれのヒサ君たちとは異なり、我が国最北端に当たる加伊国から来た三兄弟の上と真ん中で、末弟のユキ君は故郷に残って、また別の神社を管轄している。その辺りの伝手を辿って加伊の狐たちが齋登神社に来ているそうだ。

 代わりに齋登の霊犬二匹と巫女さんが加伊に行っており、いわば、交換留学のようなものだとか。神社はどこも何かと忙しいこの時期に、よくそんなことをする気になったものだ。

 なんでも、三が日明けの休みを狙った短期間の突貫旅行で、滅多にあることではなく、うちの子獅子たちも一緒に遊ばせようと誘いに来たらしい。


「来てるのはここと同じ討伐系神社の狐で、小さいのが沢山いたよ。腕試しに子獅子連れて行っていい?」


 違った。

 遊びにじゃなくて、討ち入りの許可取りにだった。



「腕試しって、何をやらせるつもりなんだ。」


 一瞬目眩がしたが、まずは聞いてみなければなるまい。

 詳細を問えば、呆れた顔をされる。


「何を言ってんの、じいじゃん。

 腕試しって言ったら総力戦に決まってるよ。全力でぶちかまさせるよ。」


 やっぱり。

 残念なことに聞くまでもなく、目眩がして当然の案件だった。


「決めないでくれ。そんな乱暴な常識作らないでくれ。」

「甘いなあ。だから御前試合で負けるんだよ!」


 初対面の相手にどうなのかと思うのだが、人と霊獣による意識の違いか逆にガウガウ怒られた。

 犬や猫の子がするように、うちの獅子たちもお互いを相手にプロレスをする。傍から見てると喧嘩にしか見えなくとも、本気で争っているわけではなく、技の練習やお互いの力量を図る練習試合ようなもので、実戦に向けた大事な訓練の一つ。

 それを他所の子が相手だから、危ないからと敬遠するのは過保護に過ぎるとお説教を食らう。


「しかし、初対面の子と総力戦はどうなんだ。

 そもそもツキ君達にだって、瑞宮から下は挨拶させてないぞ。」

「それこそ挨拶しにいけばいいじゃん。新年なんだし。」

「新年の挨拶は10日にあるだろう。それは別にしたって、誰を連れていくかも考えないと。」


 腕試しもいいが、争う前にすることがあるはずだ。

 仕事として外に出るときに同伴させるのは、大概筆頭の五十嵐か長兄の二前で、子獅子は邪魔になるので、まず連れて行かない。

 一度、智知神社に瑞宮たちを連れて行ったことがあるが、あれこそ打ち合わせを理由にした遊びと顔見世のようなもの。

 手合わせをするにしても、普段からの付き合いもない加伊国の霊獣であれば、余計にまずはきちんと挨拶してからではなかろうか。



 しかし、思えば齋登神社とは、随分ご無沙汰してしまっている。

 三峰と同じく結界を管理している御武とはまだ現場で顔を合わせるが、智知より更に後方にある齋登とは一緒に動く仕事がない。

 此処数年、郵便屋の来訪が増えたに併せ、手紙のやり取りも活発で、それで打ち合わせの多くが済んでしまっていた為、宮司の長瀞さんとはそれこそ昨年の正月から会っていない。

 思い立ったがなんとやらで行ってもいいが、幾日もしないうちに正式に集まる予定があり、どうにも忙しない。

 仮に行くにしても、他所の神職や霊獣と引き合わせて恥ずかしくない獅子でなくては。

 少なくとも他所の神社で暴れて池に落ちるようなのは駄目だが、あれを我慢させるのは難しい。



「全員でいいじゃん。子獅子全員連れて行こうよ。」


 選抜より、どうやって留守番させるかに移行しかけた思考を、ヒサ君がガウと押しのけた。

 寧ろ、全て連れて行かずにどうすると鼻白むのに、そう簡単には行かないと説明する。


「子獅子全員って、どうやって連れて行くんだ。

 あのチョロチョロするのを迷子にさせないように移動するのは大変だぞ。」

「湊や璃宮に面倒見させればいいじゃん。寧ろ皆で行けばいいじゃん。」

「新年早々、無人にするわけにもいかんだろ。役場に頼むのもそれこそ新年早々だし。」

「いいじゃんー どうせ夏場は無人みたいなもんなんだから、冬場も無人にしたってー

 魔境が活性化する夏より、よっぽど安全だよ。何ならオレが結界張るから行こうよー」

「いや、それこそ何も言わずに立ち入り禁止にはできない。ちゃんと断らないと。」


 難しいと伝えても諦めず、若干無茶であろう計画を強請るように主張され、苦笑する。

 神狼であるヒサ君の見た目と実年齢は異なるはずだ。

 しかし、孫がいたらこんな感じであろうかと、思わず考えてしまう。

 さて、どうしたものか。


「それで、行くとしたら何時の話なんだ。」

「明日。」

「駄目です。」


 若干どころの無茶じゃなかった。寧ろこれは無計画だった。

 即行で却下すればウーと唸られたが、駄目なもんは駄目である。

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