子供っぽい。
詣でる対象や理由に多少の違いはあれど、初詣は新年の行事として古来より恙無く続いている。ひいては当社にも大晦日から三が日まではひっきりなしに参拝客が来る。
その間は休む暇もないほどに忙しいが、三が日さえすぎれば7日まで公的に休みが貰える。
休みの間に本来、朔日に行う獅子たちの巣籠りも無事に終わり、お年玉も与え、ムダ毛もしっかり刈り上げた。
魔石の摂取により、鬣の代わりに生えてきた天祥の鶏冠は、五分刈りにした後も少しずつ伸び続け、所謂セミモヒカンになって止まった。
セミなら良いかと諦め、放置したが、やはり天祥には鬣もモヒカンも早かったと実感している。
その証拠に今朝、妙な寝癖を付けたまま、寝惚け眼で彷徨いていた。
右側はワカメのようにへたれ、左側は波のように反り立っており、一体どんな格好で寝ていたのか甚だ疑問である。
それでも子獅子達は皆、少しずつではあるが成長している。雪の混ざった砂利を蹴り飛ばし、駆け回る姿は逞しくもあり、出来ることもどんどん増えている。毛並みの手入れも、直に改善されるだろう。
ただ、大きくなったからこそ、不自然さが目立ってきたことも有る。
やはりそのうち直ると見守ってきたが、未だ変化が見られない為、当人達はどう思っているのか聞いてみることにした。
「巳壱、天祥、無比刀。ちょっとおいで。」
『何、じいちゃん?』
声をかければ三匹は直ぐに駆け寄ってきた。
寒いと言うのに体調を崩すこともなく、ミャウミャウと元気に鳴く彼らの頭を撫でてやれば、嬉しそうに押し付け返してくる。
何の用事か、遊んでもらえるのかと目をくりくりさせているのを座らせ、うっかり傷付けないように聞いてみる。
「なあ、お前たちは自分のことを僕って言わないのか?」
子獅子達は何を言われたのか分からなかったようで、揃って首を傾げた。
すぐに全てが伝わるとは思っておらず、ゆっくりと説明する。
「まだ、小さい子なら分かるが、お前たちはそろそろお兄ちゃんだろう。」
『そろそろじゃない! テンちゃんは立派な若獅子! もう、とっくにお兄ちゃん!』
がうと即座に天祥が立ち上がって吠えた。
巳壱と無比刀も不満げに尻尾を振り回す。
『じいちゃん、ミイチ、体はちっちゃいけど赤ちゃんじゃないよ!』
『ムイも末っ子だけど、ちっちゃくない。』
「そうだな。」
別にそこを否定したいわけではないので、素直に同意する。
むしろ、赤ん坊ではないからこそ、正さないのか聞いているのだ。
「だけど、大きい子は自分のことを名前で呼ばない。
兄さんたちだって僕とか俺って言うだろ。
お前らと殆ど同い年の燦馳や豊一だってそうだ。」
此処で言われていることが分かったようで、子獅子達は顔を見合わせ、不安げにミュウミュウ鳴きながら、尻尾を振り回した。
『テンちゃん、自分の事をテンちゃんって言うの、やっぱり変かな?』
『でも、きいたんだって、自分のことをきいたんって言うよ!』
『そりゃ、きいたんはそれこそ赤ちゃんじゃん。』
耳を頭にくっつけ、困った顔で鳴きあう様はまだまだ小さい子獅子であるが、このまま大きくなっても直らないようでは恥ずかしい。
まだ、その兆候はないが、時期的に新しい霊獣が生まれて良い頃でもあり、弟の前で名前呼びは格好が付かないだろう。
癖は突然どうにかなるものでもない。
今のうちからおかしいと気が付かせ、自分で直すように仕向けてやったほうがいいはずだ。
子獅子達はニャグニャグと揉めていたが、天祥が此方を見上げ、言い訳するようにナアと鳴いた。
『じいちゃん。テンちゃん、テンちゃんって言わないようにしようって、思うんだよ。
でも、つい言っちゃうんだよ。』
自分でも、おかしいとは思っていたらしい。
直せないことを恥じるように俯くのを励ます。
「そうか。じゃあ、少しずつ直していくしかないな。
慌てなくていいから、頑張ってごらん。」
『うん。テンちゃん、やってみるよ。』
突然、完璧にやらなくてもよいと伝えれば、天祥は安心したように頷いた。
そのままボク、ボクと繰り返し、一生懸命直す練習をし始めたので、早速できていなかったのは目を瞑る。大事なのはおかしいと気がつくことだ。
もう良いと下がらせれば、ブツブツ言いながら遊びに戻っていった。
あの子は一つのことで頭が一杯になると、それ以外が考えられない傾向がある。
一人称に気を取られたまま、物にぶつかったり、穴に落ちたりしなければ良いのだが。
珍しく最初に聞かん坊主な天祥が終わると、今度は無比刀がムーと低い声で鳴いた。
『じいちゃん、ムイも直さなきゃ駄目?』
「無比刀は直したくないのか?」
青毛のフワフワ子獅子は少し不満げに尻尾を左右に大きく振り、前脚で地面を引っ掻いた。
『だってさ、ボクもオレもワシもワイも、ムイとあんまり変わらないじゃん。二文字なのも同じじゃん。
ボクやワシが良いなら、ムイだって良いような気がするよ。』
「そうだなあ。」
無比刀はのんびりマイペースな分、自分をしっかり持っている。
此処で頭ごなしにおかしいと否定しても、納得しなければ変えようとしないだろう。
その反面、そちらの方が良いと思えば、きちんと直すはずだ。
「でも、その理屈だと、ムイがいいなら僕だって良いんじゃないのか?」
『うーん? そうかなぁ?』
「それに言葉は場所と状況によって使うべき物が決まっているから、ムイだといけない時もあるけど、僕は万能だぞ。
きちんとして見えるし、いざって時、慌てて直さずに済んでいいんじゃないか?」
『むー そうかもねえ。』
それなりに納得させることができたようで、無比刀は満足げに尻尾を大きく揺らし、ミャウと鳴いた。
此処まで分かったなら後は勝手に直すだろう。もう良いと天祥と同じく遊びに戻らせる。
さて、最後に残った巳壱は手強そうだ。
尻尾を上下に揺らし、ターンターンと地面を叩いている。
「巳壱も直すのが嫌なようだな。」
『嫌だよ!
じいちゃんは、なんも分かってないよ!』
多少、優柔不断で周りに流されやすいところがあっても、いざとなれば徹底抗戦を起こして臆さぬ気概を巳壱は持っている。
今回はその気概を引き出すに足る案件とは思えないが、どうにも鼻息が荒い。
怒ってすらいるのか不機嫌も顕にグルルと小柄な子獅子は唸り、吠えた。
『だってね、じいちゃん。
ミイチみたいに体がちっちゃい子は、自分のことを名前で呼ぶと、すっごく可愛いんだよ!』
どうしよう。理由が非常に小聡明かった。
『ミイチ、可愛いのがいいよ!
だって、皆、ミイチが可愛いから好きって言ってくれるよ!
お姉ちゃんも小さい人も、沢山ナデナデしてくれるよ!
ミイチ、ナデナデなくなんの、嫌だよ!』
ちやほやされて気分が良いのは人も霊獣も変わらない。フシャーと毛を逆立てて怒る気持ちは分かる。
しかし、普段の主張と矛盾していなかろうか。
「でもなあ、ミイ。ちっちゃい子扱いは嫌なんだろ?
その可愛いっていうのも、如何にも小さい子っぽいのが可愛いんじゃないのか?」
「ミッギャーッ!!」
触れてはいけないことだったのか、指摘に小柄な子獅子は怒り狂い、グルグルとその場で回って砂利を蹴り散らした。
『ミイチ、赤ちゃんじゃない! 可愛いのと赤ちゃんは別!
ミイチは立派な若獅子!
でも、可愛いの! 若獅子だけど、可愛いの!』
いつの間にここまで可愛いに執着するようになっていたのか。
霊獣の体調や能力だけでなく、精神的なものにも気を配ってやらなければならない神職として、管理不行き届きかなと反省する。
ただ、興奮しているのにあれこれ言っても効果がない。
黙って待っていると少しずつスピードが落ちて、元気がなくなってきた。終にはその場でしょんぼりと座り込み、耳も尻尾もへチョリと垂れてしまう。
騒ぎすぎて疲れたのか、俯く子獅子にゆっくりと話しかける。
「可愛いのも良いが、お前がなりたいのは強い獅子だろう。
早く立派な大人になりたいって、何時も言ってるじゃないか。」
『だって、なかなか大きくなれないんだもん。
それに加賀見の兄ちゃんだって、ちっちゃいの特性活かせって言ったもん。
可愛くないより、可愛いほうが良いに決まってるもん……』
そんなに怒って大騒ぎすることなのか。違うんじゃないかと問えば、ミーと巳壱は小さな声で鳴いた。
小さいは小さいなりに色々考えていて、より良くなろうとした結果らしい。
只、頑張る方向がちょっとずれてしまったのだろう。広がってしまった耳の間を良し良しと撫でてやる。
「大きくなれないと言うが、そもそもじいちゃんが何故、直さないのか聞いたと思う?
お前が大きくなってきたからだ。」
『……そうなの?』
成長していると伝えても、すぐには信じられないのか、子獅子は疑り深そうに頭を低くした。
それでも嬉しそうに尻尾がピクピク動く。
以前、健康診断をして貰った時も、遅いかもしれないとはされたが、成長しないとは言われなかった。
天祥や無比刀のように分かり易く成長している子らの変化ばかりへ目が行きがちだが、巳壱も多少ゆっくりではあるが確実に成長している。いつの間にか手足は太くガッシリとしてきて、子猫のようだった体も柴犬ほどの大きさになっている。
「自分でも心当たりがないか?
寝床のダンボールが狭いような気がするとか、手の届かなかった枝に届くようになったとか。」
『そういえば、テンちゃんと箱へ一緒に入って遊んでたら破けたよ。大きくなったからかな?』
「……そうかもなあ。」
それは何方かと言えば、狭かったのではなく暴れていたのが悪かったんじゃないかと思われるが、ダンボールを破くほど力が強くなったとすれば、似たようなものだろう。
少し、成長した実感が湧いてきたのか、尻尾の動きが元気良くなってくる。
「確かに瑞宮や陸晶に比べればまだまだ小さいし、子獅子の中では一番小柄かもしれない。
でも、お前もちゃんと大きくなってる。
だから、そろそろ直したほうが良いんじゃないかって、じいちゃんは思ったんだ。
可愛いも良いけど、格好いいの方がもっと良いだろ。」
『うーん。』
もう一押しだと思うのだが、巳壱はまだ素直に頷けない理由があるようで、もじもじと床を前脚で引っ掻いた。
『でも、ミイチはテンちゃんみたいに派手じゃないし、毛並みもムイムイやトヨチーみたいにフワフワでも青くもなくて、普通の白だもん。
頑張って可愛くして目立たなくっちゃ、サンジと同じ地味子になっちゃう。
小さい人のところに行ったり、お姉ちゃんが来てくれても地味だと気が付かれなくて、構って貰えなくなっちゃうよ。』
「まあ、確かに天祥は動きが大きくて目立つし、ムイはフワフワだし、豊一も青毛だからな。
そして燦馳をさり気なく悪く言わない。」
体が小さいので他に押しやられ、損をしてきたのも辛かったようだ。
今だって、ミミ兄やイツ兄、時々、ミイチのこと忘れちゃうんだよと嘆くのを、瑞宮は天祥で手一杯で余裕がないだけだろうと慰める。
あと、逸信は下を見る意識があんまりないんだ。後で叱っておかねば。
不安げにミュウミュウ言うのをもう一度撫でてやる。
心配していることは分かった。
一人称を直すことでアイデンティティの消失を心配しているのであれば、他を表示してやるだけだ。
幸か不幸か、巳壱には小柄であることよりも、大変よく目立つ特徴がある。
「心配しなくても大丈夫だ、ミイ。
無理に可愛くしなくても、頑張ってればちゃんと見てくれる人がいる。
それにお前には魚があるだろう。」
『ミイチには、魚がある……』
巳壱には、ずっと大事にしている魚のぬいぐるみがある。
毎朝、背中にくくりつけて貰いにやってきて、片時も離そうとせず、そのためなら自分より大きな天祥に立ち向かうほど大事にしている魚がある。
今もクタリと背負われ、虚ろな目をしている奴がいる。
「魚を背負っている子獅子なんて、お前以外にいないぞ。
だから、忘れられたりしない。大丈夫だ。」
『そうだね! ミイチには、魚がある!』
心から理解できたのか、それまでの落ち込みは吹っ飛んで、小さい子獅子は大きな声で吠えた。
『ミイチには魚があるから、大丈夫!
じいちゃん、ミイチ、次からボクって言うよ!』
「そうか。そうだな。」
慌てずとも良いので少しずつ直すよう伝えれば、元気よくガオウと返事をした。
背負った長い奴を大事そうに鼻で突っついて確認し、ぴょんぴょん跳ねながら兄弟のところへ帰っていく。
三匹とも無事、納得したようで何よりだ。これで少しずつでも、直していくだろう。
併せて、今後も巳壱は魚を背負い続けることが決定した。
言葉遣いも大事だが、何時までも人形を抱えているのも、どうなのか。
本当にこれで良かったのか。若干、しくじった気がしなくもない。




