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生える。(後半)

 頂戴、頂戴とぶんぶん尻尾を振り回して騒ぐ煩いのに苦笑し、代案を提示する。


「霊水じゃ駄目なのか?」


 生憎、当社の御神体は魔石を産出しないが、同等の効果を見込める霊水ならばコンコンと湧き出てくる。

 井戸から汲んでやろうかと言えば、子獅子達はみゃぐみゃぐと顔を見合わせた。


『んー……お水でもいいのかもしんないけど……でも、テンちゃん、カリカリが欲しい!』

『お水でも、変わんないんじゃない?』

『霊獣は自分の神域の霊気が一番良いんだよ。ボク、知ってる。』

『ムイはどっちでも良いや。』

『そりゃムイムイは、もうフワフワだから関係ないよ。』


 悩むも初志貫徹しようとする天祥に燦馳がフシッと鼻を鳴らせば、豊一も知った顔でミャッと鳴く。無比刀はそもそもの興味が薄いらしくクアアと欠伸をし、巳壱に前脚で押し退けられた。

 どうやら温度差はあるものの、おやつを食べる以外に何らかの目的を持っているらしい。

 子獅子達は一時的に言葉の代わりの思念波を使うのを止め、どうしようかと耳や尻尾を動かしたり、ガアガア鳴きあっていたが、結論を出したのは、やはり聞かん坊主な天祥だった。



『テンちゃんはやっぱりカリカリを食べたい!

 だってムイムイもミミ兄も、カリカリ食べてたら毛がフワフワになったんだもん!

 だから、お水よりカリカリが良いと思う!』


 たしたしと前脚で地面を叩き、尻尾を振り回す兄弟に巳壱と豊一がみゃうみゃう高い声で同意し、無比刀は素知らぬ顔、燦馳はなんとも言えないのか無言で尻尾を揺らした。


「何だ、フワフワになりたいのか。」


 うちの獅子はどうやら魔石を大量に摂取すると全身の毛が伸びることがあるようで、これに当て嵌まった無比刀と少し年上の瑞宮は現在、見た目が綿飴のようになっている。

 大変触り心地が良く、温かいので兄弟たちから羨ましがられるが、全ての獅子が同じ様になれるかと言えば難しいようだ。


「あれは個体差があるみたいだから、お前は多分無理だろう。」

『でも、食べたいの!』


 今まで変化がなかったのだから、一食で変わるまい。

 諦めるように言うも、天祥は前脚で地面をひっかいて駄々をこね、巳壱も前に出てがううと鳴いた。


『じいちゃん。ミイチ、フワフワはいらないよ。

 でも、鬣は欲しい。ちっちゃくったって、鬣生えてれば立派に見えるよ!』

『ボクも欲しい! ジン兄ちゃんみたいに、立派なの!』


 何だか話が飛んでいる。

 真剣な様子の巳壱と違い、豊一は遊びの範疇なのか楽しそうにぴょんぴょんと周囲を跳ね、燦馳は難しい顔で俯いた。


『そりゃボクだって鬣は欲しいけど、でも、』

『ムイはフワフワが、フワフワであればいい。』


 ニャグニャグと途中で言い澱んだ兄弟の隣で無比刀はのんびりと尻尾を揺らし、ムーと鳴いた。



『じいちゃん、霊獣の成長は心がけが大事だって言うじゃん。

 ムイも暖かくしたいって思ってたから、フワフワになった。

 でも、ムイは毛が伸びるなんて知らなかったから、どうしたいかなんて考えてなかったよ。

 それでも伸びてくるなら、鬣欲しいって具体的に強く願いながら食べれば、皆も生えてくるんじゃないかって。』

『確かに全身フワフワは無理かもしんない。

 でも一部に絞れば、テンちゃんだってきっと生えてくるよ!』

『それに鬣は元々、生えるもんだもん!

 ミイチだって、若獅子だもん! きっと生える!』


 既に長い毛並みを手に入れて満足している分、興味がないのかまったり説明する無比刀の隣で、天祥と巳壱がガウガウ吠えて主張する。


「鬣ねえ。」


 生えないと思うけどな。

 率直な感想は口にせず飲み込んで、改めて子獅子たち眺める。

 無比刀は例外、天祥は天祥だからでいいとしても、巳壱が随分乗っかって興奮している。巳壱は体格が小さいのを気にしているので、余計に変わりたいのだろう。

 燦馳も思う所があるのか積極的ではないが、非常に気にはなっているようだ。豊一は便乗だな。

 見かけだけ立派になっても意味はないと思うが、早く一人前になりたい向上心の現れと思えば、微笑ましい。



 さて、これはどう言い聞かせたものか。

 まずは頑固で言い出したら聞かない天祥をなんとかせねば、残りもどうにもなるまい。

 手の掛かるやんちゃ坊主は鼻息荒く地面を引っ掻き、ガオウガオウと声ばかり一人前に吠える。


『テンちゃんはカリカリ食べて、鬣を生やすよ!

 やっぱり、獅子だから鬣がなくっちゃ!

 それに鬣を生やせるなら尻尾だって、』

「一部に絞っても、尻尾は生えてこない。」


 兄獅子たちを中心に、やめろと言われ続けている野望に燃える子獅子を一刀両断に叩き切る。

 周囲からそんなのおかしいと止められているのに、天祥は大量の尻尾を欲しがってやまない。

 猫又だって二本だって言うのになんでだろう。この子、それこそ前世で狐だったのかしら。

 微笑ましさが一気に吹っ飛んで、憂鬱だけが湧き出してきた。


「全く、変なことばかり思いついて。諦めなさい。」


 しっしと追い払えば、天祥は毛を逆立ててふうふう怒り出した。


『なんで駄目なのさ! テンちゃんはお年玉が欲しい! 

 お正月なのにお年玉貰えないなんて、おかしい!

 頂戴! カリカリのお年玉、頂戴!』

『やめなよ、テンちゃん。我儘言ったら駄目だって。』

『でも、ミイチもカリカリ欲しい!』

『カリカリ! カリカリ!』

『ムイは、お水でも良いかなって思う。』


 ぎゃあぎゃあ鳴いて喚く子獅子に、やれやれと肩を落とすだけで解決すればよいのだが、現実はそう甘くない。

 止めるにしても、同調するにしても、天祥につられて他の子まで騒ぎ出してしまった。

 ざっくりと考えを巡らせ、一つの選択肢に引っかかる。どちらかといえば悪手と思うが、どうせ正攻法ではなんともならないのだ。此処は賭けに出てみるか。



「天祥、煩いからやめなさい。」

『いやだ!

 テンちゃんはカリカリ食べたい! お年玉、欲しい!』

「そんなに騒いだら、やれるもんもやれないだろうが。」


 喚くのを手で払ってやめさせ、社務所の戸棚を見やる。

 よくよく思い返せば、クリスマスの食べ残しが残っているのに気が付いたのは良かったのか、悪かったのか。


「良いか、一回だけだ。それ以上はどれだけ吠えても駄目だ。きっぱり諦めなさい。」

『……わかった!』


 雲行きが変わったのを感じ、口を開けたまま止まっていた天祥は、この場限りとされても大喜びで頷いた。

 巳壱と豊一もはしゃいで飛び跳ね、話の流れからすれば要らないはずの無比刀も食べる気なのか、口の周りをぺろりと舐めた。

 燦馳まで控えめにだが尻尾を揺らしだすのに、やれやれともう一度溜息をつく。


 駄目なことを実感させれば、後々引っ張らずに終わらせることが出来、仮に今後があっても約束を盾に止めさせられる。

 おやつの在庫があるからこそ取れる方法だが、それこそ残りは少なく、一度しか試せない。

 一回良かったのだから二回目もと、更なる我儘に繋がらなければ良いのだが。

 それにこの場に居ない子獅子達のことも心配だ。彼らの取り分を残せるほどの在庫はない。

 あの子達はある程度大きくなっているから、弟の分しかなかったと言えば納得するだろうが、良い気持ちはしないだろう。

 特に瑞宮が心配だ。あの子はおおらかであまり怒らないが、食べ物の事になると別のけがある。


 しかし、こうなったからには仕方がない。上の子には後でたっぷり霊水をやって、それで満足してもらおう。

 皿と魔石の欠片を用意しに社務所に上がれば、その間に子獅子達は一列に並び直し、背筋を伸ばして座った。

 行儀の良さはもっと別の機会に発揮してほしいのだが。



「良いか、これだけだからな。」

『わかってる!』


 一匹ずつ、目の前に皿を置いてやれば、皆、頭を突っ込むように貪りだした。

 おかしい。彼ら霊獣は神域にいれば腹は減らないはずなのに、何故、こんなにがっついているのか。

 激しい運動のあと、特に神域の流れから微妙に外れる広場の辺りに居たのであれば分かるが、此処は境内の中。正月休みでごろついていただけで、そこまでの運動もしてないはずなのに。

 早く鬣を生やしたい勢いにしても何だか腑に落ちないものを感じながら見守っていると、食べ終わったやつからウーウー唸りだした。


『生えてこい! 鬣、生えてこい!』

『鬣! 鬣!』


 前足を突っ張り、首の後ろ辺りに力を込めながら一生懸命願っているようだ。

 されど当然と言うべきか、変化はない。



『うーん、やっぱり、生えてこないよー』

『だから言ったじゃん。駄目だって。』


 早々に豊一が音を上げ、燦馳も諦めたように耳を頭につける。

 巳壱が悲しげにミャアミャアと鳴いた。


『生えてこないよ。やっぱり、鬣、生えてこないよ。ミイチがちっちゃいからかな?』

『違うよ、ボクも生えてこないもん。ミイちゃんだけじゃないよ。』

『カリカリの量が少ないからじゃない?』

「駄目だぞ、豊一。じいちゃん、駄目って言ったぞ。」


 頭を低くしながら顔を見合わせ、しょんぼりするのに追い打ちを掛けたくないが、早速約束を忘れそうな奴にはしっかりに釘を刺す。


「だから言っただろう。それより向こうで遊んできなさい。

 正月のうちから勉強や訓練をしろとは言わないが、立派な獅子になりたいなら、それが一番だぞ。」

「ニィー……」


 おやつを食べたくらいで大人になれるなら、苦労はしない。

 仮に鬣が生えても、ただそれだけのこと。一人前の大人になるには見かけより、地道な努力が大事だと優しく言い聞かせれば、燦馳達は悲しげに鳴きながらも大人しく頷いた。

 この三匹はこれでいいとして、まだ諦めていないのに向き直る。



『生えてこい! 鬣! 鬣! 生えてこい、鬣!』

「天祥、もう諦めなさい。」

『フワフワになれ! もっともっと、もこもこのフワフワになれ!』

「無比刀、お前、興味ないんじゃなかったのか!

 それ以上フワフワになってどうするんだ!」


 頭を上下に振ったり、毛を真ん丸に逆立て、一生懸命頑張るのを止める。

 どれだけ唸っても体質的なものはどうにもならないと思うのだが、諦めようとしない。

 いい加減、首根っこを引っ捕まえてでも止めさせるべきか。

 悩んでいると何かが一瞬光ったような気がした。

 おや、天祥の様子が……!?

 


 ぼふっと聞いたことのある音がして、フミャーッと子獅子達が飛び跳ねた。


『生えた! テンちゃんに、鬣が生えた!』

『凄い! もさもさだ!』


 目を真ん丸くして豊一と燦馳が叫ぶのに、天祥はガアと大きな声で吠えた。


『やっぱり! テンちゃんは正しかったよ!』 


 狙いが見事に当たり、見たかと胸を大きく膨らませ、鼻息を荒くする。

 得意満面の兄弟に巳壱がジリジリと後ずさりした。


『確かに生えたけど、でも、ミイチ、あれは、』


 そのまま後ろに隠れてしまった小柄な兄弟を見やり、無比刀がムーと低い声で鳴く。


『生えたけど、それは鬣じゃないんじゃない?』


 ムイはもっとフワフワにならなかったよと落ち込む彼は、一体何処を目指すつもりだろうか。

 そして指摘のとおり、天祥の変化を鬣が生えたと認めるのは如何なものか。



 ふさふさと長い毛が生えはしたが、頭の天辺だけなのだ。

 これは鬣と言うより、モヒカンである。



 直接自分の姿は確認できず、ジリジリと離れていく兄弟の様子から、なんとなくおかしいなとは思ったようだが、頭の長毛が風に揺れるのを感じ、生えてきたのは間違いないと確信を持ったらしい。

 偉そうに周囲を睥睨すると天祥はノシノシと自分の側にやってきて、ガオウと勇ましく鳴いた。


『じいちゃん、テンちゃん鬣生えた! もう、立派な若獅子だよ!』

「えーっと、バリカンは何処に仕舞ったんだったっけかな。」



 高が毛、されど毛である。

 どれだけ天祥が暴れても、まだ子獅子。これを抑えられないようでは当社の宮司は務まらない。

 まったく正月早々、無駄に騒いでしまったものだ。

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