12月24日イベント後。【番外編】
公民館でのイベント後、自宅ならぬ自分の神社へは走って帰るつもりだったが、移動魔法の得意な郵便屋が参道口まで送ってくれた。
「兄ちゃん、ありがと。上がっていく?」
お礼ついでに一応誘ってみるも、時間が時間であるだけにあっさり断られた。
「馬鹿言え、今何時だと思ってるんだ。19時だぞ。
ヒサ、お前も早く寝ろよ。」
「今時、小学生だってこの時間は起きてるよ。」
「うちのきいこも日付が変わっても平気な顔して起きてる。」
「寝かせなよ。それは寝かせなよ。」
何時も通り軽口を叩く郵便屋の小さい娘は、然程夜泣きせず寝る時は長時間しっかり寝る分、パワフルな宵っ張りで困るらしい。
今も元気に起きている小さい人がバイバイと手を振るのと、郵便屋が背中に負ったリュックがボコボコ暴れるのに手を振り返し、煙のように彼らが消えてしまえば振り返ることもなく、さっさと参道を上がる。
クリスマスに特段強い興味もなかったが、やってみればそれはそれで悪くなかった。
ただ、兄がいなかったのが無性に寂しいような気がして首を傾げる。
物心ついて以来、兄は常に自分の側におり、当然のように世話を焼いてくれるのだが、何故か時折、そんなことは有り得ないと否定する衝動とやるせなさに駆られる。
しかしながら、実際にはあれこれ煩く気を配られる現実が目の前に広がっており、違和感を覚えても無視することにしている。
兄ちゃんとオレ、前世で仲でも悪かったのかね? そんなことを考える程度のものだ。
管理する神域の割に小さい咲零の境内と異なり、自分の神社は参道一つとっても長い。さっさと人の姿を解いて狼に戻ると、一気に石造りの階段を駆け上がる。
少し変わった三ッ鳥居も、どこぞの大会社が立てたという派手な随神門も、見慣れてしまえば日常の風景でしかない。
何段かに分かれた参道を登りきり、拝殿に飛び込む。ガウと一言吠えて戻りを告げれば、茶色い姉犬が少し慌てた様子で出迎えに来た。
『ただいま、ナナ。』
『お帰り。随分、早かったね。』
『うん。加賀見の兄ちゃんが送ってくれた。』
形式上は姉だが、殆ど歳の変わらない彼女は他所の神社から来たこともあって、友達という感覚に近い。
お互い黒い鼻が触れるとも言えない程度に挨拶を交わし、耳を動かして、郵便屋の世話になったことを告げる。
『それはラッキーだったね。』
『うん。やっぱ、加賀見の兄ちゃんの移動魔法は凄い。』
『伊達に触れてはいけない魔物と呼ばれてないものね。』
距離も時間も無視できれば、戦時にどれだけの驚異となるか。そんな物騒な感想と共に、姉犬はあふりと欠伸をした。
郵便屋と軽口を交わしたようにまだ早い時分であるが、姉犬は大分眠たいようだ。
柔らかく尻尾を揺らしているも、何処か反応が鈍い。
うちの神社には人里から派遣されるべき神職が居らず、眷属も彼女と自分、兄と幼い妹しかいない。
そのくせ境内も神域も呆れるほど広く、小柄な姉犬の肩にのし掛かる責任も少なくない。
強固で補修の必要が殆ど無い結界よりも、境内の掃除が一番大変だと姉は言うが、それなりに疲れているのだろう。
こんな様で自分までいなくなって良いのかと若干不安になるが、何度も話し合って決めたこと。
兄が意地でもなんとかするだろうと楽観的に考える。
『そういや、うちの兄ちゃんは?』
『シズなら、部屋に居るみたいよ。』
『まだ仕事してんのかね。クリスマスだって言うのに。
じゃあ、ミオは?』
『やっぱり何時もと一緒。待ってるから、早く行ってあげて。』
自分の部屋に戻りがてら家族の様子を聞けば、代わり映えのしない回答だった。
時折、仕事中毒じゃないかと疑いたくなる兄はまだしも、小さい妹の変化は体調を崩したと同意語であることが多いので、何時も通りと聞いて安心する。
姉と別れて帰宅後の所要を済ませ、自室に戻ったついでに人型となり、かばん片手に妹の元へ向かう。
一瞬、プレゼントは枕元に置くべきかと悩むも、送り主はサンタではない。誰からの贈り物か説明してやるのが、送り主への礼儀だろう。
「ミオ、ただいま。」
『ヒサお兄ちゃん、おかえりなさい。』
部屋を覗けば、相変わらず小さな妹が座布団の上で、嬉しそうに尻尾を振った。
足音で自分が戻ったのは気がついていたようで、読んでいたであろう本には栞をはさみ、横に追いやられている。
土産話を楽しみにしているのだろう。三角の耳をピンと立てて、ピスピスと鼻を鳴らす妹の頭を撫でてやり、隣に座って、今日のことを話してやる。
まだ一度しか直接会ったことはなく、それ以上の交流はなくとも、大体同い年に思える子獅子の話を聞くのが妹は好きらしい。
公民館のイルミネーションや、郵便屋と協力して雪を降らせてきた事と一緒に、子獅子達が揃いの帽子をかぶって歌ったことなどを話してやると、嬉しそうに目を細め、パサパサと尻尾を揺らした。
最後にかばんから、持たされたお土産を取り出す。
「それでこれ、天祥から。」
要らないと断ったにも関わらず、帰り際に再度大騒ぎを始めた聞かん坊子獅子から、結局押し付けられた鳥の羽根をまず見せる。
自分や妹の毛並みと同じく漆黒で艶光る黒い羽根に、妹は不思議そうに首を傾げた。
『カラスの羽根。こんな大きいの、どうしたの?』
「なんか、近くに住み着いてるのが居るんだって。
あの辺のボスで、じいちゃんの夕飯を時々盗んだりするらしいんだけど、日向ぼっこしているのを襲って、引っこ抜いたらしいよ。」
『流石、テンちゃんだね。』
何度も話だけはしてやっているので、子獅子たちの性格を妹はよく把握している。
訪れた際に話し相手になってくれたのが、一番腕白な子だったことも覚えていて、楽しそうに耳を動かした。
「あと、巳壱もセミの抜け殻って暫く吠えてたんだけど、崩れちゃうから駄目だって断った。」
『ミイちゃんは、クリスマスでも魚を背負っているの?』
「うん。多分正月も背負ってるつもりじゃないかな。
あと、ムイが知流姉に梳かして貰って、ますますフワフワになったから触りに来いって言ってた。」
『ミミ兄とどっちがフワフワ?』
「ミミ太じゃないかな。瑞宮のほうが体が大きいから。
あんまりフワフワだから時折、あれライオンじゃないんじゃないかって思う。」
機嫌良く話を聞いている妹を見ながら、若干引っかかるものを抑え、最後にかばんから紙袋を取り出す。
郵便屋がラッピングしてくれたそれを見て、小さい妹は興味深そうに鼻を動かした。
「後、これ、逸信から。」
『……そう。』
プレゼントの送り主を伝えれば、懸念したとおり妹の態度が変わった。
僅かではあるが表情が固まり、楽しげに揺れていた尻尾も、パサリ、パサリと落ち着きのない、不機嫌なリズムに変わる。
変化に気が付かないふりをして、貰った経緯を話す。
「なんか、座敷童子が来たらしいよ。
勝手にイツのりんごを食べちゃったんだって。」
『そうなんだ。』
「代わりにおはじきをくれたんだ。
持ってると、なにか良いことがあるかもってさ。」
人の手の器用さで袋を開け、中身をみせる。青い縞の入ったガラスがキラリと光った。
「そうじゃなくても綺麗だろ。
加賀見の兄ちゃんがネックレスにしてくれたんだ。」
『シン兄は、何でも出来るね。』
根気よく話し続けるが、逃げるように妹は視線をそらした。
プレゼントをくれた子獅子ではなく加工した郵便屋に触れて、そのまま顎を床につけて伏せてしまうのに、やっぱりなあと心配が的中したことを残念に思う。
「気に入らないの?」
『そう言うわけじゃないけど。』
興味を見せない妹にどうしたものかと二の句へ悩む中、トコトコと足音が近づいて来るのに気がつき、少し安心する。
程なく足音の主、姉犬が様子を見に顔を出した。
茶色い姉犬はまず、具合はどうかと黒毛の妹狼の側によってクンクン鼻を鳴らし、次にネックレスを見て尻尾を揺らした。
『それ、どうしたの?』
「クリスマスプレゼントにって、ミオに貰ったんだ。」
『可愛いね。ミオちゃん、つけてみなよ。』
つんつんと姉の黒い鼻で突かれて、妹は嫌そうに頭を振った。
『……似合わないもん。』
『そんなの、つけてみないとわからないもの。
ヒサ君、掛けてあげて。』
ほらほらと姉に急かされて、半ば強制的に妹の首にネックレスを掛けてやる。
銀色の紐が自然に縮み、青い縞の入ったガラスが胸元に来るよう調整され、姉は嬉しそうに尻尾をパタパタと振った。
『ほら、とっても可愛い。』
蒼と緑が混ざった妹の瞳と相まっておはじきは宝石のように美しく見えた。
とても良く似合っている。
しかし、妹は困ったように前足でそれを引っ掻いた。
『でも、これ、重たい。首が苦しいよ。』
落ち着かなさそうに頭を動かし、泣きそうな顔でキューンと鳴くのに、姉犬は首を傾げた。
『そうなの? そんなに重いものじゃないのに。』
『でも、苦しい。』
何度も前足でガラス玉を引っ掻く妹狼に、姉犬は耳をピタリと頭につけて、ガッカリしたように尾を垂らした。
『そう。それじゃあ、仕方がないね。
ヒサくん、外してあげて。』
くんくんと鼻を鳴らす姉に従い、妹の首からネックレスを外そうとすると、重いとは心外であるとでも言うように銀の紐は僅かに振動し、おはじきがするりと落ちた。
しっかりと結び目で止めてあったはずなのに、初めから何もなかったように妹の首に残った銀の紐をみて溜息をつく。
綺麗なだけの紐に見えても、触れてはいけない魔物の持ち物ということだろう。
このまま妹の首に下げておくことにして、外された子獅子からの贈り物はどうしたものか。
滑り落ちたおはじきを拾い上げ、妹に聞く。
「これ、どうする? 折角貰ったけど捨てちゃうか?」
自分に贈られたものではない以上、取捨選択の権利はないが、どうしても思う所が拭いきれないので、口調が若干荒くなったのは仕方あるまい。
聞いてもそっぽを向いて答えない妹の代わりに、姉犬がワンと吠えた。
『ネックレスにならないからって、捨てちゃうことないもの。しまっておけばいいよ。』
ね、ミオちゃんと執成すように姉犬が鼻先を向けても、妹はやはり答えない。
子供のすることとは言え、やりきれないものを感じながら入れてきた袋におはじきを戻し、烏の羽根と一緒に妹の持ち物入れに放り込む。
これでいいかと振り返った妹は座布団に顎をくっつけ、くたびれたようにふうと息を吐いた。
すっかり会話に興味をなくしたようなので、適当な言葉を掛けて姉と一緒に退散する。
自分たちが出ていくのを見送ろうともせず、何処か遠くを眺める妹を置いて部屋から離れる。
「なんだかなあ。」
自然と零れた台詞に姉犬が耳を動かした。
『……いつもの子からなの?』
「うん。」
土産話に登場する子獅子の数は多いが、何度も繰り返すうちに気がついた。
妹はどの子の話も喜んで聞くが、困り眉毛な暗色班が出てきた時だけ、僅かに目をそらし、耳を伏せる。
明確に嫌ったり、不快を示すわけではないが、距離を置きたがり、避ける。
子獅子の方は全面で好意を示しているだけに、申し訳ないような、腹立たしいような不満を覚えずにいられない。
「イツは、良いやつなんだけどな。」
やんちゃなのが多い子獅子の中で、件の子はちょっと大人しすぎるきらいもあるが、親切で優しい。
それに自分が怒られるのを承知で、大切な薬を持ってくるぐらいに妹を心配してくれてもいる。
時折、様子を聞いてくることもあり、調子が悪いと言えば悲しげに耳を伏せ、良いと聞けば嬉しそうに跳ね回る。
今日だって珍しい座敷童子絡みの縁起物を、少しでも足しになればと惜しげもなく譲ってくれたのだ。
そうやって自分のことを気にかけてくれている存在を嫌う理由は、特段ないと思うのだが。
納得いかずに首を傾げる自分を見上げ、姉犬は困ったように耳と耳の間を広げ、尻尾を揺らした。
『……プレッシャーなのかもね、少し。』
苦笑いを浮かべる代わりに姉はクンと鼻を鳴らし、傾げるように首を動かした。
『好意や親切に、何も返せないのは辛いもの。』
妹の病気はそうそう治せるものではない。
回復を皆が願っているが、それでどうにかなるようなものではなく、一番悔しい思いをしているのは妹自身であろう。
それでも不自由な思いを我慢し、体に負担がかからないよう出来ることを努力しているのに、重ねて『早く良くなって欲しい』と望まれるのは、重荷と感じてしまったのかも知れない。
元気な子獅子たちと寝付いてばかりの自分を比べて、感情を爆発させたこともある。
「それは、分かるけど。
だからって、イツに当って良いことにはならないだろ。それに、なんで彼奴だけなんだ?」
ゆらゆらと尻尾を揺らす姉犬に、それこそ八つ当たりするように問う。
いくら重荷だからといって、好意に嫌悪で返すというのは受け入れ難い。
同じ様に早く元気になれと騒ぐ他の子にはそんな態度を見せないのに、何故、あの子獅子だけと不可解でもある。
普段は単なる好き嫌いで動くことのない妹だけに、あからさまではなくとも相手で態度を変えるのが信じ難く、座りの悪さをぼやけば、茶色い姉犬は耳を動かし、首を大きく傾けた。
『難しくて、なんとも言えないなあ。』
「なんとも言えないって、何が難しいんだよ?」
『あの子、最近、座布団を二枚重ねるようになったの、知ってる?』
曖昧な回答を具体性がないとを撥ね除ければ、姉は更に不可解なことを口にし、そのまま前足を上げてついて来いと来た道を戻り始めた。耳の動きで出来るだけ静かにと伝えられる。
獲物を追う様に慎重に足音を忍ばせ、そっと妹の部屋を覗く。
さして時も経っておらず、妹は部屋を出たときと同じ様に座布団に伏せ、パサリパサリと不機嫌に尻尾を揺らしていた。時折、落ち着かなさげに頭を上げたり、下げたりもしている。
気が付かれぬよう黙って観ていれば、何かを迷っているような仕草を何度か繰り返してから、小さい妹はゆっくりと立ち上がり、小物入れの箱に頭を突っ込んで漁り始めた。
程なく目的の紙袋を咥え上げ、座布団まで戻ると前脚で退けるようにして、重ねられた一枚目を剥がす。
座布団の間に挟まっていたガラスの瓶がキラリと光った。
「あれ、飴が入ってた……」
『シッ、静かに。』
見覚えのあるガラス瓶に思わず呟けば、姉犬に叱られる。
妹は貰った薬が入っていた瓶を前脚で抑えると顔を傾けるようにして蓋を咥え、上手にこじ開けた。
次に紙袋を破いておはじきを取り出し、大切そうに瓶の中にしまうと開けた時と逆の仕草で蓋を締め、座布団を掛けて瓶を隠す。
大人しいはずの妹は、乱暴にドスドス踏みつけながら座布団の上でグルグルと回り、場所を定めると体を叩きつけるように伏せた。
ふんっと鼻を鳴らして、不貞腐れるように丸くなるのを確認してから、来た時以上に足音に気をつけて、その場を離れる。
もう大丈夫と思えるほどの距離を起き、止めていた息と併せて見たものへの疑問を吐き出す。
「何なの、あれは? 結局、どっちなの?」
『何方なんだろうねえ。』
小物入れに仕舞っておくのも嫌だということだろうか。
それならばわざわざ腹の下などに片付けず、もっと遠くへ追いやってしまえばいい。
なんだかんだ言って気に入っているとしても、まず、嫌がってみせる必要が何処にもない。
何よりおはじきを触る時はまだしも、隠す動作が乱暴で怒っているようにも見えた。
要らないのか、大事なのか。好きなのか、嫌いなのか。
あれは、どっちだ。
困惑するしかない状況に、姉へ答えを求めるが望んだような回答はない。
一つだけ心当たりが無くもないが、それを認めるには先行きが不安過ぎた。
もう一度、疑問を口にする。
「なんなの。何故、ああなったの?」
『さあ……複雑な女心は私には分からないもの。』
「ナナが分からなかったら、オレにはもっと分からないよ!」
同じ懸念を感じているはずの姉は尻尾を揺らすだけ。食って掛かれば横手に飛んで逃げられた。
悟ったように尻尾を揺らし、去っていく姉の後ろを追いかけつつ、不安が的中しないことをただ祈る。
しかし、何処かドライで歳に似合わぬ落ち着きを見せる妹が、何を拗らせ、そうなったのか。
血筋であろうか。だとしたら、自分にも同じ様な傾向があるのかと考えて、ブンブン首を横に振る。
妹も相手の子獅子もまだ幼く、そんな心配をするだけ無駄にも思えるが、間に挟まれる真ん中として上下共には嫌だと思わずにはいられない。
ツンデレは兄ちゃんだけで十分だ。




