譲れない。(後半)
「さて、天祥。霊気にはいろんな種類があるのは分かったわけだが、この水の玉はどう見える?」
郵便屋はまた指を動かし、二匹の魚はまたひと塊になった後、3つの玉に分かれた。
今度は透明度が其々異なる。
『んー 綺麗なのと、ちょっと汚れてるのと、ばっちいのだね。』
「そうだな。でも、水は水だろ。」
『うん。』
ゆらゆらと尻尾を揺らして頷くのに、つまりそう言うことだと加賀見は水球を纏めて消した。パチンと音を立てて、水の玉が霧散する。
「清水、汚水、泥水と状況は違っても水は水。
それと同じ様に、魔力の中でも特に澄んでいるのを霊気、多少は色づいていたり、濁っていても、特段問題がない状態が魔力、汚れて、周囲に悪影響を与えるのが瘴気と呼び分けられているが、元々同じものであることは変わりない。分かるか?」
『うん、分かる。だから、霊気と魔力は同じだけど違うんだね。』
ここまでくれば疑問の殆どが解けているのだろう。嬉しそうに尻尾の先をピクピクさせる天祥の頭を、偉い偉いと加賀見は撫で、此処から先は蛇足だと呟いた。
「よし、そして水は水でも、その辺の地面に溜まっていたら?」
『……水溜り!』
「じゃあ、その水溜りが日照りでも乾かないくらい、もっと大きかったら?」
『池とか、湖。』
「束になって地面を流れていたら、なんて言う?」
『川!』
「それと同じで大地に広がっている状態を霊気、束になって流れてたら地脈って言う。
動物や植物など生き物に宿っている状態は霊力だけど、この場合は魔力と呼ぶ方が一般的だ。
概念の有無もあるけど、魔力が意味する範囲は広くて、此方では魔境や神域って言い分けるところを、西の大陸では何方も只、魔力の強い土地ってされる。」
『ふーん。西側って簡単でいいね。』
「と、言うより、霊気と呼ばれるほど澄んだ魔力が少ないんだよな。
澄んでいる分、術への変換効率などが良いとは言え、わざわざ分ける東側が面倒なだけとも言える。
魔石はただ魔石って言うし、ま、習慣だな。」
ダラダラとお喋りをするように続いた説明を此れで以上だと締めて、質問はあるかと青い目の郵便屋は子獅子に問うた。
分かりやすい授業であった為に不明点もなく、満足そうであった天祥の顔が沈む。
『うーん、教わったことに質問はないんだけど。』
「どうした?」
尻尾を大きく左右に振り回し、不安げな子獅子に加賀見は首を傾げた。この子にしては珍しく下を向いて、天祥は言い訳でもするようにニャグニャグと口を動かした。
『霊気はさ、場所によって濁ったり綺麗だったりするのは分かるんだけど、どうしてそうなるの?』
「んー それは場所の影響を受けていることが殆どだな。」
悩むほど難しい話ではないと立板に水を流すように、加賀見は追加の説明を始めた。
「神域になるような場所は地脈の流れが強い分、余計な不純物を寄せ付けないとか、土地そのものに汚れを取り除く様な性質があるとか。
お前の兄ちゃん達が討伐に行く魔境、過負盆地なんかはすり鉢状になっているせいで、重たい汚れた気が彼方此方から流れて、貯まりやすい。
あとは樹海みたいに良くも悪くも霊気を引き寄せる地形とかもあるし、戦争とか事故とか起こった出来事により魔術的傷がついて、その影響で瘴気化していくのとかもある。」
『ふーん。』
何処まで理解しているのか、聞いた割に気のない相槌を打って、天祥は更に尻尾を揺らした。
『じゃあさあ、兄ちゃんが瘴気を抱えているのはなんでなの?』
「あーな、それな。」
子獅子が本当に知りたい事を理解して、加賀見の顔も憂鬱そうになった。
それでも、聞かれた事には何らかの回答をすると決めているのか、説明を続ける。
「こう見えて兄ちゃんにもな、お前らと同じ親の腹を介さない魔術的な生き物として、それなりに制約が設けられているのだよ。
河童や人魚が干からびるから水辺から離れちゃいけないとか、火の鳥が水遊びしたら溺れるから駄目だとか、そう言う感じのな。
その制約に従いたくない時があるんだよ。」
『うん。』
「でも、制約だから従わないとあれこれ不備が出るわけだ。
その辺を誤魔化しながらやっているけど、どうしても限界はある。
結果、魔力が瘴気に変わってしまう。簡単に言うとそんな感じ。」
『そうなんだ。』
ざっくりとした説明ではあるが、その分、単純で分かりやすい。
聞いたことを噛みしめるように口をへの字に曲げて、天祥はもう一度首を傾げた。
『なんで制約に従いたくないの?』
「なんでって、うーん。」
耳を横に垂らし、ヒゲをピクピクさせる子獅子に向かい、加賀見も眉をへの字に曲げた。
「じゃあさ、お前、一人前の獅子は群れるなんておかしい。
大人になったら神社を出て、一人で暮らしなさい。そう言う決まりですとか言われたら嫌だろ。」
『うん。』
「でも、決まりだから神社を出なきゃいけないのは我慢できたとしても、追加でじいちゃんがどれだけ困っていても、死にそうでも、助けに戻ってはいけません。
戻ったら尻尾をちょん斬りますって言われたらどうする?」
『うーん……』
勝手に人を例えに使うなというのは扠置き、天祥は尻尾を増やしたがってはいても、減らすことなど微塵も望んでいない。
そもそも、そんな痛い思いをしたいはずもないが、それでも子獅子はミャアと鳴いた。
『でも、じいちゃんが困っているなら、テンちゃん、助けに行きたいよ。』
「しかし、それは間違った行動なんだ。
それに助けに行かなくても、自力でなんとかするかも知れないぞ?」
即座に加賀見が否定するが天祥はやはり、首を横に振った。
『でも、駄目かもしんないんでしょ?
じいちゃんが困ったり、死んじゃうのは嫌だ。
テンちゃん、悪くって尻尾切られる方が、正しいけど知らんぷりするより良いよ。』
「だよなあ。」
子獅子の下した判断に大きく頷き、青い目の魔物は溜息をついた。
「それと同じで兄ちゃんにも決まりであっても従いたくないことがあるし、魔力が瘴気に変わっても、譲れないものがある。」
『そっかあ。』
じゃあ、仕方がないねと子獅子は低い声で鳴き、郵便屋は黙ってその頭を撫でた。
『でもさ、加賀見の兄ちゃん。』
枝に体を引っ掛けて前脚と後ろ足をブラブラさせながら天祥が問う。
『瘴気が溜まっちゃうのは仕方がないにしても、うちの兄ちゃん達はどうすんの?』
ふんふんと鼻で示した先には、当社の獅子達が楠を取り囲んでいる。
話題が自分たちに移ったことへ気がついた五十嵐がゆっくり立ち上がり、ガウと鳴いた。併せて二前と陸奥も身を起こす。
『そろそろ、諦めて降りてこい!』
『ったく、ちょっと目を離した隙にそんなに瘴気を抱え込んで。』
『溜めたらその分、祓わないと駄目でしょ。』
木の上に向かってグルグルと唸る兄獅子に続いて、湊や護矢など、他の若獅子達も咆哮を挙げ始めた。
『加賀見さん! いい加減、観念しなよ!』
『後回しにしたって、良いことないじゃん。』
『今日逃げても、次も追っかけるからな!』
『もうすぐ年も変わるんだから、此処で綺麗にしちゃえばいいのに。』
「煩え、瘴気撲滅委員会め! 降りたら、お前ら総出で叩くじゃん!
滅茶苦茶痛いじゃん! 嫌だよ!」
『じゃあ、なんでそんなになるまで溜め込む! いいから、さっさと降りてこい!』
獅子の咆哮に負けず吠え返しても、状況は全く変わらない。後、瘴気撲滅委員会って、どんな悪口だ。
埒が明かないのにしびれを切らし、陸奥が代表して木を揺すり始めた。
これは幾らなんでも危ないから止めるべきであろうか。いや、加賀見なら天祥込みでなんとかするか。
本気になれば移動魔法で逃げられるのにそうしないのは、当人としても時間の問題であることが分かっているからだろう。
抱えた瘴気は黙っていれば消え失せる量ではない以上、どれだけ嫌でも諦め、腹を据えて対峙するしかない。
しかし、ガウガウと吠える獅子達と郵便屋の喧嘩は終わりそうにない。
安易に触れてはならない禁忌の魔物のくせに、往生際の悪いことだ。




