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譲れない。(前半)

『加賀見の兄ちゃん、結局、霊気や術ってなんなの?

 テンちゃん頭がこんがらがってきちゃったよ。』

「まあ、そう深く考えるな。」


 鉄棒のように枝に体を引っ掛け、ぶらぶら体を揺らしながら天祥が鳴く。

 比較的落ち込んでいるのか、しょんぼりと問われた加賀見はふんと鼻先で笑った。

 子獅子たちがお気に入りにしているだけあって、この楠は日当たりが良く、見晴らしもいいらしい。

 仲良く同じ枝に腰掛けて、ダラダラくつろぎながらお喋りをしている。


『だってさ、なんで同じものが火になったり、水が出たりするの?

 その癖、風の気を帯びるとか、土の気を帯びるとか、霊気と魔力の違いは呼び方だけだけど、やっぱり違うとか、分かんないよ。』

「何でだよ。こないだ、わざわざ幻術による映像つきで教わっただろ。」


 教鞭をとった不二の姫君に言い付けられ、魔法に寄る映像資料を提供した者として、理解されていないのは不本意であったらしい。

 何処がわからないと眉間に皺を寄せた郵便屋に、天祥はミャフッと毛を逆立てた。


『だって、お勉強の前に兄ちゃん、おやつくれたじゃん。

 それ食べたらお腹いっぱいになっちゃって寝ちゃったから、テンちゃん、そんなの見てないよ。』

「おおう、道理で大人しいと思った。」


 授業開始前の教員(知流姫)補助員(加賀見)の打ち合わせ中に配られたおやつは、頭を使うエネルギーとならず、安心と睡眠へ導いてしまったらしい。

 昨今の勉強漬けに飽きていると兄獅子の湊が心配していたとおり、如何なものかな態度だが、まあ、食べた後は眠くなるよねと、加賀見は自分の責任をさっくり認めた。



「しょうがねえなあ。もう一度最初から説明してやるからよく見とけ。」


 言いながら指をくるくる回せば、ポワンと彼らの目の前に水の玉が浮き、子獅子は興味深そうにふんふんと鼻を動かした。


「さて、術を使うのに必要な力、場所や状態に寄って霊気、魔力、瘴気などと呼び分けられるが、これらは大地を流れ、生命の体内に宿り、目には見えず、濃い薄いは有っても、世界中に広がっているエネルギーであることは変わりない。」

『うーん。』


 分かっているような、いないような返事をして、首を傾げる天祥の目の前で水玉がぴょんと跳ねる。


「そしてこのエネルギーは水に例えて考えるとわかりやすい。

 水もこうやって集まると液体だが、冷やせば氷に、熱せば蒸気に変化し、目に見えなくとも大気中にまんべんなく散らばっている。」


 郵便屋の言葉に合わせて、水玉は四角い氷の塊に変わった後、白い蒸気となって、子獅子の目の前で雲のようにフワフワと浮いた。


「それと同じ様に霊気を集めて変化するように仕掛けると、風が吹いたり、炎が立ち上がったりする。」

『温めたり、冷やしたりする代わりが術を使うってこと?』

「そうそう。魔法にしても神術にしても、霊気を変換して望む現象を引き起こす方法であって、戦闘職が使う(スキル)なんかも広義では同じになる。

 ここまではいいか?」

『うーん。大丈夫。』


 水の変化という目に見える形で説明されたのが良かったのか、ふんふんと天祥は大人しく頷いたが、すぐに口を歪めてミャアと鳴いた。



『でも、兄ちゃん。

 なんで、やり方がいっぱいあるの?

 皆、霊気を使うのは一緒なんだから、やり方も一緒でいいじゃん。』


 術の種類を増やし、煩雑にする必要はないだろう。

 そう言って不満そうに尻尾を振り回す子獅子に、郵便屋は首を傾げた。


「うーん、その辺は地域差や使用方法、術者の違いだな。」

『? よく分かんないよ。』

「そうだな、例えばこの水玉を……自然現象だと分かりづらいから、取り敢えず魚にしたいとする。

 どうすればいいと思う?」


 質問の答えの代わりに別の問いを受けた子獅子はミャッと短く鳴いて、耳を横に垂らした。


『え? 分かんない。』

「そうか? 簡単だぞ。」


 単純な否定の言葉を揶揄うように、加賀見は人差し指をちょいちょいと動かした。

 水の玉がスルスルと紐状になり、言葉を作る。


 "さかな”


 子獅子にも簡単に読めるようにの気遣いなのか、水文字で書かれたひらがなに、天祥は更に大きく口を明けた。

 確かに水が魚になったが、これを文字通りに認めて良いのか、判断に迷ったらしい。

 忙しなく尻尾を振り回すだけで返事をしない子獅子の前で、水はまた紐になり空中をウネウネと舞った。


「じゃあ、こうするとどうだ?」


 術者の指の動きに合わせて水の紐は形を変え、一本書きされた魚の絵になる。

 これは素直に受け入れられたのか、天祥はピンと尻尾を立てて叫んだ。


『……お魚だ!』

「じゃあ、これは?」


 加賀見が話す側から水の紐は一旦水の玉に戻り、今度は形そのものが魚に変わる。

 目の前でピチピチと跳ねる水の魚に興奮して、天祥が枝の上で立ち上がった。

 頭を低くし、尻尾を揺らし始めるのに、飛びかかるなよと郵便屋が慌てて制止する。

 落ち着きのない子獅子から逃げるように、魚は水の玉に戻ってしまった。ふよふよと目の前に浮く水の玉をガッカリしたように眺め、天祥は枝の上に座り直し、加賀見は息を吐いて話を続けた。



「さて、望む現象、今回はどうやって魚を現すかだが、文字で書こうが、絵で描こうが、そのまま形を作ろうが、意味するところは同じだろ。

 ひいては同じ効果が発動する。」

『つまり、やり方は何でも良いけど、「これ、魚!」って分かる様に出来れば、それで良いってこと?』

「乱暴な考え方だけど、そう言うことだ。

 でも、何でも良いからって言っても、上手に出来るかは別だろ。

 だから、綺麗に変化させられる様に決まった術式や呪文があるし、練習することで速く発動できるようになるわけだ。

 あと、どのやり方を教えてくれる先生が居るかとか、場所によって触媒の入手のし易さなんかも違う。」

『なんとなく、分かったような気がするよ!』


 自ら新しい方法を模索するのもいいが時間が掛かり、先人のノウハウを生かさない理由はない。

 そして、どの方法が選ばれ、広まるかは地域ごとの事情が有るので、選ばれなかったからと言って悪い技法という訳でもない。

 説明に納得した子獅子は満足げに尻尾を揺らし、樹の下で見ていた兄獅子たちがガウガウと鳴く。


『やっぱり、目で見える形で説明してもらうと分かり易いな。』

『ワシの時は卵だったよ。

 オムレツ作るのに卵を溶かなきゃいけないとしても、箸でやろうが泡立て器使おうが卵液になれば良くて、結局出来るのもオムレツって言う。』

『あー それ、俺も見た気がする。』


 足元の観客に全く意識を向けず、郵便屋は少し考えるように首を傾げた。


「実際、どの様に霊力を凝縮させ、必要な振動を与え、効果に対するイメージを構築するかを記述でやるか口述でやるか、また別の方法を取るかの違いで、言っちゃえば、この3つが適切なら無動作無詠唱でも全然問題ないんだよな。

 しかし、結局、霊力の集中には一定の時間がかかり、意識だけに頼るとイメージが曖昧になって威力が落ちるから、そうするメリットが少ない。

 何方かと言えば、記述式の方が式を増やす事で術者のイメージ補助が無くとも適正に発動でき、予め術式を刻むなど媒体の使用が容易なので発動短縮に有利だ。

 ただ術式が間違っていると一気に失敗する上、基本、決まった形でしか発動できず、柔軟性がない。

 その点、口述式は術者の意志で多少の詠唱不備を無視できるし、アレンジもしやすい。合同詠唱による術者同士の協力なんかも出来る、が、記述式に比べるとどうしても効果が大味になるなど、メリットデメリットは何にでもあるよな。」

『兄ちゃん、ブツブツ言ってないで、はっきり大きな声で喋って!』

「嫌だね! だって面倒だから!」


 何だか専門的なことを考えていたようだが、現時点では不要と判断した模様だ。

 何をボソボソ呟いているのだと吠える子獅子にガアッとやり返す。


 人型の魔物のくせに、動物みたいに天祥を黙らせた加賀見は指を弾き、説明を再開した。

 水玉が2つに別れ、もう一度魚の姿に変わっていく。その変化の途中で、片方が染料を混ぜられたように青く染まった。


「それで霊気は様々なものに変えられるとして。

 天祥、この魚、どっちがそれっぽい?」

『うーんとね、青い方!』


 水で出来た透明な魚と青い魚がふよふよと泳いでみせるのに、どうしても落ち着かないのか、天祥は前脚でおいでおいでと招くようにちょっかいをかけようとする。

 落っこちないように子獅子の首を抑えつつ、加賀見はもう一度指を弾いた。青かった魚の色が若葉のような緑色に変わる。


「じゃあ、この色だと?」

『変なの! 緑の魚なんて、テンちゃん見たことないよ!』

「全く居ないわけじゃないけど、ま、変だよな。」


 フシフシと馬鹿にするように鼻を鳴らすのに、郵便屋はゆっくりと頷いた。


「霊気も皆同じとは限らなくて、色で例えると青味掛かっていたり、黄色かったりするんことがあるんだが、その色と術によっては相性があって、最悪発動しなかったり、しても威力が低かったり、逆に効果抜群になったりするんだ。」

『分かった! それが、なんとかを帯びるって奴なんだ!

 そうでしょ、兄ちゃん?』

「そう。」


 理解できたと尻尾を振り回し、枝を揺らす弟に、湊がつられて首を動かしながら心配する。


『分かったのは良いけどさ、落ちないかな? あれ、落ちないかな?』

『大丈夫だよ。落ちても加賀見の兄ちゃんが止めてくれるだろ。』


 苦労症の兄弟に翔士が欠伸をしながら言う。若干薄情だが、正しかろう。

 あれはもう、心配してもどうにもならない。言っても聞かない以上、黙って見守る他はない。


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