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クリスマスまでの合間に。(後半)

 子獅子と姫君がいなくなったので、早速獅子たちを梳かそうと精霊たちが準備を初めた。

 いつもの通り襷を掛け、ねじりはちまきをしてから、背負かばんからブラシを引っ張り出す。


「おや、そんなもの、わざわざ用意してくれたのかい?」


 三人揃って新しいブラシを掲げてみせるのに目を見張れば、ふんと胸を張ってみせた。どうやら、自慢しているらしい。

 加賀見が横から淡々と説明してくれる。


「ここのブラシは獅子や人間用に作られてるからな。

 こいつらに扱いやすいサイズのを準備しました。」

「なるほど。」


 因みに俺が作りましたと言わずとも、郵便屋の手先が器用なのは知れている。

 自分が感心するのを見て満足したのか、小さい精霊達は獅子達に向かって、ブラシを上下にブンブン振り始めた。


「今日も念入りに梳かしてやるから、順番に並べ。さあ疾くと並べ。

 そう申しております。」


 喋れない代わりに態度で示す精霊達をみて、獅子達は顔を見合わせたが、それなりに納得したようだ。

 護矢がガオウと吠えて聞く。


『どう並べばいい? 三列でいいのかな?』

「一列だってよ。三人で纏めて一匹に取り掛かるから。

 それより護矢、角の調子はどうなんだ? 調整は必要そうか?」

『凄く良いよー このままで大丈夫だと思う!』

「あ、そう。」


 どうやっているのか、姫君の代わりに精霊たちの意向を翻訳し、ついでに自分が送りつけたイベント用品について確認した加賀見は、どうでも良さそうに頭の後を掻いた。



「しかし、神社内で使っているとは。」

「じゃあ、何処で使うつもりだと思っていたんだ?」

「村でのイベントとか。」


 送りつけておいて何を今更なことを言うと思えば、以前のように隣接する村の要請に応えたものと考えていたらしい。

 違うと知って、不思議そうに首を傾げる。


「実際、そっちの方から何か言われたりしねえの?」

「生憎だったな。

 この状況をみた上で、役員の人から正式にお声が掛かったわ。」


 こういうの、駄目かと思っていたとニコニコされながら、日程を組まれた。一つと言わず、三つ四つ、予定を組まれた。

 魔境の活性化する夏場は、湧き出す魔物に掛かりきりとなり、面倒を掛けるばかりで何も返せない。

 余裕のある今のうちに出来る事で村へ貢献するのは、正しい方の意味で吝かではないが、地雷を踏んだ感もひしひしとする。


「良いじゃん、人気者で。ハロウィンもやってるんだし、クリスマスだって今更だろ。」

「ああ、良いんだけどな。別に良いんだけどな。

 そしてハロウィンはやったんじゃない。お前にやらされたんだ。」


 言い争いにもならない言葉を交わしながら思い出す。

 そう言えば時期外れに暴れた割に、10月本番には来なかった。

 聞けば地元を十分引っ掻き回したので、此方まで来る余裕がなかったそうだ。

 まあ、何もやってないわけがないか。



 どの様に順番を決めたのか一番最初になった五十嵐が、早速精霊たちのブラシ攻撃を受けて、グリュグリュと喉を鳴らし初めた。

 特性ブラシなだけあって、大変気持ちが良いらしい。

 熱心に鬣を梳り、全身の毛並みを整える精霊達は今日もとても真剣だ。


「なんだか、張り切ってもらってるな。」

「姫さんが機嫌よく外に出るようになって、こいつらも嬉しいんだよ。」


 彼らは不二に数多く所属する精霊の中でも、特に知流姫に懐いている個体で、敬愛する主が嬉しそうなのを喜ばないはずがないそうだ。

 外出だけで精霊達が張り切る理由を思い出したのか、加賀見が不機嫌そうにふんと鼻を鳴らす。


「不二には姉妹の神がいて、妹は華のように可憐だが姉は岩のように不細工。

 揃って嫁に出されたところ、姉だけが突っ返されたってんのは古来の神話だが。

 ったく、顔が良けりゃいいってもんじゃないと思うがね。」

「ああ、知流姫がモデルじゃないかって言われてる奴か?」

「違う、逆だ。」


 その神話は聞いたことがあると頷けば、逆に知らないのかと怒られた。


「精霊は定まった器を持たないので周囲からの影響を受けやすい。

 霊山の話が有名なだけに不細工にされちゃったんだよ、知流姫は。」


 代わりに美しいが儚い妹より強大な力を得たとは言え、失ったものは大きく、ある種の呪詛だと加賀見は口の端を歪めた。


「だからって、神話と同じ様に妹と比べなくてもよかろうに。

 陰口を叩くにしても、腫れ物のように扱うにしても、不二から西は小煩くてかなわん。」


 実に不快そうにばりばりと頭の後ろを掻く郵便屋の態度から、姫君が今までに相当嫌な思いをされているのが推測できる。

 うちに遊びに来ることで、少しは気晴らしになっていると良いのだが。



 怒っても直ちに解決できることではないのは残念であるが、一列に並んだ獅子たちを眺め、気を取り直したように加賀見は背中のかばんを降ろした。


「取り敢えず、今日の手紙。後、これはきいこからクリスマスプレゼント。

 当日、子獅子の枕元にでもおいてやってくれ。」


 重要書類と併せて、郵便屋の大事な小さい人からの麻袋を手渡される。

 中身はかろうじて獅子の群れと分かる絵が一枚と、いつもの毛糸のボンボンらしい。

 何時もご機嫌で生き物が大好きなきいちゃんの来訪も、そのお守りのぬいぐるみ達のことも、知流姫と同じように獅子達は心待ちにしているが、最近連れてこない。


「きいちゃんは風邪とか引かずに元気にしているのか?

 あと、ルーとティーをずっとみてないが。」

「ルーとティーは毎日、雪を蹴散らしながら走り回ってるな。

 きいこはこないだ、保育先で弟子の仕事仲間と一緒にクリスマスの飾り付けとかしてた。」


 ペットと併せて近況を聞けば、郵便屋はんーと軽く首を捻りながら、楽しそうな近況を告げた。


「独り者の集団と一緒に歌いながら、『シングル、シングル!』って、飛び跳ねてた。」

「そうか、向こうは本場だしなって、ジングルじゃなくてか?」

「シングルで間違いない。歌詞も微妙に違う。」

「そこ、預けて大丈夫なのか、本当に。」

「俺の弟子を始めとして数人は非常に優秀なんだが。

 数人はな。」

「おい、駄目じゃないのか、それ。」


 元気で何よりと安心したのに、別の方面で安心できない追加情報が判明した。

 父親の何の疑問も感じていない様子が逆に嘘くさい。


「まあ、彼女がいない悲哀に沈むよりも、それをネタにして笑い転ける彼奴らの図太さには、感心するものがあるような、ないような。」

「若い者は元気でいいと言って良いのかどうか悩むな。」


 何はともあれ折角だから、当社のクリスマス仕様が終わらないうちにきいちゃんを連れてくると約束し、郵便屋はかばんを背負い直した。


「じゃ、もう行くわ。」

「おう。寒いから、気をつけてな。」


 今日は運ぶ書類が多いらしい。

 とんとんと跳ねるようにして準備運動を済ませ、得意の移動魔法を展開しようとしたところに、知流姫が拝殿から大声で呼ぶ。



「加賀見ー ちょっと、加賀見ー!」

「なんだよ?」

「ちょっと、手伝ってよ!」


 手招きする不二の姫君に、青い目の郵便屋は眉間に皺を寄せてのろのろと近寄っていった。


「一通り教えたんだけど、どうしてもわからないって言うのよ。

 あんた、幻術で説明できるでしょ。手伝って頂戴。」


 困った様子の知流姫の足元には、耳を横に垂らした子獅子が数匹、情なさそうに纏わりついている。

 映像と一緒に説明すれば、もっと理解しやすいはずとの依頼に、加賀見は首を横に振った。


「やだよ。面倒いし、これから仕事だもん。」

「いいじゃない。どうせ、あんたの移動魔法なら時間かかんないんだから。」

「そりゃまあ、そうだけどさ。俺にも一応予定があるし。

 ったく、安請け合いするから悪いんだろ。」

「そう言わずに、お願いよ。」

「えー」


 渋る郵便屋に不二の姫君は僅かに顔をしかめ、平坦な声で言った。


「手伝いなさい。

 あんた、この前、とっておいたあたしの霊水ゼリー、食べたでしょ。」

「いや、だって、あれは斜長が食っていいって出したんだぞ。」

「食べたでしょ。」

「はい、食べました。」


 交渉と言うよりは脅迫であった気がするが、加賀見は割とあっさり折れた。大きなため息を付きながらも靴を脱ぎ、拝殿に上がる。

 態度で了承を示した郵便屋に、知流姫は満足げに頷いた。


「それじゃあ、お願いね。」

「はいはい。

 じゃあ、そう言うわけで、ちょっと行ってくるわ。」


 さっさと本殿に戻る姫君の後ろ姿を眺め、此方にも断りながら、もう一度ため息を付く加賀見から、珍しく哀愁を感じる。

 ブラシ待ちの列から外れ、護矢がおかしそうに覗きに来た。


『加賀見の兄ちゃん、ゼリーで言い負けたね。』

「たかがゼリー、されどゼリーなんだよ。」


 揶揄うようにヒゲをピクピクさせる白獅子に、不貞腐れた顔で郵便屋は言い返す。


「そんなに凄いものを食べちゃったのか?」


 自分が想像できるのは、以前智知で食べたメイプルシロップ入りのもの。

 あれはあれで美味しかったが、大きな神域を司る不二の姫君の口にするものであるし、比べられないほど高価なのかも知れない。

 けれども加賀見は首を横に振り、否定した。


「いや、不二の裾野の街で買える普通のだ。一個200円ほどだったかな。

 でも、そう言うことじゃないんだ。

 食い物の恨みは恐ろしい。此処で逆らうとろくなことがないんだよ。」

「なるほど。」


 改めて言われるほどのことではないが、種族関わらず共通する普遍的概念に頷いて返す。

 相変わらず何処まで本気なのか、ブーブー文句を言いながら本殿へ消えていく郵便屋の背中を見送って、護矢がガウと吠えた。


『でも、兄ちゃんが行ってくれたなら安心だよ。

 兄ちゃんの幻影を使った映像資料、すっごく分かりやすいもん。』

「そうだったかな。」


 自分が子獅子の時もやってもらったと嬉しそうに、尻尾の先をピクピクさせる白獅子の鬣を撫でる。

 さて、何時までも他所の精霊達にばかり、任せてはいられない。


「よし、俺もブラシ、持ってくるか。」

『じいちゃんも、梳かしてくれるの?』


 若獅子達が歓声をあげ、小さな精霊達がブラシを振るのに応じながら、気合を入れて腕をまくる。

 折角人手があるのだから、徹底的に梳かしてやろう。



 不二の精霊たちと頑張った結果、獅子達は皆、満足してグルグル喉を鳴らし、暫く機嫌が良かった。

 姫君のご指導を受けた子獅子たちの発表も、完璧であったらしい。

 しかし、完璧過ぎてカンニングは駄目だと怒られたそうだ。


「人に教えてもらうのが悪いとは言わないよ。

 けどな、ろくに調べもせず、丸々受け売りで暗記しただけっていうのは駄目だ。

 そんなの、すぐに忘れちゃうに決まってる。

 次回、再テストな。」

『良いじゃーん! 今は分かってんだから、良いじゃーん!』

『シズ兄のケチー!』

「ケチじゃない! 駄目ったら、駄目!」


 本殿でぎゃあぎゃあ揉めていたと思ったら、口論だけでは済まなくなったらしく、壮絶な追いかけっこが始まった。


『彼奴ら、幻術使ってもらって、ちゃんと理解したんじゃないのか?』

『うちの弟たちときたら、本当にしょうがないよ。』


 本当に理解したのであれば、再テストも怖くない。少なくとも逃げ回る必要はないはずなのだが。

 翔士と護矢が呆れて耳をピクピク動かした。

 子獅子のやることなので仕方ないが、これでは実技に入れるのは何時のことやら。

 まだまだ先は長そうだ。

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