クリスマスまでの合間に。(前半)
つつがなく神域を管理し、魔境を封印するために、神社同士の協定は以前より結んでいたが、昨今、その動きが活発になっている。
今年一杯は週一、来年より正式に三峰神社のヒサ君が手伝いが来てくれることに加え、他の神社から届く手紙の量も増えた。
兄貴分にあたるヒサ君が良いなら、自分たちだって行きたいと齋登、御武の霊獣たちが騒いでおり、近いうちに社会勉強として当社へ顔を出すかも知れないと、何処か疲れた文面で報告を受けた。
うちもそうだが好奇心一杯で暴れる小さいのを宥めるのは大変なのだろう。
反面、智知の子虎達は全く興味を示さないようで、向上心がないと紫婆さんが怒っているそうだ。
こちらは発破を掛ける為に、外に出さねばと考えているらしい。
何より、大きな変化と言えば、不二の神霊である知流姫様がいらっしゃるようになったことだろうか。
遊びに来る郵便屋に煽られ、つい勢いでうちの獅子たちとブラッシングの約束をしてしまったために、神霊に二言はないと時折、顔を出されるようになった。
子獅子はまだしも体の大きな大人の獅子を梳かすとなれば、結構な重労働となってしまうが、外出用の振り袖ではなく、汚れても良い無地の羽織袴にたすきを掛けて、お供の精霊たちと一緒に奮闘してくれている。
人手が足りないせいで、梳かして貰える機会の少ない兄獅子達は嬉しくて仕方がないらしく、鬣のない弟達以上に知流姫が来てくれるのを楽しみにしており、いらっしゃった際には大喜びで迎えに行く。
彼らは姫様がコンプレックスを抱えている容姿を全く気にすることがない為、あちらも安心して来られるようだ。
始めの頃と比べて会話も砕けた感じとなり、自然な雰囲気で冗談を言い合ったり、巫山戯合ったりしている。
同時にいたずらが過ぎた子獅子が追い回されることもあるようになったが、あくまで日常の範囲、不敬うんぬん言う方が野暮と見ないふりをしている。
本日も午後から来てくださるそうで、獅子達が朝から楽しみにしていた。
昨今、神術の勉強を頑張っている子獅子達への気晴らしと社会勉強混みで、人里のお祭りを取り入れることになり、その衣装を見せるのだと尻尾を揺らしながら待ち構え、到着を門番役が知らせるや否や、拝殿前に全員ずらりと勢揃いした。
いつも通り、幼い子供の姿をした精霊を3人、どんな流れか青い目の郵便屋を伴った不二の姫君は、12月の最大イベントに併せて赤い帽子をかぶり、トナカイの角をつけた獅子達を見て、呆れたように頬に片手をやって呟いた。
「やだ、本当にクリスマス仕様になってる。」
「やだ、本当に全員揃って待ってる。」
単に調子を併せたのか、嫌味なのか、郵便屋の加賀見は知流姫と同じ言い回しで呟き、ふんと鼻先で笑った。
「総出の出迎えとか、俺はされたことがねえぞ。
どんだけ歓待してるんだ。」
『だって、加賀見の兄ちゃんは何時来るか分かんないじゃん。』
『だって、加賀見の兄ちゃんはブラッシングしてくんないじゃん!』
言われた側から陸晶と八幡が言い返し、他の子も同意を示してガウガウ吠える。
郵便屋如きが図々しいと言わんばかりの子獅子達に、加賀見はわざとらしく舌打ちした。
「じゃあ、お前ら、もうカリカリおやつは要らねえな?」
『食べる!』
『加賀見の兄ちゃん、いらっしゃい!』
手のひらを返してミャウミャウ甘ったれた声を出す子獅子達に、兄獅子たちがなんとも言えない調子でぐるりと鳴き、姫君が郵便屋を嗜める。
「よしなさいよ、大人気ない。」
「まあ、言いたかっただけ。」
本気で不貞腐れたわけではないと軽く流し、加賀見はどうでも良さそうに肩をすくめた。
「実際、俺は決まった時に来れないし、雄獅子に総出で待たれても、それはそれで嫌だっていうか。」
むさ苦しいと口端を歪めるのを、群れから飛び出した天祥が前足を振るってバシリと叩く。
『加賀見の兄ちゃんは兄ちゃんだもん。お姉ちゃんとは別!』
「違いない。」
同じく歓迎する相手でも、付き合い方が違えば当然反応も違う。
要は単なるじゃれ合いで、そのままパンチの応酬を始めるのに子供っぽいわねと姫様は溜息を付く。
そのまま、気を取り直したのか、クリスマス仕様の獅子たちを改めて眺めた。
「それにしても、話には聞いていたけれど本当にクリスマスをやっているのね。神社なのに。」
「社会勉強です。これも子獅子の社会勉強の一環です。」
「大丈夫、山口さん? 死んだ魚のような目になってるけど?」
人間とそれ以外を隔ててた壁が壊れ、精霊や妖怪など様々な種族が共生する世となった反面、いくつかの例外を除き、古来より祀られていた神は不在と認識されている現代では、神社とは単に神域、ひいては大地を流れる霊気の管理をするための施設でしかない。
加えて我が国においてイベントの由来など大した意味を持たないが。幸いなことに持たないが。
色々自覚があるだけに、悪いって言ってるんじゃないのよと姫君を慌てさせても、顔から表情が消えさるのを止められない。
子獅子との叩き合いに勝利し、天祥を首根っこから釣り上げた加賀見がどうでも良さそうに感想を述べる。
「別に違和感があるだけで何の問題もないけど、逆に言えば、どう頑張っても場違い感が拭いきれませんな。」
「言われたくない。それを知って立派なクリスマスセットを送りつけてきたお前に言われたくない。」
獅子たちが身につける帽子や角は疎か、拝殿に飾られた立派なツリーも、鳥居に巻きつけられた輝かしい電飾も、この郵便屋が送りつけてくれたものである。
発案者である護矢の要望に応えてのことであり、そもそも人里のイベントを取り入れることは自分も許可したのだから、けして文句は言えないが、逆恨みしたい感が半端ない。
自業自得とは言え、どうしても顔が固まってしまう自分をフォローしようとしてくれたのだろう。
知流姫が不自然なほど和やかに笑う。
「良いじゃないの、楽しくて。私はありだと思うわよ。」
「それに壁が壊れる前から、その辺は好き好きだぞ。
神社だろうがお寺だろうがやるところはやるし、やらないところはやらない。」
「緩すぎないか、それ。」
パタパタと子獅子を吊るしていない方の手を振って、加賀見も大したことではないと軽く言うが、現代と意味合いが違った時代から、それで良かったのだろうか。
例え外国の神様であろうと、八百万の神の一柱には変わりないと言うことらしい。
若干、詭弁のような気もするが、そう言われてみればそうかもしれないと、己を納得させる。
何だか揉めている大人を見上げて天祥がふんと鼻を鳴らし、乱暴に体を振るわせて郵便屋の手から逃れた。
『いいんだよ! お勉強なんだから!
テンちゃん達は頑張ってるお利口さんなんだよ!』
地面に降り立つや否や、ピンと尻尾を立ててミャッと短く鳴いた兄弟に、他の子獅子たちもそうだそうだと同調して吠え、数匹、知流姫の周りに集まって甘え始めた。
『知流お姉ちゃん。ボクら、社会勉強だけじゃなく、神術も頑張ってるの。』
『毎日、宿題だってやってるんだよ。』
『ムイ、フワフワなだけじゃなく、とってもお利口。だから沢山ブラシかけて!』
グルグル喉を鳴らしながら、ブラッシングを強請り始めた弟たちに、仁護が慌てたように吠えた。
『あっ、ずるいぞお前ら!
兄ちゃんたちだってブラシやって欲しいんだからな!』
『お前らは星宮のお姉ちゃんとか、他にもやってくれる人が居るんだから我慢しろよ。』
翔士もグルグル唸って子獅子たちを牽制する。
始めこそ不敬だと反対した彼らであるが、ブラッシングして貰うことが嫌だったからではない。
むしろ、問題ないのであれば是非にというのは全員変わらず、他の兄獅子たちも耳を動かしたり、前脚で地面を掻いて不満を示した。
五十嵐がガッと吠え、子獅子たちを追い払う。
『お前らはそろそろ勉強の時間だろ。こんなところにいないで本殿へ行けよ。』
姫様が来る時間は予め分かっていたのだから、先んじて済ませておけばよかったのだが、まだ幼い子獅子にそんな知恵は働かなければ、気がついても実行に移せる計画性はない。
本日の課題が終わっていない以上、お客さんが来ていようと予定通りに勉強を始めない訳には行かず、鬣のない子達は不貞腐れて頭を低くしながらも立ち上がった。
ほらほらと兄獅子達に追い立てられて、のろのろ移動する子獅子の群れから、陸晶がぴょいと飛び出てニャッと鳴く。
『知流姫様。姫様は神霊だから霊気のことには詳しいよね。
ねえ、ボクらに霊気や術について教えてよ。』
何処か眠そうな顔のまま、ゆらゆらと尻尾を揺らす子獅子に知流姫は首を傾げた。
「どうしたの?
霊気は大地や生き物が持つ力、術はそれを望む形に変換する方法なのは、知っているでしょう?」
『そうだけど、それだけじゃ駄目なんだよ。
他にも瘴気とは何かとか、霊気とどう違うのかなんかもを説明できないといけないの。』
困り果てたように耳を横へ垂らし、ミャアと鳴いてみせるのに、知流姫は心動かされたようであった。
陸晶が狙っていることに気がついて、兄弟達が援護射撃を始める。
『ボクら、問題を解くのだけじゃなく自由研究もやってるの。
ヒサ兄が来たら、調べたことを発表しなきゃいけないんだよ。』
『ミイチ、頑張ったんだけど、やっぱり分かんないの。
ねえ、手伝って!』
「しょうがないわねえ。」
昨今の努力を自慢しつつ、協力を願って体を擦り付けてくる子獅子達に、姫君は苦笑して了承した。
「山口さん、そう言うわけで本殿をお借りしていいかしら?」
「ええ、勿論。むしろ、お手数をおかけして申し訳ありません。」
求められた許可に反対する理由はなく、頭を下げてお願いする。
形勢逆転に兄獅子たちが顔をしかめたが、勉強のためとあれば反対できない。
不満そうにグルグル唸るのを加賀見がププッと笑った。
「イガより、リクのが上手だったな。」
「違いない。」
陸晶は何時もぼんやりしているように見えるが、その実、非常に賢く周囲をよく見ている。
『なんだよ、つまんないなあ。』
弟に言い負け、子供っぽくいじけて地面を前脚でひっかく筆頭獅子の鬣を、ヨシヨシと撫でてやる。
姫様が勉強を教えてくれるとあって、子獅子達は嬉しそうにニャアナア鳴いた。
『やった! じゃあ、本殿へいこう!』
『お姉ちゃん、早く早く!』
ぴょんぴょん瑞宮が周りを飛び跳ね、作業服であるのを良いことに天祥が裾を引っ張って急かす。
勉強が終わり次第、相手をしてもらう気満々だ。
「はいはい。
じゃあ、私は向こうに行くから、あなた達、後はお願いね。」
姫君の指示にお付きの精霊たちが、三人揃ってピッと敬礼して応える。
小学生低学年程度の幼い見かけによらず、まるで警察官のように機敏な動き。彼らは彼らで張り切っているようだ。
『お姉ちゃん、ムイ、お勉強したから、火の玉もっと大きくなった。凄い?』
「そうなの? じゃあ、後でそれも見せて頂戴。」
『うん、いいよ。』
仲良くおしゃべりしながら移動を初めた知流姫と弟たちを見て、八幡がブンと尻尾を大きく振る。
『オレもあっち、行こーうっと! だって、まだ鬣の短い子獅子だもん。』
『あっ、ずるいぞ八幡!』
向こうの方が楽しそうだと、大きく左右に飛び跳ねながら姫様達の後を追おうとするのに、仁護が吠えた。
『なんだよ、こんな時ばっかり!
普段、散々自分は大人だって言ってるくせに!』
『ふん、悔しかったら、ジンも鬣剃ってくればー?』
状況に応じて使い分けなど卑怯だと責められて、短い鬣しか持たない白獅子は煩そうに顔をしかめた。わざわざ戻ってくると、青毛の兄弟の周りをぴょんぴょん飛び跳ねて、馬鹿にする。
怒った仁護が飛びかかるが、それも難なく避けて、八幡はあっと言う間にいなくなってしまった。
奴は体の成長が遅いだけで、生まれたのは仁護より先だったはずなのだが。
霊獣の成長は精神に大きく左右される法則を、なんとなく思い出す。




