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メリクる。(後半)

 毎日頑張る子獅子たちの姿は大人の兄獅子たちにも考えさせるものがあったようで、自分たちに手伝えることはないかとガウガウ話し合いが始まった。


『何だか全部、ヒサ君に押し付けているみたいで申し訳ないよ。』

『確かに。』


 何処か情けなさそうに湊が耳を横に垂らせば、二前が尻尾で床を叩いて同意した。

 せめて宿題をしている場に同席するぐらいはした方がいいのではと不安げな彼らには、翔士と陸奥が反対した。


『駄目だよ。折角、自分たちだけで頑張ってるんだから。

 俺らが手を出したら、きっと甘えが出るよ。』

『黙って見守るのも大事だよ。』


 手を差し出すことだけが、補助ではない。時には突き放すようであっても、自分たちでやらせなければ自主性が育たないと言う。

 そも、勉強とは見張られてやるものでもない。

 フシューッと鼻を鳴らし、分かっていると二前は難しい顔で頷いたが、それでも湊が落ち着かなさそうに前足で床を引っ掻いた。


『だけど、そろそろ天祥は飽きるよ。同じ部屋に居るだけで勉強した気になってサボり出すに決まってる。

 巳壱や豊一も怪しいし、一匹崩れると他も一気にダレるよ。

 そうなる前に注意しないと。』


 他所の霊獣であるヒサ君に、お説教までやらせるわけには行かない。

 もしそうなったら、宮司の自分が怒らなければなるまいが、翔士は不満げにぐるりと鳴き、五十嵐も諦めたように耳を動かした。


『それこそ余計なお世話じゃないかな。

 仮にそうなったとしても、彼奴らの責任だろ。うんと怒られればいいんだ。

 前もって叱られないようにしてやる必要はないと思う。』


 ヒサ君としても、来年から当社に所属するのであれば、きちんと子獅子たちを諌めることが出来ねばならんだろうとする筆頭獅子は少々乱暴だ。

 気がつかず起こってしまったことであればまだしも、駄目だと分かっているのに改善の努力をしないのは如何なものか。


「イガ、それはヒサ君に甘えすぎだろ。」

『大丈夫。ちゃんと俺から話しておくから。』


 注意しても、下手に仲が良いだけに、余り気にする様子がない。

 兄貴のシズに怒られるよりは、子獅子たちとしてもマシのはずとズレた考慮をするのに、親しき中にも礼儀ありだろと鼻をつまんでやる。


 鼻をつままれて、ぷしゃぷしゃとくしゃみをする五十嵐から顔を背け、仁護がわざと大きな欠伸をした。


『それに彼奴らの心配をしている場合でもないかもな。

 こないだ、リクにやってる問題集見せてもらったけど、結構難しい。』

『下手に手を出す前に、相談された時に分かりやすく教えてあげられるよう、僕らも準備しておいたほうがいいんじゃないかな?』


 璃宮が湊とは異なる不安を覗かせ、心配そうに八幡を見やる。


『ハチも大丈夫? リクの質問にちゃんと答えられてる?』


 陸晶と八幡はよく一緒に居るだけに、質問を受ける回数も多いだろうと名指しの心配は、出来ていないだろうの裏返しにとったらしい。

 八幡はカッカッと牙を剝いて、璃宮を牽制した。


『なんでオレを心配するんだよ。キュウは自分の心配だけしてなよ!』


 ついこの間まで自分と同じく、鬣の生えていなかったお前に言われる筋はないと、尻尾を振り回して怒る。

 その態度こそ子供っぽいと仁護がヒゲをピクピクさせた。


『ハチはむしろ、一緒に勉強しなくていいのかよ。』

『煩い! オレは鬣生えてないだけで、術も使える大人だから要らないよ!

 ジンこそ結界の張り方、勉強し直してこいよ! スカスカなんだから!』

『誰がスカスカだよ! 俺がスカスカなら、お前なんか足だけだろ!』

『喧嘩するな、下らない!』


 お互いの欠点を評うしょうもない争いが始まるのを、五十嵐がガウと一声吠えて止める。

 しかし、30秒前に自らが怒られたばかりなので、あまり威厳はない。

 他の獅子たちも呆れてぐるぐる唸る中、護矢だけが何処か他人事の様に尻尾を揺らしていた。



「護矢、お前はどう思う?」

『んー なんか、皆、違うなって。』


 水を向ければ、すました口調で鼻を高く上げ、フシッと鳴らした。


『質問に答えられなきゃってのはまだしも、勉強のことは一度ヒサ君に任せたんだもん。

 それでヒサ君が瑞宮たちだけでやらせるって決めたんだから、見守るべきだと思う。

 それに今、頑張ってるのに、気を抜かずにきちんとやれって言われても、反発されるだけじゃないかな。』


 確かに頼んでおいて、心配だからと口を出すのは失礼であり、問題が発生する前から背筋を伸ばさせようとしても無理がある。

 納得し、お互いの顔を見やる兄弟たちを眺め、護矢は話し合うまでもないと言いたげに鼻を上にあげ、胸を張った。


『叱る前に、まず褒めてやんないと。

 後、頑張った分、ご褒美って言うか、良いことがあるといいと思うな。』

『褒めるのはたしかに大事かもしれないが……頑張るのは何かもらう為じゃなく、出来るようになる為だろう。』


 前半はわかるが後半は不要ではと不満そうに二前が尻尾を左右に振り、陸奥が苦笑する。


『ニノは、ストイックだからね。』

『褒めると言っても、誰がどれだけ出来てるかわからないし……

 後、何もしないっていうのは、やっぱりなんか、違う気がする。』


 見守るだけで、直接見てやらないというのは、どうしてもしっくり来ないのか、忙しなく尻尾を振る湊を宥めるように護矢が前足で撫でる。


『そこは普通に「毎日、頑張ってるな。」だけでいいんだよ。

 そもそも、見守るのと何もしない放置は別のことだし。

 後、ご褒美って言っても、ただ、物をあげたりする訳じゃないよ。』


 そんなことを言いながら、偉そうに尻尾をピンと立てて、護矢は言う。


『勉強を頑張っているからって、サポートもそこだけに絞る必要はないよ。

 寧ろ、それ以外のところで工夫すればいいんだ。

 楽しいことやストレス発散になるようなことをやらせてやるとか。

 それが結果的にご褒美になると思う。』


 勉強そのものを手伝わずとも、出来ることは沢山ある。

 そんな指摘に獅子達は目から鱗と耳をピンと立て、五十嵐がフシッと鼻を鳴らして立ち上がった。


『つまり、運動の方をみてやれってことだな!』

『違うよ! ミミ太達は運動も十分頑張ってるよ!

 これ以上厳しくしたら、疲れ果てちゃって、それこそ勉強どころじゃなくなっちゃうよ!』


 五十嵐のみてやるは、子獅子たちにとって全力を出せと同意語である。

 ストレス発散には動くのが一番。任せておけと尻尾をひと降りし、張り切る兄獅子を護矢が大慌てで止める。



 ミャアガア揉める二匹を余所に、翔士が首を傾げた。


『体を動かずに出来る気晴らしって……読書とか?』

『豊一は本、嫌いだぞ。』

『読む奴は黙ってても読むし、わざわざサポートってほどじゃないと思う。』


 読み聞かせでもするかとの提案は仁護が却下し、璃宮もぐるぐる唸って同意した。

 何をすればよいのか思いつけなかったらしい彼らは、不満そうな兄獅子を何とか抑えた発案者をみやった。

 言い出したからには良い案を持っているのだろうと、兄弟たちの期待と疑心の混ざった視線を受けて、護矢は偉そうに尻尾をピンと立てた。


『運動のし過ぎは疲れるし、室内の娯楽も好き嫌いがある。

 そこでワシが提案するのは社会科見学です!

 行ったことのない場所に出掛けるのは楽しいし、神社の外を知る良い機会にもなるよ。』


 サポートは勉強に留まらないのと同じ様に、活動も境内の中に留めなくても良いはずだ。

 そもそも不足しているのは神術に関する知識だけではない。幾ら箱入り、神社入りの子獅子にしても世間知らずに過ぎるとして、外出の増加を提案する。


『前から思ってたんだ。うちの弟たちは全体的に社会経験が足らない。

 例えば、お店って一口に言っても飲食店、薬局、小売店とか色々あるけど、どんなものがあって何をしてるのかをちゃんと分かってないよ。

 電車やバスなんかの乗り物に乗ったことがある奴だって一部だし、じいちゃんがやってくれるから行き先や発車時刻の確認、切符の買い方だって知らない。

 幾ら神社に密着した眷属だからって、世間知らず過ぎると恥をかくよ。』


 今だって、子獅子が人里を歩くことがないわけではないが、その回数はけして多くない。歩く場所、赴く施設も殆ど決まっている。

 これでは井の中の蛙になってしまう。そうなる前に神社の外に触れる機会を、もっと増やしてやろうと護矢は吠える。

 似たような指摘は余所からも受けており、隣接する村の事ぐらい、普通に分かっていないようでは確かに困る。

 ただ、今までやってなかったことを始めるにあたり、受け入れ先の事情もあるやもしれず、勝手に決められない。


『要は人里へ散歩につれていくってことか。』

「言いたいことはわかるが、まず役場で検討してからじゃないとな。」

『そうだね。でも、ワシが言いたいのはそれだけじゃないよ。』


 大体納得してグルウと鳴いた二前と首を傾げた自分に向かい、護矢は尻尾をブンブンと振ってみせた。


『一口に社会科見学って言うけど、意味としては体験も含まれてるんだよ。

 春に桃の節句をやったじゃん。

 あんな感じで関係ないからって言わずに、お祭りとか季節のイベントを取り入れてみようよ。

 百聞は一見にしかずって言うし、いい経験になると思うんだ。

 それで気分が変わって、また神術の勉強にも励めるようになれば一石二鳥だよ。』


 そう胸を張り、高らかに吠えた護矢に獅子達は顔を見合わせ、ぐるぐると唸った。

 此の世は広く、神社以外の習慣やイベントを知って損はない。知識として学ぶだけでなく、実際に行ってみる方が身に付くのは自明の理であり、大掛かりな準備をせずとも、簡単に真似るだけで随分違うだろう。

 話し合いはそんな結論に達し、出来る範囲でやってみることに決まった。



 結果、神社の中にサンタの帽子をかぶった子獅子が駆け回ることになった。

 実害ないと言えばないし、手間もかかってないから良いっちゃ良いんだけど、越えてはいけない一線に踏み込んだ気がして仕方がない。

 普通にシュールな光景だと思うが、諦めるしかないのだろうか。


『じいちゃん、見てー! トナカイの角! 後、赤い鼻も!』


 鬣を振りながら、護矢が大声で呼んでいる。

 ピエロのような丸い鼻をつけ、立派な角を頭に生やしてご機嫌な兄弟を見て、他の獅子たちもまんざらではない顔をしている。


『流石、加賀見の兄ちゃんだよ。クオリティが違う。』

『思ったより、格好いいな。』


 たまに顔を出す郵便屋の手先が器用なのは知っているが、一体、何時、どうやって頼んだのか。

 自分で持ってこれないほど忙しいなら断ってくれてよかったのに、わざわざ通常の宅配便で獅子専用な特注の角を送りつけてきた。

 頼んでいないおまけもつけてくれたようで、ツリーやら靴下やらを何処に飾れば良いのかと、先程からヒサ君が騒いでいる。


「どうしよう、この電飾。イガ、鳥居に巻きつけちゃっていいと思う?」

『いいと思う。寧ろあそこを飾らなくて、何処を飾る!』

「オレもそう思うけど、ニノが怒らないかな? うちの兄ちゃんならきっと怒る。」

『大丈夫だ。俺が全て責任を持つ!』


 五十嵐、筆頭霊獣の責任感を発揮するのはそこじゃない。

 後ろで二前が全てを諦めきったような顔をしているのに気がついてくれ。



 器用なことに前足で角を装着した護矢が嬉しそうに頭を押し付けてくる。


『見てよ、じいちゃん。鬣に負けない立派な角だよ。

 きっと、良いクリスマスになるよ!』


 ツリーは何処に飾ろうかと燥ぐ白い獅子の頭を撫でて、一つ溜息を付く。


「じいちゃんも嫌なわけじゃないんだが、初めてのことだし、神社っぽくないお祭りだし、あまり問題にならないようにしてくれな。」

『わかってるよ、じいちゃん。

 ルドルフの赤い鼻はちゃんと交代で使う。雛祭りの時みたいに喧嘩しない。』

「うん、そうなんだけど、そうじゃないっていうか、あれ、ルドルフって名前があるのか。」


 任せてくれと背筋を伸ばし、耳をピンと立てた護矢の首周りをもう一度撫でてやり、自分たちにもつけてくれと順番を待っている獅子たちのもとへ向かう。

 良いのだろうか。古参の陸奥まで嬉しそうな顔をしながら列に並んでいるけど、良いのだろうか。

 どうしても笑顔になれない自分の横で、護矢が子獅子のようにぴょんぴょん跳ねる。


『靴下もさ、飾ろうね!

 プレゼントは流石に用意できないけど、気分、気分!

 一度やってみたかったんだ!』


 あー なんか、本当に弟のためだったのかって感じが凄いするけど、何も考えたくないわ。


 限りなく不安が湧いては来るが、幾ら似つかわしくなくとも周囲に迷惑を掛けるような行為ではなく、幸か不幸かうちの神社は参拝客が少ないので村への影響もないはずだ。

 役員の方々も問題にするような人達ではないし、一応、軽く報告だけしておけば大丈夫であろう。

 どうせ仮装するなら、何処そこにも行ってくれとか言い出すくらいのもの……ああ、もう何も考えたくないわ。



 子獅子用もあったのか、角をつけたのが数匹、横を走りすぎていく。


『じいちゃん、メリクリ!』

『メリクリ!』

「だから、変な短縮しない。」


 思うところは色々あるが、様々な文化を実体験するのは良いことはずで、何より子獅子達は大層喜んでいる。

 あれこれ考えるだけ野暮であろう。腹の中に溜まったものを吐き出すように大きく息をして、空を見上げる。

 今日は朝から冬特有の重たい雲が空を埋め尽くしている。これで雪でも降り始めれば、正しくそれらしいのだが。

 何はともあれ、どうせやるなら正しい言葉を使っていただきたい。


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