血の矢文
行也達と足軽達がひしめく暗く寒い地下シェルターの中で。友樹は長可の包帯を取り替えていた。
「すみません!」
彼の目から落ちた滴は、手にしていた白い包帯に広がり。
友紀はその部分を切りとってから使おうとするが。森はそれを止めた。
「物資が足りねえからそのままでいい。」
「すみません。」
「別に。」
会うたびに死ね死ね煩かった長可が、涙を落ちた包帯で腕を巻かれても怒らないことに友樹は驚いた。
…もしかしたら鍋島さんとの死闘の末に悟りでも開いたのかな? と友紀は思いながら包帯を巻くが。
その数分後、それが勘違いだと気が付いた。
黒田の意見に、森はお約束の素っ頓狂で刺々しい声を発したのである。
「降伏勧告ぅ? アンタ正気なのかよォ!!」
長可に同感の眼差しを送る皆へ。黒田は静かに答える。
「そうじゃ。もうお互いこれ以上の戦いは無用じゃからな。」
「こっちはそう思っても、向うはそう思わないんじゃないんですカ?」
皆の意見を代弁したラーシャに、黒田はさっきまで見ていたPCの向きをくるっと変え。
AREの総大将のブログを見せた。
そこに居たのはは苛烈で敵から恐れられる男では無く。心からの笑顔で、子供達とサッカーをしたり、キャンプをする男だった。皆は目を擦ったり、その画面を凝視した。
「……AREの総大将は、児童保護施設からスカウトした部下達を非常にかわいがっている。
自伝によると、アイツは子供を持てない体質のようじゃから…子供のように思っているんじゃろう。
そいつらの命をチラつかされれば、譲歩せざるを得ないかもしれん。
それに……アイツらの立場は盤石じゃない。さっさと帰った方がヤツらの為にもいい。」
「国民からの支持率は高いだろ。ネットニュースで見た。」
黒田は行人に優しく微笑み。言葉をわかりやすくかみ砕いて言った。
「お前もニュースを見るようになったか。
国民の支持率は高くても、金持ちからの支援が無くなってしまえば選挙に勝てん。
選挙資金が足りなくなる。それに金持ちを敵にするということは、
金持ちの会社関係者とも敵対するということじゃ。政治家は庶民に好かれるだけじゃ駄目なんじゃよ。」
「それでも政治家なら、金持ちじゃなくて庶民を向いてくれるべきだろ!」
行人の激しい反論に、黒田はまあまあと宥めながら答えた。
「か弱い貧乏人を保護することはとても大事じゃよ。明日は我が身じゃし。
でも、貧乏人保護のために金持ちからお金を巻き上げすぎるのもまずい。
金持ちがもっと税金の安い国に逃げたり、金持ちだけの町をつくってしまう可能性があるからな。
そうすると国や町は税金の払えない貧乏人だらけになって、公共サービスが行えなくなる。
公共サービスをしてくれる人の給料が払えなくなるからじゃ。図書館がいっつも休館だったり、ゴミ収集車が来なくなったりしたら、困るじゃろ?
何事もバランスが大事じゃ。金持ちにしてみれば、自分の稼いだ金なのになんで? と思うからな。
まあ国民全員保険の廃止はちょっとまずかったがな!」
「オメエの浅い政治論なんてどーーーーーーーーでもいいんだよォ! 本題に入れェ!」
皆の空気を言語化した長可に頷くと。黒田は脱線した話を戻した。
「ハイハイ浅くてすいませんでした! で、幽斎博士から又聞きした話によると、
AREの大統領はキランの密貿易を禁止する気らしい。
しかも密貿易を見つけたら、麻薬の売人と同じくらいの罪にするというぞ。もしそうしたらキランや美術品愛好家の超お金持ち団体・プラチナシャーベットを敵に回すことになる。
アイツらは自分が目を付けた芸術品を手に入れるため、または自分達が創作する芸術品の素材の為なら、殺人も問わない危険な集団じゃ。」
そんな意味不明な団体、本当にいるのか? と殆どの者が首を傾げたり、胡散臭そうに黒田を見るが。
行也達には思い当たることがあった。
「いばら組の組長が、密輸をするということは買う相手もいるからだよって言ってたぜ!」
「そう言えば俺と決闘した時、ラーシャ君のお父さんは
『戦う芸術集団ゴールデントマト』の一員だと仰っていました!
俺はてっきり歌ったりお絵かきをする農家の方か、トマト料理愛好会だと思っていました!」
「ボクは父さん達が、単なる痛いコスプレ団体か芸術パフォーマンス集団だと思ってマシタ!」
「た、確かにご友人のペンネ殿とかは筋肉の付き方も一般人のジム通いとは違ったし、
蝿を空中に飛び上がって抹殺してたぞッ!」
見開いた目を合わせる行也と行人とラーシャと細川。そんな時。博士から黒田に電話がかかってきた。
「……もしもし、博士か! ………良かった。そうか。へ? ……ほぉ。奇跡じゃな!」
テーブルを叩きながら大笑いする黒田。電話を替わった行也の耳に、懐かしい旧友の声が通る。
「もしもし、さっちゃん。今回はごめ……え? ええええええ!」
行也の友人・桜井は映画『詐欺師の一生』の取材で詐欺師に取材をし。
ARE総大将の両親を嵌めた詐欺師の知り合いと、コンタクトを取ったことがあるのを思い出したという。
彼は急いでその元詐欺師と連絡をとって、詐欺師の居場所を聞き出し。
そこへ行って顔も見てきたと言う。
そしてその後博士を迎えに行った桜井は。
電話口からも聞こえる大欠伸をしながら言った。
『元詐欺師さんが言うには、その男はAREの大統領の知り合いだ、と飲み屋で自慢していたらしい。
しかも、一つ一つの話が具体的でほんとっぽい感じだったんだって。
整形したらしいが、腕に特徴的なアザがあるらしいからそれは目印になるかも。』
「そ、そのク…その男はいまどうしてるの?」
『盲腸で雪達磨私立病院の個室に入院中なう。……残念ながら…』
「き、危篤??」
『だいぶ良くなってきちゃったらしい。マジ残念。
そいつはARE大統領の父親を騙した後も、
寸借詐欺、投資詐欺、結婚詐欺とか繰り返しているらしいぜ。
本人が小声で言ってた。証拠を残さないように気を付けているし、詐欺はやる気がない県警の管轄で行うし、
整形もしているから捕まらないんだとよ!
まぁこっそり動画をとったけどな。
クソ野郎は体中に唐辛子やわさびを詰め込まれて死んじゃえばいいのになぁ!
ちなみに俺がその話を合流した大内さんにしたら、
彼が急いで入院費とか肩代わりしたから囲い込みに成功したぞ。
銀行の営業日がウチは昨日までだったんだよ。ラッキーだな!』
「そうか、大内さんにもよろしく言って。
あとクソのことだけど、……あんまり死ねとか言うと誤解されちゃうよ。
いや、俺も正直同感だって思っちゃうし、さっちゃんのことを言える人間じゃないけど……
こないだは人質をとってしまったし……」
暗い声でボロリと悪事を話してしまった行也だが。桜井は欠伸をしながら言った。
『お前の事だから女子供には手をだしていないんだろうし、事情があるんだろ?
ならいいんじゃないのか。だって、男の子だもん! たまには暴れたくなるよね!』
「お、男の子だろうが女の子だろうが、良くないよ! そういう問題じゃないよ……。
それにもう俺は昔みたいな平和主義者じゃなくて、キチガイになってしまって……」
桜井は電話口の向うでカラカラ笑いながら言った。
『自分で平和主義者っていうなよ!
そもそもお前は高校の時から、自分が思っている程平和主義者じゃなかったぞ。
普段のんびりしている分、キレたら面倒くさくて太刀が悪くかったよ。』
「そ、そうだったかも……。」
『……とにかく、懺悔話はおいおい聞くとして、とりま高速船に天君や文太君も無事に乗り換えたから、
あと数時間で北海合衆国に着くぞ。それから、高木さんからも連絡が来た。
輝君も海君も無事で、順調にこっちへ向かっているってさ。
そっちには大内さんが向かっている
お前らに連絡しようとしたらしいんだけど、回線の調子が悪かったらしくて。
この電話もやっと通じたんだぜ。
』
「そっか……手間を掛けさせてごめん。でもよかった! ありがとう。
交通費は帰国したら払うよ。もし帰国出来ない時は俺の生命ほ」
『……無事に帰国して俺に直接返せ。こっち来たらイクラ丼や行人君の好きな豚丼くらいならおごっ』
「本当にありが………切れちゃった。」
その後。信長達の許可を得た黒田は。
本部に居る家康に、防災無線用の屋外スピーカーで降伏勧告を流してもらうことにした。
黒田も行也達に囲まれて地下シェルターから出ると。
外交省の長官達にARE語に翻訳してもらった文章を読み上げる。
その数分後。
「わ!!」
瓢箪タワーから矢文が飛び。黒田達の前方約三十メートルに突き刺さる。
黒田はそこに結びついていた文書を読んで、眉間に皴を寄せ。深く苦しい息を吐いた。
「絶対に降伏しない! とかそんな感じか?」
足軽に分けてもらったせんべいを下を向いて食べながら尋ねる行人。
他の者は黒田に群がる。行也は折り畳み椅子に座った黒田に、ブランケットを掛けながら尋ねた。
「何て書いてあるんですか?」
「『山田兄弟との面談か、人質の解放を求める』じゃと……。ワシは断固反対じゃ。
罠としか考えられん。奴等が狙っているのは人質交換じゃ。
……それにしても…几帳面そうな男なのに、血が付いた文書を寄越すとはのう。」
黒田は本部にすかさず電話した。
その結果。ARE語に堪能な外交省長官達が直接こちらに来て、交渉にあたってくれるという。
おお! とほっとした声をあげる足軽達。一方、黒田は栗山と光紀にも電話を掛けた。
ーー車を飛ばしてやってきた外交省の長官達は、無事なARE軍兵士達の動画を見せ。
さらにもう一人の上杉率いる軍などが、猛スピードで帰国中だということも伝えて交渉したが。
AREの総大将は人質を解放するか兄弟を出せ、の一点張りであった。
「駄々っ子みたいじゃのう! ワシが代わりに行く、と通訳してくれ。
……あ、駄々っ子みたじゃのう、は通訳しなくていいぞ!」
「畏まりました。」
外交省の長官はニコっと笑うと。再び瓢箪タワーにスピーカーで訴えるが。
新たな矢文が再び飛んできた。
「桜港にまた瓢箪戦艦を出されたくなかったら、人質を解放するか、さっさと兄弟と話をさせろ、
じゃと!!」
はったりか? そう思った黒田の目には空飛ぶ金色の瓢箪が映り。
少しして耳には本部からの連絡が入った。桜港に新たな瓢箪戦艦が十隻浮いているという。
「……先生。俺一人で、あの人に会ってみます。」
もし、捕まったらその場で舌を噛み切って迷惑を掛けずに死ぬ。という決意を胸にしまい。
行也は猛反対する黒田達の勢いにめげずに言葉を紡いだ。
「勝手ですみません! あの人達の方が俺よりも苦労しているし、勉強も仕事も努力しているし、
同じ立場だって言えないけれど…でも少しは気持ちがわかるから……。
それにこういう言い方は失礼ですが、俺達より人質として扱いやすい人……
例えば武芸がイマイチな黒田先生ではなく、わざわざ少し腕の立つ俺達を指名した以上、
もしかしたら俺達と本当に話がしたいのかもしれません。
だってわざわざ手紙を日本語で書いてくれたんですよ。自分のだいっきらいな国の言葉なのに。
それに血がついているのは……きっと今回準備不足で焦ってやって来たのも……。」
AREの総大将みたいに、何でも自分でやりたがる人間は早死にする。
小早川が蒲生の宿でそう言ったことを行也は思い出した。
行也の思いを聞いて黒田は頭を掻き毟って唸っていたが、栗山からの電話に素早く反応した。
「……そうか。最新のは顔色を明るく、輪郭をややふっくらと変えてあるんじゃな。
……じゃがあのサッカーの写真は修整なしなのか……光紀か? いやもう話は……。わかった。替わる。」
電話を切ろうとした黒田だったが。栗山から電話を引き継いだ光紀に、友樹と森を出すよう言われた。
「友樹、森殿。光紀が聞きたいことがあるんじゃと。ちょっとこっちに来て電話を代われ。
何か電波の調子が悪いみたいじゃから、ちょっと大きな声で話すんじゃぞ。」
「かしこましました。今行きます!」
焚き火に当たっていた友樹は走って受話器を受け取り。森も渋々早足で追いかけた。
「………もしもし、光紀君?」
光紀は兜について、気になることがあり。菊池博士の日記データベースに目を通していると言う。
『友樹さんがぐにゃりと曲げたのは普通の槍ですか? 変身後に出てくる兜の付属品の槍ですか?』
「ちょっと待ってて。……森さん。涼太さんを穴の中から刺そうとしたのは」
「変身後に出てきた奴だ。」
「ありがとうございます。」
不機嫌そうに答える森に会釈すると、友樹は再び電話に出た。
「……変身後に出てきた方だって。……え、いや、僕はそんなに握力は無いよ。
前よりは強くなったけど。……え? 変身を解いてラーシャ君の鞭をひっぱるの!? わかった。」
変身を解いた友紀は。顔を真っ赤にしてラーシャの鞭を引きちぎろうとするが。ラーシャと綱引きしてもまったく歯が立たなかった。
「……普通に引っ張りあっても、ラーシャ君と引っ張りあっても、切れないよ。
……行也君とかなら……わかった。力になれなくて……光紀君も無理しないでね。
うん、……何かわかったら電話くれる? じゃあ切るね。」
首を傾げた友樹は、行也に視線を移した。どう考えても危ないと思った彼は、
皆と同じく兄弟を説得する側に回るが。今度は行人が反論した。
「俺も行く! あのブログの笑顔は合成じゃなかったんだろ! 悪い奴だけど話せばわかるタイプの奴かもしれない!
このまま法廷に突き出してもAREの奴等が逆恨みするだけだ! きちんと仲直りしないとだめだぜ!」
黒田はおでこに手をあてて俯き。腹立たし気に言った。
「お前らは最悪のうつけものじゃ! 奴等はどう考えても誘き寄せて人質にしようとしているじゃろ!」
「行人は置いて俺一人で行きます。無茶はしません。」
「だから俺も行く!」
置いていかないで欲しい、と訴えるような行人の潤んだ目を見て。行也はハッキリと言った。
「お前はもう足手まといだ。
手に力が入らないんだろう。足軽の方にせんべいの袋を開けてもらうのを見た。」
「そ、そんなこと……。」
「大丈夫。絶対に帰ってくるから。
……先生。行かせてください。絶対に囚われません。」
深々と頭を下げる行也に。眉間に皺を寄せて目をつぶっていた黒田はそっと頷いた。
「わかった。危なくなっらにげるんじゃよ。
でも、もし逃げ切れなくて人質になったらなったで構わん。
こっちには交渉のプロも付いている。
人質になりそうになったからといって、絶対に自殺だけはするな。
それを約束してくれないなら行かせない」
「え……。」
「お前の考えなんてお見通しじゃ!
お前は責任感がヘンな方向に強いからな!」
行也の背中を消毒すると。黒田はさらさらと文章を紙に書く。
「これを翻訳してくれ。」
――長官や黒田の根気強い交渉により。
面談は黒田の甲冑を装備した行也のみ、さらに瓢箪タワーからはARE軍兵士全員を外に出すという条件を取り付けた。
銀色の数十人は瓢箪タワーからぞろぞろと出て。怪我人を囲み、入口前から少し離れた場所にずらっと整列する。
その団体と黒田達は無言で対峙した。一方、行人は太兵衛達に取り押さえられ。
瓢箪タワーに走っていく行也を泣きじゃくりながら目で追った。
「兄貴ーーー!」
「今追いかけたら、約束違反ということで逆に行也が危ねぇぞ!」
「……。」 行人が滝の後ろ側から見た行也の姿は。どんどん小さく朧気になっていった。




