兜の弱点
瓢箪タワーの中は。外のけばけばしい金色の外装と違って、柔らかいクリーム一色であった。
タワーの真ん中を貫く螺旋階段をぐるぐる登り。行也は最上階に辿り着いた。
彼は目の前の真紅の襖を見つめ。
そう言えばAREの伝統的なおやつは、赤いハート5個が花を形作るゼリーだった、とぼんやり思った。
「襖をノックするのが日本式だけど、ARE式では確か……」
行也は襖の上……敷居を見上げた。透明な氷柱型のガラスモビールが引っかかっている。
彼がそれを引っ張ると。涼やかな音に続いて、どうぞ、という低く掠れた声がした。
「失礼します。山田行也と申します。初めまして。」
部屋の中の壁は、森林を思わせる新緑。大きな瓢箪型の窓が全開で冷たい風が吹きすさぶ。
そして天井には瓢箪を象ったイエローダイヤモンドが煌めくシャンデリア。
行也は、外交省の長官にもらったARE語のメモを暗唱し。
それをもったまま両手を上に上げて頭を下げた。これがARE式の挨拶なのである。
「どうぞ行也君。ここの椅子にかけてくれ。……私は日本語が話せるから。」
思ったより柔らかい物腰と口調の、深い紫色の目の銀髪オールバックの男は。
優雅かつ隙の無い所作で、目の前の赤いガラステーブルを挟んだ向かいにある細長いソファーを指した。
「ありがとうございます。」
「このARE伝統的おやつのゼリーと、ジュースもどうぞ。普通の水もあるよ。」
「ありがとうございま……。」
思いがけないおもてなしに、顔を一瞬ほころばせた行也だったが。
金色の甲冑を纏って一人がけソファーに浅く腰かけた彼を見て、行也は顔を曇らせた。
肌がホームページの写真よりもさらに青白く乾き、頬も僅かにこけていたのである。
本当の年は四十歳半ばくらいのはずだが。
それよりも年上の吉之助の方が若々しく、溌剌として見える……やはり病気なのか、と行也は思った。
「……ホームページの写真と違うだろう。」
「少しお痩せになったのかな……と。ですが、ここの空気は綺麗ですので静養に……あっ。」
「私は侵略に来たのだがな。」
華やかに微笑む彼に、行也は複雑な顔で答えた。
「うちの日本を攻めるのは困りますけど理由はまだわかります。でもこっちの日本は関係無いです。
詐欺師のTらしき人はこちらの日本出身のようなんです。」
総大将の紫色の目に、青い焔が映る。
「T……田中の事を知っているのか?」
少し前のめりになった彼に、行也は自分の腕を指して答えた。
「腕のここら辺に、星型のアザが三つ、で、こっちにタバコの押し痕があるク…男ですよね。
その男なら知っています。」
「そいつだ。今、どうしているか知っているのか?」
「北海合衆国の雪達磨私立病院に盲腸で入院中です。」
「……どういう人生を送ってきたかも知っているか?」
総大将の目の中の青い焔は更に激しくなり。威圧感を纏っていく。行也は一瞬ためらったが。
『全部本当のことを言った方がいい』
と外交省の長官や黒田に言われたことを思い出し。
重い口を開いた。
「AREから日本に帰った後も全く反省もせず、色々な人に色々な詐欺を働いて生きてきたようです。
投資詐欺、結婚詐欺、寸借詐欺など……挙句の果てに整形を繰り返して北海合衆国に逃げ、
のうのうと暮らしています。」
「……そうか。優秀なAREの警察ですら捕まえられなかったのだ。日本如きには尚更無理だな。」
「確かにこんな犯罪者を捕まえられない日本の警察は頼りないです。ですが、優秀な警察官も……」
「本当にそんな優秀な警察官なんているのか? 未だに元首相の罪すら暴けない癖に。
万が一いたとしても極々一部だろう。AREは殆どが優秀なのだ。」
「……そうなのですか。……あっ! 大丈夫ですか!」
行也は咳き込んだ男を見て、思わず席を立った。しかし。男は片手で『来るな』と激しく拒絶した。
「日本人に……触られたくない……」
まるで、食べ物に集る蝿を追い払うようなと苛立ちと生理的嫌悪感を総大将の目から行也は感じ。
思わず体を固くした。
ここまで嫌われているなら、聞かれたことにだけ答えたほうがよいのだろうか?
そう思い始めた行也だが。やはり目の前の男の冬の隙間風のような呼吸が気になり。
相手を刺激しないように柔らかい口調で尋ねた。
「失礼しました。お医者さんを呼んだ方が良いですか? それとも出直した方が良いでしょうか?
少しお休みになられてから……。」
「医者は呼ばなくていい。部下の治療で手一杯だ。出直す必要もない。」
「……何でお体の具合が悪いのにここへ無理して来たのですか?
寿命を縮めるだけですし、大統領の弟さんの立場を悪くするだけです。」
「弟と決めたことだ。それに弟は次回の選挙には恐らく勝てない。
だから任期中に何とか復讐だけは完遂させたかった。ゴミ箱も必要だったしな。」
行也はぎゅっと拳を膝の上の拳を握りしめ。一瞬少し憤りを帯びた目で総大将を見たが。
今は一々そんな事で怒っている場合ではない。
さっさと話をまとめないと桜港の神崎達も……総大将の体にも害が及ぶのだ…そう思い直し。
深呼吸してから口を開いた。
「取りあえず、お願いしたいことは三つです。
一つは、海底日本から手を引き、二度と攻め込まないこと。
二つ目は、地上の日本のゴミ箱計画をやめる、こちらも攻め込まないこと。
三つ目は……お体を大事にして、残りの余生は安らかに過ごしてほしいということです。
その詐欺師の身柄は、俺の仲間と友人が確保して引き渡します。
今兵を引いて下されば、国際法廷に訴えるのも賠償金を払ってくれれば考え直してもよい、
と信長様はおっしゃっています。だからどうか……。」 頭を下げる行也に、総大将は冷たく言った。
「海底日本は図に乗り過ぎた。海底での様々なデータも手に入れたし、もう用はない。
私達ARE人がこれからは住む。
地上の日本は……元々土地も汚染されている島国だからゴミ箱にピッタリだ。
それに、このゴミ箱計画は他の国も賛同している計画なのだよ。」
「えっ!!!」
思わず身を乗り出して目の前のグラスを倒しそうになった行也へ。総大将は嬉々として続けた。
「自分の国を嫌いな国がそんなに沢山あるなんて思わなかったのかい?
そんなに好かれている国だと思っていたのか?
この間テレビで見たエクセレントジャパン計画とか、本当に痛々しいよ。
自分の国だけが洗練された文化を持っていると考えるなんて、厚顔無恥にも程がある。
君達のように愚かで学習能力の無い、他国に迷惑を掛ける醜く黄色い猿はこの世から消え失せるべきなんだよ。それが日本人以外の人類の結論だ。」
甲冑の金色に負けない眩く輝く笑顔で。紫色の液体を喉に流し込む総大将。
行也はわけがわからなくなった。彼は話し合うために自分を呼んだのではなかったのか?
散々日本の誹謗中傷を自分に浴びせる為だけに彼は自分を呼んだのか?
それとも人質にするためなのか? 彼の心は怒りよりも疑問が大半を占めた。
「あの、貴方は何のために俺を呼んだんですか? 日本の悪口を聞かせるためだけでは無いですよね?」
「時間稼ぎの為だよ。そろそろ糠漬けの刀を取り出してもよい頃だな……戦国一〇八計スーパーレジェンド・太閤検地。」
総大将は立ち上がり。ソファーの裏の瓢箪型風呂桶に浸っていた黄金の刀を天井に投げ。
刀は瓢箪型シャンデリアに突き刺さった。
一瞬でシャンデリアパーツの瓢箪型イエローダイヤは周りの景色を刺す程強烈な虹光を放って砕け。
開いていた窓の外へ飛び出して行く。
さらに。総大将は握りこぶし二つ分の金の横笛を吹く。その猛々しい音色に外が騒がしくなってきた。
行也は思わず立ち上がった。
「どういうことですか!」
「君は悪い人では無さそうだが死んでもらうよ。日本人だから。島津十文字斬!」
見慣れた十文字の真空刃。それが始めて行也の前に飛んできた。
「おあああああ!」
咄嗟に体の前で両腕をクロスした行也だったが。台風に飛ばされたように勢いよくぶっ飛んで壁に背中から激突した。
手袋はそこに付いていた鉄板ごと裂け。腕や背中からは血が滴り落ちた。
「おやおや血の押し花が壁に出来ているよ。……島津弾丸斬!」
体を捩ってなんとか巨大な弾丸を避けようとした行也だが。弾丸は背中を掠り。
安土城で出来た傷がひりひり痛む。
「ひ、人質がいるのに……。」
「君達も兵力が少ない。脱獄なんて朝飯前だ。」
AREの総大将は捕虜の足軽達を映した動画を見て。警備が手薄なことに気が付いていた。
おまけに自分の片腕も『脱獄可能です』と痛む体でARE軍隊の暗号ジェスチャーをしていたのである。
「惜しかったねえ。」
行也の頭上から三日月が落ちたかのような美しく重い一撃をドン、と落とす振り下ろす総大将。
行也はそれを防いだが。刀は軋みだし。毛細血管の様に細かい罅が走って行く。
そしてついに。刀は砕け散った。キラキラ光り輝きながら足元に落ちた銀の粒。
行也の服装は黒い甲冑から赤い線の入った白い剣道着になり。行也の手にはもうなにも残っていない。
頭まで真っ白になりかけた彼だが。咄嗟に懐からマフラーに包まれた城井の銀の矢を取り出し。
無我夢中で空中を高速で奔り舞う金の光を受け止め続けた。だが。
「あっ!!!」
カラン、と音を立てて矢は行也の汗まみれの手から吹っ飛び。少し傾いていた床を転がっていく。
行也はすぐに銀のマフラーを天井の照明に翳した。
「……!」
目を抑える総大将。足止めは一瞬だったが。行也は総大将から何とか距離を取って走り出した。
「待て!」
さっきまで咳き込んでいたのが嘘かのように。総大将は綺麗なフォームで部屋を駆ける。
「速い!!!」
広い部屋をぐるぐる回る行也と総大将。既視感を感じた行也の心に。
メリーゴーランドやらラーシャ父の飛び蹴りやらが蘇った。彼は背後からの刀をひょい、と避け。
光紀と友樹の会話、さらに合宿での出来事を思い出した。
卑弥呼の土などで出来ているラーシャの鞭が切れた時は、池の中の海の素足に巻き付いていた時。
切れなかったときは、変身後に巻き付いていた時。
だが友樹がほぼ同じ素材(武将により様々な物質の配合は違う)の森の槍を変形させたのは、
海と同じく変身前というのは共通するものの、さっきは同じ変身前なのにラーシャの鞭を切れなかった。
変身前でも変形させたときと、そうでない時の違いは……。
行也は部屋に転がって何かを訴えるような光に気が付いた。
「そうか!!! 師範ありがとうございます!」
行也はテーブルの上の氷水が入った水差をマラソンのランナーのように走りながら掴み。頭からぶっ掛けた。
震える彼の背中には銃弾が飛ぶが。振り返った彼に叩き落とされて弾け散った。
目の前の光景に目をパチパチさせる総大将のみぞおちへ。行也は渾身の拳を叩きこんだ。
「チェストオオオオオオオオオオー!」
金の甲冑は流星が衝突したように火花を咲かせて粉砕し。星屑のように光りながら床に落ちた。
その刹那。
「あああああああああーーー!」
瓢箪タワーは消え。行也達は建物六階分の高さから落ちた。
奇跡的に土砂崩れから生き残っていた一本の樹の太い枝を片手で掴み。
もう片手で総大将を掴んでいた行也だったが。
太い枝は泣きそうな声で軋み。少ししてぽきっと折れた。その直前。
「兄貴ーーーーー!」
「戦国一〇八計利休七哲・あら茶ーーーッ!」
瓢箪タワー跡地近くの細川は。黒田に言われて用意していたゼリー状の大きな茶碗をぶん投げた。
地面にズドンと落ちたそれはぬかるんだ土地の水分を吸って巨大化し。
二人が着地する寸前に深緑色のゼリーマットとなった。
――――時間は遡り。行也達が瓢箪タワーの前にいた頃。
黒田達は甲冑の弱点を見つけた光紀の話をヒントに、
襲い掛かってきたARE軍の足軽達と数的な不利をひっくり返して勝つことが出来たのだが。
通信状態が悪い小早川達の元にはそのヒントが届かなかった。
戦艦の甲板で、金の瓢箪五隻を見つめた輝元は半泣きで言った。
「もういっそ素手で戦ったらどうっすか!! いっくら砲弾撃っても駄目ならやってらんないっす!!
三本の矢も、あと一本ずつしかないっすよ! どうしたらいいすか!」
「素手……。」
小早川は、海の足に巻き付いたラーシャの鞭が切れた時とそうでない時があったことを思い出した。
「確かに変身前と変身後ですが……単に素手に弱いというのなら、
どうして普段は掴んでも平気なのでしょうか……。」
彼はさらに。友樹の部屋に侵入した際の現場検証を思い出した。
隠し扉を探すため、何でもいいから順を追って話をしてほしいと友樹に言った所。
怪力では無い友樹が素手で変身後の森の槍を曲げたという話が出てきたのである。
だが。手袋を取った春彦が自分の刀の柄を強く握っても、変形することは無かった。
「……寒っ!」
「大丈夫か?」
吉川は寒がる輝元に自分のマフラーを掛けてやった。
「叔父上は大丈夫っすか?」
「運動すれば暖かくなるゼ。」
もも上げを蒲生や春彦達と始めた吉川に、輝元は軽く頭を下げた。
「叔父上、助かったっす! 城井殿みたいに寒い寒いって言いながら消えちゃうのは嫌だったっす……。
そう言えば、元モモンガ人間は皆寒がりっすね。頑丈な島津殿でさえそうだったっす。」
「冷凍庫の中では俺が真っ先にやられてしまい、友樹殿達にご迷惑をかけてしまいました……。お恥ずかしい……。」
少し俯いて呟きながらもも上げをする鍋島。
はっとした小早川は、弾けるような笑顔で輝元の頭をぐりぐり撫でた。
「……!! 輝元! 貴方が始めて役に立った気がします!
兜……卑弥呼の土の弱点は人間の常在菌と冷えです。
特に何日か風呂に入っていない方の常在菌が好ましい。
それに衝撃を加えれば船を粉砕できる筈!」
小早川達は。砲弾に保冷剤で冷やした霧沢(昨日風呂に入っていない、一番足がくさい)の靴下を切って埋め込んだ。
「くさいっす!」
「殿! これは俺達を救う匂いだゼ!」
顔を背けた輝元に厳しく注意しながらせっせと靴下を切る吉川。
一方。霧沢は少し照れくさそうに微笑み。軽く首を掻いた。
「…治していなかった水虫と、治してもくさい足を持つ、そんな私の靴下が皆の未来を守るのか……。」
「くさい靴下に守られる未来なんて嫌っす!」
「…輝元殿。さっきからくさいくさいと失礼だ。……ケホッ!」
「も、元親殿大丈夫っすか!」
「だ、大丈夫だ、くさくない、くさくない……」
「元親殿の仰有る通りです。くさいなんて失礼ですよ。貴重な生物へ……。
貴重な生物の私達を守って下さる貴重な靴下なんです。
それに……クリスマスにサンタさんがプレゼントを入れて下さるのも靴下ではありませんか……」
「…そうだ……これはプレゼントなんだ……。」
吉川が切った靴下を砲弾に埋め込んでいる長宗我部と小早川は。
虚ろな目で咳き込みながら、自分にそう言い聞かせたのだった。
……完成した砲弾は霧沢の靴下を細く切った物を金属片に巻き付け。冷やした利休の土などでくるんだものである。
小早川達は潜水して海中でその砲弾を放ち。無事に五隻を沈め。
後から出てきたイエローダイヤの瓢箪は、長宗我部が霧沢の靴下(昨日の物)をヌンチャクがわりに振り回して倒したのだった。




