プラチナ・シャーベット
トイレの天井画制作と部屋掃除をしたことで友人になった裏教皇から、
ARE海底日本侵攻の情報等を得たラーシャの父・ラザニア。
彼は戦う芸術集団ゴールデン・トマトと行人の親友・時高を引き連れ。
ARE大統領宅へ押し掛け訪問した。彼らは経費削減で人数が少なかった大統領のSP達を倒し。
大統領に海底日本から軍を引くよう迫ったのだが。その大統領宅に新たな敵が現れた。
それは。戦う芸術家集団ゴールデン・トマトの宿敵、プラチナ・シャーベットという団体であった。
プラチナ・シャーベットは、キランの美しさの虜となり。
キランの密輸を徹底的に潰そうとした大統領を暗殺にやってきたのである。
大統領と停戦したラザニアは、博士から貰った金色に輝く巨大な彫刻刀を構え。
プラチナシャーベットが送ってきた暗殺者達と戦うことになった。
からくり部屋に隠れた彼らは。釣り天井やら畳替えしやら様々な罠を駆使してその暗殺者と戦い。次から次へと現れる暗殺者達を追い返して行く。そんな彼らも段々疲労が溜まっていったが。
やっと敵が途切れてきた。
「ちょっと敵が途切れて来たカラ、交替交替で一息ついていいヨ。三分くらい。」
色々な人種の集合体である彼らは。ゴールデン・トマトの共通語である英国語で次々と愚痴を呟く。
「アフリカゾウに振り回されたような気分だゾウ」
「パンはあるけどケーキが食べたいDESUYO。」
「マジきついデッス。そろそろペン先手裏剣が尽きるデッス。」
「あの……ラザニア隊長!」
「時高君、どうしタ?」
「この建物が爆撃されることは無いんですか?」
くしゃみをしたラザニアに代わり。金の龍が描かれた赤い詰襟の服を着た長身の男が答えた。
「奴等はこの建物が美しいと絶賛していたからそれは無いと思うアルよ。ね、隊長。」
高く結い上げた髪を纏める龍の髪飾りの位置を直しながら、その男はラザニアに視線を移し。
ラザニアはそれに頷くと大統領を見た。
「そうだネ。……所で大統領、何でキランの密輸を弾圧することにしたんダ?
俺は賛成だケドAREの経済を潤す要素の一つダッタノニ。」
銀色に輝く髪の大統領は。俯いて訥々と語った。
「……AREが支援している国々から何とかしてくれと苦情が来た。
それにこれ以上海が汚染されるのはまずいからな。
ここら辺で取り締まらないと、未来の人々が汚染された世界で暮らさせることになってしまう。
経済の大事さは死ぬほどわかっている。だが、健康の大切さもわかっている……。」
「お兄さんハ、海軍出身だから健康被害にあったんだヨネ。」
思わずラザニアを見た大統領へ。ラザニアは気遣うような目で言った。
「ホームページの画像、ちょっと違和感があるヨ。……つらいネ。」
トン、とラザニアに肩を叩かれて思わず涙をこぼした大統領に。
時高はきれいにアイロンがけされたハンカチを差し出した。
「これ、良かったらどうぞ……。」
黒い髪。黒い目。少し黄色みのある肌。……日本人。一瞬そのハンカチを撥ね付けようとした彼だが。時高の気遣うような眼差しを見てため息を吐き。眉間に皺をよせてハンカチをぶんどった。
「……ハンカチの柄は気に入った。」
「失礼な言い方ダ……敵が来タ!」
……ラザニアの声の数秒後。殺伐とした複数の足音が部屋の外に響く。
「皆564ダーーーー!」
プラチナ・シャーベットの暗殺者達は。マシンガンを乱射しながらドアを破って侵入。
その弾丸はラザニア達を守っていた銀の畳をぶち抜き。蜂の巣にした。
「……NON…」
大統領をかばうように立った金髪縦ロールの男は、チョッキを赤く染めて倒れた。
「エッフェルンさん大丈夫アルか!!」
龍の髪飾りの男とラザニアとペンネはトリコロールと大統領の前に立ち。
龍の髪飾りの男は龍の彫刻が刃身に施された巨大な槍、ラザニアは巨大な彫刻刀、ペンネは巨大な強化ガラスペンを扇風機のように一閃させ。弾丸を弾く。
一方。暗褐色の肌で象の帽子を被った男は。時高の前に立った。
「ダンスは大人が先に手本を見せるゾウ」
「ありがとうございます!」
巨大なシルバー象の盾を構えた彼の影に隠れた時高は兜の緒を解き。大統領の頭に載せた。
「これを装備す……」
「いらないよ! 猿めが!」
哀しみに引きつった時高の頭に兜を乗せて緒を締めると。大統領はマシンガンを構えて飛び出した。
「兄さんお先に……」
前に躍り出た大統領に暗殺者達の視線が向いた、その時だった。
「白龍の舞!」
背後から現れた白い龍が暗殺者達を纏めて締め上げ。
その人束の頭上でタコの大玉が銃声の直後に弾けた。
「ギャアアアアーメガー!」
唐辛子由来成分の真っ赤なシャワーを浴び。悶絶する暗殺者達。
しかし咄嗟に目を瞑った男が二人いた。彼らは龍の拘束力の弱い真ん中から抜け出て大統領を狙う。
「クソ……………ホアアアーーーーーーッ!」
突如天井から飛んできた手裏剣に、血が吹き出た肩を押さえる暗殺者。
飛び出したラザニアは彼の落とした銃を蹴飛ばすと。
片手でナイフを構えて突進した暗殺者を避け。後ろに回り込んで背中を彫刻刀でズバッと斬った。
そしてもう一人は。小柄で華奢な青年に幾何学模様の鞭で銃を叩き落とされ。
チャンス! と走り出たペンネのペンに刺された。
「……二人とも峰撃ちだヨ。安心しなサイ。……助太刀ありがトウ。貴方達ハ?」
白銀の龍のモチーフが付いた純白の甲冑に白い頭巾型の兜の、透き通るような白肌の美青年、
その後ろの足軽隊長用甲冑を来た足の長い少年、同じく足軽隊長用甲冑でがっしりとした坊主頭の青年、
幾何学模様のコートを着た小柄で華奢な青年、そして天井に張り付いた忍者装束の青年は。
よろよろと龍を抜け出てくる暗殺者達に手裏剣を投げつけながら自己紹介を始めた。
「正義の雪龍・上杉謙信! ……トリャーッ!」
「今川氏真でおじゃる……フジサーン!」
「我は杉谷善住坊……どぉーりぁ!」
「真田信繁がお前らの人生航……タァーッ!」
「忍者の滝川! 参上いたす! ……デリャーッ!」
その後。ラザニア達は肩や腕や太ももに刺さった手裏剣に悶絶する彼らの鳩尾をさらに殴るなどして戦闘不能にし。武器を奪って縛り上げた。
「……何故貴方達はこちらに来たんダ。幽斎サンから一時停戦の話は聞いたガ。」
裏日本で民間人の避難誘導をしていた上杉謙信(女性)の双子の兄でもう一人の上杉謙信は。
後から合流した丹羽親子の作ったお握りと、真田親子が作った味噌汁が目の前に置かれると。
会釈してから口を開いた。
「世界連合に駆けこんで欲しい、と信長殿に頼まれたのだが……。
潜水艦のレーダーの調子が悪くて遭難し、AREの大陸の方に来てしまった。
それを報告したら、それならそのままAREの大統領官邸に向かってくれと言われてな。
……世界連合に駆け込めと言われた時点で何かあったと思ったが、まさかこんなことになるとは……。
」
謙信が語るAREの海底日本侵略の顛末と兄の無事を知ってほのかに微笑む大統領。
彼はみんなと輪になって座っていた(取り囲まれていた)が。お握りと味噌汁を見て顔をしかめた。
「……日本の食べ物は食べない。この腐った色の汁なんて食べ物では無い! 虫唾が走る!!」
お腹が鳴りながらもそう主張する彼に。時高はポケットからチョコレートを出した。
「ベルキー製です。甘いですけど……。」
「あげなくていいデッス! 大人が子供に食べ物を集るなんてかっこ悪いデッス!」
「色を変えればいいんDESU……。」
ラザニアに治療されていたエッフェルンの一言ではっとした上杉は。
リュックからから「雪のお宿」と書かれたせんべい、を取り出して割って入れた。
このせんべいは表面が白い網目模様なのだ。これだけではまだ茶色が目につく、と思った彼は。
その上にホワイトチョコとホワイトマシュマロも入れた。
「White! White!」
真剣な顔で白いせんべいとマシュマロが浮いた、甘い香りの味噌汁を突き出す上杉の澄んだ目と、
周囲の視線に舌打ちをした大統領は。嫌々普通の味噌汁を啜った。
一方。遅れて入ってきた中年男は。暗殺者のリーダー格が持っていた携帯端末を満面の笑みで弄っていた。
「こんなわかりやすいパスワードなんて、アホだねーっ!」
「真田殿。」
「父さん、流石に……どうかしましたか?」
注意しようとする上杉と信繁だったが。普段と違う真田の様子に気が付いた。
普段冷静な彼の手が少しだけ震えたのだ。真田は思わず滝川を呼びよせて、携帯端末を見せた。
「これ……」
「『ミサイル』ですな。」
「だよねーっ!」
皆の視線を視線を集めた真田と滝川。滝川はARE語で書かれた文章を読み上げた。
『僕の美しいマヤ……さようなら…海底日本は二時間後にミサイルが落ちて滅びるよ。
僕のさり気ないメッセージに何故君は気が付いてくれないんだ…僕の立場上表だって言えないんだよ……愛しています。』
未送信メールに入っていたそのメッセージは、一時間二十分前のもの。つまり。
「あと四十分で海底日本にミサイルが落ちるのか!!!」
「直通電話を掛けるから誰か出てくれ…私では切られてしまう…」
「承知した!」
震える手で受話器を渡す大統領。それを上杉はしっかり掴む。
一方、エッフェルンは怪我の痛みに顔をしかめながら尋ねた。
「……マドモアゼル・マヤの画像は……ぜひ…一目…」
上杉謙信の兜の所有者の男が、ARE大統領宅でARE軍の海底日本侵攻の話をしていた頃。
彼の双子の妹でもう一人の上杉謙信の兜の所有者の若い女性は。信長からの電話を受けていた。
「……畏まりました。ではこのまま避難誘導を続けます。」
『頼んだぞ、謙信殿。』
潜水艦搭載の直通電話を切った謙信は、数十秒だけ瞳を閉じて考え込んでいた。
敵を防ぐためのバリアが未だに発動しないということは、AREの援軍が来た場合はもう終わりである。
それなら、全ての潜水艦を完璧に逃がしきらなくてはいけない。
彼女は長い睫に縁どられた瞼をパッとあげると。凛として言った。
「……慶次。貴方に景勝と直江、そしてここの指揮を任せます。」
「どこへお行きですか。」
「パトロール。ちょっと周囲をミニ潜水艦で周るだけ。直ぐに帰ってくるから。」
「本当に?」
慶次は少し悲しそうな顔でため息を吐いた。それを見た謙信は彼の目を見ないようにして言った。
「……逃げ遅れた潜水艦がある。しかも、小さな子が乗った……。」
「僭越ながら。そういう事は部下にさせるべきです。殿が居なくなったら皆が混乱します。
ここで指揮を執るのが殿の役目です。私にお任せ下さい。」
「私はリーダーだからこそ、危険な任務を率先してやるべきだと思っている。
それに戦艦の指揮は貴方の方が上手い。だから……直江? 何?」
「背中に虫が付いてますよー! 直江が今取りますから。」
「えっ! 早くとって!」
彼女の背後から近づいた直江はそう言うと、慶次の方を再び向いた彼女の口にクロロホルムをしみこませたハンカチをかがせて気絶させ。
慶次とともに、謙信の友人の女医と景勝がいる医務室の個室に担ぎ入れた。
「喜多先生、数分後に起きると思いますので、どうかよろしくお願いします。」
「かしこまりました。皆様もどうかご無事で……。」
茶色いポニーテールの女医は涙を湛えた目で頷くと、部屋から走り出た三人の無事を祈った。
―――一方その頃。
「本当に緊急事態ということなんですね……。」
「そうだな……。」
病院で目が覚めた後。そこに入院していた一般市民をドームから出す避難誘導をしていた前田と柴田。彼らはやっと取れた小休憩中にポロリと呟いた。
専門外の幽斎でさえ、そこそこ知識があるというだけで本部への説明係等に駆り出されていることに、
二人は事態の重さを感じ取っていたのである。
「……信長様、お体の具合が……。」
「しっ。何かをお考え中だ。」
思わず口に手を当てた前田と、柴田が見守る視線の先の信長は。
無言で休憩室に入ってテーブルに肘を付き。頭を抱えて目を閉じている。
……信長は数分前の幽斎の言葉を反芻していた。
『バリアが未だに治りません。ARE軍の援軍が来てしまう事態も考えて、国民の皆様には国外に避難していただきましょう。』
海底日本のドームの外側には。
様々な物質や紫外線等の衝撃を吸収して和らげる、マリンアクアマテリアルを主素材とするゼリー状のドーム『アクアクッションドーム』がある。
さらにその外側を、徐福の土DXが主素材のドーム『プリズムマテリアルドーム』が覆っていた。
このドームは、透明で屈折率が高い素材にダイヤモンドのような複雑なカットを施したもの。
宝石のようなこのドームは、海底にある特殊な青いライトを外側から浴びると、
中で乱反射して青いライトの波長を変え。様々な機械(ミサイル、敵戦艦等)を狂わせる光を放つのだ。
ちなみにその光はマリンハイパーアクアマテリアルに吸収されるので、ドーム内には悪影響はない。
普段、プリズムマテリアムドームは海に降り注ぐ僅かな太陽光や、
海底に埋め込まれた赤いライトを増幅して海底日本のエネルギーを作ることに使われていた。
しかも敵が攻めてくる事態も殆ど無かったので、青いライトの点灯作業を経験したものは居ないのだ。
今回AREの侵入を簡単に許してしまったのは、そのせいもあった。
そして幽斎が言うには。青いライトを発生する装置の調子がおかしいという。
心労の塊のような重い息を吐く信長のもとへ。緊急情報が伝えられた。
走り出す信長、それについていく前田、柴田。
「……謙信殿? …………成程…。」
真っ青な顔を見せないように、誰も居ない方向を向いた信長は。
電話を切ると拳をぎゅっと握りしめた。
「あと三十八分か……こんな時に! ……慶次殿か。」
慶次のファッションショーが好きな信長は。ちょっとだけイライラをひっこめて慶次の電話を取った。
「あと三十七分くらいでこっちにミサイルが落ちるから手短に。………わかった。私もそれでいいと思う。慶次殿達も謙信殿と避難してくれ……え? ……そうか……。
慶次殿と、景勝殿と、直江殿の愛国心に感謝する。」
信長は電話を持っていない方の手で三人に敬礼すると。
すぐに信玄達とともに足軽達に矢継ぎ早に指示を飛ばし。家康は緊急放送を流した。
「あと三十一分でミサイルが落ちるので、急いで都道府県県庁地下にある潜水艦に乗るか、
それが無理なら地下シェルターに走ってください。繰り返します……」
普段通りの顔をなんとか作る家康だが。放送に映らない背中にはスコールを浴びた程の汗を掻いていた。
……真田と滝川があの後大統領官邸のPC他でハッキングして入手したデータによると。
ミサイルは最新型で、頑丈なドームすらをぶち抜く破壊力があるかもしれない、
ということを放送の直前に聞いたからである。
あーあ、俺も避難したいよ…こんなことならもっと合コンに行けばよかった…と心の隅で思いつつも。
責任感が強い彼は、いつもと同じく人を安心させる顔を作って、役目を全うするのだった。
ーーその一報を。行也達は軍の病院の待合室で聞いた。
先程の戦いで出た怪我人の避難を手伝おうとする皆。黒田はそれを数人以外止め。幽斎に電話した。
「行人とラーシャと実季と小早川殿は怪我人の手伝いに行ってくれ! 他のやつは待て!
ワシにとっておきの策がある! ……もしもし。潜水艦の手配を頼む。ワシには青いライトを照らす方法がある。………。わかった。では大通り公園の地下に行けばいいんじゃな。」
電話を切った黒田は。行人達も残っていることが計算外だったが。
とりあえず急いで病院を出て大通り公園に向かうように言った。
運のいいことに大通り公園は病院のすぐ前。
そこで幽斎と合流した彼らは、幽斎がカギで開けたマンホールから地下に降り。
そこにあった潜水艦に乗った。
「あと十九分か……行人と…」
「未成年のボク達と軍師の小早川サンだけは逃す気なんデショウ!
軍師ならそろそろバレバレだって学習してクダサイ。」
「黒田殿、家康様の雰囲気から見ると、地下に避難しても恐らく助かりません。何となくですが。」
黒田は空色に塗られた高い天井を見上げてため息を吐くと、急いで潜水艦に乗り込んだ。
幽斎がリモコンを押すと。ベルトコンベアーは銀色の潜水艦を粛々と運びだした。
少しして。黒田は時計を見ながら幽斎に訪ねる。
「あと何分じゃ?」
「あと八分です。ミサイル到達予測時刻の八分前に着きます。」
「そうか。じゃあこれからの作業の説明をする。」
「利安さん、太兵衛さん?」
目に涙を溜めて唇を震わせる彼らを心配そうに見つめる行也に。母里は鼻声で静かに言った。
「殿の話を、耳をかっぽじって良く聞け。二度と聞けねぇぞ。………待て!」
行也は真っ青な顔で黒田に近寄り、思わず肩を掴んだ。
「もう無理しないで下さい! 一〇八計をこれ以上使わないで下さい! 体がもたないです!」
「時間が無いんじゃ! 利安! 太兵衛!」
行也は二人に取り押さえられ。黒田は二人にいつもごめんな、と目で言うと。言葉を続けた。
「青いライトの機械の前で、ワシが一〇八計で除夜の鐘になる。
全員でその赤い鐘を一〇八回くらい連打してくれ。
それで駄目だったら潜水艦の中に入って今来た道を戻れ。それだけじゃ。簡単じゃろ。」
「除夜の鐘になるってどういうことですか? まさか……」
それ以上の言葉が、怖くて言えない行也。涙があふれ出す栗山と母里。
息を呑む皆。黒田は淡々と言った。
「大友殿と違って皆に叩いてもらわなきゃいけないんじゃ。面倒くさいじゃろうがよろしくな。
あ、先に言っておくが、この技はワシしか使えない。博士の思いを託された最後の兜のワシだけがな。
もし行也が黒田の兜をぶっ壊さなくても、どっちみちワシが一〇八計を使わなきゃ駄目なんじゃ。」
「…嫌です……」
泣き崩れた行也、口々に別の方法は…と呟く皆へ。黒田は明るく闊達な笑顔で言った。
「無いんじゃよ。それに前に言ったじゃろ。
自分の身体中の血管や神経に情報や思考を巡らせ、
自分の細胞ぜーんぶ使いこなして困難を打開する道を考えるのが生き甲斐じゃと!
……利安、太兵衛。いつもこき使って悪かったな。
優秀なお前達に見合った給料も払えなかった。これからは小早川殿の指示に従ってくれ。」
「…俺の殿は…殿だけだ……」
涙が目から噴き出す母里、そして頬を伝う涙を一生懸命拭う栗山の肩を、黒田は優しく叩いた。
「じゃあ殿と呼ばなくていいから、なにかあった時は小早川殿の指示に従ってくれ。
小早川殿はワシより慎重で失敗が無いし、人望があるし、よっぽど頼りになる。」
「官兵衛殿。それは違います。」
小早川は前に進み出ると。水を湛えた目で言った。
「貴方の方が、いつも物事の判断が的確で速かった。貴方の方が周りの皆を盛り立てたり、意見を引き出すのが上手かった。貴方の…」
嗚咽を漏らしそうになった小早川だが…。黒田の少し揺らいで潤む目を見て。
目を擦り、背をぴっと伸ばした。
「……これからは、秀才軍師の小早川にお任せ下さい。」
涙の張り付いた強張る笑顔を造り。詰まった声でそう言う小早川に。黒田は目でありがとう、と呟き。笑顔で彼の手を握った。
「そこは『超天才軍師』じゃろ! 隆景殿、頼むぞ! ……行也、行人。」
息が出来ないほど激しく泣き続ける兄弟の頬を。黒田は平手打ちした。
「ちゃんと聞け! …あーもう、みっともない顔じゃの!」
目も鼻も真っ赤にして自分を見上げる兄弟の顔を、黒田はハンカチでガシガシ拭くと。
ペタン、と座り込んだ兄弟に合わせ、片膝立ちで言った。
「全くいっつもいっつもビービーギャーギャー泣きわめいて頼りない! しっかりしなさい!
行也はすぐ人に騙されるから、情に縛られないで、冷静に判断しなさい。
そうじゃないと、行人も被害を受けるし、いつかお前が結婚した時に家族を路頭に迷わせることになる。
行人は、もうわかっていると思うが。かーっとなると何かをしでかすところと、
ワシも人の事は言えないが、物事をズケズケ言うところを治しなさい。
……でも、ワシはいつも一生懸命で真っ直ぐなお前達が大好きじゃ!
今まで本当にありがとな!」
がしがしっと二人の頭を撫でた彼は。皆の顔を一人一人見て言った。
「最初は慈悲深い天才軍師のワシがいないとダメな集団じゃと思っていたが、今は一人一人が最高のメンバーじゃと思う! 全員最高じゃ! ありがとな!」
「さっきは…本当に…ひどい…こと…を……」
「友樹はしつこいのう! 誰かの為に怒る奴じゃから、気が弱い癖に太兵衛の睨みにもひかない奴じゃから、誰かのために頑張れるお前じゃから、ワシは最高じゃと言ったんじゃ! 忘れるなよ!
……細川殿?」
細川は泣きながら、黒田を見つめた。
「俺は…一生……黒田殿の無神経な発言を忘れてやらないッ! 普段偉そうなくせにぬけている所も忘れてやらないッ! ずっと……ずと…」
「細川殿……」
皆の涙に黒田は上を向いて目頭を押さえ、幽斎を見た。
「……何でお主まで泣くんじゃ! …そろそろつくか?」
「はい……。」
少しして潜水艦から下りると。目の前には赤いメタリックの巨大な円柱があり。
円柱に埋め込まれた液晶画面の前には、数人の科学者達がいた。
「避難を…」
思わずそう言う行也に。科学者達は首を振った。
「私達にも出来ることがあれば……。」
「じゃあ、手袋をするか手を温めて手伝ってくれ! 酷い冷え性の人は数を数えてくれ!
……戦国一〇八計・除夜の鐘。」
「黒田せんせい!!!!」
行也が反射的に伸ばした手が触れたのは。赤い金属となった黒田であった。
大きな白い樹にぶら下がる赤い巨大な鐘を見て茫然とする皆を、小早川は鼻声で怒鳴った。
「官兵衛殿を犬死させる気ですか!」
はっとした皆は。そばに落ちていた巨大な丸太を持ち上げ、無我夢中で叩き続けた。
酷い冷え性の男は、その数を数える。
「あと十回!」
一〇一、一〇二、一〇三、一〇四、一〇五、一〇六、一〇七……一〇八回。
赤い鐘は椿のように散り。赤い円柱は燃える様に輝き出す。数を数えていた男は円柱に走って液晶画面を見た。
「ROOK解除!」
それを聞いた幽斎は自分のPCに潜水艦カメラで撮影中のドームの様子を映した。
行也、行人、母里、栗山が赤い破片を見つめる横で。
皆は電波状況が悪くぼやけたその画面を食い入るように見つめた。
そこに移った透明な宝石は青く輝きだす。
「後はこの青い光に懸けるしかありません……」
皆は目を閉じて祈った。
赤い破片となった黒田は、皆に「たからもの」を残す。
次回、最終話「百年待ってる人がいる」




