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戦国DNA  作者: 花屋青
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雪山で遭いましょう

降伏の使者として裏日本に行ったものの、宿泊先の旅館で正体がバレてしまった行也達。彼らは一旦冬山に逃亡し、善後策を練ることに。

一方、行人達は裏日本の入口がある学校へ向かう。

そんな行人達はまだ知らない。行也達が交渉どころではない状態に陥っているということを。

山に立つ蒲生の旅館からさらに緑深い山奥に逃亡した行也達。

 そこには先客が居た。白い雪景色の中、ちらほら立つカラフルなテント。

「ま、まさか裏日本軍…いや、まだここまでは包囲網は広がっていないか。

一応広範囲煙幕で姿をくらませて逃亡したし、ワシらは後ろを確認しながら最短ルートを走ってきたが、追っかけてきた気配もなかったしな。怖いのは車で先回りされることじゃが…ワシらが通った道が唯一の車道だったのに、車には遭遇しなかったしな。」

 少し顔をピクっとさせて小さな小さな声でぶつぶつ言う黒田に、小早川は頷いた。

「私もテントは一般の方々だと思います。ですが、念のため彼らから離れた場所にしましょう。」

 行也達は色とりどりのドームやテトラパックから離れた場所で高橋籠城ハウスを組み立て、

 そこで野宿することにした。

 行也はその外で、神崎と共にエアガンを持って折り畳み椅子に座っている。見張りのためだ。

 雪が粉チーズのようにさらさら舞い落ちる中。どこかぼうっと遠くの白い景色を見つめる行也に、神崎は声をかけた。

「結果的にケガ人は出なかったから良かったが……。 お前があんな手荒な真似をするなんて珍しいな。あまり慣れないことをするもんじゃねえぞ。」

「多少は手荒な真似をしないと舐められてしまいます。それに彼は軍人です。

殴られるくらい平気でしょう。」

 行也はそう低く呟くと、暗い顔でエアガンをぎゅっと握りしめた。

「お前……どうしたんだ……。」

 予想外の言葉を聞いた神崎は、目を見開いて行也を見るが。

 行也はそんな彼には視線をくれず、白い衣を纏った木々と葉の屋根の隙間から星空を見上げた。

「俺は甘かったんです。みっちゃんが森に人質にされた時点で、彼らは手段を選ばないと気が付くべきだったのに。

 兜が盗難にあったら下手をすれば切腹とかいう話を聞いて、酷いと思いつつも彼らも必死だったのかな、とか考えてしまった。でもそれは間違いでした。敵は敵です。立場を慮っている場合ではなかったんです。」

「おおおお前何があったんだよ! わりと平和主義者のお前が!」

 神崎は銃を取り落とし、思わず行也を揺すった。

 行也はそんな彼から目線をそらし、俯いた。

「……目の前で沈んでいった友樹さんの無理に作った笑顔が、泣き崩れる友樹さんのお母様の姿が…そんなお母様をなんとか支えようとする芳樹さんが……友樹さんから貰ったという髪留めを撫でて泣きそうなヨッシーさんが……頭から離れないんです……。自分の無力さが悔しい……。

 俺がもし、もっと泳ぎが速かったら……頭が良かったら…助けられたかもしれないのに……こんなことを考えてはいけないけど……もしあの老夫婦を見捨てていれば助けられたかもしれない…って考えてしまいます……。」

「何てこ……」

 行也の声と銃を持つ手は震えていた。苦しそうな彼を見て言葉を飲む神崎。

そんな彼の飲み込んだ言葉を吐き出す男が現れた。

「か弱い老人を見捨てればよかったなんて…そんな残酷なことを言うな! お前らしくない!」

 少し離れた場所で一部始終を聞いていた光紀は、両手に持ったミルキーブラウン色のタンブラーをガタガタさせながら行也の元へ走る。

「危ない!」

「溢したら火傷するぞ!」

 咄嗟に手を伸ばした二人の手にタンブラーを渡すと。光紀は潤んだ目で行也を睨み、詰め寄った。

「小学校の頃から老人や杖をついた人にはいつも席を譲ったり探して……御礼を言われない時もへらへらしていたお前が……余計なお世話だと怒鳴られてもめげなかったお前が……足を挫いた老人や私を背負って歩くことがあったお前が……何故寒空に放り出したら確実に死ぬ老夫婦を見捨てればよかったとなど言うのだ……。

何故……。」

「み、みっちゃん……。」

 光紀は自分の顔を両手で覆って泣きじゃくる。行也はあたふたしながら、そんな彼の帽子と肩の雪を払う。一方神崎は体を痙攣させて泣く光紀を自分の椅子に座らせ、彼の言葉を冷静に引き取った。 

「……俺もそう思う。一体何があったんだ? あの夫婦に何を言われたんだ? 

 大友や隆信の失礼な態度に耐えていた島津まで、あの老夫婦には怒り心頭だったしな。

 言いにくいだろうが言ってくれ。俺は友人として、なんでお前がそんなとんでもないことを言い出すのか知りたいし、心配だ。」

「私は……お前が話してくれるまで……ずっと……ここにいる……。」

 行也は暴言を吐いた自分を逆に心配してくれる二人を見て、八の字眉で重い口を開いた。

 絞り出すように、ゆっくりと。

「俺と島津さんが仲間を助けないといけないからすぐに戻りたい、ネックレスは後日きちんと探す、と言っているのに……今すぐダイヤのネックレスを探せと怒鳴られました。

 確かに彼らが溺れたのはこちらのせいです。怒るのもわかりますし、ネックレスを探す義務もあると思います。……でも……あの人達が人の命より金品のことに気を取られているのが…許せなくて……。悲しくて……。そんな彼らを助けている間にあんなことになってしまったなら……って……。」

 彼の心の中で。奄美大島で黒田が言った『優先順位』と、困っている人みんなを助けたい気持ち、

その他色々なものが混ざり合う。

そしてその塩辛い思いはボタボタと雪の絨毯に落ち、沈んでいく。

 それと反比例して涙が引いた光紀は、冷静に行也を諭した。

「結論から言おう。お前が老夫婦を助けずにあの場に居たとしても、友樹さんは助けられなかった。

 全員で引っ張る力よりも下へ沈んでいく力の方が遥かに強かったからだ。もし一人や二人の力が追加されても焼け石に水だった。敵には余裕もあったしな。

 あれは私達を一気に生け捕る為の罠だったのだ。

だからもう、自分を責めるのも、後悔するのも……やめて欲しい。」

「………。」

 俺の気持ちを軽くするためにそう言ってくれるのかな? それとも本当にそうだったんだろうか……と目に疑問を写す行也。そんな彼に光紀は表情を変えずに言った。

「私は気休めは言わない主義だ。それはお前がよく知っているだろう?」

「……うん。」

 行也は素直に頷くと、涙を拭いて二人を見た。

「神崎さん、みっちゃん。心配をかけてすみません。……友樹さんのことは、責任があることを忘れちゃいけないけれど……これからは後悔するよりどうしたらいいかを考えたいと思います。

 あの夫婦も……すごく大事なものだったからあそこまで必死だったのかもしれません。

 元々こちらのせいで溺れさせてしまったのだし……濡れたことに関しては文句は仰っていませんでしたから……。」

 行也の口調は少々元気がないことを覗けばいつも通り。しかし目の奥がどこか暗い。少し違和感を感じた神崎、光紀は緊迫した面持ちで行也を注視した。

 そんな二人に行也はおっとりと続ける。

「でも敵は許せません。

シージャックして一般人を人質に取ったり、人の情を逆手に取るやり方は卑劣です。

 もちろんもともとはこちらが悪いのですから謝罪はするべきです。

でも相手が戦う気なら……どんな手を使っても勝たないといけません。」

「どんな手も……って……。」

「どんな手も…です……。」

 その後もぶつぶつ呟く彼に、神崎も光紀も言葉を失った。


――翌朝。交替で数時間眠った行也だが。彼にしては珍しく疲労感が抜けず、汗ぐったりで目を覚ました。

「おはようございます。」

 目のあたりがちょっと痒いしなんか疲れたなぁ、と思いながら布団を折りたたむ彼を、

隣に居た龍造寺はギロリと睨んだ。

「……お前…寝言が煩すぎる……蒲生蒲生煩い……。」

「す、すみませんでした。俺、そんなに大声で寝言を言っていたのですか……。」

 神崎は行也の蒲団を蹴飛ばす龍造寺を宥めると、欠伸を噛み殺して言った。

「蒲生さん卑怯なことをしてごめんなさいって泣き出すから起こそうとしたんだが、

起こしてもすぐ眠ってまた寝言を言うしな……。事情が事情とはいえ、

隆信が怒るのもまぁ仕方ない。お前、本当は後悔してるんだろ。」

「……。」

 何も言わずに下を向く彼に、龍造寺は吐き捨てるように言った。

「…後悔するくらいならするな…愚か者!

 ……お前は自分が殴りたいから殴った。ただそれだけのことだ。

 そのことに人のためだとか人がこうだったとかかごちゃごちゃ理由をつけるでない……

そもそも前から思っていたが…俺のせい俺のせいと連発して鬱陶しい!

 お前は自分次第で……自分一人で何もかもコントロールできると思っているのか……

お前は自分のことばかり考えている傲慢な人間だ! 本当に不愉快な奴だ!」

「隆信! 言い過ぎだ!」

「……いえ…言い過ぎではないです……。」

 行也の顔と言葉の語尾は霞のように儚く弱々しい。神崎は少し顔を曇らせて彼の背中をバシッと叩いた。

「あんまり思いつめんなよ。確かに昨日話してくれたお前の考えは口に出すべきじゃない。

でもお前が思う程には鬼畜でもねぇぞ。切羽詰まれば誰だって優先したい人がいる。

 ……おい隆信! 他の人の分も食うんじゃねえぞ!」

 行也達に背を向けて食糧がある部屋へと走り出す龍造寺。そしてそれを追う神崎。

 一方、行也は下を向いたまま、龍造寺の言葉を反芻した。


……数十秒後。

「龍造寺さんの仰る通りだ……。」

 行也は今までの行動を思い起こした。

自分では人のために行動しているつもりが、逆効果だったことや、

単に相手に流されているだけのこともあったこと。

そしてそういうとき、反省する気持ちのほかに『○○のためだった』と自分の行動を正当化したくなる気持ちもあったことを。

「前に真田さ…真田も仰ってたけど……確かに自分一人の動きで物事が大きく動く、と考えるのは思い上がりかもしれない……。

 これからの生き方を考え直した方がいいかな……敵からみん……いや、自分のために倒してから……。」

 彼は誰も居ない部屋で心の中身を整理するように呟いた。


――しばらくして。行也達は雪がやんだので野外で朝御飯を食べ始めた。

その最中、黒田はパン! と手を叩くと口を開いた。

「これからどうするかじゃが。まず友樹をさっさと見つける。で、龍造寺殿のアヒ……潜水艦で北海合衆国に亡命するぞ!

 やっぱり恨みを買っている裏日本と交渉は(行也が人質をとってさらに心象が悪くなったし)難しいからのぅ。友樹を取り戻して北海合衆国に亡命し、そこで講話の仲立ちをしてもらうぞ!」

「そんなことができるのか?」

 皆の心の声を代弁した神崎の問いに、小早川が答える。

「行也殿のご友人の桜井さんが、北海合衆国の内閣官房長官の近所に住んでいるだそうです。

 昨晩行也殿が桜井殿に電話をなさった時、運良く忘年会の最中で、官房長官と代わっていただけました。どうやら向うも海洋汚染を引き起こす今の内閣に腹が立っているようですね。

二つ返事で面会して下さることになりました。」

「……確かにここまでこじれちゃったら、中立的な第三国に仲介頼をむしかないよねー。」

 あっさり受け入れたヨッシー。しかし彼女以外、思いがけない予定変更にざわめきだす。

「でも僕達が亡命したら、残った行人君達に手を出されたりしないですか?

 いくら神社でも匿い続けるのは厳しいんじゃ……。」

「…もしかしたら俺達の居場所を白状させるために、海殿達を……。」

 不安そうな田中と長宗我部達を安心させるように春彦と黒田は口を開いた。

「そりゃぁ大丈夫じゃ。ああ見えても吉之助叔父上は(普通の人から危険な人まで)顔が利くし、

政府も宗教関連の施設にゃぁ手を出せんはずじゃけぇね。」

「ラザニア殿もまぁ命だけは助けてくれるじゃろ。最後に会った時に、何かあったらせめて未成年の命だけでも助けてくれと頼んでおいたしな。」

「……使えそうなコネを何故今まで使わなかった……。」

 先程と同じ鋭い視線を行也に向ける龍造寺。行也はその眼差しを受け止めて答えた。

「申し訳ありません。言い訳になりますが、もともと友人は政治家嫌いなのでコネがあるとは思いませんでしたし、彼はここ数ヶ月外国に行っていて連絡が取れませんでした。」

 行也の友人・桜井は映画の大道具係として、ここ三ヶ月程海外に行っていたのである。

「とにかく! 朝食を食べ次第友樹探索を始めるぞ!」

 黒田はそう言うと、真空パックのチョコマーブルパンを早食いした。


――朝御飯を食べ終わった彼らは急いで籠城ハウスを畳む。そして行也と神崎は栗山と母里から兜を渡され、戦国工作兵に変身した。

「レスキューレスキュー栗山利安!」

「レスキューレスキュー母里太兵衛!」

 水牛の兜、灰色の和風の甲冑に身を包んだ二人は。声をそろえて明後日の方向を刺す。

「大沢友樹、ロックオン!」

 神崎は金属光沢のある黒い陣羽織を脱いで、地面に広げて置き。行也は虹色に光る貝が柄に埋め込まれた長い槍を刃を上にして地面に差す。

「行也殿。まずその槍の柄に埋め込まれた殿の家紋を外してください。…そう。そこからコードを二本出して、青いコードの先端のクリップを神崎殿の陣羽織の端を挟んでください。」

 栗山は続いてヨッシーに指示を出す。

「大友殿。髪留めを外して、この赤いコードの先端のクリップに挟んでください。

大沢殿がサイフにつけていた根付と同じ素材なら、この『日本号アンテナ』が反応するはずです。

そっと挟めば髪留めに傷は出来ませんので、お願いします。」

 ヨッシーは銀色の二つの十字架が連なった髪留めを外し、そうっと挟む。すると。

「おお! 地図が出てきたぞ!」

 陣羽織はカーナビゲーション画面のようになり、地図が映る。その地図上では現在地が青、友樹の居ると思われる場所が赤く光る。 

 それを見た光紀は急いでルートなどを検索した。

「ここから二Km先にロープウエイ乗り場があります。それに乗ると約二十分で下山出来るそうです。

ロープウエイはコインを入れると動く方式で、二十四時間営業です。

 ちなみにこのさらさら山駅は無人駅で、終点の黒百合駅には駅員がいるそうです。

 この山は険しいのですが冬山として人気があるらしく、悪天候の日以外は登山客が多いようですね。」

「よし! 取り合えず二KM先にあるロープウエーに乗ってこの山を下山して、赤く光るこの場所を目指すゼ!」

 勢いよく手を突き上げる吉川に頷く行也達だったが。黒田と小早川は唸った。

「光紀。この山の登山ブログを検索してくれ。 ……おお早いのう。ありがとう。ちょっと借りるぞ。」

 黒田は光紀が検索した登山ブログを数件、すごい速さでチェックする。それを覗きこんでいた小早川も額に人差し指を当てて考え込む。そして顔を上げると口を開いた。

「時間が経つほど包囲が狭まるので、急ぐ必要はありますが……こんな朝早くにロープウエーで降りてくる客はかなり怪しまれるのでは?

 この山は冬の昼間に咲く冬姫草を見ながらゆっくり下山する登山家が多いので、朝早くロープウエーで下山する方は少ないようです。

 無人駅なら防犯カメラもあるでしょうし、そこに映ってしまう可能性もあります。 

 先程周囲を見たら一般の登山家テントもちらほらありましたし、彼らに紛れ、普通に歩いて下山したほうが目立たない気がします。 登山客なら帽子、サングラス、マフラーという顔が隠せる格好でも不自然ではありませんし。周りにも気がつかれないでしょう。」

「小早川殿の言う通りじゃな。それに裏日本の奴らはワシらを大胆、悪く言えば下調べをしない無謀な奴だと思っているはずじゃ。

 仲間を捕われたとはいえ、いきなり裏日本に侵入したし、フロントの従業員以外と顔を合わせにくいビジネスホテルなどではなく、従業員と接する機会が多くて面割れしやすい高級旅館に集団で泊まったりしたからな。

 しかもよりによって蒲生の旅館にじゃ。まぁこれは奴の顔写真も文章もサイトに無かったし、名前も本名で蒲生名義では無かったからのぅ。

 とにかく、アホとしか見えない行動をしているワシらがまさか登山客に紛れて下山という慎重な手を使うとは思わんじゃろ。

 まぁ常に誰かが見張るようにしていたから中身の籠城ハウスも見られていないし、どうみても冬山登山用の荷物には見えなかったはずじゃから、山方向へ逃げたとはバレていないかも知れないがな。

 もし登山道で検問をしたとしても、変装はもう一パターンあるから大丈夫じゃろ。体格はワシ、大友殿、立花殿がシークレットブーツを履けばいいからのぅ。

……それに何となく、ロープウエイは嫌な予感がするんじゃ。」

 黒田と小早川の言葉に納得した皆。各自仕度を始める。しかし。

「殿、お体が優れませぬか?」

「昨日負傷なされた箇所の周囲がかぶれていますが……痛みますか?」

「具合が悪いでありますか?」

 戸次、高橋、立花はヨッシーの手首に赤いかぶれがあり、食欲も無いことに気がついた。

「だ…大丈夫……。」

 心配そうに自分をじっと見つめるな三人にヨッシーは弱々しく答える。目を合わせた戸次達は涼太に借りた体温計でヨッシーに熱を測らせた。

「三十八℃!」

 元モモンガ達も、人間時の正常体温は人間と同じ三十六℃代。

 慌ててヨッシーにモモンガミルクを飲ませて、おでこに熱冷ましシートを貼る戸次達。

 騒ぎを聞き付けた行也達も集まり、ゲージの中で横たわる彼女を心配そうに見つめる。

そんな中。涼太はヨッシーの手の包帯を見てはっとした。

「……昨日、ヨッシーさんは手に怪我をしたようですが、アスファルトで切ったのですか?」

 その時手当てをした戸次と高橋は首を降った。

「いや、赤い木の枝だったはずだ。」

「確か葉の形が星形で日本では見ない種類の木でした。」

 なんとなく嫌な予感がした涼太は光紀に声をかけた。

「光紀君、さらさら山 木 毒で検索してくれる?」

 光紀が頷いて検索を始めたと同時に皆も携帯端末で診療所を探す。

直ぐに検索を終えた長宗我部はため息を吐いた。

「……この近くの診療所は閉鎖中だそうだ。」

 なんと、付近の診療所は医者がインフルエンザで閉鎖中。黒田もため息を吐く。

「本当じゃ……山頂にもあるが、下山した方が設備の良い病院がありそうじゃな。……光紀、まだか?」

 光紀は真っ白な顔でPC画面を指差した。彼は震える手をもう片手で必死に押さえつけ、動揺を隠そうとする。 その様子を見た皆はPCに殺到した。

「……見えぬ……何と書いてあるのだ……。」

 後ろでぴょんぴょん跳ねて覗き込もうとする龍造寺に、田中はヨッシーに聞こえないよう小さな声で答えた。

「……症状が出てから一時間半以内に血清を打たないと命に関わるそうです。」

「……!」

 黒田達は涼太と行也にヨッシーを任せると今後の相談を始めた。

「下山にはどれくらい時間が掛かるんじゃ?」

「……最短ルートでも登山上級者レベルで二時間半かかるようです。

 ロープウェイにするしかありませんね。それなら乗り場まで走って約八分程、乗車時間が約二十分なので三十分程で下山できますから。」

 戸次と高橋は目を合わせると、頷いた。

「集団行動を乱して悪いのだが、私と高橋殿と殿だけロープウェイで行かせていただく。」

「えー!」

 戸次の言葉に驚き目を見開く皆。立花は慌てて高橋の腕を引っ張った。

「立花も参るであります!」

「お前は駄目だ。」

「何でですか! 立花は父上達と戦って殿をお守りしたいであります! 父上達だけじゃ危ないであります!」

「そうっすよ! 三人じゃ危ないっす! 皆でロープウェイで行けばいいじゃないっすか!」

「もし敵が出たらわしが殿になりますけぇ!」

「俺も!」

 輝元、春彦、神崎、そして彼らの意見に同調する皆の訴えに、戸次と高橋は大きく首を振った。

「……ここは全滅を避けるために、我らは別行動をするべきだ。

 万が一ロープウェイを狙われたら逃げ場が無いのだぞ。

 我らは何のために来た? 我らのために命をかけてくれた友樹殿を取り戻すためにやって来たのだ。

 そして何よりも! 裏日本の人々と如何なる手段を用いても和解し、日本を守るという指名がある!

 城井殿、加藤殿の意思を無駄にはできぬ! それを果たさずして絶対に全滅だけはならぬのだ!」

 戸次の声は雷鳴のように低く激しく鳴り響き。眼差しは黒い布を切り裂くナイフのように強く光る。 絶対、という言葉よりも絶対な思いを身体中、空気中に発する戸次に、皆は何も言えなくなった。

 一方。高橋はその間にヨッシーのゲージをひょいと持ち上げた。ゲージの中のヨッシーは、粉雪のようにちいさなちいさな声で呟いた。

「ごめんね……たかはし…べっき…ヨッシーは…ぶしょうのくせに…まだ死にたくない……。」

「死なせません! しっかりして下さい!」

「しっかりして下され! 殿は友樹殿のご母堂との約束を果たさなければなりませぬ!」

「そうですよ!」

 戸次の言葉に、高橋の言葉に、皆の励ましに力なく頷くヨッシー。一部始終を聞いていた彼女は半開きの目で小刻みに震えつつも、声をなんとか絞り出した。

「べっきと…たかはしとヨッシーがロープウェイで……みんなは……めだたないようにべつこうどうで…ともちゃん……をたすけて…………おねがいします…」

 黒田は皆に頭を下げるヨッシーを見つめ、静かに頷く。そして全員で行こうと言い続ける皆に視線を移し、真剣な眼差しで口を開いた。

「しかし流石に二人ではきついから二〜三人。……いや、だから全員は無理じゃ!」

 自分が行く! とうるさい皆と時計を見てちょっと声をピリピリさせる黒田。そんな中、行也はずいっと前に出て戸次と高橋を真っ直ぐに見た。

「俺は一〇八計でお二人の足を速く出来ますし、ヨッシーさんを担いで走ることも出来ます。

戸次さんと高橋さんに頭脳労働を頼めますから、頭が悪い俺でも力になれると思います。」

「確かに速度が上がる一〇八計があるとありがたいが……。」

 目をあわせて唸る戸次と高橋。黒田は行也に優しく微笑んだ。

「……前よりも自分の出来ること、出来ないことが分かるようになったのぅ。

よし。お前に頼もう。今モモンガになるからワシを肩に乗せていけ!」

「先生は危ないです!」

「殿の代わりに私が……」

「いや俺が行く! 禁酒したしな!」

 黒田が口を開こうとした時。明智がそこに割り込んだ。

「明智が行く。狙撃手がいた方がよい。」

 ちょっと驚いた顔の皆。一方細川は明智を睨んで吐き捨てた。

「コイツは信頼出来ないッ! 土壇場で裏切る奴だッ! だったら俺が行く!」

「明智さんは裏切らないと思います。信長さんのような部下を追い詰める上司以外は。

見栄っ張りで腹黒い所もおありですが、基本的には真面目な小心者でいらっしゃるので。」

「ありがとう菊池殿。」

 感謝する気持ちと、一言余計だ想定外男! という少し腹立たしい気持ちで、複雑に微笑む明智。

 彼はとりあえず細川を無視して話を続けた。

「明智は大友殿にウィッグを戴いた。その恩を……」

「どうせ良からぬことを考えているのだろッ! 

 それか殿を勤めることで恩を売るつもりなんだろう!」

 言い過ぎだと皆が喉から言葉を出すのと同時に。明智は火山が爆発するが如く、今まで溜め込んでいた心マグマを噴射した。

「時間がないのに煩い呆け! ああそうだ! 恩を売りたいのだよ! 

もうお前に文句を言われたくないし疎外感や引け目から解放されたいのだ!

 それに今回は遠くから狙われた時のために狙撃手が居ないと困るであろうが! 合理的に考えろこのヒステリー芸術狂いめ!」

「ナンダトォーーアアー! お前には絶対任せられないッ!! 俺も絶対行かせてもらうからなッ!」

 皆に宥められても目が血走ったままの細川。 輝元が吉川の後ろに下がるほどの獰猛な雄叫びを発し、素振りを始める。黒田は頭を抱えつつロープウェイ乗り場方向を指差した。

「仕方ないのう! じゃあワシ、戸次殿、高橋殿、行也、明智殿、威嚇要員の細川殿の六人で行くぞ!

 利安。太兵衛。お前達は友樹探索と北海合衆国への説明要員として残れ。これは命令じゃ! 逆らったら永遠の暇を取らせるぞ!」

 困惑して涙目になる二人に、大丈夫、と微笑むと。黒田は小早川に目線を動かし、頭を下げた。

「……小早川殿。後は宜しく頼む。」

「畏まりました。お気を付けて。長篠公園で落ち合いましょう。」

 時計を見て走り出す行也達。あと一時間。

「待って下さい! 父上! ちちう……。」

 追いかけて来た立花を、高橋は鳩尾を殴って気絶させた。そして彼を追いかけて来た田中に立花を預け、武将ではなく父親の顔で田中に懇願した。

「田中殿。どうかこの子を宜しくお願い致します。」

「田中殿には最後までご迷惑をお掛けして本当に申し訳ない。預けていた封筒だが……。

これは後で開けてくだされ。」

 涙をぽたぽた落としてで頷く田中に、頭を下げる高橋と戸次。高橋は立花の頭をそっと撫でて、小さな声で言った。

「ごめんな。」

「それは帰ってきてから立花殿に言うっすよ! 立花殿はしっかりしているけどまだ小学生っす! 

それは忘れないで欲しいっすよ! 父親がいないってすごく寂しいことっすよ! だから絶対帰ってくるッすよ!」 

 何時の間にか追いかけていた輝元は遠ざかっていく二人の背中に涙目で叫んだ。

一瞬だけ立ち止まった戸次と高橋だが、首を振ってまた走り出す。

「輝元黙りなさい! お二人も辛いのです! ……戸次殿、高橋殿申し訳ありません。」

 輝元を殴って引き摺りながら、小早川は早世した兄を思い出していた。


――数分後。行也、黒田、明智、細川、戸次、高橋、ヨッシーは、ロープウェイ乗り場に着いた。

小早川の予想通り。防犯カメラが息の荒い彼らを見つめていた。

「ここに通貨を入れれば動くのだな。」

 戸次はロープウエイのコイン投入口に通貨を投入。ロープウエイはイラッシャイマセコインヲニンズウブンイレテネと無機質な声でしゃべり出し、すぐに乗るように促した。

 座席に座った黒田は先程検索した病院に予約を入れ、行也達は意識がもうろうとしているヨッシーに声をかける。重い雰囲気のロープウエイ内。あれだけ煩かった細川も黙る。

「エー、サッサナリマサハ……」

 そんな空気を読まずに淡々と佐々成政という武将の紹介を一方的に語るロープウエイ。

 皆はロープウエイがちょっとうるさいと思いつつも、空中に浮かぶ籠の窓を見つめた。

青い空に輝く太陽に照らされて、眼下の白雪の巨大なじゅうたんはほんのり光っている。

こんな状況でなければ空をゆったりドライブしている気分になれるほど、窓の外の見晴らしは清々しかった。十分程経っても白い絨毯に黒い点が浮かぶことはなく、少しづつ安心し始めた彼らだったが。

急にロープウエイはがたっと揺れた。

「何だ?」

 ふと窓を見た細川だったが、窓には雪景色しか映っていない。

席に着いた細川だったが明智に突き飛ばされ、床に転げ落ちた。

「何をす……敵ダアアア!!」

 突如細川の背後に現れた青いストック。それは細川の残像を串刺しにし、氷を砕くようにガラス窓に穴を開ける。冷たく赤いドライアイスの煙がその穴から吹き込むと同時に。冬山登山服のような甲冑お纏う青いストックの持ち主は、ロープウエイに張り付いたまま朗々と叫んだ。

「真紅の薔薇の情熱で 融かしてみせよう牡丹雪! 佐々成政・登山中!」

佐々や足軽達に取り囲まれる行也達。

戸次と高橋はヨッシー達を逃がすため、最終手段に出る。

次回「失って気が付くもの」

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