表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国DNA  作者: 花屋青
63/90

Give me 利権

「息子を政府から取り戻してくれた上、保護までしていただけるのですか……本当に……ありがとうございます!」

 戦国博士は携帯電話を持ったまま、受話器の向こうのイタリア人に正座して頭を下げた。

「はい……どうか宜しくお願いします。……ささやかですが謝礼と息子の生活費をお支払い……え! そういうわけには……。…………申し訳ありません。宜しくお願い致します。ただ、せめてお金は振り込ませ……かしこまりました。厚かましいですがどうか宜しくお願いします。」

 博士は携帯を切ると、へなへなと座った。

「時高は、行人君の友人のラーシャ君のお父様のラザニアさんのご友人が守ってくれるそうだ……。本当に……ラザニアさん達には感謝してもしきれない……。」

 横で泣いている、少しやつれた妻の肩を優しく叩き、博士は立ち上がった。

「黒田さんとの約束を守る時か。でも本当にこの薬がヤクザ受けするのか? 一応、いただいたセールスマニュアルは暗記したけどな……。なんですか? ペンネさん?」

「博士、お客様デアリマス! 

 後山っていう若い男と、その人の後ろにちょっと窶れた男がイマッス。コイツはただ者ではなさそうデスガ、何となくイイヤツオーラがあるので大丈夫デスネ。」

「先生が? 窶れた男と?」

 博士は首を捻りつつ、ラザニアが護衛に置いてきてくれたラザニアの弟子に見守られ、玄関に向かった。


――後山先生とその隣の窶れた男は、今までの事情と時高の安否を聞いて、ほっと長い息を吐いた。後山先生は、一年の二学期から編入してきた時高の担任だったのである。

「良かった。」

「本当に……本当に……良かった。」

「ありがとうございます。後山先生には本当に編入時からお世話になっております。

……ところで、この度のご用件は何でしょうか? あなたはどちら様で?」

 充血した目の窶れた男に視線を移す博士。

 その窶れた男は博士の目を見て自己紹介を始めた。

「私は、一九九九年の事件……キラン密造を隠すために、キラン工場の爆発で被害にあった東日本の人々を政府が殺そうとした事件の首謀者の孫です。

 この度は、私の祖父のせいで本当に申し訳ありませんでした。まだ高校生の少年をこんな恐ろしい目にあわせて……本当に申し訳ありません。」 

 驚いて口をぱっかり開けた博士に、彼は小さなプラスチックのキーホルダーを差し出した。

「これは、キラン採掘現場に侵入して調べたものです。厚かましくて申し訳ありませんが、どうかこれをラザニアさんに預けていただけませんか?

 後山君からラザニアさんの話を聞いて、本当はラザニアさんに直接お渡ししたかったのですが、もうイタリアに帰国なされたとのことなので……。 

 このデータがあれば祖父達やその息がかかった政府を追い詰めることが出来るはずです。どうかこれを人脈の広いラザニアさんに発表してもらいたいのです。日本のマスコミには潰されてしまうので……。

それに私はもう、追手から逃げ切れないかもしれません。」

「ま、まさか自分の孫に……。」

 絶句する博士に、後山先生はやりきれない顔で言った。

「先輩はご自身の祖父に、事実を明らかにして謝罪するよう何度も訴えて、勘当されてしまったんです。

 勤めていた新聞社にも手を回されて解雇されてしまいました。

 それに、こないだはマンションに放火されてしまったんです。

 世の中には色々な親や祖父がいます。俺自身も親に暴力を振るわれて搾取されて育ちました。高校で先輩に出会わなかったら親が異常なことにすら気が付かなかったと思います。

 今、担任している生徒達にも親のせいで苦労している子がいます。いい子達なのに……。」

 何も言えなくなった博士に、後山先生と佐藤さんは深く頭を下げた。

 特に佐藤さんはテーブルにこすりつけるほどに頭を下げる。

「もちろん命をかけてまでデータを守って欲しいとは思いません。万が一見つかってしまった場合は差し出してください。」

「へ? それでいいのですか? 俺はそういう脅しにのって差し出してしまう性格ですよ?」

 佐藤さんはその答えは想定済みであったのか、不満のなさそうな顔で即答した。

「はい。そういう場合は諦めます。

 ただ、本当に勝手ですが、見つからないという可能性に賭けたいのです。何となくですが、博士には最低限の『ツキ』はある気がするのです。それに賭けたい。」

「畏まりました。このデータを見せたい人がいますし、果たさないといけない約束があるのでイタリアのラザニアさんには直ぐには渡せませんが、生命を脅かされない限り、約束は果たします。

ところで貴方はこれからどうするのですか? 行く宛は……。」

 心配そうな博士の問いに後山先生が代わりに答える。

「俺の家にかくま……」

「大丈夫だ! 今までありがとう!」

 後山先生も博士も反応出来ないほどの速さで走り出した佐藤さんだが。ペンネに投げられたGペンのペン先手裏剣で壁に貼り付けられた。

「この人、不幸オーラのスクリーントーンが背景にべったりデッス。絶対死ぬ気デッス。」

「せ先輩! はやまらないでくださいよ! 一緒に邪馬台国を見つけようって約束したじゃないですか! 俺は九州説で先輩は畿内説だけど!」

「もう迷惑をかけまくっているけど……これ以上は迷惑をかけたくないんだよ! じいちゃんみたいに迷惑かけまくってまで生きたくない!」

 標本状態ですすり泣く佐藤さん。つられる後山先生とペンネ。博士はため息を吐いた。

「わかったよ! 乗り掛かった船だ! 佐藤さん、アンタは瑠璃島国に逃げろ! ペンネさん、フィレンツェさんを呼んでくれ! ペンネさんに佐藤さんを瑠璃島国、フィレンツェさんに妻をイタリアに送ってもらいたい!」

 

「ありがとうございます…でも…パスポート……ない……。」

「へっ? アンタお坊ちゃんだろ?」

「私は海外が苦手で……。だからいいです。日本で死ぬなら本望です…。」

 ペンネは黙って佐藤さんの鳩尾に一発食らわせ、気絶させた。

「せ先輩!」

「ペンネさん! どうした!?」

「グダグタ話が長いから話を打ちきりしたデッス! 少年ジャパンなら一週で打ちきりデッス!

とにかく任せてくださいデッス! 愛を込めて、パスポートを手作りするデッス!」

「……それってぎ……」

 二人の言葉にペンネはチッチッと人差し指をふった。

「去年からの制度、亡命パスポートなら、合法的に大丈夫デッス!」

 ペンネは自分の胸をドンと叩くと、微笑んだ。

「よし! じゃあ戦国博士に時高(博士の息子で行人の友人)のことを安心させてやって、

武器やアイテムをもらいに行くぜ!」

 笑顔で立ち上がった行人達に、また一人。声をかける者が居た。

「私も行くよ。」

 五人が部屋の入口を振り返ると。そこには白いシャツに黒い細身のジーンズを履いた、

背の高い男が立っていた。

「カキに当たってしまって寝込んでいたんだが……もう良くなったから私も一緒に行きたい。」

 広島と言えばカキ料理。涼太と実季の母の妙子は、食中毒の多いカキには特によく火を通して皆に出した。しかし、まれに十分に加熱済みのカキでも食あたりを起こす体質の人もいるのである。

「え、大丈夫なの? まだお腹痛くないの?」

 海の言葉に同意して、心配そうに高木を見る五人。

「もう大丈夫だ。ありがとう。うめえ棒一本貰っていいかな? 」

 輝が差し出した皿からうめえ棒を一本取って一礼すると。高木は包装を開いた。

そして取り出したうめえ棒をフェンシングのように構え、空気を刺す。

 うめえ棒はスカスカで脆い素材のはずなのに、高木が振り下ろしたり空気を貫くと、

それがだんだん五人の目にはコンクリートのように固い塊のように見えてきた。

「ほら、もう大丈夫。」

 素振りを終えてうめえ棒を食べる高木を、四人は不思議そうに見つめた。


――こうして、行人、ラーシャ、海、輝、実季、高木の六人は加賀家を出て、鹿児島へ向かうことにした。

「海ーーーーーーー!!」

 加賀家の玄関で。一時間前に海外出張から直行してきた海にそっくりの母・仁美と海の父・泉は海に、吉之助は輝と実季に縋り付いて泣いた。

それが落ち着いてから妙子は六人に紙の弁当箱を持たせた。彼女はこうなることがわかっていたのである。


「高木さん、昨日は本当にごめんなさい。今日はカキは入れてないわ。高木さんが好きな鶏肉の磯部揚げ、輝君と行人君が好きな焼肉、海君が好きなさんまのかば焼き、ラーシャ君の好きなアラビアータ、実季の好きなハンバーグがそれぞれの弁当にメインで入っているから。仁美さんと泉さんと三人で作ったの。新幹線で食べて。」

 彼女も目頭を押さえ、鼻声で続ける。

「……御馳走を作って待っているから。みんな、早く帰ってきてね。」

 潤む目で六人を見つめる吉之助と妙子と仁美と泉。

「必ず帰ってくるぜ!」

 六人は弁当箱をぎゅっと強く持ち、溢れてくる涙も拭わずに頭を下げた。


――数時間後。行也達が蒲生の宿に着いた頃。六人は鹿児島のターミナル駅に降り立った。

「ゴールド毛糸君! お父様とご友人の方にお礼を言っておいてくれ。……で、早速だが。トイレでこれを被って来い。」

 博士はラーシャに笑顔で一言話しかけると、すぐに行人と高木とラーシャに紙袋を押し付け、トイレに行かせた。

 トイレから帰ってきた行人の頭は地毛より黒いいくるくるパーマに伊達眼鏡、高木はポニーテール、ラーシャは茶髪の縦ロールにリボンという状態に。

「何で……」

 戦国博士は大きな声でしゃべろうとする行人の口を抑えると、小声で言った。

「驚いていいけど、デカイ声だすなよ。後山先生が知り合いのサツから聞いた話らしいが。

お前らはまだ団地の退室手続きをしてなかったろ? だからそこが狙われて、空き巣があったらしい。

で、高木さんも有名人だし、毛糸くんも目立つしな。」

 目をかっぴらく六人に、戦国博士は淡々と語る。

「念の為、大人しくしてたほうがいい。じゃ、神崎組に行くぞ!」

 博士はなぜか、神崎組の場所を知っていた。

 車を運転しながら、その理由を博士は笑顔で言った。

「あの人に合宿の日に合ってからずっと、某薬品の実験台になってもらってたんだよ。」

「某薬品って何ですか?」

 輝の問いに博士は口を開きかけたが、首を振った。

「とてもプライバシーにかかわることだから、まだ内緒だ。」

 しばらくして神崎組の宿舎に付くと。受付で博士は『神崎組パスポート』を見せた。

「十六時に面会を予約しました種田と申します。霧沢組長にお会いしたいのですが。」

「少々お待ちください。」

 受付の強面の男性は手元のノートPCで面会予定表をチェックすると、霧沢に電話を掛けた。

「今、ビニールハウスにおられるそうです。」

「ありがとうございました。」


――数分後。

「おおおイチゴがいっぱい! うまそー!」

 暖かいビニールハウスの中は緑の空間。その緑の中に、赤いイチゴがところどころ顔を出している。

 思わずイチゴに触る行人の手をラーシャは軽くはたき、真っ赤なイチゴをじっと見つめた。

「ハート型のもありマス。珍しい品種デスネ。」

 一方、輝は目を閉じて匂いを嗅いだ。

「いい匂いがするね。」

 実季も、サネスエ君人形をイチゴに近づけて微笑んだ。

「ホントウダ! イイニオイダネ。トコロデボクタチはキリサワサンヲサガサナクテヨイノカイ?」

「……あっちにいるよ! ……霧沢さん!」

 海は、イチゴ柄の麦わら帽子を被った霧沢に手を振った。


……応接室に通され、長いソファーに一列に座る七人。霧沢も彼らにイチゴと牛乳とコーヒーを出すと、ソファーに座った。

 イチゴを潰しながら牛乳とコーヒーを入れる霧沢に、博士は身を乗り出して話しかけた。

「……というわけで、霧沢さんの力を借りたい。戦士としてもヤクザとしても。

何とか棘組の組長に、キラン製造から手を引くよう言ってくれ。

裏日本がどうこうだけじゃなくてアレはヤバイ。海が余計汚染されちまう。

 あと、一九九九年の事件の首謀者の議員たちのバックに付くのもやめるように言ってくれないか。

 黒田さんから聞いたが、新しい利権があればいいんだろ? それはもうあるじゃないか。

霧沢さんが身を持って効果を証明したあの薬の利権が。

それにもう一つよい薬を開発した。これは俺の科学者の友人達数人が効果を証明した。

もちろん俺も開発責任者として同行する。頼む。」

 頭を下げる博士。行人達もそれに続く。

「…どうして急に、貴方はそちら側へ? ご子息の安全が確保されたからですか?」

 霧沢の疑問に、博士は雲が消えた空のような表情で答えた。

「そうだ。妻も一緒に避難させたしな。それに時…息子に言われた。『行人達を助けて欲しい』と。

声だけで表情がわかるくらい必死にな。

 高校一年の時に転校したくなる程胸糞悪い思いをして以来、あまり他人に心を開かなかったアイツだが……行人君達を大切に思っていることは本当は知ってたんだ。うちは朝御飯だけはなるべく全員で食べるようにしていたんだが、しょっちゅう嬉しそうに話をしてたからな。俺は行人君達までは守ってやれないからなるべくそのことを思い出さないようにしていたんだが……昨日着た電話で思い知らされた。そんな子供の気持ちを無碍にできないだろ。……今回拉致されそうになったのも、こっそり日本に帰ろうとして皆を撒いたせいだったとラザニアさんから聞いて…もう腹をくくった。それに幾ら海外に逃げても、日本がこれ以上海を汚染させたり、その他にもどうにかなっちまったら迫害されるかもしれないしな。」 霧沢は精密機器のような冷徹な目で博士を見る。

「…もう一押し、何かありませんか?

 その二つだけでは棘組は方針転換しないでしょう。 棘組が政府のキラン製造に協力して得られる利益は、その取引によるものだけではありません。

棘組から借金をしている人々を送り込み紹介料を貰う、という人件費でも儲けることができるのです。」

「じ、人身売買!」

 思わず大声を出す五人。火山のように憤りを吹き出しそうな五人を制すると、博士は小さなプラスチックのキーホルダーを四つ出した。

「この緑色の二つは俺が開発した薬のデータ。黄色は黒田さんから託されたもので、栗山君と母里君が裏日本に出発する直前まで調べていたものだ。そして……青は後山先生の先輩から託されたものだ。

……特にこの青いやつは、真実を追及するために親から勘当され、命も狙われた青年の魂が籠っている。

 彼はこれを調べた後に命を狙われて、昔の沖縄……今の瑠璃島国に亡命することになっちまったんだ。」

「後山先生の先輩って、確か……こないだ学校で職業人講話で来た佐藤さんだよな……一九九九年の責任者の子孫なのかよ!」

 目を丸くした行人に博士は頷いた。

「そうだ。」

 霧沢手元のPCを立ち上げると、内線で部下を呼んだ。

「…かしこまりました。では、科学に詳しいものを呼んで、内容を精査させていただきます。」

 霧沢の電話でやって来たのは。高麗人参を生かじりしながらスキップをする眼鏡の男。

「初めまして。科学ヤクザの平賀でっす!」

――平賀が博士のデータの内容に太鼓判を押して退室した後。霧沢も黄色の栗山・母里、青色の佐藤のデータに目を通し終わった。 佐藤の残したデータが映ったPC画面を見て一礼した彼は。そっと目を閉じてこめかみに手を当てる。

 その数秒後。霧沢は透き通った灰色の目をカッと見開き、棘組組長に電話をかけた。

「いつもお世話になっております、神崎組の霧沢です。今、宜しいでしょうか? キランの件です。」

 固唾を飲み込んで見守る七人。少しして、霧沢は博士に視線を向けた。

「…今夜お会いして下さるそうです。但し。私含め八人で来ることが絶対条件で。」


――霧沢はすぐに、事務所にいた神崎組幹部に事情を説明した。

そして車を飛ばし、棘組組長の和風豪邸へと道を急ぐ。たまたま道路が空いていたので、思ったよりもかなし早く近所に到着。

「…あまり早いと組長にご迷惑が掛かる。」

 霧沢の提案で彼らは一旦ファミレスに入ると、筆談で軽く打ち合わせをした。

『今回の元凶の議員達の片棒を担いでいる蕀組に協力を要請することには不満はあるだろう。

でも今回はこうするしかないと黒田さんが最後にあった時に言っていた。俺もそう思う。我慢しろ。』

 博士の言葉に悔しげに唇を噛むラーシャ達。行人と海もテーブルの上の拳を引っ込めた。

 ファミレスを出て霧沢が再び車を運転し、彼らは組長の家に辿り着くと。深呼吸して門のチャイムを押した。

「本日、二十時の面会を予約させていただきました霧沢です。」

 彼らは棘組組長宅の客間に通され、一人用ソファーに浅く座った。

「……私に佐藤議員達と手を切り、キラン製造を辞めろと言いたいのか。」

 棘組組長は細身で小柄、顔立ちもどちらかというと品が良く柔和である。しかし眼光は鋭く、威圧感もあった。

「で、その変わりにこの薬の特許を棘組に譲ってくれると。」


 霧沢はいつも以上に白い顔で、膝の上の拳をぎゅっと握りしめ、はっきりとした声を腹から出した。

「…はい。僭越ながら。

キラン製造から手を引くべきかと存じます。

 組長もご存知だと思いますが。鉱山からも工場からも逃亡者が相次いでおり、裁判を起こす遺族も増え続けています。いずれ世間に明るみに出るでしょう。」

 棘組組長は霧沢の目を見つめ、静かな表情で口を開く。

「ふむ。それでこっちが例の薬のデータか。」

 組長は科学に精通した組員達にデータをチェックさせる。そして、博士による解説に興味深そうな眼差しで耳を傾けた。

「ふむ……この毛生え薬は、まず最初の一週間で抜け毛が減るのか。で、一ヶ月経つと何となく実感出来るくらいに、徐々に増毛していく、と。

で、頭皮の環境が整って薬が要らなくなるには、十円玉大の面積に付き一年間は使い続ける必要があると。

 即効性のない代わりに副作用が少ないのか。」 効果が出るまでそんなに時間がかかる薬ってどうなんだろう? と思う五人だが。棘組組長はそこが気に入ったらしい。

 付き合いの長い霧沢や部下が解る程度にごくごく僅かだが、頬が緩む。

「薬が無くても大丈夫な事を黙っていれば一生購入させ続けることも出来るのだな。中々よい薬だ。

データも色々な体質の人々から取っているから確かだろう。

 材料もわが組の薬草園で栽培出来そうだ。」

「おい……」

 行人の口に饅頭を詰めると、博士は通販ナビゲーターのように愛想良く続けた。

「はい。抜け毛が減るという、目に見える効果が最初にあるのがミソです。

そのイメージに引きずられて買い続けてしまうでしょう。

 で、そのイメージを疑いだした頃に効果が出てくるので、さらに買い続けてしまうのです。」 博士はさらに、もう一つの薬について解説を始める。

「次の薬は十五年くらい前から流行っている、水虫の中の水虫、『硫水虫』の治療薬です。あまりに臭すぎて結婚を断られる人は数知れず。

 現代の医術をもってしても匂いをある程度しか抑制できないこの水虫を、この薬はほぼ完全に抑制できます。

 ただこれは、さっきの薬と違って今のところ完全に治癒出来ません。

 皆さん。このマスクを着けて下さい。」

 全員がマスクを着けたかチェックした博士は、最後に霧沢を見た。

「ちょっと匂いますが、硫水虫は呼吸感染はしません。ご安心下さい。霧沢さんお願いします。」

 霧沢は左足の靴下を脱ぐ。その途端。卵が腐ったような硫黄の匂いが立ち込めた。

「クセェェええ!」

「ゲホァ!」

 余りの匂いに咳き込み、マスクの上にさらにハンカチを重ねて部屋隅に走る行人達。

 しかし、白衣を着た組員に担ぎ上げられて部屋の出口付近につれていかれた組長は。組員に自分を降ろさせ、珍しく目を見開いて霧沢へ走り寄った。

「まさか巧君もか! そう言えば、出会った頃から何か私と似たものを感じていたのだよ。」

「…組長もですか。」

 二人とも『病友達』ということで不思議な連帯感が芽生えたのか、お互いに苦労話を始めた。

「思春期の娘に、『お父さんの靴下と一緒に洗わないで!』と言われて……。

この病気は簡単には感染しないというのに……。」

「お気持ちわかります。」 心細い海外の辺境で出会った日本人同士のように、心を通わせる二人。その後も悲しい思い出を話し合う。

 行人は思わず屋久杉一枚板のテーブルを平手打ちし、話をたたっ切った。

「時間ねーから後にしてくれ! 兄貴達があぶねぇから一秒でも早く駆けつけたいんだぜ!」

 その後。霧沢は博士の指示で毒々しい左足に靴下を履き、薬を塗った右足を出した。

「臭くない!」

 歓声を上げる行人達。特に組長はテーブルから身を乗り出して霧沢の足をまじまじと見つめる。

「足の色も正常だ……。」

 この『硫水虫』は両足に発病する。従って片足だけ正常ということは薬の効果を証明していることになるのだ。

 霧沢は自分の右足を見つめて解説をした。

「…一月程で匂いが半減し、二ヶ月で寛解(完治していないが、症状が抑えられている状態)しました。

 但し、薬を一週間塗るのを止めると忽ち症状がぶり返します。他の組員も同じような感じでした。」

「そうか。では、これから幹部会議を開いて決める。巧君達は今日は泊まってくれたまえ。身の安全は保証する。」

「組長さん!」

 立ち上がって背を向ける組長の着物の袖を、行人は掴んだ。

「組長に触るな!」

 行人は白衣の組員に突き飛ばされた。それを背後からキャッチした霧沢は行人の頭を下に抑えつけて頭を下げる。

「…大変申し訳ありません。」

 それに続いて六人も頭を下げる。だが行人は霧沢の手を払い除け、振り返った組長の目をまっすぐ見つめて叫んだ。

「俺はヤクザなんか大大だいっ嫌いだ! いなくなればいいって思う! 親父もヤクザに連れて行かれた出稼ぎ先で死んだって最近わかったしな!

 でもヤクザにも生活があって、家族がいて、もうけなきゃいけなくて、誰かから絞りとらなきゃいけないんだろ?

 だったら海にヤバいもの垂れ流して日本に病気のやつが増えたら絞りとれなくなるぞ! 本当は絞りとるのも反対だけどそれはあとでだ!

 とにかく協力してくれ!それが無理なら真ん中でいい! 俺は命をかけてみんなが元気でいられるように戦うから! お願いします!」

 真っ赤な顔の血走った目で奥歯をギリッと噛み締め、生まれて初めて行人は土下座した。

「行人兄ちゃん……。」

 海も真っ赤な顔で拳を握りしめると、行人に続いて土下座した。

 悪逆非道な人々の力を借りることに抵抗があった海達だが。八人の中で一番ヤクザに頭を下げたくないはずの行人が悔しさを堪えながら土下座しているのを見て、彼に続いていった。

「顔を上げなさい。……悪いようにはしないから。」

 蕀組組長は行人の肩を軽く叩き、部屋を出た。


 ――日付が変わる直前まで、蕀組の会議は続き。

 行人達は組長宅の客用寝室(大人数用和室)で待っていた。

 博士、海、輝が仮眠を取っている中。襖を隔てた部屋の行人達は、高木の指導でエア素振りをし、その後はエア時代劇ごっこをしていた。

「くらえ! 悪代官小判ミサイル!」 

「猪口才な! 享保の改革拳!」

「ぐはぁ着物がぁ質素になってゆく……。」

 大袈裟に倒れてみせる行人に手を貸すと、実季はため息を吐いた。

「飽きたからそろそろエア三国志ごっこにしよう。」

「じゃあ、俺は董卓でいいや。実季はどうする?」

 編み物をしていたラーシャは、手を止めて行人を見た。

「董卓はデブだし両利きデスカラ、行人サンには無理デスヨ。それにしてもどうしてさっきから悪役ばかりやりたがるのデスカ?」

「確かに。何で?」

 ラーシャと実季の問いに、行人は少し唸ってから答えた。

「悪人の気持ちがわかれば、相手の出方がわかるかなって……でもわかんねぇや!」

「行人サンもいい人だと思いマス。でもボクよりはマシですケド、まっさらな善人でもナイデス。組長サンの服をいきなりひっぱるシ、人の家の苺を勝手に食べようとするシ。

 そういう魔が差す時のことを思い出せば良いのデス。」

「……そう言えば花立先生の呼び出しから逃げたことあるし、兄貴が大事にとっていたオヤツを食べちまったこともあるな。

 テストの点が悪いと兄貴がガッカリするから、めんどくさくて隠したこともあるぜ! いわゆるいんぺいか? やべえ! 俺も悪だぜ!」

 実季は呆れつつも頷いた。

「……リナちゃん人形の靴みたいにちっちゃいね!

 でも気持ちはわかるかな。僕もさねすえちゃんの服が破れてしまった時は、授業中なのにこっそり縫った。」

 高木も、ちょっと後ろめたそうに口を開く。

「私も魔が差したことがあるよ。体育のダンスが苦手で、さぼってしまった。

 で、掃除の時間に帰ってきてホウキを出そうとしたら、掃除用具入れの中に入っていた剣道部の先生に捕まって……。」

「掃除に戻るならまだマシデス。ボクは似たようなケースでついでに掃除もさぼりマシタ。

 母に強制送還されて、その週はボク一人で掃除当番をするはめになりまシタ。」

「……二人とも悪だな!」

 呑気に悪について語る行人達の部屋に、本物の悪が襖をノックして入ってきた。

 屈強な手下二人を連れた組長は、上座に座って、霧沢が注いだ茶を啜りながら言った。

「結論から言うと、棘組は佐藤議員達の後ろ楯とキラン製造から手を引く。

 ただ、あくまでも中立だ。それに……佐藤議員達を追い詰めすぎるのもどうかと思うよ。」

「ありがとな……でございます! でも何で追い詰めちゃいけないだよ……でありますか!」

 慣れない丁寧語に舌を噛む行人に苦笑しつつ、組長は『シビアなヤクザ』ではなく『人生の先輩』として、諭すように言った。

「人間、追い詰めると何をしでかすかわからない。

 彼らは君達より賢いしな。良くも悪くも。」

「確かに俺もテストの点が悪くて兄貴に叱られた時、逆ギレしたぜ! 俺が勉強しなかったのが悪かったのにな!

 組長、ありがとうございました!」

 組長は朗らかに笑うと、今日は泊まって行くように言ってくれた。本当はさっさと裏日本に行きたかった行人だが、眠そうな皆を見て組長の言葉に甘えさせてもらうことに。

 組長は部屋を出る時、最後に言った。

「キランの製造が盛んなのは、買う人がいるからだよ。……私が言えるのはここまでだ。あ、そうそう。」

 組長の目はすうっと細く鋭くなり。行人達に目線の刃物を突きつける。

「今日の話は君達の仲間以外には話さないでくれ。もし話したら……錦江湾でお魚と暮らしてもらうよ。」

 白い顔で固く頷く行人達であった。


――そして朝。

 組長は霧沢、高木、博士、そして行人に黒い箱を渡した。

「私からの餞別だ。」

「拳銃ならいらねーよ!」

「組長になんて口を聞きやがる!」

 掴みかかりそうな組員を制しつつ、組長は穏やかな口調で言った。

「戦うなら銃を持つ覚悟も必要だよ。」

「持たない覚悟もいるぜ! ケンカにも戦争にもルールがあるだろ! 今回は使っちゃいけねぇんだよ! ……です。」

 結局高木も「銃を使いこなせる自信がない。」ということで、銃を受け取ったのは霧沢と博士だけ。

 八人は深々と頭をさげて棘組組長宅を出た。――行人達が棘組組長と直談判していた頃。

 行也達は裏日本の宿泊先で寛いでいる最中に、ふとしたことから裏日本軍の蒲生に正体がばれてしまった。

「茶筅の間に不審者が……」

 蒲生が無線で部下に連絡し終わる前に小早川は窓の外を見た。三階。避難梯子は二つ。おまけに窓の下では屈強な係員が大勢巡回しているのを彼は自由時間中に気がついていた。

「窓からは無理ですね!」

小早川の声を聞いた黒田は早口で叫ぶ。

「貴重品をもって正面突破するぞ! 島津殿、龍造寺殿! 金庫の中のトランクを!」

「どおりゃああー!」

 身体中に血管を浮かべて金庫を真っ赤な顔で持ち上げようとする島津。

「どけ!」

 龍造寺は島津を一瞬で突飛ばし。金庫破りも真っ青なスピードでボタンを押して金庫を開けた。

「神崎!」

 彼は島津と手分けして金貨入りトランクを神崎、鍋島、細川、吉川、春彦、長宗我部、戸次に素早く投げる。

 一方、母里は黒田を、明智は硬直する光紀を、高橋はヨッシーをそれぞれ担ぎ、田中、栗山、輝元、涼太は兜や変装セット他をそれぞれ持った。

 その様子を素早く見た行也は一目散にドアを蹴破って部屋から出る。母里に担がれた黒田は辺りを見回した。

「あれ、行也は? というかドアは?」

「さっき凄い勢いで出たのを見ました。」

「……嫌な予感がするのぅ。早く追いかけるぞ!」 

 皆が部屋から出て廊下を走りだした頃。歩いて戻ってきた行也の肩には。気絶した蒲生が担がれていた。

「蒲生さんを人質に捕りました。」

 蒲生も武術の達人ではある。しかし料理を持ってきていた背後の仲居を先に逃がしたり、皆に指示をすることに気を取られ、凄い速さで追いかけてきた行也に不意討ちをくらったのである。

「他のお客様が心配になりますから、俺達は騒ぎが長引かないようにさっさと逃げましょう。」

 のんびりおっとりいつもの口調で行也はそう言うと、堂々と歩き出す。

「……。」

 彼らしくない行動に驚いた皆だが、小早川と黒田は直ぐに我に帰って周囲を見回した。

「囲まれましたね。」

「……仕方ない。蒲生を盾にして進むしかない。」


 行也達は蒲生を盾にして早足で歩く。そして宿から出て少ししたところでそっと蒲生を置いた。

「支配人大丈夫ですか!」

「支配人に手を出しやがって!」

 屈強な従業員達は蒲生が解放されたことで、火の玉のように走ってくる。 

とっさに煙玉を投げる吉川達。さらに。黒田は小さなネズミ花火を床に叩きつけて叫んだ。

「スーパー黒田爆弾!」

「ば、爆弾!」 

 黒田の言葉に怯む従業員兵。

 黒田が投げたネズミ花火は火力弱めの安全設計である。しかし煙幕で視界が悪いためはったりが効いた。  行也達はなんとか従業員達を撒くことに成功。山奥に行き、『岩屋城テント』で野宿した。

 なんとか蒲生の宿から脱出した行也達。指名手配されてしまった彼らは、栗山と母里の『戦国工作兵』の甲冑を纏い、急いで友樹の探索を開始。

 一方、裏日本へ向かうために学校裏のマンホールへ向かった行人達。彼らは幽斎ね弟子の双子と再会する。

次回「雪山で逢いましょう。」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ