雷神と戦神(前編)
蒲生達の追っ手から冬山に逃亡した行也達。
他の登山客に紛れてゆっくりと下山しようとした彼らだが。ヨッシーが風土病になり、緊急下山を余儀なくされる。
全滅を避けるためにロープウェイ組(行也、黒田、ヨッシー、細川、明智、戸次、高橋)と、
登山コース下山組(神崎、光紀、茂、春彦、涼太、島津、龍造寺、鍋島、立花、栗山、母里、吉川、小早川、輝元、長宗我部)
に別れて下山することにした彼らだが。小早川と立花の嫌な予感が的中し、ロープウェイは佐々に襲われる。
行也達の運命は如何に。
佐々は掌サイズの錠剤を窓の穴へ投げ込んだ。さらにその穴に粘土で蓋をする。
錠剤の煙は床を黙々と這い。水中に赤いインクを落としたようにふわふわもわっと拡がっていく。
「息を吸うな! 窓ガラスを割れ!!」
埋められた粘土をぶちぎりつつ黒田は叫ぶ。それに呼応して刀や槍で嵌め殺しの窓ガラスを割り、換気を始めた五人。戸次は錠剤を窓から下へ落とす。
尖ったガラスの額縁からあふれでた赤い煙は強風に乗り。金属の篭の外へ拡散していく。
「予算オーバーだが仕方ない。」
行也達の死角のロープウェイ底に張り付いていたマスク装備の佐々。彼は約十m下の雪のマットに飛び降りながら、ミニ法螺貝を吹いた。「ハングライダーを使うとは!」
口の片端を上げてピクピクさせながら、座席をバシバシ殴り付ける細川。一方明智は口径の大きい銃を構えた。
「逃がさない。」
銃を飛び出したゴルフボール大の玉。それはグライダーに穴あけパンチを使ったようなくっきりとした穴を開けるが。グライダーは空中でよろめきつつも何とかバランスを保つ。
一方高橋は笛の音に不安を覚えた。
「伏兵か!?」
素早く特殊な望遠鏡を構えて眼下を見回した彼の視界には、ぱっと見では白い雪と青いグライダーしか入らない。しかし。よく見ると一部分が正方形に少しだけ盛り上がっているのが見えた。
「……伏せろ!」 分厚い雪のパネルは勢い良く跳ね上がり。そこから這い上がって来たのは足軽集団であった。彼らは細長い筒を構える。そこから飛び出した小さな鉄塊は空気の壁を弾けさせ突き進む。
それを一気に受け止めたロープウェイはシンバルに鉄球が激突したような衝撃を受け激しく震えた。
おまけに急停止。
「ハァァァ? 働けロープウェイ! 職務怠慢だァァーッ!」
思わず裏声で叫びながらロープウェイを殴打する細川。それを取り押さえる行也と高橋。そんな中、戸次は窓からぴょこっと頭を出して息を呑む。
「足軽百人程が銃を向けて此方へ向かって来てい……。くっ!」
破れたゴールネットのような窓枠を通り抜ける高速の弾丸。さらに弾丸はロープウェイの壁をカンカン叩いてデコボコした水玉模様を刻んでゆく。
最早サンドバッグ状態。そしてついに。
「あ、穴が!」
とりあえずお土産用に買った折り紙を出して穴に詰めようとする行也。そんな彼を高橋は壁から引き剥がした。
「ちょっと壁から離れてくれ。……皆さん、中央に集まって下さい。」
籠城ハウスの一部を持ち出していた高橋は。ペットボトルの茶を掛けて、ロープウェイの中にギリギリ収まる四角い鉄のテント小屋を拡げた。それは壁に密着し、穴を塞ぐ。
「此で弾丸は防げます。」
そっと立ち上がる皆。
黒田は辺りをキョロキョロ見回し、早口で叫んだ。
「何処かに非常用再起動スイッチがあるはずじゃ!
前もってロープウェイを止めておいてから追わなかったのがその証拠!
高さ二十メートルしかも強風だから梯子でも降りるのは難しいというのにな!」
しかし、びっちりと内側が鉄膜で覆われているロープウェイ内で探すのは難しい。かといって膜をすべて剥がすと耐久性に問題が出るのでこれは避けたいところ。
手探りで必死にスイッチを探す五人。時間がかかると思った黒田だったが。
細川があっさりそれらしいスイッチを探し当てた。
彼は槍でガリガリとスイッチ周辺の鉄の膜を削ぎ落とす。
「これだ!」
再び動き出すロープウェイ。それを追って走ってくる足軽達。
明智は高橋が作った小さな小窓から足軽を銃で牽制し始めた。その弾丸の着地点には雪の小さな噴水が数本立ち。足軽達はそれをアルペンスキーヤーのようにスムーズに避ける。
「おかしいな。」
彼は一旦銃をひっこめると、弾換えしながら戸次に尋ねた。
「戸次殿。……先程百人位だと仰有っていたがそれは正確か?」
「ああ。」
もう一度明智は窓から外を見つめる。
「やはり八十人程しか居ない。残りは何処へ……。」
黒田は思わず、あーっ! と口と目をぱっくり開けた。
「終点で挟み撃ちじゃ!」
「でもいつの間に……。」
驚く皆に、はっとした高橋は解説した。
「そう言えば私が双眼鏡で下を見たとき、雪の下に銀色に輝く蓋と何かの枠が見えました。恐らく地下道があるのでしょう。だから伏兵に気がつかなかった。」
体が強ばる五人。明智は時計を見た。
「あと五分で終点か……。」
「到着した直後に囲まれたら終わりであるな。」
対策を話し合う行也達。黒田も携帯端末で地形図を見た。北海合衆国で購入したので、この国のネットにも対応しているのである。
「途中下車するしかない! 三分後に高度が低くなるポイントがある。……明智殿はまだ素顔がバレておられぬから大友殿をリュックに詰めて走って、病院を目指してくれ! で、ワシらが足止……。」
「そのまま明智殿が敵に投降したらどうするのですか。」
冷えきった横目で明智を見つめる細川。そんな彼は数秒後。膝をついていた。頬には赤い手形がくっきりと描かれる。
「ここは戦場なのだ! 私情は捨てよ! 明智殿を信じるのが最善の策で唯一の道!
仲間割れで何も出来ずに捕まるは下策なり!」
頬を押さえて戸次を無言で睨む細川。それを睨み返す戸次。間に入る高橋達。うとうとしていた篭の中のヨッシーは。重く閉じていた目を開き、細い細い声で呟いた。
「……足止めって……何……。みんなで逃げるんだよね……。」
「皆で逃げます。明智殿と殿に先行していただき、我らは敵にある程度ダメージを与えてから後を追います。」
「……わかったよ……でも高橋も戸次もまだ……怪我が治りきってないから……無理しないでね……」
ヨッシーは戸次と高橋を見上げた。彼らが大きく頷いたのを見て、彼女は安心して目を閉じた。高橋はポロリと呟いた。
「ご存知だったのですか……だから昨日は私の背中から降りて、戸次殿がおぶると言ったのも拒否したのですね……。」
「汗臭いからヤダ! とか仰有っていたが。素直に心配しているからだと言えばよいというのに。おまけに結局こけて宗茂がおぶることになったがな。」
戸次は苦笑すると、PC画面を覗きこんだ。そしてリュックを漁り、フック付きロープを取り出した。
「この高度でも大丈夫そうであるな。高橋殿。皆。後を頼む。」
「後ってどういう……。」
「異方に 心引くなよ豊国の 鉄の弓末に 世はなりぬとも」
和歌を詠んだ戸次は和風の甲冑を纏う。威厳のある立派な武者姿の彼。しかし。その甲冑には数ヶ所ひびが入っていた。
「殿を頼む。さらば!」
「待って下さい!」
瞬く間に薄い鉄膜をぶち破り。行也と細川と明智の手を振り払って。戸次は敵の群れへとダイブした。その直後。
「流れての末の世遠く埋もれぬ名をや岩屋の苔の下水」
「高橋殿!」
同じく和風の甲冑を纏った高橋。こちらの甲冑にも赤いヒビが血管のように走っていた。
「あ……。」
黒田と明智は傷のように生々しいひびを見て、目を閉じた。それを知ってか知らずか。高橋は早口で会釈した。
「殿をどうか宜しくお願い致します……離して下さい。」
優れた武人である高橋が振り払えない程に。行也と細川は強く彼の腕を掴んだ。
「行かせません!」
「戸次殿は高橋殿にも後を頼むと仰有ったッ!」
強い眼差しで見つめる二人。高橋は静かに自分の甲冑の傷を指した。
「……地下熊本城防衛戦で致命傷を負いました。殿にも宗茂にも内緒でしたが無理を言って退院したのです。私にも戸次殿にも時間がございません。」
「そんな……。」
灰色と化していく空のように暗く呆然とした二人の手をそっと払い。座席にあった黒い花を手に取ると。 高橋は白い大地へと降りて行った。
「高橋さ……!」
高橋を窓から見つめていた行也だったが、思わず目を閉じた。
「どうしたんじゃ?」
「外が凄く眩しいんです!」
――少し時間は遡り。風にそよぐ花のように体が揺れつつも、何とかロープを伝って無垢なシャーベットに降り立った戸次。それを取り囲むのは砂糖に群がるアリのような黒い足軽。彼らが描く黒い円は徐々に小さくなってゆく。
ついに完全包囲された時。戸次は稲妻型の刃身の槍の鞘を思いっきり引き抜いた。
「出でませ! 雷の精霊達よ!」
空気中の静電気が彼に集まり、戸次は雷光の糸を全身に纏う。そして槍は光輝く巨大な弓に変化。戸次を取り囲んでいた足軽達の体はピリピリとした感覚に襲われた。
「引け! 何かおかしい!」
後方にいた佐々の必死の指示に痺れる足でも素早く走り出す足軽達だが一足遅かった。
「戦国一〇八計・雷神ーー!!」
光輝く戸次の体から放たれた数十本の眩い稲妻。そ足軽の目の前に突き刺さり。電気の網を足軽に被せる。
足軽達は悶え叫びながら電気ショックで気絶し、変身が解けて仰向けに倒れた。服の切れ目からはうっすらと火傷が見える。
「……八十人は……倒したか……。」
戸次はガクリと膝を落とし、前のめりにドサッと倒れた。彼自身が『雷神』の電撃の矢を受けたわけではない。しかし、精一杯の動作と精一杯の声で一〇八計を唱えたために古傷が地面の切れ目のようにぱっくりと開きだしたのである。
「……佐々…は…。」
彼は荒い息を吐き口から血を滴しながら何とか上体を起こし、辺りを這いずった。彼の体の血管の蛇口からちょろちょろと漏れだした血は熱を帯びた茶色い土に梅を描く。口を拭い、そこから灰色の空へ目線を動かした時だった。
「ここだ!」
小枝のような細い視界に何とか銀色の刀を振り下ろす佐々を捉えた戸次。しかしもう、その手は動かなかい。時間稼ぎすら出来ぬとはふがいない、そう彼が自分自身に憤った時だった。 佐々の雪崩のような一撃を受け止め。雄々しく立つ男が戸次の目にぼんやりと映った。
「この高橋紹運がお相手致す。」 高橋は佐々の刀を跳ね上げ。よろめく彼の頭上へ刀を振り下ろす。それを受け止める佐々。二人はギリギリと刀を重ね。手袋の上からも血管が見えるほど激しい鍔迫り合いを始めた。
少しづつ視界が戻ってきた戸次は、高橋の背中を見つめた。深く長い川のようなヒビが、まだ目がかすむ戸次にもハッキリと見える。
(申し訳ない……。)
唇を悔しげに噛んだ彼は続いて佐々を見た。
(動きが不安定だな。)
……佐々も先程の一撃で傷を負っていたのである。佐々の額には一筋の血が滴り落ち、剥き出しになった逞しい二の腕と脛には深い傷が何本も走っていた。
(絶対に……勝つ。)
口から血を流して這いつくばりつつも何とか予備の矢をつがえようとする戸次。
一方高橋は佐々を少し押し返す。そして再び斬りかかって来た佐々を、然り気無く戸次から離れた場所へと誘導しながら切り結ぶ。
佐々も何となくそれを察したが。取り敢えず目の前の高橋を倒そうと汗と血を振り撒きながら刀を走らせる。お互いに最後の力を振り絞って刀を振るう二人。鈍い光を放つ刀で重い音、意志をぶつける。
そのような状態が数分続き。高橋の背中に緋が滲み出した。古傷がぱっくりと開き。虫の息になった彼は防戦一方になった。
紅の腕で佐々は高橋の刀を撥ね飛ばす。
「……く…!」
佐々が刀を拾おうとした高橋の背中に斬りかかろうとした時。彼の足袋に折り紙で出来た黒百合の矢が刺さった。佐々は硬直し、口から泡を吹いた。
「…………く、黒百合の呪い…!」
「今だ高橋殿!」
高橋は兜を拳骨大に千切って投げ上げ。下から刀をドリルのように回しながら串刺しにした。
「戦国一〇八計・戦神!」
岩石の嵐が巻き起こり。ナイフのように尖る大きな石が回転しながら佐々の体に数ヶ所突き刺さる。
「かはっ……。」
佐々はついに変身が解け。腕や足から血を吹き出しながら前のめりにぶっ倒れた。兜も水晶のように透明になる。
高橋は息が出来るように彼を仰向けに倒してやると、矢が飛んできた方向に振り返った。
「戸次殿のおかげです…………戸次殿ーー!」
力を使い果たした戸次は。無機質に光る透明な兜になっていた。
傷付きながらも物言わぬ戸次を抱えて走る高橋。輝元の言葉が心に引っ掛かっていた彼は、最後に立花に会いたいと願う。
一方、明智達は病院で思わぬトラブルに出会う。 次回「雷神と戦神(後編)」




