スーツの三人(中編)
スーツを着た悪魔とジェントルマンと気弱なイケメンに電撃家庭訪問をされた山田兄弟達。
三人組は人質を盾に山田兄弟達の手を後ろ手に縛り上げた上、24時間以内に前田利家の兜を探し出せと迫る。
一方、仕事を終えて帰宅した友樹は……。
鬼武蔵が山田家で大暴れ中の十八時二十分。
会社から帰って来た友樹は、自分の部屋の机にそっと鞄を置く。そして黒漆の中に虹色の貝が鮮やかに光る置時計を物憂げに見上げた。
「……遅刻したのに定時より早く帰らせてくださったのは、疲れていたからありがたいけど……。良かったのかな……。」
飛行機の運休で遅刻し、肩身が狭い思いで出勤した友樹だが。それは杞憂であった。
奄美大島の災害がテレビで大々的に取り上げられていたので、献身的にボランティアをした彼は暖かい目で迎えられたのである。
市職員の田中が、会社に感謝の電話をしたことも手伝い、遅刻を責められるどころか逆に疲れていないか労られる始末。
事情はどうあれ会社に迷惑をかけたと考える彼は、逆に申し訳ない気分になった。そして。
「業務に支障が無かったのは良かったけど……。それだけ僕は役に立っていないってことでもある……。」
小さなため息を吐く友樹。そんな彼の部屋をノックする音がする。
「はい……あ、母さん。」
「友樹、お疲れ様。
……芳樹が日曜日にARE留学から帰ってくるから、皆で夕飯を食べに行きましょう。会社から帰る時には連絡してね。
お父様から大切な話もあるそうよ。」
友樹の母は、赤茶色のウェーブがかった髪に、柔和で華やかに整った顔立ちの淑やかで美しい女性である。友樹と同じ髪質だが、顔立ちはあまり似ていない。
「待って。今聞いてもいいかな?」
友樹の母はその美しい目を彼から背け、小さく呟いた。
「会社の事よ。後継者は芳樹にするという話。」
「ああ……それは前からわかってた。芳樹は優秀だから当然だよ。」
あっさりと断言する友樹。そんな友樹の両肩を持ち、彼の母は優しく言った。
「……貴方は貴方のよいところがあるから……。貴方の優しい所に救われることもあるのよ。」
「ありがとう。母さん。」
友樹は微笑んだ。彼の笑顔にはほんの少し苦いものや異質なものが混ざっていた。
それに気がつかずに彼女は安堵の表情を浮かべ、小さな木箱を友樹の机に置く。
「これ、芳樹から。今日届いたの」
彼女は小さな木箱を友樹に渡す。
「芳樹がね、友樹が戦国時代に興味があるからって、骨董市で購入したのよ。」
「嬉しいな。後でお礼のメールをするよ。」
友樹の母は頷くと部屋を出て行く。
それを見送った友樹は、疲れたような息を吐くと、虚ろな目で木箱を開けた。
「芳樹は本当に完璧だよ……。ありがたいんだけどね……。」
中には片手にすっぽり入る程の大きさの兜が入っていた。
兜はいわゆる鯰の尾のような形で、色は漆黒。
円錐を縦半分に折って、上の尖った部分を半円形に切って縫い、折れ目を正面に向けて広げたような形である。
箱の中を見てはっとした友樹はPCを立ち上げて、検索した。
「尾山神社の鉄製皮黒漆固 小鯰尾形に似てる……。確か前田利家の……。」
大友の兜とサイズが近いと思った友樹は、何となく兜を被り、緒を締めた。
「時代を見つめる 華の槍 加賀百万石 前田利家! ……え?」
シンプルで洗練された部屋が眩しく光った数秒後。 友樹の裏返った叫び声が四角い空間に響いた。
友樹の叫びから一分後。鬼武蔵が没収した黒田の携帯電話は、何かを訴えるように震えだし、床を這いずる。
それを無視すると今度は島津、続いて行人の携帯電話がガタガタと音を立てた。
「ウルセー! 大人しくしろ!」
鬼武蔵がイライラしたのを見た前田は素早く携帯を拾うと、画面を見た。
「大沢友樹さんから電話ですが……。切ったら怪しまれそうですね。」
「大沢友樹……友樹? 山田兄に引きずられていた……紅茶頭か!
前田殿。俺がメールを打ちます。携帯をお貸し下さい。」
幽斎にナイフを突き付けたまま、片手で前田から携帯を受け取った鬼武蔵。雄叫びを上げながら素早く指を動かす。
「長可はキチガイだが、意外と筆まめでメールの返信は速いのだよ。」
「そうなのですか。」
森可成の前田への解説通り。素早く文章を打つ鬼武蔵こと森長可。しかし友樹からメールが来て指を止めた。
「打ち終わる所だったのにクソッ!」
頬をピクピクさせながらメールを開いた彼だったが。ある一文が目に入り、珍しく屈託なく微笑む。
「前田殿。」
「え? 」
携帯画面を見せられた前田は長い息を吐いてへたりこむ。そしてそんな彼の肩を森可成は優しく叩く。
一方、鬼武蔵は凄い速さで友樹に再び返信メールを打ったのだった。
一方、玄関に回り込むことにした双子と栗山、母里。
双子をベランダ側に残した栗山と母里は空気穴と覗き穴を開けた酒屋の紙袋を二人一緒に頭から被り、戦車のようにそろりそろり山田家玄関へ近寄った。
揺れる目と声で母里は呟く。
「ドアがぶっ壊れてる……。
まさか爆破されたのか? 殿は大丈夫なのか!?」「爆破はされてないはず。下駄箱や靴が綺麗だからな。三種類の足跡が付いているし、蹴破られたのだろう。」
そーっとそーっと玄関から中に入る二匹。
「と」
「静かに。」
栗山は母里の口を押さえる。彼は居間の入り口で足を止めた。ちょうど鬼武蔵達からは死角である。 しかも運のよいことに黒田と目があった。
二匹が被った酒屋の袋は、『黒田節』の歌詞が印刷されたもの。
黒田は目を見開いた。そしてしっぽを揺らす。三匹で練習したサインである。栗山は小さく小さく呟いた。
「こちらから見て0度にしっぽが真っ直ぐ水平に一旦停止、その角度のまま前後に三回……『う』」
母里も小さく呟いた。
「45度に一旦しっぽが真っ直ぐに停止、その角度のまま前後に六回……『ご』」
その後も黒田は首をコキコキしながらしっぽを振る。
「うごくな……か。」
二匹が小さく頷いた頃。 兄弟と島津は黒田の動きに気が付き、彼の視線の先を追う。そこには穴の開いた紙袋しかない。
首をかしげつつ二人と一匹はスーツの三人をそっと見つめた。
「その窺うような目付き、気持ち悪いんだよ!」
視線に気がついた鬼武蔵は血走った目で行也達を睨む。しかし彼も、横の森可成も、一番端の黒田の動きにまでは気を配れない様子。
これからの行動の相談を没収した携帯でやり取りし、しかも開いた手で幽斎と光紀の首根っこを捕まえるという忙しい状況だからである。しかも、唯一手の開いた前田はトイレ。
二匹に黒田はしっぽ信号を続ける。
『てきのねらいはまえだのかぶと よびだされたともきがもってるようだ
ついでにこちらのかぶともだ
けいさつはよぶな
おまえたちのいってたいばらぐみのいっせいてきはつがきょうだからせいえいがいない
あくまたちはすきがない ふつうのさつにはむりだ
ともきへいそいででんわだ けいたいがないならかいだんでまちぶせしろ
へやに入るときは……』
鬼武蔵と森可成も交代交替でトイレに行った。
友樹を待つ静寂の中、森可成は咳をした。
「父上……。」
不安げに眉と目を寄せる鬼武蔵に、森可成は大丈夫、と微笑んだ。そして、咳止めが救急箱、ふとんが押し入れにあるという行也の言葉に首を振る。
前田は時計を見た。
「二時間か……。森殿、交代しましょう。薬を飲んでください。私が彼を取り押さえます。」
「ありがとう。」
鞄の中からペットボトルと小さなカプセルを取りだし、飲む森可成。
鬼武蔵はそれをちらっと見た後、行也達に視線を移して呆れ顔で言った。
「オメーらはこのキッタねー空気を良く吸えるな!」 目をパチパチしたり首を傾げる行也達。
「皆さんはあまり長い時間はいられないのですか?」
「そんなのお前に関係ネエー! それよりも紅茶頭おせーなクソが! 早く来るようにメールして殺る!」
血管をビキビキ顔に走らせつつメールをする鬼武蔵。
そんな彼に行也は気遣うような眼差しで声をかけた。
「カルシウムが足りないのですか?
レアチーズのマンゴーソースがけ、煮干しと昆布とゴマと枕崎鰹節の和え物が冷蔵庫に……。
みっちゃんからもらったビタミンDとカルシウムのサプリが食器棚にありま……」
鬼武蔵はぶっとい氷の針を飛ばすような目付きで行也を睨んだ。
音波が遮断されたような角ばった空間で、時間がまた少し経った。
行也はそっと部屋の鳩時計を見上げた。十九時十分。彼は拳が入る程口を開き、冷や汗をかきながら言った。
「あ、あの、しょ、しょくばに電話をしないと……。」
「アァー! そんなの知るかボケぇ!」
その直後だった。
「す、すみません。大沢です!」
森可成に部屋へ招き入れられ、友樹はおずおずと部屋に入る。しかし彼は手ぶらであった。
「あの、皆さんの縄を解いてくださったら……すぐ近くにあるので持ってきます。」
「ァあー?」
真っ赤な顔で友樹を睨む鬼武蔵だが。森長可の咳がまた耳に入り、唇を強く噛んでから言葉を発した。
「……仕方ネェ! 縄は解いて殺る。」
手が開いていた森可成が行也達の縄を解く。しかし相変わらず人質はとったまま。友樹は部屋を一旦出て戻ってくると、木の箱を二つ渡した。
「左が前田さん、右が大友の兜です。」
森可成と交代した前田は兜を被って尾を締めた。
彼は眩い光に包まれ、兄弟達のよりも深く気品のある黒色の甲冑を纏う。すぐに変身を解いた彼は、鞄の中から出した前田家の家紋の箱へ兜をしまった。さらにそれを鞄に入れると、黒田と島津の兜も手早く詰める。
「本物です。帰りましょう。」
森可成は光紀をぶん投げ、前田は煙幕の玉を投げた。
「あばよ!」
鬼武蔵の高笑いが白い煙の中で響く。
すぐさま玄関へ走るスーツの三人と羽交い締めにされた幽斎。しかし。
「誘拐犯は捕まえるゾ!」 玄関を出たところで四人は青い格子に包まれた。おまけに布団がドスッと落ちる音がする。接着剤の付いた青い牢獄でもがく四人。
「なんだよこれはァァー!」
叫びを聞いた黒田は手を突き上げた。
「皆、玄関へ走るのじゃ!」
黒田は栗山と母里を介し、友樹に伝言を伝えていた。
部屋には最初は手ぶらで入り、最低限でも行也達の縄を解かせるまでは兜を渡してはいけないこと。
神崎とラーシャ父子を呼び出し、玄関で待ち伏せして鬼武蔵達を捉えること。
そして万が一どちらとも電話が繋がらなかった場合は、警察に電話することを。
因みに栗山と母里には、敵が強硬手段に出た場合に兜を持ち出して逃げるor森可成を集中攻撃するように指示。
網の中から幽斎を抜き出す双子。
「先生!」
幽斎は目を柔らかく細め、彼らの頭を撫でた。
……一方。龍造寺という文鎮に押さえつけられ、半紙のように伸された鬼武蔵は。息も絶え絶えに友樹を見上げた。
「何でお前……山田弟からのメールじゃないとわかった……?」
友樹はもとからメールに違和感を感じていた為、黒田に言われる前から神崎達を呼んでいた。
「行人君は、メールもタメ語なので……。」
「はぁァァー? お前の方が年上だろォ? それなら山田弟は最低限丁寧語使うべきだろォが! どれだけ常識ネェんだよ山田弟!」
「お前に言われたくねぇよ!」
睨みあう行人と鬼武蔵。 皆はある意味両方の意見が正しいと思いつつ、三人を縛り上げた。




