スーツの三人(後編)
山田家玄関に待機していた栗山と母里、神崎と龍造寺、ラーシャ、ラーシャの父ラザニア、幽斎の弟子の双子は。鬼武蔵達に網を被せ、彼らが驚いた一瞬の隙に襲いかかった。
鬼武蔵の顔には、ラーシャと双子がねばねばゼリーを投げ。彼の鼻と口と目を塞ぐ。それを取ろうとして思わず幽斎を手放す鬼武蔵。そこに栗山と母里がラザニアの頭から滑空して体当たり。さらにバランスを崩して倒れた鬼武蔵へと龍造寺がのし掛かる。
一方、前田には神崎が、森可成にはラザニアがそれぞれ体当たり。
その後行也達も駆けつけて、鬼武蔵達をビニールひもで捕縛したのであった。
――行人と論争を繰り広げていた鬼武蔵だが。行也達を睨んで舌打ちした。
「こんな所で死ぬとはなァ!」
一方、前田はうつ伏せになっていたが、顔と眉を歌舞伎役者のように凛とさせ、黒田を見上げた。
「私は覚悟が出来ています。ですが、森殿達は見逃してはいただけませんか?」
森親子は前田に目で抗議した。その煮えたぎる眼差しは。瞳の裂け目を冥土へ繋がる蟻地獄と見紛うほど。
友樹は目を高速回転させつつ、口からカプチーノを吹いてぺたんと座り込む。行也達も顔から色が消え、友樹を引き摺り数歩下がる。
しかし前田は。光を浴びた役者のように堂々と森親子を睨む。
「誇り高く死ねばいいってモンじゃないんだよ!
私のせいで貴方達まで死なせたら余計に信長様に合わせる顔がない!」
黙りこんで俯くスーツの三人。行人達は行也の肩の黒田を見る。黒田は頭を両手でかきむしり、言葉を吐き捨てた。
「あー! もう助けてやれって言うんじゃろ! ワシが反対してもせめて腕の一本くらいは折っとけって言ってもどーせ無傷で助けちゃうんじゃろ! バーカ!
……但し。二つ条件がある。これは譲れない。」
皆の視線を集めた黒田は。少し威圧感のある空気を纏って続ける。
「一つ目は壊した山田家のドアを弁償すること。金目の物を全部置いていけ。
……そしてもう1つは。お前らが来た道を教えること。
兜を無くしたら重罪じゃから、銃を用意する間も惜しいくらいこっそり急いで来たんじゃろ。つまり、届け出を必要とする大がかりな船を使わなくても済むルートがあるということじゃ。
ワシらは少人数じゃし、防衛戦の方が有利だとはっきりしたから乗り込むことはないじゃろう。お前らをタダで返すのは面子が立たないから聞いているだけじゃ。
前田の兜を帰してやるから、ワシらへの冥土の土産に教えてくれんか?」
「フザケンナ!」
「……そこまでするくらいならここで死ぬ。」
黒田の体を引き裂くような怒号を発する森親子。
それを受け流しつつ黒田は淡々と続けた。
「お前達はワシらが何にもしなくても、長時間ここにいたら、そのうち薬が切れて勝手にぶっ倒れるのはわかっている。
そしてお前達がここで死ねば、兜が悪用されるのは確実。家族はどうなるかな?
おまけに新しい所有者が兜を使いこなせるようになるのと、このキッタナイ空気に慣れるための訓練で時間がかかるから、必然的に他の武将への負担も大きくなるぞ。」
少し森親子の纏う雰囲気が変わる。心の火山活動が落ち着いてきているように見えた。もう一押し。黒田は息を吸い込んでから金色の目を見開いて言った。
「誇り高く犬死にするか。みっともなく生き残って捲土重来を狙うか。どちらがよい?」
鬼武蔵達は目を合わせた。森可成はゴーヤを身体中に詰められたが如く苦い顔で口を開く。
「わかりました。案内しましょう。」
こうして、彼らはもう一つの日本への入り口を案内して貰えることになった。 ちなみに洋平と悠太、双子と幽斎は帰った。
「ゆうさい先生! 夕飯は何ですか? ぼくはエビフライが食べたいです!」
「ぼくはお母さんが好きなゴーヤ料理がいいです。」
二人と手を繋いだ幽斎は目を三日月のように細めると、花が咲くように口を開いた。
「そうですね。じゃあ両方作りましょう。今日も手伝って下さいね。」
「はい!」
歩き出す彼の背中へ、森可成は低い声で言葉を掛けた。
「幽斎博士。」 幽斎を見上げて手を強く握る双子。幽斎はそれを握り返すと、静かな声で言った。
「わかっています。……もう少しだけ、待っていてくださりませんか?」
行也達はビニール紐で後ろ手に縛った鬼武蔵達の案内で、もう一つの日本への入り口を目指す。
彼らは友樹の車とタクシーに二台の計三組に別れて乗り込んだ。
友樹が運転する車には。鬼武蔵、そしてその左右に神崎、ラザニア。タクシーには前田と行也。もう一台には森可成の左右に行人とラーシャ。前の座席に光紀。
森可成に注意しつつ、行人は窓の景色を見た。
「……うちの高校に向かってる!」
――灰色を混ぜたように濁った紫色と白い雲のマーブル空の下、山田兄弟の高校へと降り立つ九人と三匹。彼らは正門からこっそり登校した。
ちなみに眠っていたヨッシーと、幽斎に会わせるとめんどくさいことになるのが確実な細川は家に置いていかれた。そして明智は鬼武蔵に会う前に駅前のペットカフェ兼ホテルに預けられている。
もう二十時をとっくに越えていたため、四角い校舎は一部だけしか光っていなかった。そして校庭には誰もいない。校庭を横切る電車の高架下をくぐり、彼らはさらに奥にある校庭を目指した。
一見何ともない、いつも通りの校庭。しかし、鬼武蔵が指した箇所を行也が掘ると。銀色に輝く星形のマンホールが出てきた。
「下に降りる時不便なので、縄を解いてくださりませんか?」
財布、プラチナ製の腕時計他、さまざまな金品や武器を回収した行也達は、彼らの縄を解いた。行也が光紀に借りた強力な懐中電灯でマンホールの中を照らす中。森可成、前田はマンホールの下へと壁に埋め込まれたはしごを降りていく。 そして最後に鬼武蔵。下へ降りきった前田は、彼に向かって何かを投げ上げた。
「マンホールから離れろ!」
「アディオス! バカども!」
島津の言葉で行也達が走り出した数秒後。鬼武蔵はこれ以上にない笑顔を浮かべ。前田から受け取った何かを行也達へ投げる。
行也達の背後ではドガァン! と噴水のように土煙が吹き出した。
「ギィャアアアアア!」
砂煙で満たされた水槽を泳ぐが如くわけもわからず吹き飛ばされた行也達。しかし。彼らは運良く雑草の生い茂るじゅうたんに着地。振り返った彼らが見たのは。直径四mほどの深い闇。そしてマンホールはピッチリ隙間なく綺麗に閉まっていた。
行也が手を震わせて会社に電話する中。少し放心状態の彼らを何者かがライトを揺らし照らした。
「そ……そここで何をやっている……山田ぁ?」
へっぴり腰に涙目の若い男性教師は、目を丸くした。
「あっ後山先生! スゲー怖いヤツが爆弾投げてきて、校庭に穴が空いちまった!」
日本史の後山先生は顎が外れる程に口を開いて絶叫した。
「えっえぇー!!! 怪我はないか? で、そ、そいつは? 警察を……。」
「いや、もう遠くへ逃げちまったし、ある意味外人だから捕まえらんねーんだよ。」
「そ、そうか……。」
口を金魚のようにパクパクさせた後山先生は、携帯をポロリと落とす。それを黒田は拾った。
「あ、お、モモンガさんありがとう。」
「どういたしまして。」
「へァヤあー!」
後山先生は涙目で腰を抜かした。行人は、行也とそんな彼を助け起こしながら声を少し荒げた。
「黒田先生、またやりやがった!」
余りにも深い深い深いクレーター。後山先生が加わってくれて七人で穴埋め作業をはじめるが、なかなかメドがつかない。
そこで彼らは霧沢に電話して助っ人を寄越してもらうことにした。
「ヤクザじゃから、ヤバいものを埋めるプロじゃろ! もしもし……鍋島殿?」
――数十分後。ピンク色のジャージを着た三人組と鍋島がやって来た。
「お待たせしました! さぁ! 夜明け前には終わらせましょう!」
小さなスコップを握りしめ、気合い十分な鍋島が乗っているのは。神崎組宿舎で行也達を襲った三人組の一人の肩であった。残りの二人も脇にいる。
反射的にスコップを構える行也達に、三人組は深々と頭を下げた。
「その節は申し訳ありませんでした!」
神崎はため息を吐きながら肩をだらりと落として言った。
「……もうわかった! さっさと作業に入るぞ!」
「おーっ!」
もくもくと作業を始める行也達。
そんな中、ヤクザ三人組の一人はスコップをせっせと動かしつつもポロリと言った。
「こうしてると、こないだかずしを埋めたことを思い出しちゃうな。」
他の二人も頷く。
後山先生の下の名前もかずしであった。彼はピタリと動きを止め、白い顔でヤクザをそーっと覗き見る。ヤクザは首と手を振った。
「犬だ。ラブラドールレトリバーの。」
深い息を吐く後山先生に他のヤクザは話しかけた。
「うちはどちらかというと総会屋とか、借金の取り立てとか、化粧品とか健康食品とか拳銃の売買とかが多いかな。わりと文化系みたいな?」
もう一人も頷く。
「そうだねぇ。一応、色々訓練はしているけどな。警察に職務質問を受けた時の切り抜け方とか……逃げ方とか……並みのブラック企業より研修はしっかりしているかも。
……先生、よい生徒がいたら紹介して下さい。」
後山先生は腹の底から声を出して言った。
「さすがにそれはちょっと無理です!」
……その後何とか校庭を元通りにした十人は解散した。
次の日朝。行也は今までにない程の重い足取りで会社に向かった。
「本当に申し訳ありま……。」
頭を深く深く心から下げる行也に、社長は淡々と彼に告げた。
「高校を卒業してからずっと目をかけてきたが……君を見損なったよ。うちの規則、覚えているよね? 明日からもう来なくていい。」
「えっ……あ、あの……。」
両手を上下に動かし、涙目の行也に社長は背を向けた。
「言い訳はもう、聞きたくない。今までお疲れさま。」
行也は、軽蔑と悲しみの漂う社長の背中に、今までのことを走馬灯で思い出しながら深く深く深く深く頭を下げた。
「……連絡をせずに遅刻したり、本当にご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。
今まで本当にお世話になりました。ありがとうございました。」
彼はドアの前でまたお辞儀すると、静かに部屋を出た。




