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戦国DNA  作者: 花屋青
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黒糖

空の一部がオレンジ色に輝き出すと、

行也と島津は市役所を出た。


「城井師範、ありがとうございました。夕飯の支度と立花山城に行く用事があるので失礼します。

明日は仕事なので明後日また宜しくお願いします。」

行也は霧沢の車を壊した件で、彼に竹馬を要求されていた。

そこで立花山城に電話して、光る竹馬を貰いに行くことになったのだ。

ちなみに霧沢との連絡は、鍋島を介している。


哀愁が漂う夕焼け色に染まりながら、行也は赤い竹馬を走らせた。


「城井師範は子孫の方を心配なされていましたね。なんとか調べられないでしょうか。」


「城井殿のご子息なら、優秀だと思うから大丈夫そうでござるが……。

気持ちはわかるし、拙者も一肌脱ぐでござる!」


「ありがとうございます。」


その時、みっちゃんから電話が来た。

行也の肩の島津が、携帯を行也の耳に当てる。

行也は会釈すると電話に出た。


「もしもし……休学届け? 何かあったのか? 

……ならいいけど……。

わかった。今、市役所から帰るところで……え? 

いいの? ……ありがとう。」

行也は帰宅すると、夕飯の支度をし、洗濯物をしまう。

そして迎えに来たみっちゃんの車で立花山城へ向かった。


立花山城では、花立専務……戸次ティーチャーが出迎えくれた。


「本当は訓練スタンプを集めないといけないのだが、まぁいいか。大量にあるし。」


霧沢用に紫色、ラーシャ用に青、そして光紀用に水色の透明な竹馬が渡される。

光紀は、自分の腕の中で透けて光るアクアマリンのような竹馬を、

顕微鏡で見るが如く細部までじっくり観察した。


「これは……。」

「大人気! 

ライキリシリーズ! 光る竹馬だ!」

「どなたに人気なんですか? 

ライキリシリーズなんて初めて耳にしましたが。」


明智に肩をつつかれたことに気が付かず、

光紀は首を傾げて、戸次ティーチャーを見た。

戸次ティーチャーは言葉に詰まる。


「……私とか私とか私…。」


その時剣道の竹刀を持った高木が来た。肩には高橋モモンガがいる。


「私も好きですよ。ライキリシリーズ。」


高橋も同意。

「私もです。」


戸次ティーチャーは嬉しそうに微笑んだ。

「みんな大好き! ライキリシリーズ!」

こうして、行也と光紀は立花山城を跡にした。


そして以前から竹馬を欲しがっていたラーシャと、公園で待ち合わせすることに。

ラーシャには光紀が竹馬を渡してくれると言う。


「ではラーシャ君と公園で待ち合わせするから、これで失礼する。

私は暇だから、ラーシャ君と待ち合わせした後、

霧沢さんのご自宅まで運転してもよいのだが。」


「ありがとう。でも霧沢さんの家は神崎組の宿舎だから、

あんまり色々な人に来て欲しくないみたいだからいいよ。」


光紀は目と口をパクパクさせた。

「お、お前は大丈夫なのか? 危ないから私の車で…」


「『神崎組手出禁止手形』があるから大丈夫。」


そういうと、行也は手形が入ったクリアファイルを首から下げた。

一方、時高の家に寄った後、行人は帰宅。

すぐに暗く静かな部屋に明かりを灯す。

家には彼一人きり。

黒田と島津は城井氏の子孫を調べるために、外出中だ。

テーブルの置き手紙を読むと、行人は小さく呟いた。

「……そういや、一人でご飯を食べるのは、久しぶりだ……。」


食器の硬質な音しかしない静まりかえった部屋で。

彼は黙々とゴーヤカレーを食べる。

いつもより早く食べ終わった彼は食器を片付けた。

そして独り言を呟くと、素振りを始める。


「時高は変だったな……それに、立花しゅうしげって誰だ。」


その後、彼は頭を切り替えて黙々と木刀を振る。

彼の体から汗が吹き出した頃。黒田と島津が帰ってきた。


「ただいま。」


「おかえり!」

玄関に走って元気よく挨拶した行人だが。

あっ、と呟いてそっぽを向いた。


島津は悲しい顔をしたが、黒田はあんまり気にしない様子で、テーブルの上の手紙を見た。


「……立花宗茂殿!?」

黒田は急いで封を開ける。

「何て書いてあるんだ?」

行人の言葉に答えるように、黒田は手紙を読み上げた。


『突然のお手紙、失礼します。私は立花宗茂と申します。

この度、筆をとりましたのは、今後のことをご相談したいからです。

ぜひ、一度お会いしたいです。しかし、奄美大島の担当は私とガジュマル先輩しかおらず、動くことができません。


勝手ですみませんが、こちらを訪ねていただけますとありがたいです。


「あ…まみ…大島……。」

島津は頭を抱える。

黒田は二枚目に入ったが、文章をぱぱっと見たとたんに無言で島津に渡した。


島津は強張る手で手紙を受けとる。彼は文章をさらっと目で追うと、ため息をついた。


「師匠! 早く読んでくれよ!」


島津は深呼吸して続きを読み上げた。


『島津殿にとっては、奄美大島は大変行き辛い場所であるかと存じますが、

お越しいただけると幸いです。』

「……何で師匠が行き辛いんだよ。」


島津は行人の厳しく鋭い目をしっかりと受け止める。

「拙者は友好関係にあった奄美大島に軍を派遣して、苛烈に侵略したでござる。その結果、奄美大島は島津家・薩摩藩の支配下になった。

それだけなら正直、武家として当然の行為だと思うでござる。しかしその後が問題で……。」


島津の目に、暗闇が映る。

「江戸時代の半ば。薩摩藩は藩の莫大な負債を返済する為、奄美群島の人々に重い負担を強いた。

……年貢の重さに押し潰されて奴隷になる島民も出たほどで……。

そう。黒糖地獄ござるよ。」

黒糖地獄とは。

奄美群島の人々が、生産した砂糖を薩摩藩に安く買い叩かれた上、

非常に重い年貢を課せられて苦しんだ生き地獄のことである。


薩摩藩が行ったこの政策は、現代の価値観では人の道に反している。

しかし、この政策を遂行した人物は私服を肥やした訳ではない。

藩のためにただひたすらこの政策に取り組んだのだ。

この人物は他の政策と合わせ、薩摩藩の財政状況を大幅に改善。

薩摩藩が時代の主役となるための原動力(資金)を生み出した。


……しかし、罪無き島民からあらゆるものを搾り取り、凄まじく苦しめたのは事実である。

そのため、島津氏の子孫は自身に咎がないのにも関わらず、和解に多大な努力を払うこととなった。

それだけ黒糖地獄は悲惨なことであったのだ。


奄美群島の島歌に哀しい歌が多いのは、

この時の苦しみ、嘆きを紡いで形にしたからと言われている。


行人は黙り、目に水を湛えて島津を睨んだ。


……その日から行人は、島津と黒田とはほとんど口を聞かなくなった。

行也が注意して、ランニングとご飯だけは一緒である。


しかし剣道は立花山城の高木さんか高橋モモンガ、

勉強は戸次モモンガか神崎に習うようになっていた。そして。手紙が来てから数日後。


「チケットは立花さんからいただいたし……。

お土産は春彦さんが下さった瀬戸内レモンのゼリーに、牡蠣の燻製、

行人が拒否したスライルーの立体一〇八匹Tシャツ、豚肉味噌煎餅、桜島どりの焼き鳥の真空パック、

それからガジュマル先輩用に……。」


「兄貴、それは木の栄養剤だろ!」


山田兄弟は、明日からの奄美大島旅行に備え、旅行の支度をしている。

お土産を肩掛けボストンバッグに詰めながら、行也は行人に尋ねた。


「どうしても来るのか? テストは来週だろ?」


「絶対行くぜ! たくさん美味しいもの食べれるしな!」


「……じゃあ二つ約束したいことがある。

それを絶対守れるって約束出来るか?」


黒田が目星をつけた食事処のリストをめくりながら、行人は上の空で返事した。

「うん。」


「旅行中の空き時間には黒田先生に勉強を教えてもらうこと。

島津師匠と黒田先生には礼儀正しくすること。

最低限でも起きた時と寝るときとご飯の挨拶、

何かあったら、ごめんなさいとありがとうございますだけは言え。」


「わかった。 ……え?」

行人はシフォンケーキのようなふにゃふにゃ柔らかい笑みを、

徐々にゴーヤのような苦々しい顔に変え、振りかえる。


「兄貴、俺がもう師匠や先生と口を聞きたくないのは知ってんだろ!」


行也は声を荒げる行人に平然と答えた。


「ああ。だから今までのように接しろとか、もっと気遣いを持って丁寧に接しろとは言わない。

ただせめて、恩人に最低限の礼儀をつくせと言ってるんだ。

それが出来ないなら、朝御飯に睡眠剤を入れてでも置いて行く。奄美鶏飯も島バナナのパフェも諦めろ。」

「……奄美鶏飯……島バナナ……。」


行人はリストを見つめてぎゅっと握りしめ、怒鳴った。


「……ちくしょー!」

次の日。快晴。雲一つない青一色の空の下。


兄弟達は友樹、戸次モモンガ、高橋モモンガと一緒に駅から空港行のバスに乗る。


なお、敵が着た時のため、神崎とラーシャは残ることになった。


友樹も残ろうとしたのだが。ヨッシーが立花に会いたがっていたのと、神崎の一言で同行が決定した。


「常識人が一人はいねぇと立花が可哀想だ。」


バスは市街地を通り抜け、緑深い田園地帯に入った。緑のリボンはサラサラゆれて空港へと誘導する。


少しして彼らは無事に空港に到着。

ギリギリまでお土産コーナーで試食をする行人を引きずり、

行也達は飛行機に乗り込んだ。


飛行機はうなり声をあげながら、ねずみ色のアスファルトを蹴って飛び上がる。

そして蒼の背景へ溶け込んでいった。


「すげー! トラクエのフィールドマップ見てえだ! 九州大陸って感じだぜ!」


行人は窓の中から外を覗き混み、目を輝かせる。

彼はさっきまで居た場所が地図のように見渡せることに興奮。


飛行機ばんざい! と両手を上げた。


行也はそれを微笑ましく見守りつつも、釘を刺した。

「確かにいい眺めだな。でも静かにしろ。疲れて眠りたい方もおられるんだ。」

行人は周りを見回した。

少し離れた座席で、スーツを着た男性がぐっすりと眠っているのが視界に入る。

「あっ、そうだな。わりぃ。」


行人はその男性に軽く頭を下げて、大人しく座る。


それを見た行也は、ふと振り返って後ろの光紀を見る。

「みっちゃん、大丈夫? 顔色が悪いけど……。」


「私は大丈夫だ。飛行機はわからないが。」


通路側の光紀は本を読んでいる。

タイトルは『飛行機が不時着した時に読む本』


本の表紙に描かれた飛行機は。光紀の手の中で不時着しそうにガタガタ揺れる。

通路を歩いていた可愛らしい女の子は、そんな光紀に無邪気に彼に問う。


「なんの本よんでるのー! おもしろい?」

光紀は白い顔を上げる。


「面白いというか……飛行機が落ちた…」


「飛行機さんが寄り道して家に帰る絵本だよ! 

漢字が多いから、大人しか読めないよ。ごめんね。」

「なんだー。」


光紀の隣の友樹の回答を聞き、女の子はつまらなそうに通りすぎる。


その背中を見て、ほっと長い息を吐く友紀であった。

その後も真っ青な顔で貧乏揺すりをする光紀に、

隣の友樹はそっと声をかけた。


「大丈夫だよ。天気予報が外れて天候条件もいいし、この機種は事故やトラブルが少ない機種だから。

それにこの航空会社も信頼出来る会社だよ。」


光紀のこわばった顔が少し柔らかくなる。


「そうなのですか……。

だから株主になられたのですね……。チケットをありがとうございました。


頭を下げる光紀に友樹は慌てて手を振った。


「気にしなくていいよ! 株主特典でタダだから。

それより、何かドリンクかなんか頼もうよ。それとも酔い止めがいいかな?」


「酔いというより、精神的なものだと思います……。」


「じゃあハーブティーだね。」


友樹のアドバイス通りに光紀がハーブティーを注文しようとした時。

若い女性の大きな声が密封空間に響き渡った。


「お客様の中に獣医様はおられませんか!」


呼び掛けに応じたテンガロンハットの若い男性が手を上げる。


一方、山田兄弟達は嫌な予感がして顔を目あわせた。

CAの女性はさらに大きな声で続ける。


「お客様ご協力ありがとうございます! 

……山田様! 山田様はおられますか? お連れのモモンガの様子が……。」

CAが客室にくる少し前に時間は遡る。


黒田、島津、ヨッシー、明智、戸次、高橋は人間の座席とは別室にあるペット用の籠の中に入っていた。

籠は六匹用にしては少し狭い上、暗い。


「く、黒田殿? どうしたでござるか?」


「黒田殿大丈夫ー?」


「……明智は、どう見ても大丈夫ではないと考える。」


戸次と高橋は、顔を目合わせると、そっと黒田を横たえた。


半ば無理矢理籠の中に入れられた黒田は、立ったまま口から泡を吹いていたが。二匹に横たえられると、

「荒木どの……」と呟いて白眼を剥いた。


その三十秒後。黒田の頭髪は剥げ、顔と声はしわがれ、一気に老けた姿となる。

ヨッシーはハの字眉で、黒田を不安げに見つめた。


「島津……黒田殿は大丈夫なの?」


島津は黒田の息等を確認する。

「一時的なショック状態で命に別状は無さそうでござるが……。

一応獣医の方を呼んだ方が良いでござる。」


「モー! モモ!」


明智は籠を揺すり、ありったけの声で鳴いた。

島津とヨッシー、戸次と高橋もそれに続く。


パチンコ屋並みの大音量で鳴く四匹。それを聞いたCAが一人、様子を見に来た。


「モモンガちゃんどうし……ギャアアア! 

ぞ、ゾンビモモンガちゃんがいるゥゥ!」


それから少しして。

獣医と客室乗務員の女性、山田兄弟が黒田達の部屋へ駆け込んだ。




「黒田先生!」

兄弟は檻の金網に指をかけ、歯を食いしばって金網を引きちぎる。


CAはその間に毛布を持って来た。

友樹と光紀は毛布を床に敷き、行也はそこへ黒田をそっとのせる。

そして獣医は黒田の息を確認。

「息はあるな。」


続いて彼は大きなボストンバックから聴診器を出し、黒田に当てた。


皆が固唾を呑み込んで見守る中。獣医は聴診器を外し、首を傾げた


「脈拍、息、ともに正常……お?」


黒田の顔は萎んだ風船に空気を入れたが如く、ふっくらと元に戻った。

頭髪も徐々にふさふさ生えてくる。


そして。黒田はゆっくりと目を開けた。

「荒木ど……。」


「先生!」


山田兄弟は涙目で黒田の手を握り、振り回した。

「良かった!」


「良くない! 良くない! 痛い!」


いつものようにちょっと甲高い黒田の声を聞き、皆は胸を撫で下ろす。


一方、山田兄弟達からお礼を言われた獣医は、腕組みをして唸った。


「原因が今一わからん。

でも命に関わる感じもしないし、心因性のものか?」

山田兄弟は顔を目あわせた。


「そう言えば電子レンジから出した時もこうだったな……。

狭くて暗いところがダメだって言ってたぜ。」

「その時もあらき殿……って呟いていたな。

……よっぽど有岡城のことがトラウマにだったんだろうな……。

今回はもっと広い檻にいれてもらうべきだった。

先生には申し訳ないことを……。

……皆さんどうかしましたか?」

その後。座席に多少空きがあったのと、動物アレルギーの客がいなかったのもあり。


黒田は毛が散らないように雨ガッパを被り、人間用座席に座った。

三連座席に二人で座っていた友樹と光紀と場所を交代。通路側に行也、真ん中に黒田、窓側に行人の並びである。


「黒田先生、大丈夫ですか?」


黒田はいつもより、ボリュームと覇気ない声で答えた。


「ああ。皆には迷惑をかけてしまったのぅ……。」


「いいえ、俺こそ配慮が足りませんでした。

帰りはもっと考えます。申し訳ないです。」


深く頭を下げる行也を見上げ、黒田は首を振った。

「いや、お前は悪くない…本当にワシは情けない……。」


珍しく疲れた顔でため息を吐く黒田を、

行也は不安げな三角目で見つめた。

行人も行也と似た表情でチラチラ黒田を見つめる。


「……あっ。」


行也の腕の時計を見た黒田は、小さく声をあげた。


「どうしましたか?」


「機内で飲み物はタダなんじゃからいっぱい飲め! あと三十分しかないぞ!」

「よかったです。いつものせこい黒田先生に戻って。」


「笑ってないでさっさと頼め!」


行人はそっぽを向いていたが。窓ガラスには笑顔が映っていた。


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