愛され武将立花
「モンスターを倒す旅にでも出るのかよ!」
空港のトイレから出てきた光紀は。
冬用ウインドブレーカー上下、長靴、ヘルメット、首には分厚いマフラーを巻き、ゴム手袋を着用し。手にはスネークフックを握っていた。
スネークフックは、蛇を扱うための道具である。
「つ」型や円を縦に割った形状のフックが先端部に付いた長い棒だ。
一m程のそれをギュッと握りしめると、光紀は凜とした顔で行人を見据えた。
「いまの季節はハブが多い。某国民的映画のTさんも、テレビドラマの最終回ではハブに噛まれて死んだのだ。」
光紀の服装は市街地を歩くには大袈裟な服装だが。 彼の言う通り、六、七月はハブに遭遇しやすい季節である。
一方、光紀の登山用リュックから頭を出した明智。彼は小さな携帯端末で奄美大島の情報を見ている。
「さすがにスネークフックは要らないだろうが……。
奴らは草が繁る場所とかから急に出没することもある。従って、念のために長袖長ズボンの方が無難だろうと明智は考える。
雨上がりは特に危険だ。……まぁ当分止みそうにないが。」
空港の外は、飛行機が着陸する頃から雨が地面を潤していた。
ザアザアと音をたてる、透明な細いボールチェーンで打たれる大きなガラス窓。それを見て行也の肩の黒田は唸った。
「さっきテレビで、台風が進路を変えて奄美大島にやって来そうだと言っていた。困ったのぅ。」
灰色のガラス窓を見てため息をつく彼ら。一方行人の目は売店に向いていた。
「待ち合わせ時間まで時間があるし、島バナナソフトクリーム買いにいっ……」
戸次、高橋、友樹の肩のヨッシーは首を振った。
「トイレならまだしも、私用でガジュマル先輩と宗茂を待たせたらどうするのだ!」
「戸次殿の仰有る通り! それにすれ違いの罠や腹下しの罠が発生するかもしれぬ!」
「だめだよー! ムネリンは待ち合わせの十分前には来るタイプだからー!」
「わかったよ! 仕方ねぇか……。」
行人は物欲しげにソフトクリームの大きなオブジェを見つめる。その視界の端に入ったのは。両手を振りながら走ってくる若く小柄な男だった。
「イマーレ! 皆さん! ようこそ奄美大島へ!」
色白で優しげな顔立ちの彼のファッションは、闇鍋のように統一感がない。 アマミノクロウサギの、短い耳つきヘルメット、
オレンジ色の長袖タートルネック。
その上には、ガジュマルの木のように気根と幹が絡まって編まれたデザインのベストを着用。
ベルトは漣と魚の二連シルバーチェーン。
長ズボンにはマンゴーやプラム、たんかん(柑橘類の一種)や島バナナが描かれている。
そして、魚模様の運動靴。
ああ、幽斎や春彦と同類か……。と、なんとなく思いながらお辞儀する行人達に、田中はにこやかに歩み寄る。
「初めまして、観光課の田中茂です。どうぞよろしくお願いします。」
彼はお辞儀すると、間髪入れずに名刺を配り始めた。名刺からは、たんかんの爽やかで甘酸っぱい香りが、ふわっと広がる。
「名刺、有り難く頂戴させていただきます。私は立花宗茂の義理の父であり舅の、戸次道雪と申します。宗茂がお世話になっております。」
「宗茂の父、高橋紹雲と申します。宗茂の面倒を見て下さってありがとうございます。」
友樹の肩掛けバックから飛び出して、戸次と高橋は深々とお辞儀をする。それに行也達も続いた。
田中もそれを見てまたお辞儀すると、戸次と高橋を見つめて、ちょっと気まずそうに言った。
「いえいえ。こちらこそムネリ……立花さんには助けていただいていて……。
楽しみになさっていた所にすみませんが……ムネリンは今日はこれな……。あっ!」
田中の見開かれた目の先には、淡い淡いクリーム色の小さくてほっそりしたモモンガ。モモンガはふらふらしながらやってくる。
「お、遅くなって申し訳…ないであります……。」
まだ約束の十一分前。決して遅くはない。しかしモモンガは頭を下げる。そしてそのまま前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか!」
「だ、大丈夫でござるか!」
今まで無口だった島津も、行也のリュックから思わず身を乗り出す。
「……ち、ちょっと……痛いでありますぅ……。
でも手出し無用……自分で立てます。」
つるつるする床を一生懸命掴んでモモンガは立ち上がろうとする。
駆け寄って手を貸そうとした行也達を戸次と高橋は制した。そして二匹は両手を上げて宗茂に呼び掛ける。
「立て宗茂!
高橋殿という武神の血を引き、名門立花家の名を継ぐお前なら!
これくらいの試練、乗り越えて見せよ!」
「武士なら! 何度でも立ち上がれ!」
立花に気がついた売店のスタッフは、店の前に進み出て手拍子を叩いた。
「ムネリン頑張れ!」
「ムネリンなら出来るよ!」
若い女性の、島バナナのような甘く優しい黄色い声援がロビーに響く。
周りにちらほらいた客も手拍子を始めた。
「頑張れ!」
「……みなさま……応援ありがとうございます……立花宗茂は……かんむりょうであります……。」
立花は身をぷるぷるふるわせつつも立ち上がる。
「ご心配をおかけしました。」
ふらふらゆっくりと。立花は歩き出す。周りは拍手しながら彼に暖かい眼差しを向けた。
立花はそれに軽く会釈すると、一歩一歩白く輝く床を一生懸命踏みしめる。
その度に足取りはしっかりとしたものになっていった。
そして、田中の真横に辿りについた頃には。定規のように綺麗な姿勢となる。彼は行也達を見回して、頭を下げた。
「見苦しいすがたをさらして、おはずかしい限りです。立花宗茂と申します。みなさま、遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます。
……殿、ちちうえ、お久しぶりです。」
彼は高原の朝の空気のような清らかな笑顔で、ヨッシーと戸次と高橋を見上げる。
戸次と高橋は、立花に近づくと優しく頭を撫でた。 ヨッシーは友樹の肩から飛び降り、島津もリュックから飛び出す。
行也達も立花に近づき、皆は目を凝らして立花を見つめた。
「傷はないようですが……。体のどこかを打ったとかはありますか?」
「ちょっと六キロほどトレーニングで走ったから疲れただけであります!
私は大丈夫であります! それより……。父上?」
高橋は立花のおでこにそっと手を当てて、眉を潜めた。
「熱いな……。」
「ムネリン、やっぱり無理しちゃ駄目だ! 動物病院に送……」
田中の言葉を遮り、立花は強く首を振った。
「私はち……みなさまにお会いできることを楽しみにしてたであります!
そもそも呼び出した私が案内をしないなんて不義理であります!」
「いえ、迎えに来て下さっただけありがたいですよ! ゆっくり休んで下さい!」
友樹の言葉に頷く皆。
しかし、立花は率先して歩き出す。高橋はそんな立花の腕をつかむ。
「宗茂。これから先は長い。敵が来ないうちに休みなさい。」
「嫌です!」
「宗茂!」
田中はため息を吐くと、立花を持ち上げて肩に乗せた。
「……訓練のし過ぎで疲れがたまっていると、昨日獣医さんは仰ってました。
朝もあんまり食欲がなくて……だから僕だけこっそり来たんですが……。まさか追いかけてくるとは。」
田中は高橋と戸次を見つめて続ける。
「ムネリンはみなさん、特にお父様達にお会いするのをずっと楽しみにしてたんです。
皆さんの存在を聞いてから、毎日毎日お正月の替え歌を歌って指折り数えて待っていました。何かあったら僕が直ぐに動物病院に送り届けます。」
高橋と戸次は顔を目あわせて唸る。
「ちょっと失礼するでござる。」
島津は立花の脈などを見た。そして、光紀から借りた体温計を立花に渡す。
――三分後
「一〜二時間くらいなら何とか……。市役所での会議が終わったら、そのまま立花殿は獣医の所へ、ということで宜しいでござるな?」
「宗茂。そうしなさい。」「ムネリン。主君命令だよ。」
島津と父と義父とヨッシーの、暖かくもずっしりとした眼差し、皆の彼を思う空気を受け止め、立花はやっと頷いた。
「じゃあ、光紀が帰って来たら出発じゃ!」
黒田がそう言った瞬間、光紀はトイレから帰ってきた。手には濡れたスカーフを持っている。
「これは、保冷剤入りスカーフです。気休めにはなるでしょう。……失礼します。」
光紀はそう言うと、そっとスカーフを立花の首に巻いた。
立花は頭を下げる。
「ありがとうございます。……では参りましょう。ガジュマル先輩、運転お願いします。」
――市役所へと車を飛ばすガジュマル先輩こと田中茂。信号待ちの際、行也は彼に問う。
「そう言えば、高橋さん達の存在はどなたにお聞きしたんですか?」
「金髪のイケメンお兄さんですよ。大島紬の展覧会にいらっしゃったお兄さんと、ムネリンがランニング中にばったりあったんです。」
「それって……細川幽斎さんですか?」
「そうですよ。
小学生くらいの双子の男の子を連れて、フェリー乗り場で歌を歌っておられました。
男の子達の声は綺麗なだけじゃなくて、なんというか心に染み入る声でした。 何となくですけど、色々つらいことがあったんじゃないかなって思いましたよ……。
……雨が酷くなって来ましたね。」
空の色は灰色から暗灰色になり。空から落ちる透明な珠は、キリで穴をあけたような小さな水玉から、数珠のような大きな水玉に変わっていた。
バッサバッサと音を立てて窓を激しく叩く雨。
フロントミラーを磨く二本の棒は、早送りのメトロノームのように規則正しく動く。
それでも正面から鯨の潮吹きが直撃したが如く、水のカーテンが貼り付くフロントガラス。
田中はぼやいた。
「何か嫌な予感がする……。」




