2日目 個人的な会話は、小声ですべし
#キショすぎる
#電車内での飲食、通話はお控えください
#あくまで寝落ち
飲食は、どこまでなら許されるのだろうか。
電車の中で飲み物を飲むのは、まあいいだろう。
家を出る時、親切すぎるおばさんが、お弁当まで作ってくれた。稀におにぎりくらいなら食べている人を見かけたことはある。しかし、お弁当を食べている人は見たことがない。
電車内で食べるのは、さすがに諦めよう。
本当に申し訳ないのだが、相席してきたことといい、知らない人を家に泊め、お弁当まで作るあたりといい、結局かなりやばいおばさんだったと思ってしまうあたり、私は性格が悪い。
だから今、こんな状況なのだろう。
ホームに電車が止まる。
来るのは分かっているのに、電車が目の前を一瞬通り過ぎる瞬間、ちょっとびっくりする。
毎回、思ったより迫力がある。
でも、平気ですよって顔をする。
誰が見ているわけでもないのだが、停車する電車のスピードごときでビビっていると思われたくない。
電車に乗ると、かなり空いていた。
角席は埋まっていたが、それ以外の席はほぼ空席だ。
待機列は結構できていた。しかし幸い、私はその先頭にいたため、一番最初に電車内での場所を確保できた。
角席には人がいたため、一つ席を空けたところに座る。
こういう時に一つ席を空けるのは、地球人の常識だ。
ぞろぞろと人が乗り込んでくる。
私と角席の間にも、人が座った。
あっという間に座席は埋まったが、ちょうど座席が埋まり、何人かがドア横の寄りかかり立ちスペースへ行くくらいでドアが閉まった。
待機列は長かったが、電車自体も空いていたため、ほぼ全員が悪くない位置取りをできただろう。
スマホを開くと、電話がかかってきてしまう可能性があったため、スマホは開かなかった。
なので、今どこにいるのかも分からない。
だが、
「次は、浜松、浜松」
というアナウンスで、静岡まで来たことに気づいた。
一旦、どこか人の少ない駅で降りて、お弁当を食べよう。
そう思ったところで、浜松駅で電車が停車し、若いカップルが乗車してきた。
そして、私の目の前に立つ。
電車が発車する。
結構静かな車内で、そこそこの声量でイチャイチャする彼らのことを、今の私の状況も相まってか、まだ可愛いとは思えない。
同年代くらいに見える。
「ええ〜、でも〜、ゆうぽんかっこいいんだもん〜」
「ははっ、うるさ笑」
みたいな会話を永遠としている。
聞くつもりはないのだが、スマホを封じている今、そいつらの会話が嫌でも耳に入ってきてしまう。
次の駅が人気のない駅だったら、降りてお弁当を食べよう。
そう考えていた私の予定が狂ったのは、そのカップルの男の方に、とある電話がかかってきたことが始まりだった。
「はい……はい……えっと、ああーと、え? まじすか……はい。わかりました」
「え? まじすか……」のあたりから、男のテンションは明らかに下がっていき、電話を切る頃には顔面蒼白になっていた。
仕事ですごいミスでもしたのだろうか。
女が、
「どしたの?」
と聞く。
男は、
「……ちょっと仕事でミスっちゃって」
と言った。
すると女は、
「そんなにやばいミス?笑」
と言う。
男は、
「まあまあ……」
と、はぐらかした。
彼女にミスの内容を言いたくないのだろう。
しかし彼女は、
「秘密なしって言ったじゃん」
と、さらに追及する。
それくらい放っておいてやれよ、と思う反面、そんな女を選んだのはお前だろ、とも思う。
すると男は、
「じゃあ、絶対怒らないでね?」
と前置きをした。
彼女に怒られるような仕事のミス?
そう思ったところで、電車が次の駅に停車した。
そこが人の多い駅だったのかどうかは分からなかった。というか、見ていなかった。
ここで降りるという選択肢は、もう私にはない。
話を聞いているのがバレないような感じで下を向いていたが、そもそも声量的に、普通にしていても聞こえる。
ならこれは、不可抗力というものだ。
というか、こんな話、もっと小さい声でしろよ。
そう思ったのは、男のミスが、想像以上にキショかったからだ。
要約すると、男は同じ会社の後輩女性とすれ違うたび、腰をその女性の尻に意図的に擦り付けていたらしい。
その後、女性たちが会社へ証拠付きで訴え出て、今、男の上司から電話がかかってきたところらしい。
控えめに言って、キショすぎた。
普通に、さっきの駅が混んでいようと、降りていればよかった。
今までの人生で聞いてきたエピソードの中で、最も気持ち悪いと思う。
普通に手で触ってくるとかより、何かこう、粘着性のあるキモさだった。
もちろんセクハラなのだが、その一言では片付けたくない罪だ。
被害者の女性たちに、深く同情する。
というか、そもそもそれを電車の中でそこそこの声量で話すとか、恥という言葉を知らずに生きてきたのだろうか。
しかも彼女にそれを話すとか、色々終わっている。
当然だが、彼女はドン引きしていた。
次の停車駅に停まると、彼女は降りようとする。
男が、
「え? まだここじゃないよ?」
と言う。
すると彼女は、
「いや、あの、普通に近づかないで」
そう言って、女だけが降りていった。
男はかなり落ち込んだ様子で、手すりに体重をかけた。
当たり前だよ。
男の話が聞こえていた乗客全員が、一斉に男へ突っ込む心の声が、私には確かに聞こえた。
すると男は、しばらく上を眺めたのち、
「俺が悪いっすかね?」
と、私に聞いてきた。
え、なんか話しかけてきたんだけど。
キショいのが。
え、どうしよう。
男の質問に対する回答は一択だ。
日本語なら二文字、英語なら三文字で返せる。
だが、初めてすぎるこの状況で、返す言葉が思い浮かばない。
私は、
「……あはは」
みたいな感じで、お気の毒に、というニュアンスの苦笑いだけ返しておいた。
私に聞いているということは、話が聞かれていたのは分かっていたのだろうか。
だとしたら、その鋼どころではないメンタルは、もはや羨ましいまである。
すると男は、
「怒らないでね? って俺、言いましたよね……?」
と、涙声でまた話しかけてきた。
私としては、苦笑いで会話を終わらせたつもりだった。
だが男の中では、まだ続いているらしい。
まあ、彼女は怒ってはいなかったのではないかと思う。
怒るとかの次元ではなく、むしろお前に恐れおののいていたように見えた。
私が彼女の立場だったら、普通に戦慄する。
そして、同じような対応を取っていただろう。
お前に戦慄してたよ。
そう言いたいのをグッと堪え、私は、
「そうですね……」
と言って、首を傾げておいた。
もうこれ以外、対応が思いつかない。
これ以上、話しかけないでほしい。
その願いが届いたのか、ちょうどそのタイミングで次の停車駅に停まり、男は降りていった。
念願の、人の少ない駅だった。
だが、ここで降りるという選択肢は、私にはなかった。
男が降りたタイミングで、二つ隣の角席が空いた。
すると私の横の人が、角席へ一つずれた。
毎回思うのだが、それを見ていると、
そこまでして角がいいか?
と思う。
隣にずれただけならまだいい。
だが、向かい側の角席に移動されたりすると、「私が臭かったのかな」とか思ってしまうのでやめてほしい。
まあ、隣だったら私もずれるんだけど。
目的の、人の少ない駅に着いた。
周りは住宅街ばかりで、「田舎の方」という感じだ。
ベンチに座り、お弁当の蓋を開けようとしたタイミングで、飲み物を買おうと思い、すぐ横の自販機を見る。
駅のホームの自販機って、なぜこうも魅力的な飲み物がないのか。
値段が少し高いのはいいとしても、街中の自販機を見習ってほしい。
私は渋々、水を購入した。
そしてまたベンチに座り、お弁当を開ける。
シンプルなシャケ弁当だった。
やばいおばさんに感謝しながら、渋い水と共に完食する。
また電車が来る。
今度は誰もいない。
なので、電車が目の前を通り過ぎる瞬間、小声で、
「うぉっ」
と言ってみた。
すると、なんだか虚しくなったので、人がいようがいなかろうが、二度とやらないと心に決めた。
時刻は午後六時を過ぎる。
帰宅ラッシュの時間帯の人混みも抜け、午後九時ごろ、私は一瞬だけ開いたスマホで検索した、「近くにネットカフェのある駅」で降りた。
改札を抜けると、かなり閑静な住宅街の中に、オレンジ色の看板が見えた。
知っているものを見ると、知らない土地でも少し安心する。
その日を終えるには少々体力が余っていたので、漫画を読み始めた。
しかし、読み始めた瞬間に眠気が襲ってきた。
私はすぐにネットカフェのシャワーを浴び、そのまま漫画と共に寝落ちした。
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