1日目 老人は席を譲られたら座るべし
#電車あるある
#全て作者の偏見です
#駆け込み乗車はやめましょう
電車の角の席は、空いていなかった。
ふたつ隣は空いている。今回はわりと長時間乗る予定なので、真ん中席でも座っておくことにした。
前に長時間乗車した時、「真ん中席ならいいや」と座らなかったせいで、その後どんどん電車が混み、かなり辛い思いをした経験がある。ちなみにその時は、横にいたおじさんと、「もし席が空いたらどっちが座るか」の無言の争いを繰り広げ、最終的に敗北した。
座席の左右はどちらもおじさんだったが、どちらもスーツ姿なので問題ない。気をつけなければいけないのは、褐色系のシワシワの服を着たおじさんが座っている時だ。たまに鼻が捻じ曲がるほど、すばらしい匂いの方がいる。
電車のドアが閉まる。
すると、腰の曲がったおばあさんが全力ダッシュで駆け込んできた。ギリギリ間に合う。八十歳くらいだろうか。めちゃめちゃ速くてワロタ。
しばらく息を整えている。
私だったら、少し恥ずかしい時間だ。別に誰も気にしていないのだろうが、とりあえず「なんかすみません」みたいなニュアンスの軽いお辞儀くらいはするところだ。
だがおばあさんは平気そうだった。
するとおばあさんは、私の目の前の手すりを掴んだ。そして、めっちゃ目が合った。
さあ、どうしよう。
まあ、私はおばあさんに座ってもらって構わない。それで楽になるなら、喜んで席を譲る。
おばあさんが、“座るなら”。
もし私がネットの討論系ニュース番組に論客として呼ばれ、テーマが「若者が高齢者に席を譲らない問題」だとしたら、私は提言したい。
老人は、席を譲られたら問答無用で座れ。
こっちが譲った時点で、そちらが座る以外にハッピーな結末はない。
なぜなら、もし譲られた老人が、「いえいえ、本当にいいんで」とか言って断ってきて、変な空気のまま、また座席に戻り、次の駅まで過ごすことになるのは、立っているよりむしろ辛いからだ。
だから座れ。
もしその老人が、「自分はまだ若い」とか思っているなら、席を譲られている時点で、少なくとも私たちから見れば老人ということなので、座れ。
私の考えでは、若者が席を譲らないのは、性格が悪いとかではないと思う。中にはそういうのもいるかもしれないが、大体は「スマホを見ていて気づかない」か、「断られた時に変な感じになるのが怖い」かだ。
スマホはどうしようもない。だが、断られる可能性を無くせば、若者も結構譲るのではないか。
だから座れ。
話を戻すが、とにかくこの目の前のおばあさんに、私が席を譲るかどうかが問題だった。
左右のスーツおじさんは、スマホに夢中で気づいていない。しかも私はおばあさんと目が合ってしまっているし、おばあさんはまだ少し息切れしている。
結局、譲ることにした。
全然いいのだが、「どうぞ」と私が言った時、おばあさんは何も言わず、ありがとう、というニュアンスの微笑みだけをくれた。
「あ、全然いいですよー」「いえいえ、座ってください」「じゃあありがとうございます」
くらいのラリーは覚悟していたが、まあ断られるよりは全然マシだ。
そして私は覚悟した。
この時間帯、次の停車駅で大量に人が乗ってくるだろう。
他の席はどこも空いていない。次の駅で誰か降りないかと思ったが、誰も降りず、結局私は人の渦に飲まれた。
おばあさんに席を譲った後、私は電車のドア横――寄りかかって立てる場所にいた。
それがいけなかった。
座席の真ん中あたりで立っていれば、こんなに押されずに済んだかもしれない。
どんどん人がなだれ込んでくる。
一旦、待機していた列の人たちは全員乗り込んだようだった。しかし、電車のドアはなかなか閉まらない。時間調整とかなのだろうか。必要なことなのかもしれないが、この間にも人がまた乗り込んできてしまい、さらに狭くなるかもしれないので、さっさと閉めてほしい。
ほら、また乗ってきてしまった。
しかも大きいのが。
発車ベルが鳴る。
すると大きいのが、必要以上に後ろへ下がり、こちらを圧迫してきた。
いやいや、そんなに後ろに下がらなくてもドア閉まるって。
お前の目の前、めっちゃスペースあるやん。下がるなよ。
そしてドアが閉まり、電車が発車する。
大きいのは、いまだ圧迫していた。
いや、もうドア閉まったんだから元に戻れよ。いつまで圧迫してんだよクソが。まじ頭悪い。なんなんコイツ。
若者が席を譲らない問題より、謎に圧迫してくる問題の方が、はるかに被害は大きい。
しかもこういう時に限って、次の駅までが長い。
私はイライラしながら耐えていた。
次の駅に着く。
大勢が降りる。
今日はここまでだろうか。この辺の地理は詳しくないし、変に何もない住宅街に降りる前に、この辺で降りておこう。
大量に降りる人の流れに乗って、私も降りる。
ドアの出入り口が、なんとなく詰まっているなと思ったら、先ほどの大きいのが、謎にドアの中央で、人の流れに押し出されまいとして、ドアを塞いでいた。
一回降りろよ。
なんなんコイツ。
大きいのの隙間を通り、駅のホームへ降りる。
左右には、私が乗ってきた車両に乗ろうとしている人たちの列ができていた。
みなさん、その車両には圧迫系ドア塞ぎ大男がいるので、お気をつけください。
私は心の中で、そう忠告した。
とりあえず、上の案内表示に従って改札へ向かう。
割と大きい駅のようで、改札はいくつかあった。改札の下には、どこの目的地へ行くのが近いのか書かれている。
〇〇市役所→
〇〇センター→
私はそんなんじゃなくて、どちらかというと、
飲み屋街→
住宅街→
とかの方がありがたい。
駅を出る。
街は賑わっていた。
時刻は午後八時ごろ。ちょうど飲みに行く時間帯だろうか。今日は私も、どこかでたくさん飲みたい気分だった。
この辺のことはよくわからない。そもそも初めて降りる駅だ。
ビルの五階にファミレスの文字が見える。しかし、ファミレスで長く飲んでいると、外国人の店員が通りかかるたびに睨んでくる気がする。
それに、八時ならまだ家族連れも多いだろう。飲んだくれは、子供たちの目の保養に良くない気がした。
私は飲み屋街の店を探すことにした。
今日は、一人で静かに酔いたい気分だった。
なるべく、一人で飲んでいても話しかけられない、わちゃわちゃした居酒屋がいい。テーブル席もカウンター席もあるタイプで、テーブル席がワイワイしている中、カウンターの一番奥の目立たない場所で飲む――そんな感じが理想だった。
だが、この時間にそんな都合のいい席が空いているはずもない。
結局、私はカウンター席のみの、おそらくおっちゃんの個人経営であろう店に入った。
店内に貼られた、昭和のどこぞのアイドルのポスターなんかを見ても、それはわかる。
この店の店主は、話しかけてくるタイプだろうか。
友達と二人で来たなら、そういうのも楽しい。しかし今は、知らないおじさんに話を聞いてもらいたい気分ではなかった。
ベロベロに酔ったらまた話は違うかもしれないが、どうせ私くらいの年齢の話題など最初の方で尽きる。
そして結局、おっちゃんの昔話を永遠に聞かされるのがオチだ。
今、おっちゃんは料理を作っている。
そのため、話しかけてくるタイプかどうかは、今のところ分からない。
とりあえず冷奴と生ビール中を頼み、様子を伺うことにした。
毎回思うのだが、疲れた一日の終わりに飲む一杯目のビールを超える飲み物は、ここ数十年、いや、ここ数百年、いや、ここ数億年、存在するのだろうか。
「染み渡る」という日本語は、このためにあるのだろう。
そんな一杯に気を取られ、店主が横のサラリーマンにめっちゃ話しかけていることに、少し遅れて気づいた。
サラリーマンも、常連という感じではなさそうだ。
サラリーマンとの会話がひと段落すると、今度は別の客に話しかけに行った。
めっちゃ話しかけるタイプだ。
どうしよう。
もうここでもいいか。
いや、今日は一人で飲むということにこだわりたい。
ビールがちょうど飲み終わる、今がチャンスだった。
冷奴など、おつまみではなく食事として食べるなら秒殺だ。
結局私は、ファミレスへ向かった。
この際、ビールでもワインでも、アルコールならなんでもいい。
ファミレスに着く。
隣のステーキ屋も魅力的だったが、ステーキ屋でひたすら酒だけ飲み続けるわけにもいかない。
最悪待つ覚悟もしていたが、中はかなり空いており、すぐに二人席へ案内された。
タッチパネルで、とりあえずワインを入れ、おつまみを二、三品頼み、注文を終える。
スマホを起動すると、LINEとメッセージの通知がめちゃくちゃ溜まっていた。
とりあえず、また電源を切っておいた。
ふと右を見ると、可愛らしい顔の配膳ロボットが二台、渋滞していた。
多少の障害物は無視して、力技でどけてしまえばいいと思うが、配膳ロボットは私と違って、とっても紳士的だ。
人間が運んできたワインを二杯飲み、三杯目を注文しようとしたところで、目の前の椅子に、知らないおばさんが座ってきた。
おばさんは、
「ここ、いいですか?」
と言いながら普通に座り、荷物を椅子の下に置いて、メニュー表を見始めた。
……え?
え、え、え、ちょっと待って。
なんか相席してきたんだけど。
あんまなくない? ファミレスで相席のシステム。
しかも他の席めっちゃ空いてるし。
普通に同じタブレットで注文してるし。
どういう状況これ。
状況が理解できない私だったが、三杯飲んでいたからか、おばさんのナチュラルな、
「なんで一人で飲んでるのー?」
という質問に、
「いろいろあって」
と、自分でも驚くほどすんなり答えていた。
綺麗な白髪のパーマのおばさんは、最初こそやばすぎたが、話してみると意外に面白かった。
私の話も適度に聞きつつ、自分の話も交えてくるので、普通に楽しく飲めた。
途中、盛り上がりすぎて、少し声のボリュームが上がった時は、通りかかった外国人の店員に睨まれた。
私の事情を話すと、おばさんは、
「うちに泊まっていきなよ」
と、まさかの今日の宿まで提供してくれた。
結局、閉店まで飲み続け、その後、近くのおばさんの家へ向かった。
閑静な住宅街の中にある、立派な一軒家だった。
普通なら、同居人に迷惑だろうと考えるところだ。しかし私は、このおばさんが夫の五股不倫が原因で数年前に離婚し、現在は一人で住んでいることを、先ほどファミレスで聞いていた。
しかもちょうどそれがオリンピックの年だったらしく、
「五輪中に五股って、まじウケるんだけど」
と、ベロベロの状態の私が爆笑するには、面白すぎるネタまで話してくれた。
酒を抜きたくはなかったが、明日のことも考え、私は風呂に入った。
風呂から上がると、リビングにはアイスクリームと敷布団が用意されていた。
おばさんは、すでに寝たのだろう。
今日までの出来事と、おばさんの優しさを思いながら食べるアイスクリームは、一杯目のビール以外で初めて、体に染み渡った。
翌朝、起きると、おばさんが朝ごはんの用意をしている途中だった。
さすがにそこまで世話になるわけにはいくまいと、私は一瞬で布団をたたみ、半ば強引に奪い取るようにおばさんからおたまを受け取り、味噌汁を作ろうとした。
だが、もうほぼ完成していた。
私は申し訳なさそうに、心ばかりのまぜまぜだけしておいた。
朝食を食べ終え、着替える。
するとおばさんは、
「まあ頑張ってね。無事着いたら連絡して」
と言ってきた。
私はLINEを交換し、深々と頭を下げる。
何回言ったか分からないくらい、「すみません」と「ありがとうございます」を繰り返して、おばさんの家を後にした。
そしてまた、駅へ向かう。
路線図を見ると、まだまだだった。
やはり、東京から広島まで電車で行くのには、時間がかかるらしい。
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