始まりの惨劇①
「おおーい、こっち人足りひんぞー。」
背中から声が飛んできた。
首から下げたタオルで汗を拭った山咲天魔は、火箸を片手に立ち上がった。
「・・・うぉーい、俺行くわー!」
アルミ缶の入ったビニール袋を振り回しながら声のした方へと向かう。
立ち上がった周りには、同じ様にジャージを着た生徒達がしゃがみこんだり腰を伸ばしてみたり、のろのろと箒を動かしたりしている。
皆一様に明らかに和んだ表情で、これでは美化活動というよりも昼下がりの日向ぼっこといった様子である。
今宮高校新入生の風物詩である美化活動とは、ピカピカの新一年生が千本通りから堀川通りまでを、揃いのジャージでぞろぞろとごみ拾いだの雑草むしりだのに精を出すという、なんとも暢気な行事である。
一応、大義名分として、地域への貢献と、仲間とのコミュニケーションを通して学生生活を豊かにしようという目的があるというのだが、正直そんな壮大な感じは見受けられない。
女子達はジャージでうろうろすることに物凄い抵抗感を覚えてコソコソとしているようだし、男子は授業を堂々とサボれる唯一の機会とばかりに羽を伸ばしている。
天魔にしてもそれは同じことで、こんな天気のいい日には外に寝そべって本のひとつでも読む方がいいくらいなのだが、机にかじりついて勉強に勤しむよりはぽかぽかと暖かい日差しに背中を差し出して空き缶でも拾った方がましということもあって、だらだらしながらも片手のビニール袋の中には結構なごみが入っていた。
「おおおー!天魔やんー!自分、今朝方も遅刻してたやろー!」
弾んだ声が飛んできた。
同じく声に呼ばれたのか、大きく手を振りながら、ごみ回収箱を載せた荷車を引き摺って数名がやって来た。
その中から声を掛けてきたのは、隣のクラスの猿山日乃出だった。
天魔とは同じ中学から今宮高校に進学した、数少ない仲間である。
「よお。何や見てたん。」
「教室からバッチリ見たでー、二時間目に天魔が体育する三年掻き分けて校庭歩いてきてるとこ!ほんま笑えたわー!高校入っても遅刻記録塗り替えてるやん!」
おとろしいねん、俺朝起きられへんのやから、天魔はひらひらと手を振ると、猿山の持っている回収箱に拾ったごみを分別していく。
ペットボトル用の回収箱を探そうとして目線をあげると、ちらりと冷たい視線とぶつかった。
これは、と思い返す。
同じクラスの、確か加藤という名前だったはずだが、話したことは殆どない。
その加藤が盛大にため息を吐いた。
「高校入ってまで遅刻が格好いいと思ってるやつと同レベルとか、ほんま恥ずかしいわ。」
加藤は舌打ちすると、
「喋ってる暇あったらはよ入れろや。」
と吐き捨てた。
「加藤!天魔はちょっと、色々と体弱いねん!」
咄嗟に反応したのは天魔ではなく猿山の方で、何に気を遣っているのか、声は上擦っている。
そんなに気にせんでも良いのになあと、庇われた形になった天魔の方が有り難くも申し訳なくて苦笑いしたい気持ちだったが、猿山は苦いものを飲み込んだような形容しがたい困り顔で天魔と加藤を交互に見ていた。
さてどうしたものか。
こういう場合は下手に弁明したりすると余計に面倒臭いことになるというのは、小学校、中学校と嫌と言う程味わった経験上、よく知っている。
どうしたものかと溜め息を鼻から抜いた時だった。
もう1つの荷車を押していた生徒が静かに口を開いた。
「向こうでも回収車呼んでんで。」
指差した方向では、何人かの女子がペットボトルが入ったビニール袋を抱えてうろうろしている。
「加藤。自分らも喋っとらんとはよ仕事するで。」
天魔より少し背が高いその生徒には見覚えがなかった。
目元まで伸ばした前髪と、真っ直ぐな黒髪が春の風に更々と揺れている。
少し重たい前髪の間から見える涼しげな目元と、しゃがれたような低い声が印象的な美形だが、全く印象にないということは別のクラスだろう。
昔から他人に興味がないからか、自分のクラス以外の人間は全く覚えられる気がしない。
が、そんな天魔ですらどことなく記憶に残る、独特の雰囲気を纏った人間だった。
加藤はちらりとその生徒を見ると、一拍置いてから天魔に睨み付けるような視線を投げていった。
そんなに嫌わんでもと思わないこともないが、自分を気にくわない人間が一定数いることには慣れている。
多分性格が悪いのだ、自分の方が。
天魔の方は余り気にしてもいなかったが、猿山の方がしょんぼりとしてしまって申し訳なかった。
「あ、ほな、天魔、また今度カラオケでも行こうな!からとまPの新曲出てたで!」
「おう。またな。」
猿山は手を振って先を行く二人の後を追う。
天魔はそれを見送ってから、ふと落ちていたアイスの袋を拾おうとしゃがみこんだ。
その瞬間、左足の膝に鋭い痛みが走る。
ドクッと太股の付け根が脈打って、呼応するように目の奥がズキンと鈍く痛む。
「・・・・・・はあ。」
少しだけ深くため息を吐いて、天魔はもう一度立ち上がった。
「いつまでも、痛むなあ。もう何年経ったと思っとんねん。」
痛んだ場所を刺すように、目頭から眼窩を押していく。
そのまま目を瞑ると、まだ目蓋の裏にはあの日の光景がこびりついていた。
インストルメントパネルで潰れた胸、45度に曲がった首、割れたフロントガラスに吹き出して飛び散った血糊、車内に充満する煙、暗闇。何かの警告音。
悲鳴、悲鳴、ガソリンの匂い。
悲鳴。
ぐらっと眩暈がして目蓋を開けた。
ゆっくり瞬きをして、もう一度息を吐く。
頬に柔らかく差す光が暖かかった。
そう、ここは京都で、もうあれから10年も経っていて、俺がいるのはあのトンネルの中じゃない。
当たり前の事を噛み締めるようにゆっくり反芻する。
ほっとした。
今度は慎重に右足に重心をかけてしゃがんで、落ちているごみを拾う。
もう左足は痛まなかった。
立ち上がった天魔は火箸をくるっと回すと、しゃがみこんだ他の生徒達を避けて残りのごみを拾いに向かった。
実は登場人物達全員に、実際のモデルか、イラスト製作アプリで作ったキャラデザがあります。
いつかどっかで載せたい。




