始まりの惨劇②
さっきは一髪触発やったな。
鳥辺野は女子生徒から不燃ごみが入った袋を回収しながらぼんやりと思った。
自分と同じく祓戸に所属する加藤と、隣のクラスの山咲天魔。
二人は同じクラスだが、どうも気が合わないらしい。
というよりは、加藤が一方的に山咲天魔を嫌っているように見えた。
皮肉った言い方をしていた。
加藤は遅刻がどうとか言っていたが、確かに山咲天魔は素行が良い方ではないらしい。
鳥辺野も良く知らなかったが、遅刻や早退が多いと聞いている。
隣のクラスと合同の体育も、殆ど出てきているのを見たことがない。
が、正直、鳥辺野からしたら、だからどうということもなかった。
山崎と同じ中学から来た猿は、事あるごとに天魔は身体が弱いと言っていたし、教員から咎められているところも見たことがないので、実際そうなのだろう。
山咲本人はそれにしてはふてぶてしいというか、あっけらかんとした態度で、そういうところが加藤なんかの癪に触るのだろう。
だが、別に恐縮していれば良いというものでもないと思う。
それよりも、この問題の原因は、加藤のなかにあるのだろう。
加藤は自身が祓戸であるということに強烈な誇りを持っている。
それもまた別に結構なのだが、多分その誇りは歪んでいる。
今宮高校の祓戸に在籍する自分は、その他の生徒よりも優れている、と、そんな思想は馬鹿馬鹿しい限りだと鳥辺野なんかは思う。
だが、実際そう考える生徒は多かった。
これは鳥辺野が祓戸に入って肌身に感じたことだ。
一般の人間は霊術を扱えない。
そればかりか、自分達が異種と呼ぶ「魔」の存在を認識すらしていない。
何も知らず、何も気付かず、気付かされず、薄氷一枚の平和の上で暮らしている。
それを愚鈍と見、自身を真理を見据えるものとして、優劣をつける。
それは、鳥辺野からすれば滑稽な限りだった。
たまたま見えるだけ、たまたま祓えるだけ、祓い方を教わっただけ。
ただそれだけの事だ。
機会を得なかっただけで、在野には自分よりも才あるものが五万といるかもしれない。
そもそも、才があるとか能力があるとか、そんなことで人の優劣は測れない。
測ることに興味がない。
とはいえ加藤は祓戸における鳥辺野の相棒なので、無視するわけにもいかない。
学校で、祓戸で、戦場で、自分の命を預ける相手だ。
できる限りの理解はしたいし、するべきだと考えいる。
相手の方がどうかは知らないが。
そんな事を思いながら次のごみ袋を回収したときだった。
突然、空気をつんざくような怒号と悲鳴が走った。
場が凍り付く中、鳥辺野は反射でポケットから警棒を取り出して走り出した。
悲鳴は南の方角、庚酉の方から聞こえた。
ぽかんと声がする方向へ振り返って立ち尽くしている生徒達を押し退けて、悲鳴が続く方へと全力で走る。
こういう悲鳴は絶望の警告だ。
鳥辺野は知っていた。
今まで、鳥辺野がこの種の悲鳴を聞いたのは三回。
うち二回はその場に居合わせた自分以外の人間の殆どが絶命した。
喉が千切れる程の振り絞ったような甲高い悲鳴。
一度聞けば二度と忘れない、それは自分が死ぬと理解した人間があげる最後の信号だ。
声の方へ走る鳥辺野に逆行するかのように、前方から生徒達がパニックで走り込んで来た。
鳥辺野はぶつかりかけた男子生徒の一人を抱え起こす。顔面は真っ青に歪んでいる。
ジャージの片袖がもげて、露になった二の腕から血が溢れていた。
「何があった!」
ぶるぶると痙攣する男子生徒はようやく顔をあげると、
「わからんわ!後ろで叫び声が聞こえて、振り返ったら皆血塗れで倒れてて、それ見てとにかく走って!途中で後ろから何かに捕まれて!腕、腕持ってかれた!」
ずるずると崩れ落ちる男子生徒を引き摺って近くの自動販売機の横に押し込む。
「ここで大人しく座っとれ。兎に角、助けが来るまで息殺して絶対に動くな!」
男子生徒は涙と鼻水と鼻血でぐちゃぐちゃの顔をしかめてようやく頷いた。
それを見届けるや否やもう一度全速力で走り出す。
警棒を大きく振るった。
伸縮性のこの特殊警棒は、勿論人間相手でも使い方によっては殺傷力があるが、特殊な石、精霊石と呼ばれる鉱物と銀を混ぜることによって、異種に直接物理的攻撃を加える事が出来る。
独鈷杵や弓や真剣や拳銃のような武器を携帯する訳にもいかない場合の非常用だが、それなりに威力もあり小回りも効く。
鳥辺野自身、警棒での戦闘に慣れてはいないが、異種の数や質によっては戦えなくはない。
間に合え、そう強く願いながらも異種の数、異種の種類、生存者の有無、それぞれのパターンを頭の中で駆け巡らせる。
ここは今宮高校から近い、増援は早いはずだ。少なくとも祓戸に在籍する他の生徒と教師陣は15分足らずでやってくるはず。
その間、生存者がいれば全力で保護、いなければそれ以上の被害を出さないよう防衛する。
兎に角、加藤と猿と合流しなければ。
頭の中で目まぐるしく考える。
走る足に力を籠めた。
いつも思う、一歩が遠い、現場はどうなっている。
息が上がらないよう呼吸を意識して全速力のまま通りの角を曲がった瞬間、目の前にひらけたのは地獄だった。
道路に倒れ込んで動かない者、座り込んで動かない者、皆血塗れだった。
道路にも血が流れている。
一人二人ではなかった。
細い通りに生徒の呻き声が重なる。
異種は!と視線を通りの奥まで駆け抜けさせる。
いない、ここまでは、まだ追って来ていない。
「・・・それならまだやり方がある。」
鳥辺野はがむしゃらに首から下げていたネックレスを引きちぎった。
これはこういうときの為に普段から身に付けている。
精霊石が嵌め込んであるのだ。
鳥辺野は通りの一番奥へと駆け込む。
手にした精霊石の一つを地面左端に突き立て、そのまま引っ掻きながら逆側地面右端にもう一つを突き立てる。
これで、低級な異種ではここへは入ってこれない。
これが結界師がいない場合の、簡易の結界となる。
鳥辺野は一番近くに座り込んだ男子生徒へ駆け寄ると顔を覗き込んだ。
息があるか。
「おい!意識は!」
う、と小さく口許が動いた。生存!
「立てるか!足は!」
う、う、と何度か呻いて、男子生徒は顔を上げた。
頬が大きく抉られている。
血糊でべとべとたなった目から涙が溢れていた。
ゆっくりと首を振る動作が見られた。
意識はしっかりしている、鳥辺野は男子生徒の胸に肩をいれて押し上げる。
ふらふらと何とか立ち上がった隙にそのまま体勢を変えて背中に男子生徒をおう。
「このまま路地の入り口まで行くで!気張れ!すぐに救援が来る!」
小さく首が縦に動いた。
助かる、助ける。
通りの入り口に男子生徒を下ろした。同じ要領で次の生徒へ声をかける。
簡易の結界でどのくらい役に立つのかは異種の強さで全く変わってしまう。
生存者がいる以上、ここにこのまま生徒達を置いていく訳にはいかない。
倒れていた8人のうち、5人に意識があった。運が良い。
それともここはまだ現場から遠いのだろうか。
意識のあるもの、怪我の程度の低いものに声をかけて、救援を待つように、絶対に動かないようにと言い含める。
意識のない者の中では胸と左太ももからの出血が酷い一名を除けば、一見して重体者はいそうにない。
鳥辺野はハンカチを裂いて重傷者の太ももを縛り上げて立ち上がった。
通りの入り口の道路に携帯用のスプレー缶で要救助者の目印であるRSを書き殴る。
これで、後から来る応援組にここが見落とされることはない。
「もうすぐここに救助者が来る!全員助かる!絶対に勝手な行動はせんと動かずに待つこと!」
叫んでから一気に路地を駆け抜けた。
同じことを何度繰り返すことになるだろうか。
精霊石はあと4つ。
そのどれもがPOORと呼ばれる等級の低いものだ。
精霊石は等級が高いほど能力も高い。
最高等級のものになれば、石に精霊そのものが宿っていると言われる程に凄まじい破魔の力を発揮する。
が、等級が低ければ結界としても簡易で、直接攻撃に使用しても少ないダメージを与えることしか出来ない。
自分の得意な弓も独鈷杵も持たない今、手持ちの精霊石をどう使用するべきか、そう考えながら路地を駆け抜けた。
異種の場所は血の痕を辿れば良い。
おおよその検討はついていた。
解散の集合場所となっていた公園。
この先にはその公園がある。
被害者が大通りの方には居なかったことからも、早めに集合した生徒が襲われたか。
それにしては逃げ切れた生徒が多かった。
怪我の程度もそこまで酷くはない。
多分、集合場所に、祓戸のメンバーがいる。
異種の足止めをしているのだ。
誰かが戦っている。護っている。
駆ける足に一層力が入った。
ここから生きて帰れたら、走り込みの練習をもうちょっと増やす!
鳥辺野は警棒をぐっと握った。
精霊石の設定は、自分の大好きな作品の一つのGS美神という神少年漫画から着想得てます。
退魔師が基本装備として警棒で戦うのは、警官の方は攻撃のためじゃなくて防衛のために警棒持ってるって印象からです。
この世界では、退魔師も祓魔師と違って、あくまで退魔、魔を退けるのが主であって、防衛戦を想定している設定なので、じゃあ警棒かなと。




