第三話 最強パーティ、盗賊団に就職を勧める
第三話 最強パーティ、盗賊団に就職を勧める
「勇者様、盗賊です」
セレスがそう言った時、ユートは街道脇の木陰で昼飯を食べていた。
「何人?」
「かなりいます」
「かなりって?」
「おそらく百人ほどです」
ユートは干し肉を噛みながら、街道の前方を見た。
確かにいる。
道の左右を埋め尽くすように、武器を持った男たちが並んでいた。
剣。
槍。
斧。
弓。
中には魔術師らしき者までいる。
その中央に、身長二メートル近い大男が立っていた。
巨大な戦斧を肩に担ぎ、右目には黒い眼帯、頬には大きな傷。
いかにも盗賊団の首領という外見だった。
「止まれ!」
大男が叫んだ。
ユートは干し肉を食べ続ける。
「おい!」
「聞こえてる」
「なら立て!」
「食べ終わってからでいい?」
盗賊たちがざわついた。
「お頭、こいつ馬鹿なんじゃ?」
「俺たちの人数見えてねえのか?」
「五人しかいねえぞ」
「女も二人いる」
「楽勝じゃねえか」
セレスが小さくため息をついた。
「勇者様」
「何?」
「嫌な予感がします」
「俺も」
「珍しいですね」
「干し肉が硬い」
「そちらではありません」
盗賊団の首領が戦斧を地面へ叩きつけた。
「俺は黒牙盗賊団頭領、ガルドだ!」
ユートが手を上げる。
「ユート」
「誰が自己紹介しろと言った!」
「自分がしたから」
「そういう意味じゃねえ!」
ガルドの額に青筋が浮かんだ。
「お前ら、持っている金と武器と食料を全部置いていけ!」
ユートは仲間たちを見た。
「どうする?」
剣闘士ガイラスが答える。
「斬るか?」
拳闘士バルガが立ち上がる。
「俺がやる」
魔法使いリリシアが杖を持つ。
「面倒だからまとめて燃やしましょう」
セレスが慌てた。
「待ってください」
「何よ」
「百人います」
「だから?」
「死者が出ます」
リリシアが盗賊団を見る。
「敵でしょう?」
「そうですが、勇者パーティが盗賊百人を消し炭にしたという話が広まるのは少々問題があります」
ユートが頷いた。
「確かに」
ガルドが怒鳴る。
「さっきから何を相談してやがる!」
ユートが答えた。
「誰が相手するか」
「全員で来い!」
「いや」
ユートは盗賊たちを見る。
「それだと多分、そっちが死ぬ」
静かになった。
そして。
大爆笑。
「聞いたか!」
「俺たち百人だぞ!」
「五人で何言ってんだ!」
「こいつ本当に馬鹿だ!」
ユートは首を傾げた。
「笑われた」
セレスが答える。
「普通はそうなります」
「どうしよう」
「話し合いでは?」
「盗賊と?」
「前回、古龍とも話し合ったではありませんか」
「ああ」
ユートは立ち上がった。
「じゃあ話すか」
ガルドを見る。
「なあ」
「何だ!」
「何で盗賊やってるの?」
ガルドが固まった。
「…………は?」
「仕事ないの?」
「何の話だ!」
「だから」
ユートは真面目だった。
「何で盗賊になったの?」
「金のために決まってんだろ!」
「普通に働けば?」
「働けねえからやってんだ!」
「なんで?」
ガルドは言葉に詰まった。
「それは……」
ユートは待った。
「戦争だ」
ガルドが吐き捨てるように言った。
「戦争?」
「魔王軍との戦争で村が焼かれた。畑も家もなくなった。俺たちは元々、王国軍の兵士だ」
盗賊たちから笑いが消えた。
「戦争が終わったら軍から追い出された。故郷へ戻っても何もねえ。仕事もねえ。食う物もねえ」
ユートが盗賊たちを見る。
若い者。
中年。
老人に近い者。
よく見れば装備もばらばらだった。
鎧には王国軍の紋章を削った跡が残っている。
「それで盗賊?」
「他にどうしろってんだ」
ユートは少し考えた。
「農業」
ガルドの顔が止まった。
「……何?」
「農業やれば?」
「馬鹿にしてんのか!」
「してない」
「土地がねえんだよ!」
「土地があればやる?」
「簡単に言うな!」
ユートはセレスを見る。
「土地って余ってない?」
「私に聞かれても困ります」
ガイラスが口を挟む。
「この先に廃村があったな」
「廃村?」
「ああ。魔王軍との戦争で住民が避難したまま戻っていない村だ」
ガルドが言った。
「知ってる。ベルン村だ」
「土地ある?」
「あるが……」
「じゃあそこで農業やればいい」
ガルドは額を押さえた。
「だからな!」
「何?」
「勝手に土地を使ったら領主に捕まるんだよ!」
「ああ」
ユートは納得した。
「許可が必要なのか」
「当たり前だ!」
「じゃあ許可もらおう」
「誰から!」
「領主」
「簡単に会えるわけねえだろ!」
ユートは少し考えた。
「俺、勇者だけど」
ガルドが止まった。
盗賊百人も止まった。
風が吹いた。
誰かの剣が地面へ落ちた。
「…………何?」
「勇者ユート」
ガルドはユートを見る。
次にガイラス。
バルガ。
セレス。
リリシア。
そして。
顔が青くなった。
「待て」
「うん」
「勇者ユートって」
「多分俺」
「魔王を倒した?」
「うん」
「五人で?」
「うん」
「十五分で?」
ユートが少し考えた。
「実際に戦ったのは五分くらい」
盗賊団が静まり返った。
ガルドの手から戦斧が落ちた。
「お前ら!」
ガルドが突然叫んだ。
「武器を捨てろ!」
百人が一斉に武器を捨てた。
ガシャン。
ガシャン。
ガシャン。
街道が武器だらけになった。
ユートが驚く。
「何してるの?」
ガルドが地面へ両手をついた。
「申し訳ございませんでした!」
「何で敬語?」
「知らなかったんです!」
「何を?」
「あなた方だと!」
後ろの盗賊たちも次々と土下座した。
「命だけは!」
「家族がいるんです!」
「まだ死にたくありません!」
「俺、昨日入ったばかりなんです!」
ユートは困った。
「別に殺さないけど」
盗賊たちが顔を上げる。
「本当に?」
「うん」
ガルドが涙目になった。
「ありがとうございます!」
「だから」
ユートは言った。
「仕事探そう」
「…………はい?」
「百人いるんだろ?」
「はい」
「元兵士なら体力あるよな」
「まあ……」
「農業できる人は?」
三十人ほどが手を上げた。
「大工は?」
十五人。
「鍛冶」
八人。
「料理」
五人。
「商売したことある人」
三人。
「読み書きできる人」
十数人。
ユートが頷く。
「結構いるじゃん」
ガルドが困惑する。
「何がです?」
「村作れる」
「村?」
「うん」
セレスが嫌な予感を覚えた。
「勇者様」
「何?」
「まさか」
「ベルン村、再建しよう」
「やはり」
セレスは額を押さえた。
ガイラスが腕を組む。
「悪くない」
バルガも頷く。
「面白そうだ」
リリシアが聞いた。
「でもお金は?」
全員が止まった。
ユートがガルドを見る。
「持ってる?」
「盗賊ですよ?」
「だよな」
ガルドが恐る恐る言った。
「勇者様は?」
ユートは財布を出した。
中を見る。
「銀貨三枚」
ガルドが呆然とした。
「世界を救った勇者が?」
「宿代で結構使った」
セレスがため息をつく。
「王国からいただいた褒賞金はどうされたのです?」
「孤児院に半分」
「残りは?」
「魔王軍に壊された村に」
「全部?」
「ほぼ」
「勇者様」
「何?」
「ご自分の生活も考えてください」
ユートは首を傾げた。
「なんとかなるだろ」
セレスは知っている。
こういう人間だからこそ。
みんながついてきた。
そして。
こういう人間だからこそ。
自分たちがいないと生活できない。
◇
翌日。
ベルン領主の館。
「絶対に認めん!」
領主バルデス男爵は机を叩いた。
「元盗賊百人に村を与えろだと!」
ユートが椅子に座っている。
「元兵士でもある」
「犯罪者だ!」
「でも」
「何だ!」
「仕事がないから盗賊になったんだろ?」
「だからといって罪が消えるわけではない!」
ユートは黙った。
そこは正しい。
盗賊になった事情があっても、襲われた人間にとっては関係ない。
「じゃあ」
ユートが言った。
「働いて返すのは?」
男爵が眉を寄せる。
「何?」
「盗んだ分」
「どうやって」
「村を再建して、税金払って、その一部を被害に遭った人へ返す」
男爵が黙る。
セレスがユートを見る。
ユートは続けた。
「全員牢屋に入れたら、食事代もかかるだろ?」
「……そうだな」
「百人分」
男爵の顔が少し変わる。
「それより働かせた方が得じゃない?」
「勇者様」
セレスが小声で言った。
「意外と現実的ですね」
「失礼だな」
男爵が考え始めた。
廃村は税収を生まない。
むしろ治安維持に金がかかる。
そこへ百人が定住する。
農地を復活させる。
税収が入る。
さらに盗賊被害も減る。
「条件がある」
男爵が言った。
「何?」
「五年間、収穫の一定割合を被害者への弁済に充てる」
「うん」
「武器の所持は禁止」
「うん」
「逃亡者が出れば責任者を処罰する」
「それは駄目」
男爵がユートを見る。
「なぜだ」
「逃げた本人を捕まえればいい。残った人まで罰するのは違う」
男爵はしばらくユートを見た。
「お前、本当に勇者か?」
「多分」
「戦うしか能がない男だと思っていた」
「俺もそう思ってた」
セレスが横で笑った。
「そこは否定してください」
◇
三か月後。
ベルン村。
かつて廃墟だった場所に家が建ち始めていた。
畑。
水路。
鍛冶場。
共同炊事場。
百人いた元盗賊たちは、完全に農民と職人の集団へ変わりつつあった。
ガルドが畑を見ながら言った。
「勇者様」
「何?」
「俺たち、本当にここにいていいんですかね」
「なんで?」
「人から奪って生きてきた」
「だから返すんだろ?」
「そうですけど」
ユートは畑を見る。
「俺はさ」
「はい」
「魔王倒した時、これで世界が平和になると思った」
ガルドが黙って聞く。
「でも全然違った」
ユートは笑った。
「魔王がいなくなっても、腹は減るし、仕事がなくなる人もいるし、悪いことする人もいる」
「……はい」
「だから」
ユートは立ち上がった。
「勇者って、魔王倒したら終わりじゃないのかもしれない」
ガルドが少し笑った。
「勇者様らしいですね」
「そう?」
「はい」
その時。
バルガの声が村中へ響いた。
「ユート!」
「何だ!」
「井戸掘ってたら岩に当たった!」
「だから?」
「殴っていいか!」
ユートが叫ぶ。
「待て!」
遅かった。
ドォォォォン!
村全体が揺れた。
ガルドが固まる。
巨大な水柱が上がった。
リリシアが飛んでくる。
「地下水脈に当たったみたい!」
セレスも走ってくる。
「バルガ様!」
「悪い!」
ガイラスが穴を見る。
「これは井戸というより泉だな」
ユートが頭を抱える。
「何で普通に井戸一つ掘れないんだよ!」
セレスが静かに答えた。
「勇者様」
「何?」
「あなた方が普通ではないからです」
「セレスも入ってるぞ」
「私は普通です」
「レベル107」
「…………」
「普通?」
「このパーティの中では普通です」
ガルドが突然笑い出した。
「何がおかしい?」
「いや」
ガルドは笑いながら言った。
「世界最強の人たちでも、井戸掘りは下手なんだなと思って」
ユートも笑った。
「俺たち、戦う以外は結構駄目だからな」
セレスが言う。
「勇者様は特に」
「何で俺だけ?」
村に笑い声が広がった。
◇
その夜。
ユートは村の宿舎で眠った。
そして。
◇
「佐伯さん」
「……ん?」
「佐伯さん」
「あと五分……」
「勤務中ですよ」
勇人が目を開けた。
目の前。
小川美咲。
コンビニのバックヤード。
勇人は椅子に座ったまま寝ていた。
「……あれ?」
「休憩、とっくに終わってます」
時計を見る。
午後四時十二分。
「やばい!」
「十二分オーバーです」
「店長は?」
美咲が無言で勇人の後ろを指差した。
勇人がゆっくり振り返る。
黒田店長。
立っている。
「佐伯君」
「はい」
「いい夢だった?」
「まあ……」
「仕事中に?」
「すみません」
「時給いくらだっけ?」
「千三百円です」
「十二分だと?」
勇人が計算する。
「えっと……」
美咲が即答した。
「260円です」
勇人が驚く。
「早っ」
「佐伯さん、これくらい暗算してください」
黒田店長がため息をついた。
「260円分寝てたわけだ」
「すみません」
「あと」
「まだあるんですか?」
「今日、発注やってもらうから」
勇人の顔が固まった。
「発注?」
「いつまでもレジだけじゃ困るからね」
「俺が?」
「そう」
「大丈夫ですか?」
「それを俺が聞きたい」
美咲が笑う。
「佐伯さんにはまだ早いんじゃないですか?」
「小川さん」
「はい?」
「俺だってやればできる」
「本当ですか?」
「今日の俺は違う」
勇人は端末を持った。
十分後。
「佐伯君」
「はい」
「何これ」
嫌な予感。
黒田店長が画面を見せる。
「おにぎり百個?」
「……え?」
「鮭だけ百個発注してる」
「嘘!」
美咲が吹き出した。
「佐伯さん!」
「待って! 十個のつもりだった!」
「ゼロ一個多いですよ!」
「取り消せる?」
店長が答える。
「まだ間に合う」
勇人は胸を撫で下ろした。
「よかった……」
美咲が笑い続ける。
「勇者だったら村一つ滅ぼしてそう」
勇人の手が止まった。
「また勇者?」
「え?」
「最近、小川さん、俺に勇者ってよく言うよな」
美咲が首を傾げる。
「そうでしたっけ?」
「この前も言った」
「覚えてません」
「ドラゴンのお菓子も」
「ヴァルのたまご?」
「それ」
「それが何です?」
勇人は美咲を見る。
何か引っかかる。
でも。
分からない。
「いや、何でもない」
その時。
宅配便の配達員が店へ入ってきた。
「荷物でーす」
勇人が受け取る。
段ボール箱。
送り状。
商品名。
『ベルン農園 新じゃがいも』
勇人の手が止まった。
「…………ベルン?」
美咲が横から覗き込む。
「北海道の農園みたいですよ」
「北海道?」
「はい」
勇人は段ボールを見る。
ベルン農園。
夢の中。
ベルン村。
「偶然だよな……」
「何がです?」
「いや」
勇人は箱を開けた。
中にはじゃがいもが入っている。
そして。
一枚の紙。
『ベルン農園は、働く場所を失った人々の再出発を支援しています。』
勇人の顔から笑みが消えた。
夢の中で。
自分が言った。
仕事がないなら。
仕事を作ればいい。
「佐伯さん?」
美咲が聞く。
「大丈夫ですか?」
勇人は紙を見る。
「小川さん」
「はい」
「夢ってさ」
「はい?」
「どこまで夢なんだろうな」
美咲は少しだけ黙った。
そして笑った。
「寝ぼけてるんじゃないですか?」
「そうかな」
「そうですよ」
勇人は紙を箱へ戻した。
その時。
美咲が小さく呟いた。
「まだ三回目なのに」
勇人が振り返る。
「え?」
「何がですか?」
「今、何か言った?」
「言ってませんよ」
「いや」
「佐伯さん」
美咲は笑った。
「仕事してください」
「……はい」
勇人は段ボールを持って倉庫へ向かった。
だから。
見ていなかった。
美咲の笑顔が消えたことを。
そして。
彼女が勇人の背中を見ながら、小さく呟いたことも。
「まだ思い出さなくていいですよ」
その声は。
誰にも聞こえなかった。
第三話 最強パーティ、盗賊団に就職を勧める 了




