ACT 6 : 私、あなた、そして地平線
「悪...」
「人間が、自分たちの憎むものを呼ぶために作り出した言葉。」
「しかし...」
「誰一人として、朝起きてこう言う者はいない。」
「今日は悪人になりたい。」
「誰にだって理由がある。」
「生き延びたい者。」
「権力を求める者。」
「ただ命令に従う者。」
「そして、答えを見つけるために...」
「行き過ぎてしまう者もいる。」
「皮肉なことに...」
「大きな悪であればあるほど...」
「その行為が正しいと信じる者の確信もまた、大きくなる。」
「もしかすると...」
「悪は善の反対ではないのかもしれない。」
「むしろ影...」
「誰かが自分の目的を信じすぎたときに生まれるもの。」
「結局のところ...」
「英雄と悪人を分けるものは...」
「しばしば...」
「...歴史を記した者が誰だったのか、それだけなのかもしれない。」
【カルボン時代|283年|9月15日|16:08】
監視カメラ室は静まり返っていた。
天井から水滴が落ち続けている。
モニターがゆっくりと明滅していた。
ハンヴィーは、表情を一切変えずにヤリスを見つめていた。
「それで...」
「お前の答えは?」
「ブライツホーン・インスティテュートを私に明け渡せ。」
ヤリスは鋭い視線を向けた。
顔は傷だらけで、呼吸も苦しくなっている。
それでも、その眼差しだけは一切揺らがなかった。
「...断る。」
ハンヴィーは首を傾けた。
「断る?」
「この場所を渡すつもりはない。」
「たとえ最後の一人になったとしても。」
ハンヴィーは小さく息を吐いた。
「残念だ。」
そして横目で見る。
「Living Dummy。彼を壊せ。ゆっくりとな。」
人形たちが動き始める。
タッ... タッ... タッ...
ヤリスは立ち上がろうとした。
しかし...
ドン!
腹部に一撃が入った。
息が止まる。
「...ぐっ...」
身体が折れ曲がる。
息を整える暇もなく...
バキッ!
横から別の一撃。
ヤリスは膝をついた。
コローラが叫ぶ。
「やめて!」
「お願い!」
「弟にそんなことをしないで!」
ハンヴィーは振り向きもしない。
「続けろ。呼吸させるな。」
ドン!
バキッ!
ドン!
ヤリスは再び床へ倒れた。
コローラは拘束を振りほどこうとする。
「全部受ける必要があるなら...」
「私にして!」
「彼じゃない!」
Living Dummyはコローラを離さない。
ハンヴィーは淡々と言った。
「私の命令はお前に対するものではない。」
スプートニクが歯を食いしばる。
「くそ...」
腕を動かそうとする。
しかし、わずかに動かした瞬間...
ドン!
強烈な衝撃で再び床へ押し戻された。
ハンヴィーが再び口を開く。
「立たせろ。」
二体のLiving Dummyがヤリスを立たせる。
頭はうなだれている。
呼吸は乱れていた。
「まだ拒むか?」
ヤリスはゆっくりと顔を上げた。
「...ああ。」
ハンヴィーは再び息を吐いた。
「Again.」
再び攻撃が始まる。
今度はゆっくりと。
一定の間隔で。
まるでヤリスの心を少しずつ削っていくかのように。
コローラは顔を伏せる。
涙が止まらない。
「ヤリス...」
「ごめん...」
「ごめん...」
ヤリスは再び床へ倒れた。
もう自力では立ち上がれない。
視界がぼやけていく。
周囲の声も、少しずつ遠ざかっていく。
ハンヴィー。
コローラ。
スプートニク。
すべてが遠くなっていく。
その静寂の中で...
ヤリスはただ考えていた。
「初めてだ...」
「本当に、どうすればいいのか分からない。」
「今まで...」
「どんな問題にも、必ず解決策があると信じていた。」
「でも今は...」
「その道が見えない。」
「神よ...」
「もしまだ希望があるのなら...」
「どうか...」
「私たちを救ってください。」
部屋が再び静かになる。
ハンヴィーは感情のない目でヤリスを見つめた。
「まだ諦めないか...」
ゆっくりと手を上げる。
「Living Dummy... finish this.」
すべてのLiving Dummyがヤリスへ近づいていく。
しかし...
監視モニターの一つが突然明滅した。
ビッ!
ハンヴィーが一瞬だけ画面を見る。
「...ん?」
画面には、二つの影が高速で移動していた。
一つ目のモニターでは追跡できない。
二つ目...
三つ目...
四つ目...
どれも残したのは影だけだった。
ハンヴィーが眉をひそめる。
「何だ、あれは...」
冷たい汗がこめかみを伝う。
「まさか...」
「私のLiving Dummyではない。」
画面が切り替わる。
影は別の廊下へ移動していた。
一瞬のうちに...
別の階へ現れる。
あり得ない速度だった。
ハンヴィーは扉へ振り向く。
同時に...
天井の換気口が震え始める。
ガラガラ...
正面の扉も震える。
ドン...
ハンヴィーは二方向を交互に見る。
「二つ...いるのか?」
換気口の奥から、かすれた声が響いた。
「Doctor Moreau...」
同時に...
扉の向こうから女性の声。
「Time Machine.」
ハンヴィーの目が見開かれる。
「待て...」
ドォォォン!
巨大な鉄拳が監視カメラ室の扉を破壊した。
金属片が飛び散る。
煙が部屋を覆う。
一人の女性が歩いて入ってくる。
Boss 429。
彼女は腕を上げた。
「Vperyod! Razdaviti ikh!」
Time Machineが迷うことなく突進する。
ドォォォン!
一体のLiving Dummyが吹き飛ぶ。
バキィ!
さらに二体が崩れ落ちる。
ドォン!
巨大な拳が部屋の壁を破壊した。
ハンヴィーはすぐに後退する。
「くそっ!」
息を整える暇もなく...
ガシャァン!
換気口が破裂した。
赤黒い肉塊が内部から飛び出す。
天井を突き破る。
無数の顎。
爪。
骨。
筋肉。
すべてが不規則に蠢いていた。
「Doctor Moreau。」
「Razorvi ego.」
怪物がハンヴィーへ襲いかかる。
ハンヴィーは凍りついた。
「...何だ...」
「何なんだ、あの生物は!?」
Living Dummyが飛び出す。
怪物の動きを止めようとする。
しかし...
バキッ!
次々と弾き飛ばされていく。
それでも、ハンヴィーが逃げる時間は作られた。
彼は後方へ転がる。
荒い呼吸を繰り返す。
「あり得ない...」
「あれは、どのObserverのデータにも存在しない。」
Doctor Moreauが動きを止める。
その身体が蠢き始める。
肉が折り重なる。
骨が移動する。
腕が一つにまとまる。
顔が少しずつ形を持ち始める。
やがて...
不規則な肉塊から、一人の人間が現れる。
ハンヴィーは瞬きすら忘れていた。
「...」
「そんな...」
目の前に立っていたのは...
Rion。
無表情な目。
身体に残っていたものが、ゆっくりと消えていく。
Rionは顔を上げた。
その目がハンヴィーを真っ直ぐ捉える。
再び部屋が静かになる。
しかし今度の静寂は...
先ほどまでの戦いよりも、はるかに恐ろしかった。
Rionはゆっくり歩く。
足音が破壊された監視カメラ室に響く。
ハンヴィーを見つめたまま、瞬きもしない。
「...諦めろ。」
ハンヴィーが一歩後退する。
「何だと?」
「これ以上続ければ...」
「...お前は死ぬ。」
ハンヴィーは不安定に笑った。
「そんなもの、信じると思うか?」
拳銃を構える。
手は震えている。
「死ね!」
バン!
銃弾がRionの額を撃ち抜く。
Rionの身体が揺れる。
しかし...
肉が動き始める。
ギギギ...
傷がゆっくり閉じていく。
数秒後...
傷跡すら残っていなかった。
ハンヴィーの目が大きく開く。
「...再生?」
「...あり得ない。」
Boss 429がすぐにコローラとスプートニクのもとへ向かう。
「行くぞ!」
コローラがヤリスを見る。
「待って!」
その瞬間...
残っていたLiving Dummyの一体がヤリスの足を掴む。
ズルッ!
ヤリスが引きずられていく。
「ヤリス!」
コローラが走ろうとする。
しかしBoss 429が腕を掴んだ。
「駄目だ!」
「離して!」
「弟がまだそこにいる!」
Boss 429は鋭く見つめる。
「聞け!」
「Rionを信じろ。」
「それから...」
「...お前の子供も。」
コローラは言葉を失った。
Boss 429は二人を扉へ押し出す。
「ここに残れば...」
「...全員死ぬ。」
三人はその場を離れた。
ハンヴィーは小さく笑った。
「ようやく...」
「面白い相手が現れた。」
Living Dummyの身体が変化する。
膨張する。
さらに大きくなる。
ヤリスの身体がゆっくりとその内部へ取り込まれていく。
ドン...
追加の腕が生える。
脚が巨大な柱のように変化する。
頭部がいくつにも分かれる。
監視カメラ室の天井が崩れ落ちる。
ドォォン!
ハンヴィーが笑う。
「見ろ!」
「奪えば奪うほど...」
「...Living Dummyは強くなる!」
Rionはただ微笑んだ。
その笑顔を見て、ハンヴィーの背筋に寒気が走る。
「...なぜ笑う?」
ハンヴィーが跳躍する。
Living Dummyが巨大な脚を持ち上げる。
「踏み潰せ!」
巨大な脚が落ちる。
ドォォォン!
しかし...
Rionはすでに消えていた。
Living Dummyの背後から、静かな声が聞こえる。
「Doctor Moreau。」
「Rasterzay yego.」
赤い肉塊が一気に飛び出した。
無数の顎がLiving Dummyの脚へ噛みつく。
バキィ!
肉の腕が身体を裂く。
爪が次々と襲いかかる。
Living Dummyも反撃する。
巨大な拳がDoctor Moreauを捉える。
ドォォン!
Doctor Moreauの身体が散らばる。
しかし...
飛び散った肉片はすぐに集まり始める。
より速く。
より激しく。
ハンヴィーが歯を食いしばる。
「時間を与えるな!」
Living Dummyが何百本もの腕を作り出す。
すべてがDoctor Moreauへ襲いかかる。
ドン!
バキッ!
ガシャッ!
Doctor Moreauは何度も吹き飛ばされる。
それでも立ち上がる。
その顎がLiving Dummyの肩へ食らいつく。
バキィ!
身体の一部が崩れ落ちる。
ハンヴィーが後退する。
「...怪物め。」
そのとき...
部屋の外から機械音が響いた。
ウゥゥゥン...
Boss 429が戻ってきた。
Time Machineが高く跳び上がる。
「Udarnyy Rezhim!」
両腕が巨大な金属の拳へ変形する。
その大きさは何倍にも膨れ上がる。
巨大な拳が上空から落下する。
ドォォォォン!
Living Dummyが数メートル吹き飛ばされる。
立ち上がる暇もなく...
音楽が部屋を満たした。
86が歩いて入ってくる。
「...1984。」
身体中のスピーカーが作動する。
手を上げる。
「Vox Silentii!」
音波が部屋全体を襲う。
ウォォォン!
Living Dummyが突然停止する。
身体が激しく震える。
動きが遅くなる。
ハンヴィーは頭を押さえる。
「ぐあああ!」
「この音は...!」
「止めろ!」
Doctor Moreauが隙を利用する。
「Razorvi。」
身体が三つに分かれる。
三つの姿が異なる方向から襲いかかる。
Living Dummyは抵抗する。
しかし、86の音波によって動きを封じられている。
Time Machineが再び攻撃する。
ドォォン!
Doctor Moreauが引き裂く。
バキィ!
Living Dummyの身体に亀裂が広がる。
ハンヴィーは崩れていく自分の創造物を見つめる。
初めて...
その冷静な表情が消えた。
Time Machineが再び巨大な拳を振り下ろす。
「Sokrushi!」
ドォォォン!
巨大な拳がLiving Dummyの肩を直撃する。
金属とコンクリートが擦れ合う。
ギギギギ...
小さな火花が飛び散った。
最初は...
誰も気に留めなかった。
しかし...
その火花の一つがDoctor Moreauの腕へ落ちた。
ジュッ...
肉体が突然震える。
小さな炎が肉の繊維を素早く走る。
シュゥゥ...
Rionの目が見開かれる。
「...!」
Doctor Moreauが数歩後退する。
身体が激しく蠢く。
肉は再生を続ける。
しかし、新しく生まれた肉にも炎が燃え移る。
ハンヴィーが先に気づいた。
その笑顔がゆっくり戻っていく。
「...なるほど。」
「お前は...」
「...火を恐れている。」
「Living Dummy!」
「Crush him! Don't give him a second!」
Living Dummyが一気に突進する。
ドォォン!
最初の拳がDoctor Moreauを捉える。
立ち上がる暇もなく...
バキッ!
二撃目が身体を地面へ叩きつける。
コンクリートに亀裂が走る。
Doctor Moreauが立ち上がろうとする。
しかし炎がさらに広がる。
Living Dummyは攻撃を止めない。
ドン!
ドォン!
バキィ!
Rionは次第に追い詰められていく。
Boss 429が歯を食いしばる。
「Time Machine!」
「Prikroy!」
Time Machineが巨大な盾へ変化する。
Living Dummyの攻撃を受け止める。
しかし...
ドォォォン!
機械の腕が砕ける。
金属片が飛び散る。
Boss 429が吹き飛ばされた。
「ぐっ...!」
Time Machineが少しずつ崩れていく。
その一方...
86が手を上げる。
「1984!」
「Clamor Cerebri!」
再び音波が響く。
しかしスピーカーの音が割れ始める。
ギギギ...
エネルギーがほとんど残っていない。
86は苦笑する。
「...くそ。」
Living Dummyが両手を上げる。
86へ踏み込もうとする。
「おい!?」
86はすぐに転がって避ける。
ドォン!
背後の床が砕ける。
彼は何度も走って踏みつけを避ける。
「追いかけるな!」
「俺は細いんだ、肉が少ないぞ!」
Living Dummyは追い続ける。
ドン!
ドン!
ドン!
Boss 429が胸を押さえる。
呼吸が苦しくなっていく。
「...エネルギーが...」
「...もうすぐ尽きる。」
86も息を切らしていた。
「このままだと...」
「...先に俺たちが倒れる。」
混乱の中...
Doctor Moreauが突然、攻撃を止めた。
身体を反転させる。
そして走り出した。
ヒュン!
壁へ突進する。
そのまま地下の水路へ入り込んだ。
ハンヴィーが呆然とする。
「...逃げた?」
ちょうど到着したSupraが、赤い影が下水道へ消えていくのを見る。
「Rion!」
何も考えず...
Supraも水路へ飛び込んだ。
水が勢いよく流れている。
上から聞こえていた戦闘音が少しずつ遠ざかる。
そこに残ったのは...
Supraだけだった。
地下水路。
水が静かに流れている。
暗い。
静かだ。
Supraは慎重に歩く。
手に持った懐中電灯だけが唯一の光だった。
「Rion...?」
返事はない。
聞こえるのは水滴の音だけ。
ポタ...
ポタ...
突然...
巨大な虫たちが壁を這っている。
Supraが立ち止まる。
「えっ...」
「ここには動物もいるのか。」
目が輝く。
「いいね。」
彼はディスケットを取り出す。
ペンが素早く動く。
ディスケットを空中へ投げる。
「...We。」
いくつものマザーボードが現れる。
一つずつ虫の身体へ取り付く。
そして溶け込んでいく。
Supraが手を上げる。
「Invenite eum.」
何十匹もの虫が一斉に散らばる。
通路を進み...
小さな隙間へ入り込んでいく。
Supraは待った。
一分。
二分。
三分。
突然...
一匹の虫から信号が届いた。
「見つけた。」
Supraはすぐにその方向へ向かった。
しかし...
パチッ!
懐中電灯が明滅する。
そして消えた。
「...」
「...マジか。」
Supraは懐中電灯を軽く叩く。
点かない。
「はぁ...」
Supraはマッチを取り出す。
カチッ。
小さな炎が灯る。
その光が通路を照らす。
Supraはマッチを高く掲げる。
「...Rion?」
返事はない。
さらに歩く。
一歩。
二歩。
三歩。
そして...
巨大な影が通路を覆った。
Supraはゆっくり顔を上げる。
「...」
「...」
「...え。」
目の前に...
Doctor Moreauが通路のほぼ全体を埋め尽くしていた。
無数の目が同時にSupraを見る。
巨大な顎がゆっくり開く。
「グルルル...」
Supraは固まる。
マッチが落ちそうになる。
「Rion...」
「...なんでそんなにデカいんだ?」
Doctor Moreauが近づく。
「グオオオオオ!」
Supraは反射的に...
プッ...
空気が止まった。
Supraはゆっくり後ろを見る。
「...」
「俺は...」
「...緊張してるんだ。」
Doctor Moreauも数秒間沈黙する。
まるでお互いに困惑しているようだった。
Supraはぎこちなく笑う。
「へへ...」
「...ごめん。」
Doctor Moreauがさらに大きく咆哮する。
「グオオオオオオオオ!」
Supraはすぐに振り返った。
「うわあああ!」
全力で走る。
Doctor Moreauが追いかける。
ドン!
ドン!
ドン!
通路全体が揺れる。
Supraは走りながら叫ぶ。
「RION!」
「俺だ!」
「食べ物じゃない!」
Doctor Moreauがさらに近づく。
Supraが振り返る。
「噛むな!」
「俺は細い!」
「食べても美味しくないぞ!」
Doctor Moreauはさらに速度を上げる。
「グオオオオ!」
Supraはパニックになる。
「だから何でだよ!?」
急に曲がる。
バシャッ!
滑る。
立ち上がる。
また走る。
Doctor Moreauは曲がり切れず壁へ突っ込む。
ドォォン!
Supraが振り返る。
「よし!」
「ポイント追加!」
しかし安心する暇もなく...
Doctor Moreauが別の壁を突き破る。
ドォォォン!
Supraの隣に現れる。
Supraは呆然とする。
「...え。」
「ズルだろ!」
「近道を作った!」
Supraは水路の出口へ向かって走り続ける。
背後では...
Doctor Moreauが行く手を阻むものを次々と壊していた。
ドォォン!
パイプが破裂する。
コンクリートが崩れる。
水が四方へ噴き出す。
Supraは歯を食いしばる。
「...このままだと...」
「本当に食べられる。」
手を上げる。
「...We。」
虫たちに取り付けられたマザーボードが再び光る。
Supraが叫ぶ。
「Celeritas! Adiuvate me!」
一瞬で...
何百もの虫が通路を埋め尽くす。
甲虫。
ムカデ。
バッタ。
蛾。
互いに重なり合い、生きた道を作っていく。
一部はSupraの身体を押す。
別の虫たちはDoctor Moreauの進路を塞ぐ。
「ありがとう!」
Supraは水路から飛び出す。
ヒュン!
その直後...
ドォォォン!
Doctor Moreauが下水道の壁を突き破った。
巨大な身体が地上へ現れる。
Brighthorn Institute全体が揺れた。
まだ戦っていたHumveeが目を見開く。
「...あれほどの大きさだと?」
初めて...
その表情が完全に変わった。
しかし...
その顔には薄い笑みが浮かんだ。
「思いついた。」
二本の金属棒を擦り合わせる。
ギギギギ!
火花が空へ飛ぶ。
HumveeはそれをDoctor Moreauへ投げた。
「これで終わりだ。」
炎がDoctor Moreauへ届きかける。
しかし...
シュゥゥゥゥ!
白い消火剤がすべての火花を包み込んだ。
Boss 429が巨大な消火器を持って立っていた。
「一つ言っておく。」
「私は火が嫌いなんだ。」
彼女は消火を続ける。
やがて...
火の粉は一つも残らなかった。
Humveeが舌打ちする。
「チッ。」
Boss 429が薄く笑う。
「遅かったな。」
しかし...
Time Machineに亀裂が走る。
ギギギ...
金属の腕が少しずつ崩れていく。
粉となり...
消えていく。
Boss 429は前を見つめる。
「...エネルギーが...」
「...尽きた。」
小さく笑う。
「悪くなかった...」
「面白い戦いだった。」
身体から力が抜ける。
ドサッ。
Boss 429は気を失った。
「Boss!」
86が叫ぶ。
しかし近づくより先に...
Doctor Moreauが動いた。
「Doctor Moreau。」
「Sokrushi yego.」
ドォン!
肉の拳がLiving Dummyを直撃する。
続けて...
ドォォン!
二本目の腕が襲いかかる。
Living Dummyが何十メートルも押し飛ばされる。
Supraも手を上げる。
「Circumdare! Oppugnate!」
何千もの虫があらゆる方向からLiving Dummyへ襲いかかる。
目。
口。
関節。
身体の隙間。
あらゆる場所を埋め尽くしていく。
Living Dummyの動きが崩れ始める。
86は大きく息を吸う。
「...1984。」
身体中のスピーカーが震える。
「Clamor Cerebri!」
ウォォォォォォン!
音波がLiving Dummyを直撃する。
巨大な身体が停止する。
Humveeが命令を叫ぼうとする。
しかし頭が激しく痛む。
Doctor Moreauがその隙を逃さない。
無数の腕が同時に振り下ろされる。
ドン!
バキッ!
ガシャァン!
Living Dummyの全身に亀裂が広がる。
さらに大きく。
さらに深く。
Humveeが目を見開く。
「違う...」
「こんなはずは...」
Doctor Moreauが大きく咆哮する。
「Razorvi!」
全身が一直線に突進する。
ドォォォォォン!
Living Dummyがついに崩壊した。
木材と布の破片が周囲へ飛び散る。
爆発の中心から...
ヤリスの身体が空高く投げ出された。
「YARIS!」
Supraが空を指差す。
「Servate eum!」
Weの虫たちが密集する。
空中で群れを形成し、ヤリスの身体を支える。
ゆっくりと...
安全に地上へ降ろしていく。
一方...
Humveeは壁へ激しく叩きつけられた。
バキッ!
そのまま床へ座り込む。
全身に傷が残っている。
呼吸も荒い。
立ち上がろうとする。
しかし脚はもう身体を支えられない。
Humveeは床へ倒れた。
それでも視線だけは、瓦礫の中央に立つDoctor Moreauから離れなかった。
初めて...
彼は理解した。
簡単に引き受けたはずの任務が...
すでに自分の手には負えない悪夢へ変わっていた。
Humveeは咳き込みながら立ち上がろうとする。
「...はぁ...」
「...まだ終わっていない。」
Supraと86が近づく。
Supraは彼の前にしゃがみ、狂ったような目を真っ直ぐ見つめる。
「一つだけ聞く。」
「お前はどこから来た?」
Humveeは苦しそうに息をしながら、皮肉な笑みを浮かべる。
「忘れろ。」
「お前たちには絶対に分からない。」
86が長く息を吐く。
表情は冷たい。
「まだ強情か。」
Humveeは痛みに耐えながら小さく笑った。
「考えてみれば...」
「お前たちは、やはりやらないだろう。」
「俺を殺したら...」
「...何の答えも得られない。」
Supraと86は互いに視線を交わす。
張り詰めた沈黙が二人を包む。
二人は数歩離れ、非常に小さな声で話す。
「...」
「...」
数秒後...
二人は同時に頷いた。
決断は下された。
Supraは大きく息を吸い、Rionへ向かって叫んだ。
「Rion!」
「もう遠慮するな!」
「今すぐ食べろ!」
Doctor Moreauがゆっくりと振り向く。
無数の目が同時に動く。
人間では理解できない飢えが、その視線に宿っていた。
その目を見たHumveeから、笑みが消える。
顔が青ざめる。
「待て...」
「ちょっと待て。」
「お前たちは何をするつもりだ?」
Doctor Moreauが近づく。
一歩ごとに、死の足音が響く。
ドン...
ドン...
ドン...
Humveeは必死に後退する。
手が震え、床を叩く。
「おい...」
「冗談だろ?」
Doctor Moreauが長い腕を伸ばす。
Humveeは振り返り、逃げ道を探す。
しかし...
ドン!
身体が宙へ持ち上げられた。
「な...!?」
「離せ!」
「おい!」
「やめろ!」
「あいつに近づけるな!」
「待て!」
「説明できる!」
「話すこともできる!」
「全部話す!」
「頼む!」
「やめろ!」
「やめろぉぉ!」
ヤリスがゆっくり目を開ける。
視界はまだぼやけている。
Doctor MoreauがHumveeを高く持ち上げているのが見えた。
そして...
鈍い衝撃音が響いた。
「うわあああああ!」
Humveeの叫び声が周囲に響く。
その後...
音は次第に遠ざかっていった。
ヤリスはその場で固まっていた。
「...もう...」
「Rion...」
「頼む...」
やがて声は途切れた。
残ったのは静かな空気だけだった。
ヤリスは俯く。
身体が震えている。
顔は青ざめていた。
何も言えない。
ただ前を見つめる。
まるで...
心の中で何かが壊れてしまったかのように。
Brighthorn Instituteの中庭は静まり返っていた。
瓦礫がそこら中に散らばっている。
壊れた水路から水が静かに流れている。
Doctor Moreauは動かない。
巨大な身体が少しずつ震え始める。
ゆっくりと...
不規則な肉体が縮んでいく。
追加された腕が消える。
巨大な顎が閉じる。
全身が再び人間の形へ戻る。
Rion。
彼は数歩よろめく。
そして...
「うっ...」
一枚のディスケットが口から落ちた。
チン...
地面に落ちたディスケットが数回転する。
そしてゆっくり光へ変わっていく。
それは...
Horizonが終了した証だった。
Rionから力が抜ける。
「う...」
その場に座り込む。
呼吸が荒い。
目を閉じそうになる。
しばらくして...
先ほど気を失っていた者たちが目を覚まし始める。
「う...」
「俺たち...」
「...助かったのか?」
ヤリスがゆっくり目を開く。
数秒間、空を見上げる。
そして周囲を見る。
Brighthornは...
まだ立っていた。
Supraが安堵したように笑う。
「勝った!」
86も両手を上げる。
「WOOOOOO!」
「やっと終わった!」
生き残ったBrighthornの人々も叫び始める。
「勝った!」
「やったぞ!」
「Brighthornは無事だ!」
歓声が中庭を満たす。
そして突然...
Rionが空へ持ち上げられた。
「えっ!?」
「おい!」
「俺、まだ頭がくらくらする!」
フワッ!
Rionが空へ投げられる。
そして再び受け止められる。
Supraも一緒に持ち上げられる。
「HAHAHA!」
「ちょっと待て!」
「高すぎる!」
86も続く。
「落ちたら病院代は誰が払うんだ!?」
全員が笑う。
その後、何人かがヤリスのもとへ向かう。
慎重に彼も持ち上げる。
いつも冷静なヤリスは、小さく息を吐く。
「...お前たちは...」
「...本当に言うことを聞かないな。」
それでも...
その顔には小さな笑みが浮かんでいた。
別の場所では...
Boss 429がまだ倒れていた。
ようやく少しだけ目を開ける。
「...ん?」
状況を理解するより先に...
フワッ!
「何!?」
彼女も空中へ持ち上げられた。
「おい!」
「降ろせ!」
「まだ心の準備ができてない!」
しかし皆はさらに笑った。
遠くでは...
コローラが腕を組んで立っている。
隣にはスプートニク。
二人は互いに顔を見合わせる。
そして小さく笑った。
Brighthornはめちゃくちゃに壊れていた。
壁の多くが崩れている。
廊下も破壊されている。
それでも...
その日だけは...
誰もその被害を気にしていなかった。
なぜなら、長い時間の後に初めて...
彼らは一つの単純なものを感じることができたからだ。
彼らは...
まだ一緒にいる。
ヤリスはゆっくり目を閉じる。
勝利の歓声が少しずつ遠ざかる。
頭がどんどん重くなる。
「...」
身体から力が抜ける。
ドサッ。
「Yaris!」
人々の声が少しずつ遠ざかっていく。
暗闇。
何もない。
ヤリスは一人で立っていた。
「...ここはどこだ?」
右を見る。
左を見る。
そこには虚無しかない。
突然...
数歩先に、一人の青年が立っていた。
Rion。
しかし...
Rionの背後には...
数え切れないほどの影が立っていた。
静かに。
動かず。
その顔は見えない。
ヤリスは眉をひそめる。
「...何が起きている?」
Rionは小さく笑う。
そして静かに言った。
「限界なく前へ進み続けろ...」
「そして、空の果てへ到達しろ。」
Rionが手を差し出す。
ヤリスは黙っている。
その言葉が...
長い間埋もれていた記憶を呼び起こす。
三年前。
誰かが...
ほとんど同じように手を差し出していた。
ヤリスの目がゆっくり潤む。
小さく笑う。
「...分かった。」
ゆっくり...
Rionの手を取る。
二人の手が触れた瞬間...
白い光が空間全体を満たした。
ヤリスはゆっくり目を開ける。
治療室の天井が視界に入る。
「...俺は...」
まだ起き上がる前に...
バン!
窓の外から影が飛び込んできた。
「YARISSSS!!」
ドフッ!
Rionがベッドの上へ着地する。
「うぐっ!?」
マットレスが大きく軋む。
ヤリスが驚いて目を見開く。
「何だ...!?」
Rionがヤリスを強く抱きしめる。
涙が一気に溢れ出す。
「うわああああん!」
「YARISSS!!」
「何かあったのかと思ったぁぁぁ!!」
「うわあああ!」
「怖かったんだからぁぁ!」
「ひっく...!」
「うわぁぁん...!」
「悲しいスピーチまで用意してたのに、起きるなんて!」
「よかったぁぁぁ!」
Rionは肩を震わせながら、ものすごい勢いで泣いている。
まだ半分眠っているヤリスは何度か瞬きをする。
「...」
「...苦しい。」
Rionは腕を離さない。
「やだ!」
「絶対やだ!」
「元気にならなきゃ!」
「うわあああん!」
「ひっく...!」
治療室の扉が開く。
Supra、86、コローラ、スプートニク、Boss 429が一斉に入ってくる。
数秒間、全員が黙る。
86が顎に手を当てる。
「...たぶん...」
「今すぐ診てもらうべきなのはヤリスじゃないな。」
Supraが真剣に頷く。
「同意。」
Boss 429が腕を組む。
「大げさだな。」
コローラは安心したように笑った。
Rionがあれほど泣いている。
それだけで、一つだけ確かなことがあった。
Rionは...
いつものRionに戻っていた。
夜がDimensi Brighthorn Instituteを包む。
しかし...
そこには少しも静けさがなかった。
研究所の中庭全体が大きな宴へ変わっていた。
空にはランタンが吊るされている。
長いテーブルには料理が並んでいる。
さまざまなHorizonが楽器の音を作り、音楽を奏でている。
Brighthornの住人たちは全員、古代ギリシャの貴族のような服装をしていた。
白いローブ。
オリーブの葉の冠。
革のサンダル。
中には、雰囲気だけのために空のワイン壺まで持っている者もいる。
Supraは長いローブを着て歩いていた。
「聞いてくれ。」
「今日から俺は哲学者だ。」
86が見る。
「どうして?」
Supraは顎を上げる。
「三分間、立ったまま考え事をしたからだ。」
「...」
「...」
86はゆっくり頷く。
「それなら俺は昼から教授だな。」
別の場所では...
SputnikがDevil Wears Outfitを使う。
「Formal Mode!」
フワッ!
全員の服が一気に豪華になる。
人々が歓声を上げる。
「WOOOO!」
五秒後...
「服、重すぎない!?」
「これローブなのか、絨毯なのか!?」
「Sputnik!」
「豪華さを下げてくれ!」
Sputnikは小さく笑う。
Boss 429は一人で座り、飲み物を楽しんでいる。
何人かが近づく。
「踊らない?」
Boss 429は首を横に振る。
「私は戦うために報酬をもらっている。」
「踊るためじゃない。」
Supraがすぐに手を引く。
「今夜は無料だ!」
Boss 429は諦める。
五分後...
全員が驚いた。
Boss 429が無表情のまま踊っていた。
86は飲み物を吹き出しそうになる。
「踊ってる...」
「...なのに顔は税金を計算してるみたいだ。」
笑い声が中庭を満たす。
上のバルコニーでは...
ヤリスがその光景を眺めていた。
小さく笑う。
「...Brighthorn...」
「...ようやく生き返ったな。」
その頃...
ある部屋では。
ピッ! ピッ! ピッ!
「おい!」
「左を攻めろ!」
「回復しろ!」
Rionはテレビの前に座っていた。
部屋は完全に散らかっている。
床にはお菓子の袋。
椅子には服。
なぜか靴下がクローゼットの取っ手に引っかかっている。
扉がゆっくり開く。
コローラが食事の乗ったトレーを持って入ってくる。
そして止まる。
「...」
「数時間しか離れてなかったんだが。」
「この部屋、嵐でも来たのか?」
Rionはゲームに集中している。
「ちょっと待って...」
「あと少し...」
「もうすぐ勝てる...」
GAME OVER
「...あ。」
コローラはため息をつく。
そしてお菓子の袋を拾い始める。
「ゴミが繁殖できるなら...」
「ここが研究施設だな。」
Rionは小さく笑う。
「へへ。」
コローラは食事を机に置く。
「腹減ったか?」
Rionは頷く。
「めっちゃ。」
コローラも床に座る。
「何のゲームだ?」
Rionがコントローラーを一つ渡す。
「やる?」
「負けても怒るなよ。」
コローラは小さく笑う。
「私は教授だ。」
「ゲームで怒るわけがない。」
十分後...
「それは反則だろ!」
「なんでお前のキャラクター飛べるんだ!?」
Rionが笑う。
「さっき怒らないって言ったじゃん。」
「これは別だ。」
「バグだ。」
二人は一緒に笑った。
しばらくして...
部屋が再び静かになる。
Rionは停止したテレビ画面を見つめる。
「...」
「叔父さん。」
コローラが振り向く。
「ん?」
Rionはゆっくり息を吸う。
「...俺、まだHorizonを制御できない。」
コローラは温かく微笑む。
「それが普通だ。」
「まだ始まったばかりだ。」
「最初からHorizonを理解できるObserverなんていない。」
「一つ一つの旅...」
「一つ一つの経験...」
「それが少しずつ、Observer自身を理解する方法を教えてくれる。」
Rionは静かに頷く。
そしてまた尋ねる。
「...そもそもHorizonって何?」
コローラは少し考える。
「Horizon...」
「Zeroniumから生まれる能力だ。」
「形はObserverによって異なる。」
「生物のようなものもある。」
「物体のようなものもある。」
「そして、ほとんど形を持たないものもある。」
「私が知っているのはそれだけだ。」
「Horizonの歴史については...」
「私はあまり詳しくない。」
Rionは再び頷く。
「じゃあ...」
「Beyondって何?」
「それに、どうしてディスケットの形なんだ?」
コローラは小さく笑う。
「Beyondは、ZeroniumがObserverと融合した後、その身体の中に形成されるものだ。」
「なぜディスケットの形なのか?」
彼は肩をすくめる。
「本当のところ、誰にも分からない。」
「まるで...」
「Zeroniumが情報を保存する媒体を象徴する形を選んでいるように見える。」
「結局...」
「Observerの能力はすべて、知識、記憶、あるいは世界をどう理解するかということに関係している。」
Rionはしばらく自分のディスケットを見る。
「...なるほど。」
「つまり...」
「俺はプレミアムUSBメモリってこと?」
コローラは黙った。
そして小さく笑う。
「さあな。」
「でも、頭をコンピューターに挿すなよ。」
Rionは真剣に頷く。
「...確かに。」
コローラは額を押さえる。
「今のは冗談だ。」
「え...」
「システムアップデートできると思った。」
二人の笑い声が再び部屋を満たす。
外ではBrighthornの宴が夜遅くまで続いていた。
部屋の中では...
Rionが再びお菓子を口に入れる。
「最終ステージ...」
「あとボスだけ...」
コローラが突然立ち上がる。
その笑顔はどこか怪しい。
「Rion。」
「ん?」
「お前は部屋に長く居すぎだ。」
Rionは画面を見たまま答える。
「あと少し。」
「五分。」
コローラはゆっくり頷く。
「分かった。」
Rionが笑う。
「分かってくれた。」
コローラはすぐにRionの襟を掴む。
「え?」
「ちょっ!」
「待って!」
「俺のコンピューター!」
モニター、CPU、ケーブル、さらにはキャスター付きの椅子まで廊下へ引きずられていく。
「ケーブルが引っかかってる!」
「叔父さん!」
「叔父さぁぁん!」
「一旦ポーズ!」
コローラは歩き続ける。
「二番目の父親として...」
「私には義務がある。」
「息子を幸せにすることだ。」
「だが、その方法はコウモリのように部屋へ閉じこもることじゃない。」
Rionはまだゲームコントローラーへ手を伸ばしている。
「俺の最後のボス...」
「まだ倒せてないのに...」
コローラはため息をつく。
「後でな。」
二人はようやく中庭へ到着した。
宴はまだ盛大に続いていた。
音楽が空気を満たしている。
全員が一斉に振り返る。
そして...
静寂。
数秒間。
それから...
「RAVEN!」
「WOOOOOOO!!」
「RAVENが出てきたぞ!!」
歓声が一気に爆発した。
Rionはその場に立ち尽くす。
その姿は完全に乱れていた。
眼鏡は少しずれている。
髪はあらゆる方向へ跳ねている。
服はしわだらけ。
ズボンの組み合わせも妙だった。
頬にはまだポテトチップスの欠片がついている。
片手にはゲームコントローラー。
もう片方の手にはお菓子の袋。
しかもCPUまで後ろから引きずられている。
Supraが指を差す。
「...これが俺たちの教授?」
86が笑いをこらえる。
「違う。」
「新種だ。」
Sputnikが口を押さえる。
「プッ...」
Boss 429は頭から足まで見渡す。
「素晴らしい。」
「部屋から出ただけで災害の被害者みたいだ。」
Yarisは首をゆっくり振りながら微笑む。
「...Rion。」
「お前は本当に変わらないな。」
コローラがRionの肩を叩く。
「さあ。」
「自己紹介しろ。」
Rionは全員を見る。
「...」
「...こんばんは。」
静寂。
そして誰かが叫んだ。
「RAVEN、照れてるぞ!」
「WOOOOOO!!」
中庭全体が再び大きく沸いた。
Rionは顔を覆う。
「叔父さん...」
「帰りたい。」
コローラは笑う。
「まだ出てきて五秒だぞ。」
Supraがオリーブの葉の冠を持ってやってくる。
「これ。」
「せめて風呂に入った人間に見えるように。」
Rionは大人しく受け取る。
冠を頭に乗せる。
全員が数秒黙る。
86がゆっくり頷く。
「...やっぱり本の虫だな。」
「違う。」
「今はギリシャの本の虫だ。」
また笑い声が起こる。
Rionは長く息を吐く。
「...なんで俺の人生ってこうなんだ?」
Yarisが小さく笑う。
「それは今のお前が...」
「...もう一人じゃないからだ。」
Rionが振り返る。
Corolla。
Yaris。
Supra。
86。
Sputnik。
Boss 429。
全員が彼に笑顔を向けていた。
その人たちにとって...
彼はいつまでもRionだった。
しかしBrighthorn Instituteのすべての住人にとって...
その夜、彼らが呼び続けた名前は一つだった。
「RAVEN!」
「RAVEN!」
「RAVEN!」
そして初めて...
Rionはその名前を聞くことを嫌だとは思わなかった。
夜はまだDimensi Brighthorn Instituteを包んでいた。
宴は少しずつ終わっていく。
ランタンはまだ空に吊るされている。
先ほどまで中庭を満たしていた笑い声は、静かな会話へと変わっていった。
最上階では...
一つのオフィスの明かりだけが、まだ明るく灯っていた。
Rionは窓の前に立っていた。
夜空を見つめる。
薄い笑みが浮かぶ。
ゆっくり消える。
そして再び浮かぶ。
「...」
何も言わず、机の横に置いてあったケースを持ち上げる。
お気に入りのペンをポケットへ入れる。
扉を開く。
カチッ。
廊下は静かだった。
しかし...
Rionが中庭へ歩いていくと...
そこには全員が待っていた。
「...」
「...え?」
数秒間、沈黙。
そして...
「RAVEEENNN!!」
何人かが泣き出す。
「行かないで!」
「寂しくなる!」
Rionは両手を上げる。
「おい、おい...」
「永遠に引っ越すわけじゃないぞ。」
「数か月だけ出かけるんだ。」
「ちょっと大変な副業があってさ。」
「そのうち戻ってくる。」
「授業も続けるから。」
全員が顔を見合わせる。
「...本当?」
「うん。」
空気が少し安心する。
しかし...
Sputnikが突然走り出す。
「旦那さまぁぁ!」
ドフッ!
Rionを力いっぱい抱きしめる。
「長く行かないで...」
「新しい服を自慢したいとき、困るよ。」
Rionは小さく笑う。
Sputnikの頭をそっと撫でる。
「また会える。」
「変な服を見つけたら...」
「まず写真を撮れ。」
Sputnikは目を拭きながら笑う。
「了解!」
Rionが歩き出そうとする前に...
Corollaも抱きしめる。
「身体に気をつけろ。」
「食事を適当に済ませるな。」
「夜更かしするな。」
「具合が悪かったら言え。」
「それから...」
Rionは少し困ったように笑う。
「叔父さん...」
「数か月だけだって。」
Corollaも小さく笑う。
「分かってる。」
「それでもな。」
ゆっくり...
Supraが近づく。
そして86。
Sputnik。
さらにBoss 429まで、少し近くへ立つ。
やがて...
その抱擁は全員を巻き込むものになった。
中央にいるRionは、ただ笑いながら息を吐く。
「...苦しい。」
86がすぐに答える。
「それが愛情ってやつだ。」
「本当に苦しくなったら少し緩める。」
全員が笑う。
しばらくして...
人々が様々な贈り物を持って集まってくる。
「これ、旅の食料!」
「パン!」
「果物!」
「枕!」
「毛布!」
「これは...えっと...なんで俺、急須持ってきたんだ?」
Rionの両手はいっぱいになる。
肩もいっぱいになる。
ケースまでいっぱいになる。
「...」
「...ちょっと待って。」
「俺、手は二本しかないんだけど。」
Supraが荷物を積み上げる。
「いいじゃん。」
「ミニマーケットでも開けるぞ。」
Rionが小さく笑う。
「このままだと...」
「ケースのためのケースが必要になるな。」
人々の後ろから...
Yarisがゆっくり近づいてくる。
Rionの目の前で止まる。
しばらく...
誰も話さない。
そして...
YarisはRionを強く抱きしめる。
「お前の仕事は...」
「...もう終わった。」
Rionは笑う。
「よかった。」
Yarisは無表情のまま続ける。
「それから、お前の借金も完済だ。」
Rionは目を見開く。
「...は!?」
数秒後...
Yarisは小さく笑う。
「冗談だ。」
Rionは安堵のため息をつく。
「まだ分割払いが残ってるのかと思った。」
小さな笑い声が再び起こる。
YarisはRionの目を見る。
「ありがとう。」
「お前は...」
「...Brighthornにとって、とても大きな功績を残した甥だ。」
Rionはすぐには答えない。
ただ静かに頷く。
「...どういたしまして。」
Boss 429が前へ進む。
そしてRionの前にスケートボードを置く。
「旅のためだ。」
Rionが眉を上げる。
「プレゼント?」
Boss 429は短く頷く。
「そう思っておけ。」
「...まだ終わっていない謝罪の代わりだ。」
Rionはスケートボードを受け取る。
「ありがとう。」
Boss 429は両手をポケットへ入れる。
「壊すな。」
「後で請求書を作る。」
Rionが笑う。
「分かった。」
二人はゆっくり次元ゲートへ向かって歩き出す。
その後ろには全員が一列に並んでいた。
Corollaが最初に手を振る。
「次に帰ってきたら、新しい話を聞かせろ。」
Supraも手を振る。
「それと、お土産忘れるな!」
86が叫ぶ。
「怪物に会ったら...」
「先に写真を撮って、後から逃げろ!」
Sputnikが両手を高く上げる。
「いってらっしゃいませ、旦那さま!」
Yarisは小さく笑う。
「また会おう、Rion。」
Rionは最後に振り返る。
ランタンの光の下で、彼が新しく見つけた家族全員が立っている。
Rionは手を上げる。
「...またな。」
次元ゲートがゆっくり開く。
光が周囲を満たしていく。
RionとBoss 429が中へ歩いていく。
しばらくして...
ゲートはゆっくり閉じた。
中庭は再び静かになる。
しかし今度の静けさは...
別れのためではなかった。
今度は...
全員が二人へ祈りを捧げていた。
「どうか空があなたたちの歩みを守りますように。」
「どうか大地があなたたちの足元を受け止めますように。」
「そして、二人がいつも健やかに、無事でありますように。」
「また、いつか会えますように。」
【ACT 6 END】




