小犬丸さんは奥さんの事が本当に怖いんだね
「あ! こっちだこっち!」
太い幹の奥から里のおじいさんが手招きしている。
三人いるはずなのに一人しか姿が見えないけど……
「待たせたなぁ。すっかり遅くなっちまった」
小犬丸さんが申し訳なさそうに謝っている。
「道が混んでたんか?」
「いや、麦多がこっそり車に乗り込んでたんだ。ほれ、この前買ってやったクマのぬいぐるみに入り込んでてなぁ」
「ははは! 麦多はどうしても付いてきたかったんだなぁ。まぁ、あの車の中にいりゃ安全だろ。ありゃ動く要塞だ」
「あの麦多が大人しく車で待ってるはずねぇだろ。まだ子供だが小犬丸の女衆だぞ。観てるテレビがあと三十分で終わるんだ。それが終わったら動き出す……」
「……嫌な予感しかしねぇなぁ」
「豪快な女衆……女衆の尻に敷かれる男衆……それが小犬丸だ」
「麦多が車から降りる前に早く終わりにしねぇとなぁ」
「儀式ってやつは始まったんか?」
「いや、まだだ。黒ずくめの奴らは二人を残して今、得川から出てるんだ」
「ん? 儀式の準備をしてたんだろ?」
「なんか観てぇテレビが始まるとか言い出してなぁ。若そうな奴二人が出て行ったから今は年寄り二人だけで儀式の準備をしてるみてぇだ」
「観てぇテレビ? まさか『姻族に裏切られた主婦、地獄の日々を過ごしながらご近所トラブルにも巻き込まれる』か?」
「さあ、なんだったか……次はもう再放送がねぇかもしれねぇし録画をし忘れたから車のテレビが観られる所まで行ってくるって言ってたぞ」
「……そりゃ今、麦多が観てるやつだ」
「ん? この辺りじゃ観られねぇはずだぞ?」
「前に録画しておいたんだ。麦多が好きそうなドラマは全部録画してあるからなぁ」
「ははは! お前は麦多の為ならなんでもするからなぁ。あの防弾仕様の車だって麦多を桐の箱の化け物から守る為に注文したんだしなぁ。ありゃいくらしたんだ?」
「秘密だ。婆さんに値段を知られたら大変な目に遭わせられるからなぁ」
「ははは! 違いねぇや!」
「はぁ……今頃、いなくなった麦多を捜す婆さんが俺に電話してるんだろうなぁ……電波が通じなくて良かった」
「帰ったら命乞いするんが大変だなぁ」
「……床にめり込むくらい土下座する事になるだろうなぁ」
「ははは! じゃあ俺はそれを見ながら晩酌するか!」
「……他人事だと思って……はぁ……帰りたくねぇ……」
「まぁ大丈夫だろ。命までは取られねぇさ」
「結局麦多に一番甘いんは婆さんだからなぁ……麦多は無事でいられるだろ」
「ぷっ! ははは! いざとなったら車に逃げ込めばいいさ! いくら『小犬丸』でも防弾仕様の車は壊せねぇからなぁ」
「……はぁ。帰りに土産を買ってご機嫌取りでもするか」
「よし! そうと決まれば土産は新しくできた道の駅の寿司だな! 皆の晩酌の分も頼む!」
「……皆の晩酌……か。俺はその頃この世にはいねぇかもしれねぇなぁ……」
小犬丸さんは黒ずくめの奴らから駿河の脳を取り戻す事よりも奥さんの方が怖いんだね。
あの麦多も怖がるくらいだし……
いつもニコニコ笑っている優しくて小さいおばあさんに見えたけど本当はかなり怖かったりして。




