九十一話
「伯父様は昔からあんな人じゃなかったのよ?」と綾美。
「私の事は『アヤちゃん』って可愛がってくれたのよ?
お祖父様が亡くなる前までは。
お祖父様のお葬式でも伯父様は優しかったわ。
伯父様が変わったのは周りの人達に後継者候補に祭り上げられてから。
岡田機械は昔、債務超過で倒産しかけていたのよ。
その時から伯父様の態度がガラリと変わったのよ」
「わかった。
でも『あの人、優しい時もあったのよ?』ってろくでなしのヒモ男を許容する女の思考だからな?
積極的に殺しはしないよ。
でも、助ける事もないな」
「うん、わかってる。
私も父親を殺そうとした伯父様を簡単に許す事なんて出来ない。
放置しておくしかない、と思ってる」
俺は『モンスター避けの外側』でレベリングを始めた。
現れるモンスターはゴブリンをはじめ、低級のモンスターばかりだ。
だが、綾美は人型のモンスターを殺す、という事に激しく抵抗があるようだ。
俺もそうだったな、初々しい。
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杏奈達がレベリングしていた時、隣の国では今、まさに政変が起ころうとしていた。
「勇者様、民の不満が大きくなっております!
浪費はお控え下さい!」
「かつて世界を魔の眷族から救ったのは俺だぞ?
俺がいなけりゃお前らは今という時代を謳歌出来ていないのだ。
お前らは俺にもっと尽くすべきじゃないのか?」
「勇者様に対しては感謝しても感謝しきれません。
しかし、私共の感謝の感情がいくら高くても、民の勇者様に対する反感は私共には抑えきれません!
せめて民から見えない範囲で贅沢をして下さい!」
「わかったよ」
「わかってくれましたか!」
「勇者が必要になるのは『巨悪』が現れた時だ。
怒りの感情が巨悪に向かえば、俺に対して向いていた怒りも、そちらへ向く。
俺達、勇者パーティの『魔王討伐』中も、空前の年貢の高さだったはずだ。
なのに民の怒りは国や勇者パーティには向かず『魔王』にのみ向いた。
民の怒りを俺から逸らすためには『仮想敵』が必要なんだよ。
仮想敵に対してヘイトが集めろ」
「そうかも知れません。
ですが仮想敵とは?」
「お前はバカか?
敵は作るんだよ!
俺が日頃から『邪魔だ』と思ってるヤツを『裏切り者』に仕立て上げれば良いだろうが!」
「・・・セイラさんでしょうか?」
「わかってるじゃねーか」
セイラは勇者パーティで一時期エクソシストをやっていた者で、今は国と教会の橋渡しをしている。
冒険の中盤以降、アンデッドモンスターの出現率は激減し、セイラの活躍する場面はほとんどなくなった。
そして清廉潔白のセイラの存在は、俗物である勇者ナックルにとっては目の上のたんこぶだった。
セイラは魔王との最終戦の直前に勇者パーティをクビになった。
『勇者パーティ』というブランドがなくても、セイラは民衆から人気を集めた。
セイラは元教会の人間として、教会と国との橋渡しをして聖職者としてではなく、政治家として民衆から絶大な人気があった。
逆にナックルの陰口を叩く者な少なくなかった。
セイラが勇者パーティから抜けた後、陰口は更に多くなった。
セイラは政治家でありながら、賄賂を一切許さない。
給与の全てを戦災孤児、戦災被害者に寄付している。
「自分にはパーティに入っていた時の蓄えがあるから」と。
「セイラさんと比べるとナックル様は・・・」
民衆の愚痴は嫌でもナックルの耳に聞こえてくる。
セイラは自分に『様』付けされる事を嫌う。
「自分はそんな大層な人物ではないから」と。
そして『魔の眷族』に対して、積極的に和平を働きかけた。
最後まで徹底交戦した『魔王』は勇者ナックルに討たれたが『魔の眷族』の『和平派』に働きかけて、戦争を五年早く終わらせたのはセイラだと言われている。
ナックルはそれも面白くない。
「しかし具体的にどうやってセイラさんを仮想敵に仕立て上げるんですか?」
「そうだな・・・国王が死んで、セイラが暗殺した事にすれば?」
「そ、それは『仮想敵』の範疇を越えています!
クーデターです!
・・・と言うか、国王様は健在です。
暗殺の首謀者をセイラさんに擦り付ける事は出来ません。
意味不明です!」
「わかってるんだろ?
国王は死ぬんじゃない。
殺すんだ」
「だ、誰が国王様を殺すんですか?」
「お前だよ」
「ヒィ!」
「計画を聞いて無事でいられると思うほど頭の中、お花畑じゃねーんだろ?
さぁ選べ、国王を殺すのか?それともここで殺されるのか?
・・・小便漏らして気絶しやがった。
しょうがねえな、拘束して監禁しておけ」
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「セイラ、間もなくここは囲まれる。
今すぐに逃げな」
色黒の女性が言う。
彼女は勇者パーティで壁役だった戦士、ベティだ。
「私には逃げる理由がありません」セイラと呼ばれた女性は首を振る。
「セイラはハメられたんだよ。
『クーデターの首謀者だ』ってね。
まだ公にはなってないけど国王が何者かに暗殺された。
その首謀者がセイラだって事になってる」
「逃げずとも堂々と潔白を証明します」
「『死人に口なし』だよ。
セイラ、アンタ捕らえられた時点で殺されるよ。
で、国王暗殺の首謀者だったと言われる。
国中に燻ってる、勇者に対する怒りが全てアンタに向かうように話が持っていかれるよ。
それがナックルのやり口さ。
セイラだってアンディがどうやって死んだか覚えているだろう?」
アンディとは勇者パーティで魔法使いだった中年だった。
スケベオヤジでセイラやベティは何度も尻を触られた。
どうしようもないスケベではあったが、触るだけで襲いかかってくる事はない。
魔の眷族に殺された妻と子供達の事を忘れた事はなく『魔王軍とも話し合いは出来る』と主張するセイラとは言い争いになる事も少なくなかった。
だがアンディはスケベ以外の曲がった事が大嫌いで、酔った時の勢いで『ナックルは信用ならない。アイツには良くない野望がある』と漏らした事があった。
魔王討伐後、酒池肉林をきわめるナックルを諌めようとナックルの住居を訪れたのを最後に、姿が見えなくなった。
しばらく後に『クーデターを企てていたアンディをナックルが討った』と言う話が広まった。
しかしその噂の広まり方が奇妙だ。
噂というのはあることないこと、色々な話が広まるモノだ。
ましてや嫌われ者のナックルは痛くもない腹を探られるような悪い噂だって立つはずなのに、パーティの仲間を討ったナックルは悲劇のヒーローとして、吟遊詩人の詩にまでなり称賛された。
『実はアンディはナックルに殺されたらしい』なんて冗談でも、言う者がいたらソイツは次の日、運河に浮かんで死んでいた。
国王の死、それがセイラのせいにされると耳に挟んでベティはセイラにそれを告げに来た。
「ベティ、貴女は私の味方をして大丈夫なの?」
「本当はアンディのオッサンが死んだ時、ナックルに『お前が殺したんだろ!?』って詰め寄りたかった。
でも証拠がなかった・・・ううん、それは言い訳だね。
私はナックルに逆らうのが怖かったんだよ。
自分が可愛かったんだよ。
それ以来私は自分を責め続けた。
『何が正義だ、勇者パーティだ』ってね。
今回ようやく自分が正しい、と思える行動をとれる。
アンディのオッサンを何度殴ったかわからないけど、初めてアンディのに頭を下げる事が出来る。
アンディのオッサンだってナックルの事が怖かったはず。
でも、それをおしてナックルの行き過ぎた行動を諌めようとしたんだ。
私は二度と自分可愛さで、見て見ぬふりはしないよ」
「そうは言っても、私を逃がしたら貴女だってタダじゃ済まないでしょう?」
ベティはセイラに返事をする代わりにトン、とセイラの背中を押した。
「もう話してる時間はないみたいだ。
追っ手の気配が迫って来ている。
セイラが私の屋敷に来ていたのはしばらくはバレないと思ってた。
でもナックルの情報網も大したモノだね。
もう突き止められたみたいだ。
この屋敷は魔王との戦時代に建てられたモノだ。
勇者パーティが登場するまで我々の国は敗色濃厚だったみたいでね。
屋敷の地下に逃走用の隠し通路があるんだよ。
そこを通ってセイラは逃げな?
隠し通路は隣国の森近くの国境沿いの草原に出る」
「ベティも一緒に逃げましょう!」
「私は二度と逃げない。
一度は逃げて、アンディのオッサンの名誉に泥を塗っちまった。
今回は死んでも逃げない。
『セイラがそんな事をする訳がない』って死ぬまで言い続ける」
「そんな名誉とかどうでも良いから!」
「ここで誰かが足止めしないと、どちらかが逃げられないんだよ」
「だったら私が足止めする!」
「アンタじゃ止まらないよ。
私の想いを無にしないでくれ。
どうせ私はもう逃げない。
アンタが逃げようと、逃げまいと絶対に逃げない。
アンタが逃げなかったら私らは二人して捕まるだけだ。
二人とも無駄死にだ。
だから『せめてセイラだけでも逃げてくれ』って言ってるのさ。
生きて私の無実を、無念を語り継いでくれ。
アンタにしか出来ない事だよ?」
そう言うとベティは本棚を横にスライドさせた。
スライドした本棚があった場所には地下へ続く通路が現れた。
無遠慮に入り口のドアが叩かれる。
ノックなんて生易しいモノじゃない。
鍵がかかっているドアを突き破ろうとしているのだ。
セイラは後ろ髪を引かれる想いで、地下通路に逃げ込む。
ベティはセイラの性格を知り尽くしている。
普通に言ったら逃げる訳がない。
だから『無実を語り継いでくれ』と言ったのだ。
実際、死んだ後に民衆にどう思われようとベティにとってはどうでも良かった。
でもエクソシストであるセイラが如何に死後を大事にしているか、をベティは知っている。
セイラに『死後語り継いでくれ』と言う事がセイラに十字架を背負わせる事は理解している。
セイラは魔王軍との戦いで、命を落とした仲間達の生きざま、死に様を遺族に語って回るだけで、三年以上の歳月を費やした。
そしてその後『犠牲者を無駄にしない』と政治家になった。
長い地下通路を抜けて、地上へ出る。
遠い空には煙が上がっている。煙が上がっている方向にはベティの屋敷がある。
おそらく火を放ったのはベティだ。
セイラに追っ手が向かないように、屋敷に火を放ったのだろう。
煙は高い所へ登る。
だから地下通路へ煙は流れ込まない・・・というのがベティの計算だったはずだ。
だが、充満した煙は地下通路へも多少流入してきた。
多少なりとも煙を吸い込んだセイラはフラフラだった。
倒れた場所は既に隣国の領地内に入っていた。
「ここだったら追っ手も追い掛けて来れない」
少し安心して気を抜いたのかセイラは草原で意識を手放した。
そこに現れたのが杏奈一行だ。
杏奈は草原に倒れている女性をマジマジと眺める。
「ここに放っておく訳にもいかんわなあ。
モンスターに襲われてるかも知れないし」
今日のレベリングはこれまでだ。
俺は女性をおぶると一緒にいた女の子達と一緒に棲み家の小屋までワープした。




