九十話
「本当に日本の時間は進んでないんでしょうね?
研究室に顔を暫く出さないで留年、なんて事はないでしょうね!?」と綾美。
「『大丈夫だ』って何回言わせるのさ?
それどころか、こちらでレベリングしとけば日本でもステータスが上がって人生イージーモードになるから!」と俺。
「・・・って事は貴女も日本では『人生イージーモード』なの?」
「そういえばそんな事はなかったな。
日銭を稼ぐために必死だったよ。
来る日も来る日もメイド喫茶でアルバイト暮らしだったな」
「ダメじゃん!」
「でも異世界でレベリングして『翻訳スキル』を身に付けたら通訳として食いっぱぐれる心配はないぞ?
何せ、どんな言語の翻訳だって思うがままだからね」
「もしかして、貴女本当は異世界語を話せないの!?」
「最近だよ。
『翻訳スキル』をオフにして現地の言葉で『ウンコ』って言えるようになったのは」
「何で最初に覚えた異世界語が『ウンコ』なのよ!?
小学生か!?」
「『ウンコ』だけじゃないよ。
『尻』も・・・」
「余計に小学生か!?」
「とにかく、今からレベリングを行う!
それは『翻訳スキル』だけじゃなくて、襲われた時の護身術を学ぶと思って。
ほら、日本で岡田コンツェルン本社が襲われた時、闘った女の子達がいたじゃん?
彼女達がどうやって強くなったかって言うと異世界でレベリングしたんだよ」
アクアなんかはレベリングする前から強かったし、ベガはレベリングしても最弱なのはこの際黙っておく。
明日の朝からレベリングするとして、そのメンバーを選抜する。
まずは俺。
メンバーのリーダーだ。
強いモンスターの所へは行かない。
行く時は強いメンバーがいる時だ。
俺もそこそこ闘えるが、本業は職業斡旋だ。
そして二人目のメンバーは適職が鍛冶士で現在は無職のルイだ。
放っておいた俺が悪かったんだが、鍛冶士って言うのは異世界ではドワーフばかりの職場らしい。
そこに人族の女の子は入っていける訳がない。
きつい肉体労働で男ばかりだし、ドワーフばかりだ。
『どうやって鍛冶士の道に進んで良いかわからない』とルイは戸惑っていた。
戸惑ってはいたが、何もやらなかった訳じゃない。
ルイはとりあえず日々、レベリングに勤しんでいたらしい。
結果、中々の高いステータスになっている。
そこで俺は閃いた。
『異世界で鍛冶士になれないなら、日本で鍛冶士になれは良いじゃない』
日本に鍛冶士がいるのか?
いるんじゃねーの?
知らんけど。
日本で活動するには『翻訳スキル』が必要になる。
レベリングしながら『翻訳スキル』を手に入れよう。
異世界でも、日本でも鍛冶士になれなかったら、見よう見まねで鍛冶士になる勉強をしよう。
そんなの出来るの?
きっと出来るだろう。
そのためのインターネッツだろう?
ネットは万能なんだよ。
綾美に聞く。
「日本にも鍛冶ってあるよね?」と。
「金属研磨は岡田コンツェルンより、岡田機械の方が専門だ。
伯父様なら少しはわかるかも」と。
綾美の叔父さんか。
森に飛ばしちゃったな。
困ったらまた会いに行こうか?
まぁ、ツテは無いわけじゃない。
岡田機械の古い社員は綾美の祖父が生きていた時には親交があったらしい。
そして三人目のメンバーは適職が料理人のレナだ。
街の定食屋で修行をさせていたが、この度修行を終えて戻ってきた。
定食屋を開いたのは、大昔に日本から転移してきた日本人らしい。
定食屋ではきわめて日本料理に近いモノを提供する。
レナが戻ってきた理由は、日本料理の全てをマスターしたんじゃない。
『異世界で作れる日本料理が元々数少ない』のだ。
それらをマスターするのに、あんまり時間がかからなかっただけだ。
そんなに日本料理の底が浅い訳ではない。
因みに日本と異世界の時間はリンクしていない。
だから定食屋を作った転移人は異世界で百年ぐらい前に亡くなっているが、話を聞いてみると日本での転移人と俺の生年月日は五歳ぐらいしか違っていないようだ。
どういう事だ?
おそらく日本の同じ時代に異世界にワープした二人が異世界のどの時代にワープするかは決まっていない、という事だろう。
定食屋の開祖が残した『ミラノ風ドリア』がサイ◯リヤの看板メニューにしか見えない。
開祖はサイゼ◯ヤのメニューを再現しようとしたんだろう。
レシピはある。
でも食材がないから作れない。
特にスパイスがない。
食材は代替でなんとかしようと努力している形跡はある。
しかし、スパイスはあまり代替が効かないようだ。
だから、レナは定食屋での修行をサッサと終えて戻ってきた、という話だ。
小屋の厨房で料理を作ってはいるが、正直やってる事は『給食担当』で『料理人』とは言い難い。
こうなったらレナは日本で料理修行をするしかない。
日本で料理の修行をするために必要な事は?
言語能力、『翻訳スキル』だ。
レナに戦闘の強さはあんまり必要ない。
『食材狩り』と称してモンスター討伐をしているようだが別に『強いモンスターが美味しい』訳じゃないから、強くなりすぎる意味はない。
よく「何でレナに日本料理を学ばせるの?こちらの料理で良いじゃない」と言われる。
こちらの料理、正直、不味いんだよ。
料理法が『煮る』と『焼く』の二択で、しかも『焼く』は直火焼きオンリーだ。
そして調味料が塩以外ほとんどない。
醤油と味噌があるのが、定食屋だけだった。
発酵食品の概念が異世界にはないから、醤油や味噌汁が定食屋にしかないのはしょうがないのかも知れない。
放っておいたら延々水煮もどきを食わされる。
だからレナに日本料理を学ばせた。
文句があるか?
と、言う訳で俺のパーティにはルイとレナと綾美が入る。
明らかに火力不足だ。
モンスターの強いところには行けない。
どこへ行こうか?
そうだ!ベガが住んでいた森の周辺に行こう。
森はベガがモンスター避けの薬を撒いている。
でもその外側なら弱いモンスターがいるはずだ。
そこでレベリングしよう。
ルイの装備を確認する。
ハンマーか。
意外にパワー系なんだな。
「鍛冶士を目指しているから」との事。
確かに鍛冶には力が必要だろうが、ドワーフみたいな装備じゃなくても良くないか?
日本の鍛冶士はそんなに厳つい印象はない。
本人が良いなら良いか。
次にレナの装備を確認する。
『果物ナイフ』と『お鍋の蓋』、子供の頃のビアンカか!
「料理人はあんまり闘う必要ないし」との事。
まあそれはそうなんだろうけど、取り敢えず包丁を持たせておいた。
包丁はナオミの部屋にあったモノで、穴あき包丁だ。
刃の先に薬品を付けて、魔力を纏わせる。
これで通販で買った『穴あき包丁』でもモンスターに傷は付けられる・・・はず。
そして最後に綾美の装備を確認する。
平均的な日本の女子大生の格好だ。
正直、最初は綾美は『オマケ』だ。
モンスター退治で手を出して欲しくない。
だから、どんな格好でも良い。
良いが、何かの間違いでモンスターの攻撃が当たった時、当たりどころが悪かったら運悪く死んでしまう可能性もある。
武器は持たなくても良いけど、防具だけはちゃんと装備しておこう。
綾美には俺が最初の頃、なけなしの金をはたいて買った皮の装備で固めさせておいた。
どうやらそれ以上重いと装備させたら動けなくなるらしい。
「何よこれ!?ダサいわね!?」と綾美が文句を言う。
「誰に見せる訳じゃないから良いんだよ」と俺。
綾美が皮の装備で身を固めている時に、ナオミが部屋に入って来る。
「何して・・・。
綾美、何その格好!?」ナオミがたまらず吹き出して笑う。
俺が笑うのを我慢してるのに、ナオミが笑ったらややこしい事になるじゃんか!
確かに普段おしゃれな綾美がとんがり帽子の『皮の兜』をかぶってる光景は、正直、爆笑だ。
しかも、ダサい、『皮シリーズ』で全身をコーディネートしている様子は『女を捨てている』と言わざるを得ない。
「大丈夫!
モンスター達に美的感覚はないから」
うん、テキトー言ったよ。
モンスターに美的感覚があるかないかなんて知らない。
レベリングの本番は明日の早朝として、予行演習に一旦森の近くまで行って見よう。
それに『森』は行った事がある地点として登録してあるが『森の近く』は登録していない。
登録しにいっぺん訪れておくべきだろう。
俺達は輪になり手を繋ぎ、ワープをした。
まだワープに慣れていない綾美は「え?何?UFOでも呼ぶの?」と言っていたが取り敢えず無視した。
そのうち、慣れるし、何をしているのかもわかるだろう。
俺達は森の中にワープした。
森に捨てたならず者達に会いたくはない。
会ったら面倒臭い。
だから森の小屋から遠い外れの方にワープした。
・・・なのに会いたくない人と会ってしまった。
「伯父様!?
何でこんなところに!?」ワープしたところにいたオッサンを見て、綾美が驚きの声をあげる。
育ちの良い綾美の叔父はヤクザと一緒に生活するのが苦痛だったらしい。
叔父はヤクザの目を盗んで、森の外れに逃げたらしい。
森の外れには何者かが生活していた跡がある洞窟があって、そこに潜伏しているようだ。
そう言えばベガが逃亡生活の末、森に住み着いた時「最初は天然の洞窟に住み着いた」と言っていた。
オッサンが見つけた洞窟というのは、ベガが森で最初に住み着いた洞窟かも知れない。
「なるほどねー、じゃあ元気でね」俺がオッサンにシュタッと敬礼して別れを告げる。
「ま、待ってくれ!
一人にしないでくれ!」オッサンが俺の足にすがりつく。
「だったらヤクザ達と一緒に住めば良かったじゃん。
あんまり触るな、加齢臭が付く!」俺がオッサンを振り払う。
食べ物はベガが薬草畑と野菜畑を作っていて、そこで火災の被害が少ない畑も残っていたからそれで何とかなっていたらしいが、そういった畑はヤクザが独占していて、オッサンは食べ物をあまりもらえなかった、と。
食べ物をあまりもらえなかった上に、ヤクザにアゴで使われているのに耐えられなかった、と。
オッサンは洞窟のそばで、木の実や食べられる草などを採集して生活しようとしていた。
「良いじゃん!
自給自足生活じゃん!」
「生活出来るかどうかなんてまだわからない!」
あ、そうか。
オッサン、ここに俺が送り込んでまだ数時間しか経ってないんだ。
道理で着替えもないのにそんなに不潔じゃないはずだ。
「そうは言っても俺はオッサンに何も出来ないよ。
応援する事しか出来ない」
「ここがどこだか教えてくれ!」
「ヤクザ達に聞けば?」
「あいつらもここがどこだかわからないらしい。
でも『多分、ここは日本じゃない』とは言っていた。
生えてる草は見た事がないし、森の近くを根城にしている賊と一度遭遇したけど、言葉が一切通じなかったらしい」
そういえばベガは賊に傷薬を分ける事で、森の中への不可侵を賊に約束させてたって言ってたな。
傷薬をもらいに来た賊がヤクザに話し掛けたけど、コミュニケーションが取れなかったから諦めて帰った・・・ってところか。
しかし、ベガとの不可侵の約束がいつまで有効かわからないし、ベガとの不可侵の約束がヤクザにも適用される訳がない。
そのうちヤクザと賊が全面抗争を始めるだろう。
オッサンがここにいるのは正解だ。
「『一人にしないで』は良いけど、俺達はオッサンと一緒だったら枕を高くして眠れないんだよ。
オッサンを連れて行くメリットがない。
何かメリットあんの?」と俺。
「そ、それは・・・」オッサンは口ごもる。
メリットなんてあるわけがない。
綾美にしてみれば、日頃から父親の会社の足を引っ張って隙あらば乗っ取ろうとしていた人物であり、父親を殺そうとした人物を連れて行って良い事などない。
黙り込んだオッサンを見て
「ごめん、忙しいんだよ。
気が向いたらまた遊びに来るよ」と俺は洞窟を後にした。
「そ、そんな・・・」オッサンは絶望的な表情をしている。
それを見て俺は少し仏心を出す。
「『ここがどこか?』だったな。
ここは地球じゃない。
異世界だ。
それじゃあね」と俺は手をヒラヒラと振り、森の外に出て行く。
「待ってくれ!」
オッサンが俺達を追い掛けて来る。
「森から出ない方が良いよ?
森には『モンスター避け』の薬品が撒いてある。
森から出るとオッサン、アンタ、モンスターと闘わなきゃいかなくなるよ?
俺らがオッサンを護らなきゃいけない義理はないよね?」
無慈悲で突き放すような俺の言葉を聞き、オッサンが寂しそうな顔をしながら立ち止まる。
立ち止まったオッサンを振り返りながら、綾美が言う。
「伯父様、さようなら。
縁があったらまたどこかで会いましょう」




