八十九話
しかし悪党のアジトを残しておくのもなんだな。
『何を考えておるのだ?』
アクアが考え事をしている俺に声をかけてくる。
ケイ、テイムビーストが勝手に出てきてるぞ。
後で聞いたがケイは結構、アクアには自由に行動させているらしい。
「他の子と違ってアクアが外で自由にしていても問題ないからね」とはケイの弁。
しかし少し裁量権をアクアに与えすぎなんじゃないか?
『この建物を粉々にすれば良いのか?
だったら我に任せるのだ!』
アクアは俺の意見を聞く前に、口からウォーターブレスを吐いて建物を粉々にした。
「おい!こら!
日本人は神社を何の躊躇いもなく、破壊したりしない!」
『我は日本人とやらではないからな。
しかもここは最早、神社ではなかろう?
単なるゴミムシの巣窟だ。
ここにゴミムシが再び集まらんとも限らん。
元から絶たんと』
「建物の中に人が残ってたらどうするんだよ?」
『アンナはゴミムシが一匹潰れて何か問題があったのか?
ゴミムシ共は我らのみならず、無関係の者らを殺そうとしたんだぞ?
今回は未遂に終わったかも知れん。
だが、今までに殺した無垢の人なんざ、絶対数えきれないんだぞ?』
アクアが少し興奮気味に言う。
何だかんだ言ってアクアは正義感が強い。
でも"自分らが悪人に天誅を下す"みたいな押し付けがましい正義感を俺は好かん。
「とにかく家に戻りましょう」とナオミ。
「岡田コンツェルン本社の人らは放っておいて良いの?」
「良くないけど、救助はレスキュー隊員達に任せておこうかな、と。
ここで私達が目立つのは得策じゃないでしょ?
もう呪具もないし、命の危険はないんだし」
誰もが納得している中で一人だけ納得していない人物がいた。
綾美である。
「詳しく説明が聞けるのよね?
私にはイマイチ何が起こっているかわかっていないのよ!」
「えーっとプラズマ?」とナオミ。
「それで誤魔化されるか!」
「で、でしょうね。
隠すつもりはないのよ。
そんなつもりがあるなら最初から綾美は連れて行かないし。
ただ、説明するのがエラい面倒臭いのよね」
「そんな理由で説明しないつもり!?」
「綾美は勘違いしてるわ。
『ちょっと面倒臭いから説明を放棄してる』んじゃないわよ?
その面倒臭さたるや『幼稚園児に相対性理論を理解させる』に並ぶ面倒臭さなのよ?
大体説明して理解してくれるかしら?
ううん、理解したとして信じてくれるかしら?」
「そんなモノ聞いてみないとわからないわよ。
とにかく話してみなさいよ!」
「・・・わかったわ。
でも『百聞は一見に如かず』何が起きてるか説明するんじゃなく、綾美を実際に招待するわ」
「どこに私を連れて行くのよ?」
「異世界よ」
かくして綾美を異世界に連れて行く事になった。
「お母様は病院に泊まるって」とナオミ。
「お母様、どこか怪我したの?」と綾美。
「お母様はどこにも怪我はないわ。
でも岡田コンツェルン本社ビルの中で倒れてたお父様はどこにも怪我はないけれど念のため、今日は検査入院するらしいわよ。
お母様はお父様の付き添いで病院にいるみたい」
「・・・という事は今夜はお母様は屋敷には帰って来ない訳よね?
丁度良い。
綾美、貴女を異世界に連れて行きます」
「そ、そんな突然に。
旅行の準備もしていないし、大学だってあるし」
「9月一杯は大学は夏休みでしょう?」
「授業はないけど、研究室には顔を出さないと」
「なるほど。
でも、その心配はないわ。
異世界でどれだけの時間を過ごしても日本の時間的は止まっているから」
「?????」
「これは私も最初、意味がわからなかったわ。
経験してもらうしかないのよ」
こうして綾美を異世界に連れて行く事が決定した。
ついでに綾美を異世界で『エクソシスト』に仕立て上げよう、と。
発案はナオミだった。
綾美が俺達に関わるなら、これからも命の危険に晒される可能性は高い。
だったら綾美も異世界でレベリングさせよう。
ついでに適職である『エクソシスト』を身に付けさせよう、と。
「そんな長く、私は家を空けられないわよ!」と綾美が焦りながら言う。
どれだけ異世界で過ごしても日本の時間は一秒も進んでない、という事を綾美はまだ理解していない。
そして何より綾美に『翻訳スキル』を身に付けて欲しい。
言葉が通じない人がいる場合の、通訳を挟んだコミュニケーションは凄く面倒臭い。
言葉が通じないなら接触しなきゃ良いのに、綾美は好奇心が旺盛なのか、ベガに色々接触したがる。
その度に俺かナオミか有末が通訳として駆り出される。
「じゃあ、異世界の小屋にワープするよ?」と俺。
「今回は私は行かないわね」と有末。
しょうがないだろう。
次の日、両親が目を醒ます予定なのだ。
時間は進まないとは言え、本人が早く元気な両親に会いたいと思うのはごく普通な事だろう。
しかし有末は俺達にとって最大戦力だ。
何せ、マシンガンの銃弾が有末には当たる気がしない。
純粋な力勝負をしたとしたら、有末はアクアをすら簡単に凌駕するだろう。
アクアは水の中でこそ本当の力を発揮出来るだろうし、ウォーターブレスなど色々な攻撃手段や知識があって単純には比べられないのだが。
しかしよく考えるとかなりの戦力ダウンだよな。
ナオミはネクロマンサーの修行に戻るだろうし、カナは俺と折り合いが悪いから別行動を取りたがる。
カナはケイと一緒にいたがるから、カナが抜けたらケイも抜ける可能性が高い。
ケイが抜けたらケイのテイムビーストである、アクアも抜ける。
ヤバい、俺と綾美の二人きりだ。
綾美は全く戦力にならない。
俺が火力源だ。
俺が綾美を守るしかない。
いつまでも『虎の威を借る狐』でいる訳にはいかない!
俺も強くなったとは言え、元々はオーガを倒すのすらも四苦八苦していたし、今だって自分より強い存在がいる事に疑いはない。
現に仲間の中にも俺より全然強い存在は存在する。
決めた。
「綾美さん、貴女には異世界がどんなものなのか経験してもらう」
「突然何よ!?」
「異世界がどんなモノなのか、知りたいんだろう?
話の蚊帳の外にいるのがイヤなんだろう?
望み通り、綾美さんには異世界というモノを肌で感じてもらう」
「具体的に何をするのよ?」
「異世界と言えば『モンスター退治』さ。
綾美さんにはモンスター退治を経験してもらおうと思う!」
「何でモンスター退治を経験させるのよ?
私は闘えないし、私みたいに大半の人が街の中で普通に生活しているわよ?」
そうだった。
この『色ボケ、スイーツ脳』がいるのを忘れてた。
俺の言う事に異を唱えたのはベガだった。
ベガは『翻訳スキル』はないし日本語は全くしゃべれないし、わからない。
ただ、俺が『翻訳スキル』をオフし忘れていたのだ。
つーか、普段翻訳スキルをオフにする事なんてない。
俺が言った事が異世界人にも、日本人にも伝わる。
便利な事しかないし、切る意味などない。
日本人を丸め込もうとしている時に異世界人に嘘がバレる以外に不都合は何もない。
そして、今、正に不都合が発生したのだ。
「何でそんな嘘をつくの?
彼女を騙そうとしてるの?」とベガ。
ベガの言ってる事は綾美には伝わっていない。
ベガ、ちょっと黙ろうか?
俺は綾美を連れてレベリングするんだ。
ついでにレベリングに何人か女の子を連れて行く。
将来、彼女達が俺の『虎の威』になってくれるように。
「彼女は何を言っているの?」とベガを見ながら綾美が言う。
「そろそろ『将来の旦那様』にも会いたいし帰るわね、だってさ」
「そ、そんな事言ってないわよ!
"会いたい"って思ってなかった訳じゃないけど!」とベガ。
「ハイハイ。
それじゃ、街の冒険者ギルドまでベガを送り届けて来るね」
「アンナ、貴女言ってる事がおかしいわよ!
『たまには小屋に帰って来い』って言ってたわよね。
いざ、帰って来たら何で追い出そうとしてるのよ!?」
「ホラホラ、ギルドマスターが待ってますよー」
「待ってないわよ!
私が向こうの世界に行ってる間にこちらの世界の時間は進んでないんだから!
"今さっき会った"って思ってるわよ!
アンナ、もしかしなくても貴女、私を厄介払いしようとしてるわね!?」
当然綾美にはベガの言ってる事は通じていない。
「彼女は何を怒っているの?」と綾美。
「『早く彼氏に会わせてよ!』って言ってる。
しょうがないから送って来るよ」
「そんな事、言ってないわよ!
私を恋愛脳みたいに言わないでよ!」
恋愛脳じゃねーか。
俺は面倒臭い話になる前にベガの手首を掴んで、ギルドマスターの部屋へワープした。
ギルドマスターはタイミング悪く着替えていて半裸だった。
中々良い身体してるじゃねーか。
身体の前半分は古傷だらけだけど、身体の後ろ半分はツルンと綺麗だ。
"敵に後ろは見せない"ってか。
お前はザンギエフか!
俺が横目でギルドマスターの身体を見ていると、ベガが「見ちゃダメ!」と俺とギルドマスターの間に立ち塞がった。
面倒臭せー。
独占欲かよ。
誰が男の裸を見たがるんだよ?
くだらねー嫉妬に巻き込まないでくれねーかな?
「今日は帰って来ないものかと、小屋に泊まるかと・・・」上着を羽織りながらギルドマスターは言う。
「勘違いすんな。
ここに"泊まる"だ。
小屋に"帰ってくる"だ」と俺。
「安奈、そう行ってくれるのは嬉しいけど、今、私は小屋を追い出されなかった!?」とベガ。
「それには皿より深い訳が・・・」
「皿は深くないわよ!」
「だって・・・周りの人が強くなったら、俺が好き勝手出来るじゃん。
俺が弱者の盾になるのは荷が重いよ。
だから安全なところでレベリングしようかと。
で、レベリングする上でベガは邪魔じゃん?
闘えないし、パーティに入れても全然強くならないし。
最優先で護らなきゃなんないし・・・」
「邪魔とか言うな!
でも良かった、邪険にされてるんじゃなくて」
「邪魔者は俺だろう?
態度に『人の恋路の邪魔はするな!』ってのが透けて見えてるよ」
「そ、それは・・・」
「良いんだよ。
最初は悲しかったけどね。
俺には異世界でベガしか頼る人がいなかったし。
ベガが俺にかかりっきりになってるのも申し訳なかったし・・・。
俺がベガ離れしなきゃいけなかったんだよ」
「・・・って、離れた途端に邪険にする事ないじゃない!」
「身内を疎ましく感じる時期って誰にでもあるだろ?」
「貴女の場合そんなのじゃなくて、私にデタラメな事を言ってるのがバレたくないだけでしょうが!」
「な、何でそれがわかったのか!?」
「わかるわ!」
そんなやり取りをして、俺はベガを何とか街へ置いて来た。




