九十ニ話
「今日一日、どうだった?」俺は綾美に聞く。
「『どう』も何もまだ夢の中にいて、起きたらベッドだった、て展開だと思ってるわよ。
でも夢にしては長すぎる。
会話内容も夢にしてはハッキリしすぎてる」
「夢じゃないってわかった?」
「明晰夢ね」
「あ、そう」
「まあ、目が醒めるまではこの現象に付き合うしかないわね。
それはともかく、この倒れてた女性は知り合い?」
「いや全然。
今のところ、ただの食材・・・」
「食べるの!?」
「いや、ジョーク・・・」
「異世界の常識を知らない私にはジョークにならないわよ!
異世界では人を食べるのかと思うじゃない!」
「そんな訳ないでしょ?」
そんな事を話していると、女性が目を覚ました。
「ここはどこ?」と女性。
「何て言ってるの?」と綾美。
そうか、綾美には『翻訳スキル』がないから、彼女の言っている事が伝わらないのか。
「じゃあ通訳するよ」と俺が名乗り出る。
取り敢えず自己紹介からか。
「初めまして、マドモアゼル。
俺はアンナ、アンナ=ペンドラゴン
神託の騎士だ」まあ、最初はカマしておこう。
「誰が『神託の騎士』なのよ!?
何で『ペンドラゴン』なのよ!?
ウソばっかり!」とルイは言うが、ルイの文句は綾美に伝わっていない。
良いじゃねーか。
『通名』ってヤツだ。
外国人が何て名乗ったって日本ですら罰則はないんだから。
俺も異世界で格好良い名前を名乗ったって罰はあたらんし、嘘じゃない。
「私はセイラ=ハイローラー。
一応、ザクソン王国のエクソシストだった。
元は市民の出で一介の僧侶だった。
『ハイローラー』って名字は出世してから王から拝名した名字よ。
王国から出奔した今は名字は名乗れない。
『セイラ』と呼んでね」
「自分で『ハイローラー』と名乗るヤツは大体、重度のギャンブル依存症だよ。
そんなヘンテコな名字は名乗らない方が良い」と俺。
「お貴族様に何て無礼な事を言うの!?」とレナが言う。
「貴族なん?」
「名字があるんだよ!?」
「名字なら貴女にも『ペンドラゴン』と言う立派な名字があるじゃない?」とセイラ。
うん、まあ、その名字嘘なんだけどね。
『初対面はカマさないと気が済まない』っていうのは俺の悪い癖だ。
『何でそんなウソをついたんだ!?』と言われても「気分で何となく?」としか答えようがない。
「それはともかく、何で原っぱの真ん中で昼寝してたのさ?
しかも越境してたんだよね?
関所もないところでの越境はルール違反じゃないの?」
異世界の国際ルールはよく知らない。
アメリカとメキシコでも辺境じゃ国境の出入りはそこまで厳しくない、って話は聞く。
でもそれは民間交流レベルの話じゃないの?
貴族や立場のある人が、キチンとした手続きを踏まずに国境線を越えたら異世界でも問題になるんじゃないの?
「言ってみれば、私は『亡命』してきたようなモノなのよ。
私は国内でクーデターを企てた罪人扱いだと思うわ。
だから命からがら逃亡してきたんであり、正式な手続きは踏んでいないのよ」
「何でそんな事を俺に正直に話すのさ?」
「だって貴女は貴族なんでしょ?
私を助けた事が貴女にとって不利益になりかねない。
だから、助けてくれた恩人である貴女達に本当の話を打ち明けたのよ」
ごめん、こっちの話は嘘八百だ。
しかも誰も得しない真っ赤な嘘。
「そのお貴族様が何で罪人扱いされてるのさ?」
「私は昔、みんなが知ってる『勇者パーティ』にいたのよ。
貴女も勿論、知ってるわよね?」
「知らん」
「この世界で『勇者パーティ』を知らないなんて!
『勇者パーティ』はザクソンだけじゃなくて、隣国にまで聞こえているはずだけど」
「勇者に興味ない人だっているんだよ!
誰もが井上直哉知ってる訳じゃねーだろ?
ボクシングに興味ないヤツは井上直哉の事なんて知らねーんだよ!
同じように俺だって勇者の事なんか知らん!
有名人ぶってるんじゃねえ!
良いか?
お前は昔、お前の界隈じゃちょっと顔が知られてただけの一発屋だ!
井の中の蛙だ!
IZAMと同じだ!」
「イザム!?
それは一体誰!?」
その時、俺を送り込んだ存在に『勇者を倒しなさい』と言われていた事なんてスッパリ忘れていた。
「は、話が進まないから続きを話すわね。
私はちょっと功績をあげてザクソンで貴族になったのよ。
私は一足先に勇者パーティからは抜けていたの。
だから、勇者が魔王を倒した時には政治家になっていたの。
私はまだ『勇者パーティ』に悪い評判が立つ前に政治家になったから民衆から絶大な人気があったのよ。
勇者ナックルはこの時から私の事が気に入らなかったんでしょうね。
自分達が命をかけて戦っていたのに、一政治家が過去の栄光で人気を集めてた、とか納得がいかないはずだもの。
こうやってナックルと私の間には溝が出来ていったのよ。
嫌がらせも散々受けたわ。
根も葉もない噂も立てられた。
でも幸い私は民衆に支持されていて、ナックルは民衆に嫌われていたのよ。
ナックルの流した噂を信じる者は少なかったわ。
・・・で、ナックルは実力行使に出たのよ。
その結果、私はクーデターの首謀者としてお尋ね者になってるのよ、多分」
「『多分』ってどういう事?
いきなり追い掛け回されて、細かい事情なんて推測でしかわからないのよ。
私は『勇者パーティ』にいた時の仲間、ベティに『逃げろ』と言われてその通りにしただけ。
実際に何が起こっているのかなんてわからないわ」
「ふーん。
で、アンタはどうするつもりなの?
亡命するつもり?」
「これからの事なんて考えてない。
ただ、一つだけ決めてる事があるわ。
私を逃がすために囮になったベティを助けに行く」
「勝算はあるの?
相手は勇者なんでしょ?」
「勝算なんてある訳がない。
勇者でない者か勇者に立ち向かうなんて、無茶無謀よ。
しかもナックルは過去数百年に現れた勇者の中で最高傑作と言われているのよ。
私が何とか出来る相手じゃない」
「じゃあ、助けに行くとか言っても無駄じゃない?」
「『勝つ』のは無理。
相手は『天下無双』の勇者だもの。
倒せる相手なら『剣王』と呼ばれたベティが負ける訳がない。
勇者は別格なのよ。
でも勇者は私を生かして捕えようとしてるはず。
理由は簡単。
私の民衆への人気を逆恨みしているナックルは、私を民衆の前で公開処刑したいはずよ。
ナックルはベティをエサに私を釣り上げようとするはず。
むしろそうであって欲しい。
私はまだベティが生きていると望んでる」
「罠が仕掛けられてる、ってわかりながらそこに飛び込むの?」
「罠に掛かるのも、捕まるのも、処刑されるのも承知の上よ。
ベティが助かる事が第一なのよ!」
「それは『思う壺』じゃない?
罠に飛び込んだら、アンタも捕まってアンタが助けようとした『ベティさん』も逃げられない最悪の結果に終わると思うぞ?
それにアンタ、ベティさんがどこに捕まってるのか見当はついてるのか?」
「それはもう。
『私がそこに助けに現れる』自体が罠になってるのよ。
勇者パーティ時代、捕虜の『魔の眷属』を入れておいた牢屋がナックルの屋敷の地下にあるのよ。
捕えた者を殺さずに捕まえておくならあそこしかないと思う」
「その根拠は?」
「その牢屋は特別に頑丈に作られているのよ。
その牢屋じゃなきゃ、ベティは捕えておけない。
彼女も魔王討伐メンバーの一人。
ナックルほどじゃないけど一騎当千なのよ。
生きているなら間違いなくそこにいる。
死んでいるならその限りじゃないけど。
そこに助けに行く事がバレてるからこそ、罠として成立するのよ」
俺は昔ネットで見た『死んだ人質を囮に、身代金をもらった誘拐事件』を思い出したが、それは口にしなかった。
『ベティを囮にしたところで、ベティが生きているかどうかなんてわからないよ』と。
彼女が『ベティは生きている!』と祈りにも近い決めつけを抱いているのだから、そこをわざわざ否定する必要はない。
「しかしどうやって助け出すのさ?
ナックルって勇者には勝てない。
その牢屋の鍵もないんだろ?
見たところ、アンタは戦闘に適してない。
だから、勇者パーティをクビになったんだろ?
どうやって厳重な勇者の屋敷の牢屋へ仲間を助けに行くんだよ?
もしかしてだけど『私を捕まえても良いから、ベティを解放して!』なんて取引を思い描いてないだろうね?」
「その作戦の何が悪いのよ!?」
「アンタ、なんにも悪い事をしてないんだろ?
濡れ衣を着せられたんだろ?
『死人に口なし』
勇者が濡れ衣を着せようとした事を知ってるアンタとベティさんが死ぬ事が、勇者にとっては大切なんだろ?
勇者の企みを知ってるベティさんを勇者が普通に解放すると思うか?」
「あ」
「頭の中、お花畑かよ?」
「と、とにかく後は私が何とかするわ。
倒れてるところを助けてくれてありがとう・・・」
「ちょっと待って。
俺達がベティさんの救出に力を貸そう。
その代わり、こちらの出す要求ものんでもらう」
「勇者の屋敷の警備の厳戒さ、勇者屋敷の牢屋がいかに頑丈か、そして勇者がいかに最強か・・・貴女はわかってない!」
「アンタは牢屋に行った事があるんだろ?
だったら問題はないな。
勇者を倒そうとする訳、ないだろう?
倒せる訳ないし。
俺がやろうとしてるのは潜入、救出、脱出の三つだよ」
「そんな簡単に言うけど・・・」
「潜入自体は簡単なんだよ。
問題は潜入した後の警備態勢だ。
でもそこまで大勢の警備はついてないはずだ」
「何でそんな事が断言出来るのよ?」
「ベティさんは人気者なんだろ?
しかも真実を知ってる。
そんな人に警備の人間を近づけると思えない。
もし警備の人間がベティさんを逃がしたら、勇者の悪行が世に知れ渡ってしまう。
悪行はこっそり行うモノなんだよ。
勇者はアンタにこっそり接触してくる。
そして『ベティを助けたかったら一人で屋敷に来い』って言うだろうね。
で、現れたアンタを捕える。
ベティさんを解放する代わりに『お前は何も言うな』と無言のアンタを公開処刑するつもりだろうね。
でもアンタとの約束なんてハナから守るつもりなんてない。
アンタを処刑した後で、ベティさんを殺すつもりだろうね」
「そんな・・・」
「アンタがベティさんを助けたかったら、俺らの作戦に乗るしかないよ」
「何で貴女はベティを助けようとしてくれるの?」
「俺は『前作の主要人物を殺してドラマチックを演出する』って大作を気取ったクソ映画が大嫌いなんだよ。
前作のハラハラなんて全くなかったかのように次々前作の主要人物を殺しまくる。
魔王討伐したメンバーが、簡単に人質として殺される展開はクソだ!」
「?????
貴女は何を言ってるの?」
「俺がそんなクソ展開をぶっ潰してやるよ!
・・・その代わり、アンタは彼女のエクソシストとしての家庭教師になってね」
異世界語で俺とセイラが何やらしゃべっていたと思ったら、突然セイラの前に連れて行かれた綾美は「え?何?」と激しく混乱した。




