八十五話
数分前、建物の階段を上りながら俺はブツブツ言っていた。
「本当に『呪い返し』なんてあるの?」
「失礼ね、ちゃんとあるわよ。
今回は『呪い返し』が発動しないってだけで」
「・・・意味がわからない。
どうしてだよ!?」
「なら他のモノにたとえるわね。
杏奈はビリヤードってやった事ない?」
「ない」
「あぁ、そう。
じゃあ話は終わりね」
「他のモノにたとえるとかなんとか出来ないのかよ!?
説明を諦めるなよ!
・・・わかったよ。
ビリヤードを出来る限り頭に思い浮かべながら話を聞くからさ、続きを話してよ!」
「じゃあ続きを話すわね。
壁にクッションさせた球はどうなるかしら?」
「跳ね返るよね」
「そうね。
何で跳ね返るのかしら?」
「そりゃ球を打った勢いが、そのまま跳ね返って来るからじゃない?」
「摩擦とか、空気抵抗とかがあるから『そのまま』というのは厳密には違うのだけれど、概ねその通りよ。
打ち出された勢いでそのまま跳ね返って来るのよ。
呪いも同じ。
呪いの放たれた勢いがそのまま返ってくるのが『呪い返し』よ。
でもカナが呪いの勢いを完全に止めてテイムしちゃった。
勢いが完全に消えてしまった状態で『呪い返し』は発動しないでしょうね」
「それがわかってるのに何で『呪い返し』を使うのさ!?」
「そんなもの、呪いを仕掛けたヤツを直接見るためよ。
呪い返しを使った時に見える『糸』は『勢い』が消えてもしばらくはネクロマンサーなら視認出来るからね。
小さな呪いなら綾美が邪気を跳ね返せる。
大きな呪いを放つ『壺』は既にテイムした。
呪いによる危険なんてある訳がない。
物理攻撃なら杏奈達に通用する訳がないし。
遠距離武器だって弾き落とせるんでしょう?」
「うん、多分。
平気って言ってもライフル射撃ぐらいだと思う。
ミサイル撃たれたら、おそらく無事じゃないよ」
「大丈夫。
おそらく過剰なぐらいの戦力よ」
「だったら良いけど。
備えておいて越した事はないよ。
まさか日本にモンスターがいるなんて思わなかったし」
「霊だってある意味、アンデッドモンスターよ。
そうね、伯父様にどんな"隠し球"があるかまだわからないんだもんね。
でも『壺』以上の隠し球は伯父様は持ってないと思うわよ。
しかし運が良かったわよね。
私達全ての攻撃が無効のモンスターがいるなんて、思わなかったわ。
偶然居合わせただけ『ついて行く』と言って聞かなかったからしょうがなく連れてきただけのカナがそのモンスターをテイムしてしまうなんて・・・」
それが実は偶然じゃない。
ナミのスキル『時間溯行』で、繰り返し行われたトライ&エラーの末の必然だという事をこの時、俺は知らない。
因みにナミの『時間溯行』のスキルレベルは向上する。
後にナミのスキルレベルが上がって、『ナミと手を繋いでいれば一緒に時間を溯行出来るようになる』『溯行した時間から戻って来れるようになる』というスキルを身に付ける。
その時に俺はナミのスキルで失われた『錬金術師』のスキルをアンに身に付けさせるために、亡国グラムへ旅立つのだが、それはまた別の話。
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ナオミの叔父さんは完全にビビっている。
自分の仕掛けた呪いが大掛かりで、その呪いが自分に全て返って来ると思っているからだ。
実際には呪いは返って来ない。
便宜上『呪い返し』を使ったのは叔父さんの場所を探るためだ。
「ま、待て!
俺だけでこんな呪いは発動出来る訳がないだろう?
呪いを発動させた人間は俺、一人じゃない!
むしろ、俺は呪いなんて発動出来ない!」
まぁ、そりゃそうだろうな。
一般人が誰かを呪うのなんて、藁人形を五寸釘で打ち付けるくらいが関の山だ。
そして呪いが実際に発動したかどうか、なんて確認する手段はないはずだ。
だが、呪いは確実に発動している。
しかも100年モノの特級呪具もどこかで手に入れている。
これがいち一般人の仕業の訳がない。
絶対に専門家がナオミの叔父に力を貸している。
コイツをやっつけて話は終わりじゃない。
裏にいるヤツを引きずり出してやる!
ナオミが叔父を見下し、汚物を見るような目で吐き捨てる。
「それ以前に、伯父様は借り物の呪具を返さなくて良いんですか?」
「な、何をお前は言って・・・」叔父がわかりやすく狼狽える。
後で聞いたが、呪具は異世界でも高価なモノらしい。
ましてや強力な呪具ともなれば、城の一つや二つを売ったぐらいじゃ手に入れられない。
日本じゃ更に呪具は手に入りにくくて、更に高価だろう。
『岡田機械株式会社』ごときが、壺は手に入れられるモノじゃない。
何せ壺は才能のあるネクロマンサーであるナオミですら、手も足も出なかった代物なのだ。
「とぼけなくても良いんですよ。
呪いを『岡田コンツェルン』に仕掛けたって事は壺自身に聞きました。
現に呪いを仕掛けた伯父様のいるこの部屋まで、私達を案内してくれたのはこの壺ですからね。
そんな事はもう確定しています。
私が聞きたいのは3つ。
①伯父様が『岡田コンツェルン』にどんな恨みを持っているのか?
②伯父様は私の父親を殺してどうするつもりだったのか?
③伯父様に『壺』を貸した協力者は誰なのか?」
「言える訳がないだろう!?
特に『アイツら』の事をバラしたら俺は死よりも厳しい運命を辿る」叔父はガタガタ震える。
「壺は人間の魂を食べやすいように、まず人間をドロドロの肌色のアメーバみたいにするんだよな?
知ってるよ。
壺の中にその状態で閉じ込められてた女の子達を救助したからな。
お前がその『協力者』とやらに壺を返さないと、自分の意思で死すら選べない肌色のブヨブヨとして何百年も存在しなきゃいけない、違うか?
心配すんなよ。
壺は今や、俺らの仲間だ。
ソイツらがお前を肌色のブヨブヨに変える事なんて出来ないから」俺は若干イラつきながら言う。
内心、都合の良い事を言っている男に俺は腹を立てていた。
コイツは本社の人間や巻き込まれた周囲の人間の犠牲なんて何とも思わなかったクセに、自分に呪いがかかる事を本当に恐れている。
「呪ったんだから、呪われる覚悟は出来ている」なんて事は微塵もない。
実に男らしくない。
「アイツらが持っている呪具はそれだけじゃない。
尚美を呪った時の呪具だってある!」叔父はガタガタと震えている。
だから、そんなの大した呪具じゃないんだってば。
元々ナオミは霊媒体質で沢山の悪霊に憑かれていたんだってば。
そんなに強い呪いなら、あの大部屋にいた他の人らにだって影響はあるはずなんだってば。
それこそ俺にだって影響が来てもおかしくはなかった。
でも実際には何ともなかった。
理由はナオミへの呪いの力が弱かったから。
壺だけは協力者が持ってた呪具の中でも別格なんだよ。
それ以外の呪具なんて、下手したら『タンスの角で足の小指ぶつけろ!』ぐらいの呪いなんだってば。
まぁ、楽観視は出来ないけど。
もしかしたら、他にもシャレにならない呪具を持ってる可能性は0じゃないし。
推測でしかないが「ナオミは元気に退院して行ったぞ!」と叔父からクレームを受けた協力者は、多額の金を受け取っていたから自分でも制御出来る自信はなかったが、とっておきの強力な呪具を使わざるを得なかったのだろう。
叔父に壺を貸し出す時に「この呪具はとっておきだ。貸し出すだけだ。使い終わったら必ず返せ!」そう言われていたのだろう。
なのに叔父は簡単に壺を俺達に奪われてしまった。
「もう俺は終わりだぁ。
破滅だぁ・・・・」叔父はうわごとのように呟いている。
ざまあみろだ。
悪人の絶望する様子を見るのは実に白飯が進みそうだ。
でも、今回はそれで終わらせちゃいけない。
俺達やその家族を害そうとした輩にキチンと痛い目にあってもらわないといけない。
「一晩借りるだけで数億円必要だったのに・・・。
それを奪われるなんて・・・」叔父のうわごとは続く。
知るかよ、ボケ。
良い気味だ!
なんて俺は言わない。
「ソイツらを俺達が倒すから。
その間アンタを絶対ソイツらが追って来ないところに送り込むから。
俺達がソイツらを退治してる間はそこに隠れていれば良い」
「そんな都合の良い話あるのか!?」
「もちろん、交換条件はある。
アンタはソイツらについて知ってる事を全て俺達に話すんだ」
「そ、それは・・・。
アイツらを裏切るマネに・・・」
「だったら好きにすれば良いさ。
俺達は別にアンタが呪い殺されようが、肌色のブヨブヨに変わり果てようが、特に痛くも痒くもない。
アンタが情報を吐かないなら、他に情報源を見つけるだけだ。
少し面倒臭いけど、面倒臭いだけだ。
どうと言う事はない。
良く考えろ?
俺達の存在はアンタにとって地獄に垂れてきた『蜘蛛の糸』だ。
これはアンタにとっちゃ、ラストチャンスなんだ」
「本当にしばらく身を隠していたら、迎えに来てくれるんだろうな!?」
「伯父様、何か勘違いしてるんじゃないのですか?
何で父親を殺そうとした相手を私が優遇しなきゃいけないんですか?
伯父様がここで沈黙を貫くのもまた自由です。
好きに生きて好きに死んで下さい。
相手が伯父様を殺してくれるぐらい優しいと良いですね。
『頼む殺してくれ、殺してくれ、殺してくれ、ころしてくれ、ころしてくれ、ころしてくれ、コロシテクレ、コロシテクレ、クレ、クレ、クレ、レ、レ、レ、レ・・・』と心の中で念じながら意識はあるのに自分が思うように動けない肌色のブヨブヨした塊にならないと良いですね」
「お、脅しなどきかんわ!
何故尚美がそれを知っている?」
「壺が吐き出した肌色のブヨブヨした塊は生きた人間ですよね?
肌色のブヨブヨは壺の意思で動いていた。
つまり、ブヨブヨ自体の意思は無視されていた。
もしブヨブヨに意識があるなら意識を持ちながら操られ逃げようにも逃げられず、生気を吸われる時だけを待つ。
願望は生気を吸われて、消え去る事だけでしょうよ」
叔父はわかりやすく震え出してナオミの足元にすがりつく。
「た、頼む!
助けてくれ!」
「都合の良い事を。
私達が伯父様を助ける筋合いなんてこれっぽっちもありません。
・・・で、どうなんですか?
協力者を情報を白状する気があるんですか?」とナオミ。
「こ、この悪魔め!」
お前がいうな。




