七十四話
エラい遠回りしたが、病院の入口に戻ってきた。
「おい、あれ、山神有末じゃねえの?」
「キャー!有末ちゃんよ!」
「テレビで見るより綺麗!」
ちょっとした人垣が出来ている。
「そういや有末さんって有名人だったんだっけ」
「もう引退した事を周りが知らないだけよ。
これからは芸能人として、今までより有名人にならないとね。
杏奈も有名人になるかも知れないのよ?」
それはない。
だって、俺は芸能活動をする気はないから。
「有末ちゃんの周りの人達、外国人かな?
いや、日本人も何人かいる?」
どうやら俺らは目立つ存在らしい。
念のためトイレにワープして正解だった。
ワープしたところを人に見られたら大事だった。
俺達は有末の誘導で有末の両親が入院している病室へ向かった。
両親は『終末医療』の病棟らしい。
両親は"回復の希望がない"と思われているのだ。
そしてこの病棟は見覚えがある。
俺やナオミが入院していた病棟だ。
有末の両親の治療は諦められていて苦しまない、穏やかな最後をむかえられるように、と、扱われているのだ。
「今まで特待生だったから、学費は無料だったし、保険金で生活費も工面出来てたけど。
入院費用は加害者の勤めてた会社が負担してたから・・・。
問題はこれからよ。
体操をやめて転科した事で、おそらく学費免除は取り消されるわ」と有末。
「やっぱり芸能科に誘っちゃったのは間違いだった?」と俺。
「確かに芸能科の学費は高いけど、普通科だって安くない。
それに私に普通科に転科だけの学力はないわ。
だから、私には芸能科に転科するか退学するかしか道はなかったのよ。
芸能科に転科するのを誘ってくれて、芸能事務所を紹介してくれて、故障箇所を治してくれた杏奈には感謝こそすれ、怨む理由はないわ。
あとは私が芸能活動で稼いで学費を工面しなくちゃ!」
そう言ってもらうと多少は救われる。
でも、そんなにすぐに金を稼げるようになるほど、芸能界は甘くない・・・はず。
知らんけど。
異世界の何かしらが、日本で金にならないかな?
そんな事を言っていると有末の両親の病室に着いた。
普通、大部屋と言っても『男は男だけ』『女は女だけ』の病室を割り当てられる。
"有末の両親の病室が同じ部屋"と聞いた時から嫌な予感がしていた。
加害者が勤めていた会社は極限まで入院費用をケチっていたのだ。
だったら足りない分は加害者に請求すれば・・・それは加害者が存命なら出来る話だ。
有末の両親は簡素なベッドに寝せられているだけだ。
大部屋は白いカーテンで仕切られている。
有末の両親のベッドは隣りで、真ん中のカーテンを開ける事で二つの部屋は繋がり、有末の両親は同じ空間のベッドに横たわっている事になる。
「来たよ」有末が言葉を何とか絞り出し、両親に話しかける。
当たり前だが、両親にリアクションはない。
「頼む」俺が声をかけると、ベガは『わかってる』と言わんばかりに有末の父親を『診察』する。
『診察』は俺が持っている『ステータスオープン』のさらに上位スキルらしい。
「どういう事?」と俺が聞くとベガは「どの方向にスキルを伸ばすかだ。ジョブは杏奈ほどは見れない」と言っていた。
良くわからないけど"そういうモノだ"と解釈している。
ベガからかえってきた言葉は『良くわからない』という意外なモノだった。
「どういう事?」と俺。
「『薬学的』に言えば、治療は簡単なのよ。
でもそれだけなら治療なんてしなくても今からまでに回復してるはずなのよ。
なのに意識が回復していない。
他に『外的要因』があるわ」
「『外的要因』?
それはどんな?」
「それは私にはわからないわよ」
ベガにわからないならお手上げだ・・・と思っていたら思わぬ人が声をかけてきた。
「彼女の両親、取り憑かれてるわね」と。
振り返ってるとそれを言ったのはナオミだった。
「『取り憑く』って霊媒体質じゃない人は取り憑かれないんじゃないの?」
「基本的にはね。
中には"関わりが強い"人物に無理矢理取り憑く悪霊もいるわよ」
「"関わりが強い"って、有末さんのご両親は悪霊の関係者って事?」
「両親にとっては、ほぼ無関係かも知れない。
ただ悪霊になった人が死ぬ時に一方的に逆恨みされたのかも知れない。
悪霊になるような魂を持っていた人間なんて、『一般的な常識が通じる』なんて思わない方が良いわ」
「悪霊についてわかる事って何かないの?」
「死んだ直後なら悪霊も人間だった時の原型を留めてるし、ある程度の会話も可能なんだけど。
基本的に悪霊になるような"クズ"とは話したくないのよね。
こちらの神経が病みそうになるわ。
まあ、この悪霊は死んでから相当時間が経っているわ。
ご両親が元気だった時、ご両親を恨んでいるんだからもう数年前には人間として死んでいるはずよ」
「パパとママが人から恨まれるなんて有り得ない!」と有末。
「だから逆恨みかも知れない。
自分が悪いクセに勝手にご両親を恨んでるのかも知れない。
相手は悪霊になるようなロクデナシなのよ?
・・・にしてもご両親同時に恨みを抱く、っていうのは珍しいわね。
ご両親同時に取り憑いたのも」
「もしかして、パパとママに取り憑いたのは私達が交通事故に遇った時、相手の飲酒運転のトラック運転手かも知れない」
「何でそんな風に思ったの?」
「私達はパパの運転する車に乗っていたの。
何がトラック運転手の癇に障ったのかはわからない。
トラック運転手は急に怒りだして、パパの運転する車を煽り始めたわ。
・・・で、蛇行運転の末にパパの車と接触して、パパとママは意識不明、私は膝を怪我して、相手はガードレールに激突して命を落とした。
パパの車のドライブレコーダーから相手の車の煽り運転が明らかになって、司法解剖の結果、相手の運転手の飲酒運転が明らかになったのよ。
・・・他にパパとママに恨みを持ってて、悪霊になるような人は思いつかない」
「その運転手で間違いなさそうね。
『コイツがトロトロ運転してるのが悪いんだ!』と繰り返し言ってるし。
飲酒運転した事も煽り運転した事もこの悪霊の中では肯定されているみたい。
典型的な"会話が出来ない、したいとも思わない"タイプね」
「・・・どうすんの?」
「どうもしないわよ。
消すのよ」
「『浄化』『成仏』させる、って事?」
「そんな事は私は出来ないのよ。
エクソシストでもあるまいし。
私は霊魂を使役するか消す事しか出来ない。
でもこんな下等で下劣な霊魂は使役したいとも思わない。
だから、この悪霊は"消す"のよ」
「き、消えた霊魂はどこにいくの?」
「どこに行くんでしょうね?
興味もないわ。
一つだけわかってる事は"消した霊魂は決して生まれ変わらない"って事」と言うとナオミは空中に右手をかざした。
すると、俺みたいに霊感が0の人間にも紫色に燃える"何か"が微かに見えるようになった。
燃えている"何か"は悶え苦しんでいる。
まるで末期の断末魔だ。
ほどなく紫色の燃える"何か"は消える。
「これで胸糞悪い、ご両親に取り憑いてた悪霊は消えたわよ」とナオミが有末の肩をポンっと叩いて言う。
「これで治療出来る?」と俺。
「うん、大丈夫だと思う」とベガ。
口から薬を飲ませる。
有末は誤嚥を心配していた。
『飲まそうとした液体の薬が、気管や肺に入って肺炎を引き起こしたら大変だ』と。
でもベガがご両親に飲まそうとさせているエリクサーは「胸の病気にも効果があるから大丈夫」との事だ。
異世界の常識はよくわからん。
そういや、ベガは俺が入院してた時に片っ端から意識不明の人に液体の薬を飲ませてたな。
その中の一人がナオミだ。
ベガは放っておいたら病室の病人全員に薬を飲ませていた。
「しかし霊を問答無用で消しちゃって良かったの?」と俺。
「どういう意味?」とナオミ。
「だって悪霊って言ったって元は人なんでしょ?
『話せばわかる』みたいな・・・」
「有り得ないわ、人同士だって『話せばわかる』事の方が珍しいのに」
「どういう意味?」
「人には人の、霊には霊の、悪霊には悪霊の価値観があるのよ。
悪霊は必ず『依り代』を探すわ。
悪霊っていうのは不安定な存在で依り代がないと長い事存在出来ないのよ。
依り代の中にいる間に悪霊は変質しちゃうのよ。
だから有末さんのご両親に取り憑いてた悪霊も変質して『何を恨んでたか』わからなくなっちゃってたのよ。
そんな存在とまともに会話なんて出来る訳がない。
利用価値のない悪霊なんて消滅させるに限るのよ」
俺はナオミの言う『利用価値のない悪霊』という言葉にひっかかりを感じた。
だったら『利用価値のある悪霊』も存在するんだろうか?
「しばらくすれば目を醒ますと思うわ。
数年間眠ったままだったんだから、体力も筋力も落ちてると思うし、すぐには立ち上がれないとは思うけど」とベガが有末に言う。
「うう~ん」と有末の父親が寝返りをうつ。
「ぱ、パパ!」と有末が叫ぶ。
「起こしちゃダメ。
寝るのにだって、起きるのにだって体力を使うんだから。
今は体力を温存させないと」とベガ。
「また明日、会いにこよう」俺達は病室を出た。
さぁ、一つまた用事が片付いた。
次の用事は"ナオミを母親である理事長に会わせる"だ。




