六十八話
「依頼中断するんだよな?」とギルドマスター。
「何をいってるんだ?
行方不明の少女達は保護した、って言ってるだろ?
そもそも彼女達は安全な場所にいたんだ。
彼女達を保護してる水龍を俺らが泉から連れ出してしまったから彼女達を泉のほとりの小屋に置いておく訳にもいかんから、俺の家で一時的に保護しただけだ。
彼女らが『自分の進むべき道』を見つけたら俺の家から出て行くぞ?」
「依頼は『行方不明の少女達の依頼者への引渡し』だ。
少女達をスラムの大物アルテに引渡して初めて、依頼は完了になる」
「引き渡せるか!
十中八九『人買い』なんだろ?
そのアルテとか言うヤツって」
「依頼を途中で放り出すと違約金が発生するぞ?」
「・・・そりゃ違わないか?
ギルドマスター、アンタが押し付けて来た依頼だよな?
『この依頼を受けろ』って。
アンタがケツを拭くのが筋ってモンじゃないか?
何で俺が違約金を払わなきゃいけないんだ?
っていうか、アンタは俺が少女を人買いに渡すのに賛成なのか?」
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。
俺はお前らが依頼に失敗して戻って来ると思ってた。
"やむを得なく依頼失敗した場合、冒険者ギルドは違約金を保険金から支払う"
それが『冒険者保険』だ。
保険金はギルドの取り分の中に含まれている。
依頼が冒険者の力量を越えていた場合、依頼よりも個々の人命を尊重すべきだ。
危険から逃げ帰ってきた冒険者に責任を負わせるべきじゃない。
・・・でも今回はその限りじゃないだろう?
お前らは依頼中のはずなのに街へ戻って来た」
「依頼なら終わった」
「終わったなら、依頼終了条件を満たす必要がある、この場合の"依頼終了条件"は"少女達をアルテに引渡す"事だな。
こちらは立場上、契約破棄した冒険者の肩を持つ事は出来ん。
"正義"とか"悪"の話じゃない。
いや、"冒険者ギルドの絶対的正義"は"依頼達成"だ。
ギルドマスターとしちゃ、それを目指してない今のお前らは本来"悪"と断じなきゃいけない。
でも俺にも一般的な良心とやらはある。
だからお前らが『少女達を家に匿ってる』って話は聞いていない事にしたんだ。
それで精一杯だ。
依頼を放り出して泉から街へ戻って来たお前らをこちらは庇えない」
「だったら少女達をアルテに引き渡すしかないのか?」
「まぁまぁ、話は最後まで聞け。
お前らが行うべき選択肢はいくつかある。
①少女達をアルテに引き渡す。
②泉から逃げ帰ってきた、とアルテに嘘を言う。
③違約金を支払う。
④違約金を踏み倒す。
⑤依頼者を殺す。
⑥アルテの悪事を告発する」
「んなもん一択だ。
『違約金を踏み倒す』に決まってるだろ!
クズに払う金なんてない!」
「『依頼を放り出す』『違約金は払わない』
そんな冒険者を冒険者ギルドが放置しておけると思うか?
冒険者ギルドはお前らに懸賞金をかけて徹底的に追い込むしかないな」
「テメー!
俺らを騙しやがったな!」
「騙してなんかいない。
お前が『最悪の選択肢を選ぼうとしてる』とアドバイスしただけさ」
「だったら"最善手"もあるのか?」
「もちろん。
お前らの取るべき選択肢は『アルテの悪事を告発する』だ。
犯罪者の依頼は取り下げられる。
たとえ依頼途中だったとしてもその"依頼"は一切の効力を失う」
「ちょっと待て。
犯罪者の依頼を受けた冒険者は泣き寝入りか?」
「いや、そういう時のためにも『冒険者保険』はある。
依頼途中だった冒険者は依頼達成料の8割を受け取れる」
「全額じゃないのかよ」
「それを"損"と思うか"得"と思うかは考え方次第だな。
本来、依頼は達成しないと金には一切ならないはずなのに、達成途中、場合によっては未着手なのに8割の金が入る」
「・・・何か言いくるめられたみたいだ」
「でも、それが最善手なのは間違いない。
しかもアルテは悪人だ。
叩けばいくらだって埃が出てくる」
「ダウト!」と俺。
「だうと?」とギルドマスター。
どうやらダウトは異世界では通じないらしい、そりゃそうか。
そんな事はどうでも良い。
「俺が住んでたところじゃ、権力と金のある悪人ほど悪い事をし放題で、誰も取り締まれなかった。
俺がスラムのボスの悪事を告発したところで揉み消されて終わり、と相場は決まってる!」
「その通りだ。
アルテの悪事を告発しようとした者の末路は下手人が特定出来ない惨殺死体だった」
「ほら、やっぱり!」
「しかしお前らは違うだろう?
古龍を仲間にするほどの強者なんだろう?
アルテが送り込む殺し屋なんて、小指であしらえるだろう?」
「そりゃ・・・わからんけど。
アルテ一味の実力も、殺し屋の実力もわからんし」
「大丈夫だ。
お前らなら」とギルドマスターは俺の背中を手でポンと押し俺を部屋から追い出した。
『わかってるとは思うが、利用されてるぞ?』とアクアが言う。
山神さんも同意見のようだ、コクコクとアクアの意見に頷く。
俺も薄々そんな気はしている。
でも、ギルドマスターがベガを俺の命の恩人を匿ってる時点で、俺は首根っこを押さえつけられているようなモノだ。
それに口先でギルドマスターに敵う気がしない。
一刻も早くベガとギルドマスターが無関係になって欲しいが、ベガが薬師で街で揃えたい物が多くて、街から離れられない以上はベガとギルドマスターの関係は続くんだろう。
ケイは「ベガとギルドマスター、あの二人は出来てるんじゃないか?
目と目で会話する感じが怪しすぎる」と言っていたけれど、俺に男女の事はわからない。
とにかくベガが『あの男は怪しい。関係を切ろう』と言ってくれればすぐにでも関係を断ち切ろうとしているが、ベガは未だに冒険者ギルド内に工房を作って入り浸っている。
俺の家にもベガの工房を作ったのに『街に近くて便利だから』と理由をつけて冒険者ギルドに行く。
「必要なモノがあるなら、俺のワープで色んなところで揃えるよ」と何度も言っているのだが、その場は「わかった」と言っておきながら気付いたら冒険者ギルドにいる。
とにかく、俺はギルドマスターの言う事には悔しいが強い反発は出来ない。
「アルテの周りを洗うか。
つーか、俺が"アルテの悪事"を見つけたところで誰にタレ込めば良いんだ?
恐らく賄賂で多くの役人は抱え込んでるよな?」俺が頭を抱え込んでいると山神さんが言う。
「何で女の子達を引き渡さないの?」と。
「引き渡す訳ないじゃん。
おそらくアルテ一味は人買いなんだよ?」
「それはわかるけど、アルテはおそらくこの街の有力者、しかも極悪人なんだよね?
逆らったら怖いんじゃない?
それをしないのは正義感から来る行動?」
「違う、違う。
殺しに正義なんてないんだよ。
それは人であっても、モンスターであっても同じ。
俺が地獄に落ちるのは決定してる。
でも『関わった人には幸せになって欲しい』って思ってる。
俺が一旦『保護する』って決めたんだ。
ビビッてヤクザもんに引き渡したらメシが不味くなるじゃんか」
「ご飯が不味くなる?
それだけで助けるの?」
「それが全てじゃんか。
それ以外に何があるの?」
俺に噛みつきそうな勢いの山神さんをケイが宥める。
「まぁまぁ、杏奈さんは『何を考えてるかわからない』そういう人だから。
でも杏奈さんほどの『天才』もいないし・・・」
「"杏奈が天才"!?
何かの冗談でしょ!?」
「強さだけだったら、私の獣達の方が高いし、もはや身体能力だって山神さんの方が遥かに高いとは思うけれど、それでも杏奈さんは天才だよ」
「認めない!
努力しない才能なんて・・・」
「私もそう思ってた。
でも本当の天才は『努力をしない』んじゃない、『努力をしている自覚がない』んだ。
杏奈さんは私達が瞬きしている間に数週間動き回っているんだよ。
その間に命の危機を何度もむかえてるんだよ。
他の人間なら気が狂うような経験を平然としてるんだよ」
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~山神有末視点~
頭から冷水をかぶったような衝撃だった。
"本当の天才は自分が努力している自覚がない"
"ただやるのが当たり前"なのだ。
「勉強なんてしていないよ」そう言う学校で一番の"天才"がいた。
嫌味を言っていたんじゃない。
謙遜していたんでもない。
嘘をついていたんでもない。
"努力をしている自覚がない"のだ。
よく聞くと8時間ほどは机に向かっている。
予習、復習は勉強だと思っていないらしい。
体操の世界でも同じだ。
「これだけ自分は努力してるのに、努力していない山神に勝てないのは何でだ!?」と言うヤツが大した体操選手だったためしがない。
何故勝てない?
当たり前だろう?
『そんな事は努力でも何でもない。
やるのが当たり前』なのだから。
やっていないお前らが大した体操選手になれないのは必然なのだから。
やらなきゃならない事をやらず、やって当たり前の事をやらず、やる必要がない事をやって、『私は努力している!』と言うヤツに私が負ける訳がない。
『やらなきゃいけない事』を苦痛と感じているヤツらに私が負ける訳がない。
そうか。
才能があるヤツは『やっている事』を苦痛に感じていないんだ。
やる事を間違えていないんだ。
何故気付かなかったんだろう?
杏奈は人が一晩寝ている間に、数週間から数ヶ月動き続けている。
しかも、それは『やって当たり前の事』と思っている。
この思考を私は知っている。
この思考は『才能のある者の思考』だ。




