六十五話
少し前、ケイを連れて鷲を捕まえに行った。
鷲を見たケイは「り、竜を捕まえるの!?」と言った。
「いやいやあれは大きいけど鳥、竜じゃないよ」
「『トリ』?
何それ?」
あ、そうか。
異世界には既に獣は存在しないんだった。
「異世界に羽のはえたモンスターはいないの?」
「いっぱいいるよ。
モンスターだけじゃなくて『翼人族』って羽のはえた人もいるよ」
そうか。
羽のはえた存在は沢山いるけど『鳥』はいないのか。
でも『鳥みたいなモノ』は見飽きるくらい見てるんじゃないの?
「ケイは鷲を見て何をそんなに驚いたの?」
「二本足で立っている羽がはえている生き物は二種類。
『竜と翼人』これは常識よ?」
二本足で立つ?
「トカゲは二本足で立てないの?」
「トカゲに羽はないよ」
「あ、そうか」
「でも『トビトカゲ』って羽がある種類のトカゲもいるよ?
そのトカゲと竜の違いは『二本足』か『四本足』かね」
そういえば聞いた事がある。
二本足で立てるのは哺乳類と鳥類だ、と。
哺乳類と鳥類は地面に向けて真っ直ぐ足の骨格が伸びている。
爬虫類や両生類は身体の横に足が伸びている。
つまり地面を這うための骨格なのだ。
つまり二本足で立ち、羽がはえている鷲をケイは『竜だ』と認識した。
実際『恐竜は鳥の仲間だ』とする説もある。
図鑑によっては恐竜の全身には羽がはえている。
渦巻の中から現れた水龍は見た目はネッシーのように首が長い。
しかし水から上に出ているのは首だけなので、胴体がどうなっているのかは全くわからない。
もしかしたら水龍には胴体なんていうモノはないのかも知れない。
蛇やウナギのように全身が細長い紐のようなモノなのかも知れない。
さっきまでのんびりと水を飲んでいたモンスター達がいつの間にか姿を消している。
水龍が鎌首をもたげてこちらを見ている。
ヤバい、ロックオンされている。
モンスター達が姿を消したのは間違いなく、水龍の殺気が原因だ。
何故か知らないけど、水龍はこちらに敵意を向けている。
俺は水龍のステータスを覗き見る。
『・・・・・・』
見なきゃ良かった。
俺も強くなった。
いや、強くなったと錯覚していた。
ハッキリ言って、俺の強さなんて水龍の強さに比べたらハナクソみたいなモノだ。
「よし、逃げよう!」
俺は一行に言う。
いくら水龍が素早くても、ワープのスピードより速いとは考えられないだろう。
しかも水龍が陸上でも水中と同じスピードで俺達に迫って来れるとはかんがえにくい。
よし、街までワープしよう。
今回は依頼失敗。
依頼失敗する冒険者だっているだろう。
命からがら街まで逃げて来る事もあるだろう。
依頼失敗のペナルティはあるかも知れない。
いや、そもそもギルドマスターは「依頼はどうせ失敗する」みたいな口振りだったじゃないか。
あんにゃろう。
こうなる事はわかってやがったな!
そうと決まればここにとどまっている事はない。
街に逃げ帰ろう!
「さぁみんな!
輪になって手をつないで!
ワープで街まで帰るよ!」と俺。
みんなが急いで輪になって手をつなぐ。
アレ?
何か人数が少なくないか?
「あ、カナちゃんがトイレに行ってます!」と女の子の一人が言う。
見ると森の中からスッキリした顔でカナが出てくる。
相当我慢してやがったな!?
なんてタイミング悪い!
でもカナは責められない。
偶然、カナがトイレに行ったタイミングで水龍が現れただけだ。
カナを置き去りにしてワープで街まで逃げるか?
薄情ではあるが、このステータス差は立ち向かっても意味ないぞ?
おそらく時間稼ぎにもならない。
「何か『龍』って弱点ないの!?」と俺。
圧倒的実力差がある時には、弱点をつくしかない。
吸血鬼に銀の弾丸、キョンシーに餅米。
龍にだってそんなモノがある・・・はず。
「龍のアゴの下には『逆鱗』って他の鱗とはえてる向きが違う鱗があるらしいです!
伝説の勇者様はその『逆鱗』目掛けて攻撃を繰り出して龍と相討ちになったらしいです!」と女の子の一人が教えてくれる。
なるほど!
水龍のアゴの下・・・。
水龍の首は細長い。
それこそ蛇と見間違えるほどに。
簡単に言えばアゴまで全然届かない。
ジャンプして届いたとしたところで、ジャンプする足場がない。
なんせ下は泉なのだ。
鷲の背に乗って、そこを目指して飛ぶのはどうか?
鷲の素早さで水龍に太刀打ち出来るとは思えない。
そもそも伝説の話が本当なんだろうか?
『逆鱗』を狙って、伝説の勇者ですら相討ちが精一杯だったのだ。
『逆鱗』があったとして俺が相討ちまで持っていける可能性は極めて低いだろう。
「相手が知能が高いモンスターである場合、興味から『テイム』に応じる格上のモンスターもいるって言いますけど」とカナ。
「そ、それだ!」と俺。
「でも古龍がテイムに応じた例はありません。
古龍も人語を理解出来るほど、知能は高いはずなんですけどね。
どうせここにはモンスターをテイム出来るようなモンスターテイマーはいませんし」
ダメじゃん!
・・・ちょっと待てよ?
ケイは鳥を『竜』と勘違いした。
恐竜は鳥の仲間だという説が現在では有力だ。
竜は鳥と同じような骨盤の付き方をしている。
『古龍』は『恐竜』の生き残り、もしくは『恐竜』と近しい生き物と仮定出来ないか?
つまり、古龍は異世界で鳥の唯一の生き残り、唯一の獣の生き残りであると。
モンスターがビーストテイマーの呼び掛けに応えないように獣はモンスターテイマーの呼び掛けには応えない。
獣が応じるのはビーストテイマーだけだ。
カナを見捨て街へワープで逃げ帰る選択肢もある。
しかし一か八かだ。
「ケイ、お願い!
水龍を『テイム』して!」と俺。
「そんな無茶苦茶な!
古龍をテイム出来た人いないんだよ!?」
「古龍をテイム出来た『モンスターテイマー』がいないのはわかった。
じゃあ古龍をテイム出来た『ビーストテイマー』は?」
「・・・それ本気で言ってるの?」
「真正面から古龍と闘うよりよっぽど成功の確率は高いと思ってる。
相手の知能が高ければ、テイム出来る可能性が高いんだろ?
そして古龍は知能が高い・・・」
「一説によると古龍は人より知能が遥かに高いとか・・・」
「だったら試してみる価値はあるよ。
それともカナを置いてきぼりにして、街に逃げ帰った方が良い?」
「そんな事はないけれど・・・」
「多分俺達がワープしようと円になって手を繋ごうとした時点で、水龍は俺達を殺せると思うよ?
だから水龍が警戒するような行動は一切すべきじゃない」
「だから水龍の信頼を得ようと?
だからテイムしろ、と?」
「そういう事」
「わかった。
やってみる。
やってみるけどあんまり期待しないでよ?」
「テイム出来ないでも、『闘う』よりは『命乞い』した方がまだ生き残る可能性は高いだろうし。
『命乞い』は通じるかもよ?
古龍は知能が高いんでしょ?」
俺の説得を聞いてケイは渋々覚悟を決めたようだ。
ケイが泉の中に入って行く。
泉に入る前にケイは靴を脱ぐ。
『ほう、私の家に入る前に靴を脱ぐとは良い心掛けだ!』何者かが頭の中に話し掛けて来る。
別に靴の中に水が入ってきたら気持ち悪いだけだと思うが、頭の中に話し掛けてきたのが水龍なら靴を脱いだのは正解だったようだ。
「あ、はい」ケイが玉虫色の返事をする。
その態度を水龍はあまり良くは思わなかったようだ。
『・・・まあよい。
して人の子よ、何用でここに来た?』
「ここの周辺で人が何人も行方不明になってるんです。
その調査に来たのですが、偶然貴方と鉢合わせになった、と言う訳なのです」
『・・・ここが我が家だと知らなかった、と?
知らずに我が家の敷地内を荒らした、と?』
ヤバい、水龍は不機嫌になったのか?
『知らなかったのならしょうがない。
今回は大目に見よう。
人の子よ、去るが良い』
良かった!
見逃してくれるみたいだ。
「そういう訳にはいきません。
貴方は私にテイムされてください」とケイ。
アホか!?
折角水龍が見逃してくれるって言ってるのに!
『我をテイム?
貴様はモンスターテイマーなのか?
過去数百年、我をテイムしようとここに訪れたモンスターテイマーは数十人いた。
しかし我をテイム出来たモンスターテイマーなどは一人もいなかった。
・・・今であれば笑って許してやろう。
我も年長者として命知らずの若者を諫める程度の度量はある。
我をテイムしようと訪れたモンスターテイマー達を怒りに任せて喰い殺したのも昔の話。
あの頃のように血の気が多くはない』
良かった!
水龍は怒ってないみたいだ。
さっさと水龍をテイムしてしまおう。
『何故だ?
他のモンスターテイマー達のような"無遠慮に頭の中を弄りまわされるような感覚"を貴様からは感じない。
むしろ全身をマッサージされるような気持ち良さすら感じる』水龍は気持ち良さそうに瞳を閉じる。
どうやらケイをある程度受け入れているようだ。
『よし、貴様にテイムされてやろう』アッサリと水龍は言った。
「え?
良いの?」ケイはこんなに簡単に話が進むとは思わず、間抜けに返事した。
『古龍の寿命は永遠に近い。
数百、数千年眠る事などザラだ。
元々酔狂に人の子らに付き合う事など特に嫌ではなかった。
暇潰しに付き合ってやっても良かった。
瞬きの時間だからな。
我が許せなかったのは"人ごときが古龍を使役出来る"という不遜な思い上がりと、頭の中を弄りまわされるような不快感だ。
貴様にはそれがない』
ケイは別に古龍をテイムしようとここに来た訳じゃない。
むしろ俺に「テイムしろ」という無茶振りをされてイヤイヤテイムしようとしている。
「そう言ってくれるのはありがたいんだけど・・・。
私は『モンスターテイマー』じゃありません。
私は『ビーストテイマー』です」
『・・・なるほど。
数万年前にこの世界に瘴気が満ちて、モンスターが産まれ、獣だった者も瘴気を浴びてモンスター化し、ほとんどの獣が絶滅してビーストテイマーなどこの世界にはいなくなったと思い込んでいたが・・・』
「ほとんど?」
『獣がいなくなった訳じゃない。
目の前に獣がいるであろう?』
やっぱり古龍は獣だったのか!
『もう一種類、おそらく貴様らが一番良く知っている獣がこの世界には残っているぞ?
その獣とは"人"と言う』
何で思い付かなかったんだろう?
人間だって動物だ。
獣扱いだっておかしくないはずだろう。
・・・って事は『ビーストテイマー』って人間を使役出来るのかな?
それはそれでちょっとイヤだ。




