五十五話
9月入学の生徒と4月入学の生徒の教室は分かれていないらしい。
カリキュラムを詰め込んで、9月入学の生徒も3月に卒業させるらしい。
まぁ、聖華は優秀な生徒が揃っているみたいなんで、多少カリキュラムが詰め込まれても問題ない、と。
どれだけ猛スピードで授業進められても、外国じゃ飛び級で大学卒業しててもおかしくない連中だもん。
じゃあ何で高校なんて来るのか?
コイツらお嬢様だもん。
花嫁修業の一環だよ。
他の連中は何にも問題点無くても、俺にとっては問題大ありだ。
授業についていける訳ないだろうが。
底辺県立高校中退なめんな。
まぁ、良いか。
どうせ今日退学するんだから。
「岡田杏奈、独身。
趣味はギターの弾き語り。
来週も絶対見てくれよな!」
よくわからん自己紹介を済ませる。
ちゃんと自己紹介するつもりなんてない。
だって今日で学校やめるんだから。
ポカーンと俺は見られている。
よせやい。
見せ物じゃねーぞ?
趣味もテキトーに言っただけだ。
ギターなんて弾けないし、触った事もない。
独身なのは当たり前だ。
この身体の持ち主が実は子沢山だったら知らないが。
9月入学の生徒達が当たり障りのない自己紹介を済ませる。
ウケようとするヤツも、高校デビューで一発カマそうとイキがるヤツもいない。
お嬢様ってのはそういう事はしないらしい。
俺は窓際の真ん中あたりの席に座る事になった。
早く休み時間にならねーかな?
そうすれば職員室に退学届を出しに行けるのに。
「9月入学の人はまだ教科書がないと思うから、隣の人に見せてもらってね」と優奈ちゃんが言う。
ホームルームがいつの間にか終わって、授業が始まっていたらしい。
おいこら、続けるんじゃねーよ。
退学届出しに行く暇がねーじゃねーか。
どうやら優奈ちゃんは英語の教師らしい。
隣の女の子が俺と席をくっつける。
教科書を見せてくれるみたいだ。
さりげなくお礼を言おう。
「かたじけない」
「時代劇?」女の子が首を傾げる。
「岡田さんだっけ?
帰国子女だよね?
どの国にいたの?」
初対面なのにえらい距離を詰めてくるな。
「えっとムンゾってことろから」
「聞いた事ないな」
あるわけない。
だって『ムンゾ』ってサイド3の別名だから。
そのムンゾの何て街に住んでたの?
「川越ってところに住んでた」
「カワゴエ!?
何か埼玉の街みたいね・・・」
「まさか、偶然だよ」
危ないな、この娘勘が良いな。
もしかしてニュータイプか!?
「ムンゾってどこにあるの?」
まさか『一番遠い宇宙の果て』とは言えない。
「アフリカ大陸だよ」
俺はよくこんな口から出任せばっかり言えるな。
「アフリカ!
だったら動物なんかもいたの!?」
「いたよ。
いっぱいいた」
「どんな動物がいたの?」
「えっと、柴犬」
「柴犬!?
アフリカに柴犬!?」
「アフリカにだって柴犬も秋田犬もコーギーもいるよ」
「秋田犬も!?」
「偏見は捨てる事だ」
何とか女の子を言いくるめた。
「私は金田聡子。
『聡子』って呼んでね!
みんなもそう呼んでるから」
「俺は『岡田杏奈』
みんなからは『山田』って呼ばれてる」
「な、何で『山田』!?」
「何でだろうね?」
理由はわかってる。
俺が山田って名乗ったからだろう。
「ホラ、そこ。
授業始めるわよ。
静かにして!」と優奈ちゃんが言う。
意外にちゃんとした教師をやってるらしい。
「じゃあ今から私が言う英文を岡田さんに翻訳してもらおうかしら?」と優奈ちゃん。
優奈ちゃんが流暢に英語を話す。
しかし翻訳スキルを持っている俺からすると朝飯前だ。
優奈ちゃんはかなりややこしい英文を最初に例題として出したつもりだろう。
「『君の生まれの不幸を呪うが良い』」
「な、何で完璧にわかるの!?
そう言えば、岡田さんは帰国子女なのよね?」と優奈ちゃん。
あんまりハードル上げるなよ。
出来るのは翻訳だけ。
他は底辺県立高校でも更に底辺だ。
授業は退屈なモノだった。
だって、外国語を翻訳するのなんてスキルを使えばハナクソをほじりながらでも楽勝だからだ。
やっと一時間目の授業が終わった。
授業が終わると俺は生徒達に囲まれた。
「岡田さん、凄いのね!」
「勉強出来るのね!」
とんだ勘違いだ。
因みに翻訳スキルさえなかったら、英語だって、酷いモノだった。
ええい、職員室に行かせてくれ!
退学届を提出する時間がなくなってしまう!
「早く着替えないと!
次の授業は体育だよ!」と金田が言う。
「残念だったな、金田。
俺は体操服を持っていない」
「か、金田・・・。
聡子って呼んでくれないかな?」
「それは出来ない相談だ。
『"さん"をつけろよデコ助野郎!』って言ってくれ」
「『野郎』じゃないわよね!?
何でそんな事を言われたいのかな!?
・・・取り敢えず私、体操服のスペア持ってるから杏奈ちゃんに貸してあげるよ!」
「いや、そんなに体育に参加したい訳じゃないから・・・」
つーか体操服借りても今日で学校辞めるんだから返しに来るの面倒臭い。
押されて更衣室に向かう。
どうせ教師も生徒も女だけなんだから教室で着替えりゃ良いじゃないか。
用務員も業者も男の場合が多いし、父兄や来客が男の場合が多いから更衣室で着替えなきゃいけないらしい。
よく『女子校なんて女の子だけだから、みんなガードが緩い。生徒はみんな足を開いて座っている』なんて話を聞く。
でも、少なくともこの超お嬢様学校では、そんな事はないらしい。
「あら貴女、リボンが曲がっていてよ?」みたいな世界を想像していたがあたらずも遠からず、といった感じのようだ。
まぁ、ジャージを私服代わりに着ていたからな。
メイド喫茶の更衣室でも最初のウチは挙動不審だったが、今は慣れたもんだ。
女に混じって着替えるのもお手のものだ。
「アレ?何で杏奈ちゃん、モジモジしてるの?」
「ヒッ!
俺の後ろに立つな!」
「着替えくらいで恥ずかしがってるの?
誰も気にしてないんだから堂々と着替えれば良いじゃん」金田が笑いながら言う。
俺が気にするっつーの!
実はメイド喫茶では誰よりも早く入ってみんなが来る前に着替えを済ませていた。
女の子の着替えに童貞が慣れる訳ないだろう?
『自分の身体で慣れてるだろう?』って?
同性愛の人が自分の裸に興奮すると思うか?
自分と他人の裸は別なんだよ!
どれだけたっても慣れないんだよ!
今なら『自分の奥さんの裸には何も感じないけど、浮気相手の裸には興奮する』って気持ちわかるな。
人間、見慣れたら何とも感じなくなるんだよ。
童貞で女の裸に慣れる事になるとは思わなかった。
でも初めて見る女の肌には緊張って言うか混乱する。
「初々しい反応ね。
大丈夫よ、すぐ慣れるから」どうやら金田は俺の反応に不信感は抱かなかったようだ。
体操服に着替える。
なんだ、コレ?
「誰もジャージ着てないじゃん」
「当たり前でしょ?
昨日まで8月だったのよ?
ジャージなんか着てたら暑いじゃない。
あ、そうか。
アフリカから来たんだものね。
南半球は今冬なのよね。
日本は今、夏なのよ」
わかっとるわ。
アフリカなんて行ったことない。
前世では桶川、今は川越に住んでる生粋の埼玉県民だ。
夏は暑いよね。
ジャージ着てた時に思ってたもん。
「あちーな。
他に着る物ないかな?」って。
ジャージの下、下着だったからジャージを脱ぐ訳にいかなかったんだ。
制服に普段着を替えた時、あまりの涼しさと通気性の良さに「何で最初からコレ着なかったんだろうか?」って思ったもんだ。
体操服は半袖と短パンだった。
まぁ、小学生じゃないんだからこれを普段着にする訳にはいかんよな。
でもこれならきっとナオミさんの部屋にも探せばあるぞ。
短パンはいわゆる『学生カラー』ってヤツだが、色はナオミさんが聖華の学生だった時と同じ色みたいだ。
何でわかるかって?
ジャージに入っているラインが緑色だったからだよ。
そして短パンの色は緑色。
つまり、学生カラーは三色。
ナオミさん達緑色が学生カラーだった学年が卒業したら、新一年生の学生カラーが緑色になるんだ。
だから俺の学年の学生カラーは緑色だと。
実際、ナオミさんと俺は多分三歳も歳は離れていないだろう。
言い忘れたが俺は便宜上、15歳という事になっている。
文句はない。
『42歳だが、やっぱり高校卒業資格が欲しくて高校に通う事になった』って設定より、面倒臭くないだろう。
何歳かわからない以上、面倒臭くない設定の方が良い。
「今日は新学期初めての授業でもあるし、9月入学の人達の身体能力も見ておきたいから『体力測定』をします」と体育教師が言う。
「えー」生徒の一部から不満の声があがる。
確かに体力測定は楽しくないもんな。
「ハイハイ!
じゃあ、50メートル走から計測するよー!
8コースまで出席順にコースに入って。
で、出席順で後ろから8人はストップウォッチを持ってゴール地点に行って。
その人達は今から走る人のタイムを一人ずつ計測するのよ。
計測をミスらないでね。
走る人がもう一度走らなきゃいけなくなっちゃうからね!」と体育教師。
「えー!
責任重大!」とストップウォッチを持った女の子達が不平を言う。
「ちゃんと測れば、計測は一回で終わるからね。
計測された人はストップウォッチを受け取って今度は計測する側になるのよ」
なるほど。
つまり『岡田』、出席番号5番の俺は第5コースで一番初めに走る訳だ。




