【閑話】慰めのエトランジェ
「オレ、貝ニナリタイ」
小洒落たカフェの店内に、似つかわしくない暗い声が響いた。
声の主はカウンターの上のメニューを見ることなく、どんよりと遠くを眺めている。
「はいはい、貝とエンドウ豆とキュウリのポタージュね。翔月、思い切ったなぁ」
そう言ってワハハと笑うのは、ふんわりおっとりな雰囲気をもつ少女、明日香だ。
その横で、泰智が半眼のままポツリと呟く。
「いや、そんなわけないだろ。……ていうか、此処のメニューなんか変じゃね?」
同意を求められた拓真は、自分の目を疑っているのか、念入りにメガネを拭いている。
「おかしいな、お洒落なカフェなのに、キムチ納豆スムージーって見えるんだけど」
困惑している二人の後ろに、麗が満面の笑みを浮かべて立っていた。
「ここなら翔月も元気出るわよ。二人とも、私たちを頼って正解だったわね。大舟に乗ったつもりでいなさい」
「やべぇ、人選ミスったわ」
泰智は顔をひきつらせたまま、後ずさりした。
事の発端は今から1時間ほど前。
結奈に振られてからどうも元気の無い翔月を元気付けようと、泰智と拓真は【友人を復活させよう会】を計画していた。
けれど、勉強熱心でインドア派な二人は、アウトドア派の翔月が喜びそうな場所を知らなかった。
そこで、そういった場所に詳しそうな麗たちを頼ることにしたのだ。
これが運の尽きだった。
あれよあれよと連れていかれたのは、大学から一駅の距離にある、お洒落な外観のカフェ。
最近の異常気象のせいで、ウェルカムボードが雪に埋もれていたことも非常についていなかった。
ザ・都会のカフェという感じの見かけに騙された泰智たちは、安心して中に入ってしまったのだ。
そうして今に至る。
エトランジェというカフェに聞き覚えは無いので、隠れた名店だと期待していたインドア派二人。
彼らは今、真っ青な顔をしてカウンターのメニューを唖然と眺めていた。
そんな二人を後目に、明日香が勝手に注文を進めていく。
我に返ったのはすでにテーブルに着席した後だった。
「さてと。飲み物が揃ったところで、友人を復活させよう会を始めましょうか」
麗が自分のカップを持ち上げ、乾杯を促す。
ちなみに麗と明日香の頼んだものは、『メロンと玉ねぎのスープ』だった。
控えめに互いのカップを合わせ、それぞれ口に持っていく。
次の瞬間、カフェは阿鼻叫喚の様相を呈した。
「うげっ、なんだこれ! 死ぬほど酸っぱいな! いや、苦い? んん、甘い気もする。おえっ、気持ち悪い……」
「やべぇよ、舌が痺れてるんだけど! これ何が入っているんだよ!? 」
「うぇぇ、生臭い! 豆とキュウリが生臭い!! 」
涙目で叫ぶ男性陣の横で、麗と明日香がさも美味しそうにカップを傾けている。
いや、実際おいしいと感じているのだからタチが悪い。
「おまえあ、ぜっあい、味覚死んえいうあお」
恨みがましい視線を向けながら、泰智が口元を拭った。
ドスの効いた声だったが、舌がビリビリしていて上手く喋れていないせいか怖くない。
麗たちは顔を見合わせて首をかしげた。
「そんなことないわよねぇ? 」
「うん、そんなことないよ。普通だよ」
ねー、と仲良く笑い合う二人に、男性陣はもう何も言わなかった。
しばらくして、なんとか話せるまで回復した翔月が真顔で口を開いた。
「俺、なんかクヨクヨしているの馬鹿らしくなってきたわ」
全員の目が翔月に向けられる。
皆の視線を受け止めながら、翔月は続けた。
「ありふれた言葉かもしれないけど、好きな人が幸せならさ、別に悲しむことなんて無いよな。まあ、自分の手で幸せに出来たら、それが一番なんだけど」
ふっと笑顔を浮かべたまま、翔月は軽く頭を下げた。
「ありがとうな、色々と協力してくれて。あと今日も。おかげで気持ちの整理ついたわ」
その言葉に、泰智たちはホッと息をついた。
本当は不安だったのだ。
自分たちのやっていることがお節介なんじゃないか、ありがた迷惑なんじゃないか、と。
『ありがとう』というたった五文字で、簡単に人の心は軽くなる。
四人は互いに顔を見合わせて、にいっと笑った。
「どういたしまして! 」
綺麗に重なった四人分の「どういたしまして」が、店内にかかるアップテンポなジャズミュージックに溶けた。
一件落着。
彼らはひと仕事終えた気分で、それぞれのカップを持ち上げる。
刹那、男子大学生らの絶叫が店内に響き渡った。
ちなみにカフェのオーナーは、その光景に満足そうな笑みを浮かべている。
メニューも店の人も、やっぱりエトランジェなカフェであった。




